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しおりを挟む「お兄さん、大丈夫ですか?」
「う、ぐ……ぐ、グウ……」
マーザ・テラー王国、北部イーナン街道にある小さな森の入口で木に寄りかかる大男を首を傾げて眺めていると、呻き声を漏らしので死んではいないらしい。
全身血まみれで、この出血で生きているのがすごいと思われる。
借りた従魔馬が肩に顔を近づけてきた。
今日はここで野宿する? と聞かれているのだろう。
うーん、と考えてから、まだ生きているその大男を横たえて、ポシェットから下級ポーションをだして飲ませた。
大きな傷がある程度塞がり、呼吸も落ち着いた様子だがやはり下級では完治には至らない。
ポーションを使うと治りは早いが本人の体力を消費する。
この怪我で中級以上のポーションを飲ませれば、衰弱して死んでしまいかねない。
だから下級で十分だろう。
上着を畳み枕にして、従魔馬から寝袋を取り出し野宿の準備を始める。
道の横の原っぱに魔法石を設置して、火を起こす。
水の魔水筒から水を注ぎ、ポシェットから干し肉を取り出して鍋の中に放り込んだ。
ナイフで同じくポシェットから取り出したキャベツ、ビートや芋の皮を剥き、カットして鍋へ入れる。
乾燥ハーブを粉にしたものと塩を混ぜた調味料を鍋に振り入れて、手の平を鍋に向ける。
魔門眼が機能していないので、指先を丸めて疑似的な魔門を作って少しずつ注ぐしかない。
「んん? なぁに? あっち?」
「ぶるる」
従魔馬に声をかけられて、森の方を見る。
先を歩いていく従魔馬についていくと、血の匂いが漂ってきた。
まだ陽は落ちていないが、森の中は薄暗くランタンに火を着けて掲げてみると――小型の音速兔が三羽も倒れている。
音速兔はすさまじいスピードで襲いかかってくる三級・危険赤の凶暴な魔物だ。
これを三羽も、たった一人で倒したのだとしたら彼は相当に腕が立つ。
「調理しちゃおうか」
「ぶるるる」
せっかくの兎肉だ。
彼が音速兔を倒してくれなければ、襲われていただろう。
皮を剥ぎ、魔石と内臓を取り出してから紙で包みポシェットにしまった。
彼が目覚めたら渡すつもりで。
解体して骨も紙に包みしまって、肉はすべてスープに放り込む。
灰汁を取り除きながら煮込み、木皿で味を確認する。
「う、ぐ……うう?」
「あ、起きましたか~? お兄さん。スープ飲めますか?」
「お、お前は?」
「えーと、旅人? 通りすがりです~。はい、どうぞ~」
木皿にスープをよそい、木スプーンも差してゆっくり起き上がった大男に手渡す。
ふらつきながらスープを口にした男は目を見開く。
「兎肉? まさか?」
「あ、あと~、これも食べていいですよ~。アイシングクッキーで『体力回復効果付与』してるんですぅ~」
「あ、ああ……? ありがとう……?」
ポシェットから音速兔の内臓や魔石、骨の他に紙袋に入った非常食――アイシングで魔方陣を描いたクッキーを取り出して手渡した。
毒気を抜かれたように素材とクッキーを受け取り、食べ始める。
「よいしょっと。血、拭いますねぇ?」
「え? いや……そこまでしてもらわずとも――」
「いえいえ~。お兄さんでしょう~? 森に落ちていた音速兔を倒したの。お兄さんが倒してくれなかったら、僕が襲われてたんで~。お礼ですよ~」
魔水筒からタオルに水を流し込み濡らす。
しかし、男には丁重に断られた。
自分で拭くから、と。
「あ、下級ポーションもう一本ありますよ~」
「い、いや。自分のがある」
「そうですか~」
最初の一杯を飲み干し、木皿と木スプーンを返される。
返されたそれを使って自分の分を取り分けて食べ始めた。
ギョッと驚いた顔をされたが、食器はこれしかないので仕方ない。
「え、ええと……改めて助けてくれて感謝する。俺の名はホリー。ナフィラ領所属の冒険者だ。君は――旅人と言っていたが……その、名前を聞いてもいいだろうか? 汚したタオルや、音速兔を解体してもらった礼をしたい。ポーションも買って返却したい」
「僕ですか~? 僕はティハっていいます~」
「ティハか。どこへいくつもりなんだ? 見たところこの従魔馬は君の所有ではなさそうだが」
「そうです~。王都の従魔貸し屋からお借りしてるんです。とりあえず北に大きい町があるから~、そこでならお仕事が見つかるんじゃないかなって~」
と、言うと変な顔をされた。
スプーンを咥えたまま首を傾げる。
なにか変なことを言っただろうか、と。
「いや、うん。ううん? ええと、仕事はなにを?」
「んいや~。僕~、一応貴族の血筋なんですけど生まれつき魔門眼が機能してなくて籍から外されてたんです~。んでぇ、お屋敷で馬のお世話やご飯を作ってたんです~。でも、十八歳になって成人したんで~、無能なタダ飯食らいは出てけーって。王都とかその近隣は家族が立ち寄るから、辺境の方に行けーって十万マリー渡されて~」
「じゅ、十万マリー!? 従魔馬をここまで借りるだけで三万マリーはなくなるだろう!? 北の辺境に行くつもりなんだよな!? ナフィラにいくつもりなら、そこで衣食住を残り七万マリーで整えると? 足りないだろう!? どう考えても!」
「そうなんですか?」
え~、それは困りましたね~、と木皿を傾けてスープを飲み干して「お兄さんもう一杯食べます~?」と笑顔で聞いてみる。
口を開けたまま凝視されてティハはまた首を傾げた。
「ち、ちなみにここまで護衛は?」
「んえ~? 夜は無理せず結界魔石を張って寝て~、昼間に魔物に遭遇したら従魔馬に頑張ってもらいました~」
「んっひひーん」
ティハがそう言うと、従魔馬がドヤ顔で嘶く。
それでもホリーは信じられないものを見る目でティハを凝視したまま。
「なんか変なんですか?」
「無謀すぎる」
「へえ、そうなんですか~。どうしましょうねぇ。困りましたねぇ」
「ンヒヒン」
食べないなら残りは僕が食べちゃいますよ~、と木皿に残りのスープを注ぐ。
洗浄魔石を空の鍋に放り込み、スープを美味しく食べきった。
「今日はもう寝ちゃいましょうね~」
「ヒヒン」
「あ、毛布お兄さんが使ってくださ~い。僕、外套で大丈夫です~」
「待て待て待て」
「んえ~? なんですかぁ?」
「盗賊が出たらどうするつもりだ!? 魔物には結界魔法石は有効だが、人間の盗賊には無効化されるぞ!?」
「その時はサリーくんが気づいて追い払ってくれますよ~」
「ヒヒン!!」
本日二度目の従魔馬ドヤ顔。
だんだんホリーの顔色の方が悪くなっていく。
怪我も『体力回復効果付与』のおかげで下級ポーション二本で完治近くまで治癒できた様子。
タオルで血を拭きとったからか、綺麗な顔がオロオロとティハを見つめているのが不思議で「まだなにか不安なんですか~?」と聞き返す。
いや、普通にティハが常識知らずな自覚はあるのだけれど。
「……す……スープの礼に、ナフィラまで護衛しよう!」
「ええ~? 本当ですか~? ありがとうございます~。よろしくお願いします~」
「あ、ああ! 任せろ!」
お兄さん親切な人ですね~、と笑って、寝袋に入り込む。
それに対しても、ホリーが頭を抱えた。
「む……無防備が過ぎる……!!」
「ンヒヒン」
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