10 / 37
魔物は食材
しおりを挟む「ふう……」
ホリーが出かけて三時間。
テーブルの上にあったジャガイモと玉ねぎを持ち上げ、胸を撫で下ろす。
起きている間の魔力回復速度は、寝ている時の三分の一程度。
明日起きれば全快しているので、今まで目を覚ましてすぐに目の前のジャガイモや小麦粉の袋へ疑似魔門を向けて魔力を排出する。
ここ数日は朝起きたら食事を作り、芋や干し肉を取り出して移動しながら排出を行った。
しかし今朝は、ホリーがいたので甘かったのだ。
体の熱はだいぶなくなったし、重苦しさも解消されたけれど――。
(ずっと、僕は)
死ぬのは怖いけれど、一生数時間かけて魔力を排出し続ける生活を続けなければいけない。
でもそれがティハにとっての”生きること”。
立ち上がってキッチンに移動して、魔力を送った野菜でポトフを作る。
その次はクッキー作り。
エイリーに買ってもらった魔法書を見ながら、魔方陣を描いてみる。
中位から上位の魔法はやはり複雑すぎて上手く描けない。
初級の、比較的単純な魔方陣なら簡略化して描くことができる。
「『体力回復効果付与』、『素早さ上昇』、『防御力上昇』、『攻撃力上昇』、『魔力回復』……このくらいが限界だなぁ。攻撃魔法は複雑で描けない……もう少し大きいクッキーを焼いてみたら、描けるかな?」
クッキーの作り方は簡単だ。
小麦粉に卵、溶けたバター、砂糖を混ぜて焼く。
材料を見ながら「あ、明日の朝のパンも仕込んでおこうかな」と思い至り、こねこねし始めた。
ボウルに生地を入れて戸棚に入れて寝かせる。
瓶に入った酵母もしまって、またクッキー作りに戻ろうとした時だ。
「ただいま、ティハ」
「あ、おかえりなさい~」
玄関扉が開く。
入ってきたホリーが扉を閉めるので、笑顔でお出迎えした。
体調は、と聞かれて「大丈夫ですよ~」と答えてポトフを温め直す。
「いい匂いがするな」
「ポトフ作りました~。えっと――夕飯、にはちょっと早いですよね~? もう少しなにか作りたいですけど~、リクエストとかありますか~?」
「う、うーん……よくわからない。任せてもいいだろうか?」
「了解です~」
じゃあなにを作りますかね~、と悩んでいると、ホリーは「自室で着替えてくる」と二階へ上がっていった。
失敗したクッキーを集めて、疑似魔門を向けつつ献立を考える。
「ティハ、早速クッキーを作っていたのか」
「そうです~。『素早さ上昇』、『攻撃力上昇』、『魔力回復』は初めて作ったんです~。上手くできてるかわからないんですけど……」
「ふむ……見たところ綺麗に描けているようだが。明日エイリーに届けよう」
「あ――えーと……」
「ん?」
貴族に会うのが、正直恐ろしい。
彼はウォル家の貴族とは違うとは思うのだが、しかし――。
「僕、明日もお家で練習したいんでホリーさんがエイリー様に届けてくださいませんか~?」
「ああ、いいぞ」
ほっ、と息を吐く。
ホリーは「エイリーに認められればすぐに拠点の売店で販売できるようになるだろう」と言われた。
エイリーはナフィラ領主の息子で冒険者拠点の統括管理者。
元々ティハのアイシングクッキーにはかなり興味を持っていたので、許可はすぐに下りるだろうとのこと。
「問題は量産できるかどうかだろうな」
「量産ですか~。それは確かにちょっと難しいかもしれないですね~。慣れたらそうでもないのかなぁ?」
「明日はダンジョンに入るので、『体力回復効果付与』のクッキーをもらえると嬉しいんだがどうだろう?」
「んぇ、いいですよ~。今から作りますね~。ふんふん~♪」
「え? 今?」
それなりに冷めた大きく薄いクッキーに、『体力回復効果』の魔方陣をアイシングで描いていく。
覗き込むホリーが「その描いているインク? 代わりのは、なにで作られているんだ?」と首を傾げる。
「粉糖とお水と、レモン汁と食紅ですよ~。レモン汁はあんまり入れすぎると柔らかくてさらさらになりすぎちゃうんですけど~、入れないと固くてスムーズに描けませんしね~。そこは調節しますね~」
「この食紅というのは?」
「食べ物に色をつける絵の具みたいな感じですね~。最近のは植物系魔物から抽出されるらしいです。カラフルなんですかね~」
「確かに、ダンジョンの植物系魔物は派手な色の魔物が多いな。そうか、あれらが着色料として加工されているのか。明日の依頼対象も植物系の魔物だから、素材はすべて売ってくるつもりだったが……。なにか持って帰ってくるか?」
「んぇ……?」
そう言われても、ティハは魔物にそれほど詳しくない。
と、思っていたら「リビングの本棚に魔物図鑑がある」と一冊持ってきて見せてくれた。
動物系魔物の解体と違って、植物系魔物は野菜として食べられる部位が多いらしい。
「鮮やかなキャベツですね~」
「キャベリーフラワーという魔物だな。最近第二開発拠点の近くに数が増えているらしく、討伐依頼が出ているんだ」
「そうなんですね~。キャベツはいいですよ~。色んな料理に使えますからね~」
「では、何玉か持って帰ってこよう」
「わあ~、よろしくお願いします~」
キャベツはいい。
大きいので疑似魔門の”的”としても優秀。
(なんか野菜によって魔力の容量みたいなのがあるんですよね~。人間とおんなじで野菜にも魔力容量があるんでしょうね~。キャベツはたくさん入るから、いっぱいあるの助かる~)
169
お気に入りに追加
172
あなたにおすすめの小説
パーティー全員転生者!? 元オタクは黒い剣士の薬草になる
むらくも
BL
楽しみにしてたゲームを入手した!
のに、事故に遭った俺はそのゲームの世界へ転生したみたいだった。
仕方がないから異世界でサバイバル……って職業僧侶!? 攻撃手段は杖で殴るだけ!?
職業ガチャ大外れの俺が出会ったのは、無茶苦茶な戦い方の剣士だった。
回復してやったら「私の薬草になれ」って……人をアイテム扱いしてんじゃねぇーーッッ!
元オタクの組んだパーティは元悪役令息、元悪役令嬢、元腐女子……おい待て変なの入ってない!?
何故か転生者が集まった、奇妙なパーティの珍道中ファンタジーBL。
※戦闘描写に少々流血表現が入ります。
※BL要素はほんのりです。
あと一度だけでもいいから君に会いたい
藤雪たすく
BL
異世界に転生し、冒険者ギルドの雑用係として働き始めてかれこれ10年ほど経つけれど……この世界のご飯は素材を生かしすぎている。
いまだ食事に馴染めず米が恋しすぎてしまった為、とある冒険者さんの事が気になって仕方がなくなってしまった。
もう一度あの人に会いたい。あと一度でもあの人と会いたい。
※他サイト投稿済み作品を改題、修正したものになります
今夜のご飯も一緒に食べよう~ある日突然やってきたヒゲの熊男はまさかのスパダリでした~
松本尚生
BL
瞬は失恋して職と住み処を失い、小さなワンルームから弁当屋のバイトに通っている。
ある日瞬が帰ると、「誠~~~!」と背後からヒゲの熊男が襲いかかる。「誠って誰!?」上がりこんだ熊は大量の食材を持っていた。瞬は困り果てながら調理する。瞬が「『誠さん』って恋人?」と尋ねると、彼はふふっと笑って瞬を抱きしめ――。
恋なんてコリゴリの瞬と、正体不明のスパダリ熊男=伸幸のお部屋グルメの顛末。
伸幸の持ちこむ謎の食材と、それらをテキパキとさばいていく瞬のかけ合いもお楽しみください。
キスから始まる主従契約
毒島らいおん
BL
異世界に召喚された挙げ句に、間違いだったと言われて見捨てられた葵。そんな葵を助けてくれたのは、美貌の公爵ローレルだった。
ローレルの優しげな雰囲気に葵は惹かれる。しかも向こうからキスをしてきて葵は有頂天になるが、それは魔法で主従契約を結ぶためだった。
しかも週に1回キスをしないと死んでしまう、とんでもないもので――。
◯
それでもなんとか彼に好かれようとがんばる葵と、実は腹黒いうえに秘密を抱えているローレルが、過去やら危機やらを乗り越えて、最後には最高の伴侶なるお話。
(全48話・毎日12時に更新)
総受けルート確定のBLゲーの主人公に転生してしまったんだけど、ここからソロエンドを迎えるにはどうすればいい?
寺一(テライチ)
BL
──妹よ。にいちゃんは、これから五人の男に抱かれるかもしれません。
ユズイはシスコン気味なことを除けばごくふつうの男子高校生。
ある日、熱をだした妹にかわって彼女が予約したゲームを店まで取りにいくことに。
その帰り道、ユズイは階段から足を踏みはずして命を落としてしまう。
そこに現れた女神さまは「あなたはこんなにはやく死ぬはずではなかった、お詫びに好きな条件で転生させてあげます」と言う。
それに「チート転生がしてみたい」と答えるユズイ。
女神さまは喜んで願いを叶えてくれた……ただしBLゲーの世界で。
BLゲーでのチート。それはとにかく攻略対象の好感度がバグレベルで上がっていくということ。
このままではなにもしなくても総受けルートが確定してしまう!
男にモテても仕方ないとユズイはソロエンドを目指すが、チートを望んだ代償は大きくて……!?
溺愛&執着されまくりの学園ラブコメです。
某国の皇子、冒険者となる
くー
BL
俺が転生したのは、とある帝国という国の皇子だった。
転生してから10年、19歳になった俺は、兄の反対を無視して従者とともに城を抜け出すことにした。
俺の本当の望み、冒険者になる夢を叶えるために……
異世界転生主人公がみんなから愛され、冒険を繰り広げ、成長していく物語です。
主人公は魔法使いとして、仲間と力をあわせて魔物や敵と戦います。
※ BL要素は控えめです。
2020年1月30日(木)完結しました。
【完結】僕の大事な魔王様
綾雅(要らない悪役令嬢1/7発売)
BL
母竜と眠っていた幼いドラゴンは、なぜか人間が住む都市へ召喚された。意味が分からず本能のままに隠れたが発見され、引きずり出されて兵士に殺されそうになる。
「お母さん、お父さん、助けて! 魔王様!!」
魔族の守護者であった魔王様がいない世界で、神様に縋る人間のように叫ぶ。必死の嘆願は幼ドラゴンの魔力を得て、遠くまで響いた。そう、隣接する別の世界から魔王を召喚するほどに……。
俺様魔王×いたいけな幼ドラゴン――成長するまで見守ると決めた魔王は、徐々に真剣な想いを抱くようになる。彼の想いは幼過ぎる竜に届くのか。ハッピーエンド確定
【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ
2023/12/11……完結
2023/09/28……カクヨム、週間恋愛 57位
2023/09/23……エブリスタ、トレンドBL 5位
2023/09/23……小説家になろう、日間ファンタジー 39位
2023/09/21……連載開始
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる