22 / 37
期待(2)
しおりを挟む「俺の求婚を、ティハはあまり本気で受け取ってくれないので改めて俺の故郷クロージェタスの話をして、考えてほしい」
「か……考えるって、な、なにを――」
「俺との結婚を、真剣に考えてほしいんだ。俺は危険な仕事をしているし、王族とは言っても先天的に魔力器が人間よりも小さく王位継承権を返上していて、滅多なことで帰郷するつもりはないしいい暮らしをさせてやれる自信はないが、それでも君には命を救われている。きっかけは掟だが、ここ一ヶ月一緒に暮らして俺の胃袋も心もすっかりティハに掴まれている。君が笑顔で送り出し、出迎えてくれる日々がなにものにも、失い難いものになっているんだ。君も同じであればいいと思っている。どうか……考えてほしいんだ。俺とこの先も一緒に生きていくことを」
「生きて……いく……」
こくり、とホリーが頷く。
視線をテーブルの上に落とし、ホリーから言われたことを何度も頭の中で反芻した。
誰かと一緒に、生きていく。
否定されて生きてきた。
野垂れ死ねと言われてここまで来た。
そうした方がいいと自分でも思う。
自分の生きる未来が、見えない。
「んんん~~~~……よくわかんないです」
「わかっている。すぐにとは言少しづつでいいんだ。まあ、まずは意識してもらえればと思っている」
「はあ……」
そう言われて、手の上に手を重ねられた。
人の温もりを感じる機会は少ないのだが、ホリーの温もりは三回目。
助けた時と、一緒にナフィラに来た時と、今回が――
「と、言うわけで、これをティハに」
「んぇ……? これ……?」
握らされたのは首輪が三つ。
首を傾げると、ホリーが「従魔首輪だ」という。
魔物を従わせる従魔首輪。
確かにナフィラに来た時に従魔首輪の話をしていたが。
「ええ!? 買ってくれたんですかぁ!? い、いくらですか? お支払いします~」
「一ヶ月きみと生活して思ったのだが、君は自己評価が非常に低いだろう?」
「んえ?」
またもなんの話しだ?
どうもホリーは前置きが長い気がする。
「えっと、それは……」
「いや、気持ちはわかるんだ。俺も生まれつき魔力器が小さくて、家族は過保護に守ろうとしてくれる。世界でも強靭な種族として誇りを持つ一族の王族として生まれた俺にとって、それは屈辱だった。君は普通の人間なのだから、さぞ自分に価値がないと思っているんだろう」
共感してくれているのか。
まさにその通りだ。
いつか野垂れ死ぬ時まで、死にたくないと思っている間は生きたいと思っている。
「けれど、俺にとって君は価値のない存在ではない。君がこの従魔首輪を価値あるものだと思うなら、俺にとって君は『価値のある物』を贈る価値がある相手、というふうに認識してほしい」
「そんな……」
自分にそんな価値は――と、否定しそうになったが、それはティハ自身の自己評価でホリーのティハの評価はそうではない。
ホリーにとって、ティハは”その価値がある”と言っている。
丁寧に真正面から伝えてくれたのだ。
それを真正面から受け取らなければ、人として不誠実だ。
自分にとって自分はその価値がなくても、自分以外の誰かにとって”ティハ”は別の価値があるという。
大中小、という大きさの異なる首輪を手に取って、なぞる。
自分にはない考え方だ。
ウォル家にいた頃もそんな価値観の違いはなかったように思う。
最後の夜、ウォル家を出た時にヴェイルが身分の低いユーリアを大切に思い、彼女の意思を尊重するようにティハを逃がしてくれた――あれと同じ。
他人には取るに足らない存在でも、ある人にとっては自分を捻じ曲げてでも尊重する大事な人。
ホリーにとってティハが、そういう存在だと――。
(うわあ……)
それに気がついて、自覚した時、えもいわれぬ気分になる。
けれど、諦めていたものなのだ。
与えられるものではないと、期待することも戒めてきた。
それを目の前に差し出されている。
そして、受け取ってほしいと乞われている。
(いいのかな? 期待してもいいのかな?)
期待を捨て続ける人生だったけれど、ホリーの価値観の中ではティハは愛を捧げる相手らしい。
ティハの価値観が通用しない。
でも別に、彼の価値観を否定したくないしすべきではない。
(応えたいけど……どうやって? 考えるって、ホリーさんの求婚を受け入れるってことですよね? でも受け入れるって、なにをすればいいんだろう? 僕は上手にお返しできないと思うんですよねぇ……それでがっかりされて、やっぱり違う~とか、なるんじゃないんですか~……? あれ……? そもそも期待するってどうやるんですかね? ずっとやってこなかったからわかんないです)
しばらく考えてから「やっぱ僕には難しくてわかんないですよ~」と笑って答えると、ホリーも少し困ったように微笑む。
そして「ゆっくりで構わない」と頷く。
「すまない、せっかくの食事が冷めてしまうな。今日はこれくらいにしよう」
「あ、えーと。はいです」
つまりティハには本当にゆっくりと今の話を考えて受け入れていってほしい、ということ。
それならなんとかなるだろうか、と首を傾げながら夕飯の続きを取った。
138
お気に入りに追加
176
あなたにおすすめの小説
【短編】乙女ゲームの攻略対象者に転生した俺の、意外な結末。
桜月夜
BL
前世で妹がハマってた乙女ゲームに転生したイリウスは、自分が前世の記憶を思い出したことを幼馴染みで専属騎士のディールに打ち明けた。そこから、なぜか婚約者に対する恋愛感情の有無を聞かれ……。
思い付いた話を一気に書いたので、不自然な箇所があるかもしれませんが、広い心でお読みください。

王子様と魔法は取り扱いが難しい
南方まいこ
BL
とある舞踏会に出席したレジェ、そこで幼馴染に出会い、挨拶を交わしたのが運の尽き、おかしな魔道具が陳列する室内へと潜入し、うっかり触れた魔具の魔法が発動してしまう。
特殊な魔法がかかったレジェは、みるみるうちに体が縮み、十歳前後の身体になってしまい、元に戻る方法を探し始めるが、ちょっとした誤解から、幼馴染の行動がおかしな方向へ、更には過保護な執事も加わり、色々と面倒なことに――。
※濃縮版
今世はメシウマ召喚獣
片里 狛
BL
オーバーワークが原因でうっかり命を落としたはずの最上春伊25歳。召喚獣として呼び出された世界で、娼館の料理人として働くことになって!?的なBL小説です。
最終的に溺愛系娼館主人様×全般的にふつーの日本人青年。
※女の子もゴリゴリ出てきます。
※設定ふんわりとしか考えてないので穴があってもスルーしてください。お約束等には疎いので優しい気持ちで読んでくださると幸い。
※誤字脱字の報告は不要です。いつか直したい。
※なるべくさくさく更新したい。

婚約破棄された悪役令息は従者に溺愛される
田中
BL
BLゲームの悪役令息であるリアン・ヒスコックに転生してしまった俺は、婚約者である第二王子から断罪されるのを待っていた!
なぜなら断罪が領地で療養という軽い処置だから。
婚約破棄をされたリアンは従者のテオと共に領地の屋敷で暮らすことになるが何気ないリアンの一言で、テオがリアンにぐいぐい迫ってきてーー?!
従者×悪役令息

完結·助けた犬は騎士団長でした
禅
BL
母を亡くしたクレムは王都を見下ろす丘の森に一人で暮らしていた。
ある日、森の中で傷を負った犬を見つけて介抱する。犬との生活は穏やかで温かく、クレムの孤独を癒していった。
しかし、犬は突然いなくなり、ふたたび孤独な日々に寂しさを覚えていると、城から迎えが現れた。
強引に連れて行かれた王城でクレムの出生の秘密が明かされ……
※完結まで毎日投稿します

僕のユニークスキルはお菓子を出すことです
野鳥
BL
魔法のある世界で、異世界転生した主人公の唯一使えるユニークスキルがお菓子を出すことだった。
あれ?これって材料費なしでお菓子屋さん出来るのでは??
お菓子無双を夢見る主人公です。
********
小説は読み専なので、思い立った時にしか書けないです。
基本全ての小説は不定期に書いておりますので、ご了承くださいませー。
ショートショートじゃ終わらないので短編に切り替えます……こんなはずじゃ…( `ᾥ´ )クッ
本編完結しました〜

末っ子王子は婚約者の愛を信じられない。
めちゅう
BL
末っ子王子のフランは兄であるカイゼンとその伴侶であるトーマの結婚式で涙を流すトーマ付きの騎士アズランを目にする。密かに慕っていたアズランがトーマに失恋したと思いー。
お読みくださりありがとうございます。

アルファな俺が最推しを救う話〜どうして俺が受けなんだ?!〜
車不
BL
5歳の誕生日に階段から落ちて頭を打った主人公は、自身がオメガバースの世界を舞台にしたBLゲームに転生したことに気づく。「よりにもよってレオンハルトに転生なんて…悪役じゃねぇか!!待てよ、もしかしたらゲームで死んだ最推しの異母兄を助けられるかもしれない…」これは第二の性により人々の人生や生活が左右される世界に疑問を持った主人公が、最推しの死を阻止するために奮闘する物語である。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる