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8章
切り札
しおりを挟む「コ、コーン!」
「ポコ!?」
「危ないにゃ!」
「え?」
ほぼ同時におあげとおかきと又吉が天井を見上げる。
リグと涼が見上げると、天井にヒビが入った。
もうその時点で「ヤバい!」と察して魔法陣の外へと走り出す。
「にゃ、にゃー」
「又吉!?」
走りながらおあげとおかきが涼の肩に乗り、リグが又吉の体を持ち上げて落下地点から距離を取ろうとする。
しかし、岩盤落下は広がり続けて涼たちの頭上を追いかけてきた。
まずい、と思っていると又吉の体が光になって透け始める。
強制送還の始まりだ。
つまり、又吉――召喚魔『お化け屋敷』が瀕死レベルの大ダメージを受けたということ。
瀕死レベルの大ダメージを受けた召喚魔は、自身の世界に強制送還される。
「にゃー! あるじ様……どうかお許しを……!」
「又吉……!」
スゥ……と消えていく又吉とお化け屋敷。
沈むように階層が下がり、中にいた人たちが外へと置き去りになる。
地下も上昇し、リグと涼も地面の上に座り込んでいた。
「見つけたぞ、[異界の愛し子]」
「っ……!」
「ハロルド……!」
涼をリグが庇うように立ち上がる。
とはいえリグとて魔力は枯渇状態。
立っていることもままならず、ぐらりとよろけた。
それを見てリグの魔力が空になっていると知ったのだろう、ハロルドは舌打ちをする。
「やってくれたな。どうやってすべての魔力を消費したのやら。あと少しで我が理想が顕現するという時に……。道具は道具らしく黙って持ち主に使われるのを待っていれば良かったものを」
「――だとしても僕を使うのはお前ではない。僕の所有者はシドだ。僕をもっとも上手く使えるのがシドだから。シドが『否』であるのなら、僕にとっても『否』だ」
「ダロアログめ。やはりやつに育成を任せたのは間違いであったか。隠して育てるのにはやつが一番適任かと思ったが。躾直すにも、時間が足りぬ。我が理想を果たすために作ったというのに、私を逆に追い詰めるとは……」
砂埃が舞い上がる。
屋敷から放り出された人々を襲おうとしたワイバーンの群れを雷撃で一掃した、白いマントの金髪碧眼。
世界最強の賞金首が、金に光り輝く魔双剣を携えて砂埃の中から現れる。
その後ろからアスカやノイン、レイオンも。
「もう諦めろ、ハロルド! お前の理想は、多くの人を不幸にしすぎるんだ! お前だけの理想のためにこれ以上犠牲者を増やすのを許すわけにはいかない!」
「アスカ・ミツルギ。二十年この国を見て――世界を見てまだ同じことを言うのか。君ほど綺麗事を好む人間が世界を腐らせるのだよ。結果はどうだった? 変わらなかっただろう? 変えると言ってなにも変わらないのは、それが本質、本性だからだ。自浄作用のない国などもはや腐り落ちるだけ。それなら引導を渡してやるのも優しさというものだ」
「……確かにお前の言う通りこの国は変わらなかった。でも、なにも変わらなかったわけじゃない! 少なくとも世界は自由騎士団を受け入れた。これからもっと変わる!」
「平行線だな。同じ変革を望むもの同士、なぜ理解し合えないのか」
おそらく二十年前からの因縁。
アスカとハロルドの対峙。
結局立場を変えられない二人。
その手に携えるのは聖剣。
ハロルドの手にあるのもおそらくは聖剣だろう。
「本当に残念だ」
「っ!」
アスカだけでなく、シドも眉を寄せる。
ハロルドが剣を向けたのは体調が最悪なリグの首元。
涼は強い目眩でおあげとおかきがいるのに、立てそうにない。
リグが立てるのもすごいと思う。
きっと幼少期からの魔力欠乏状態に慣れているからだろう。
それでも、つらいものはつらい。
立っているだけで精一杯のはずだ。
「ハロルド!」
「魔力道具としては使えないようだが、人質としては十分使えそうだ。これと、聖杯の娘は」
「っぅ……」
おあげとおかきの困惑した姿に涼が頭を抱えて視界を定めようと努める。
二匹はエルセイド家の家契召喚魔。
ハロルドからリグを助けろ、といえばおそらく助けてくれる。
召喚主はシドだ。涼が命じればいい。
だが、迂闊に動けばリグの首にピッタリと添う刃を引かれる。
少しでも引かれれば首に怪我をする。
首は怖い。リグが死んでしまうかもしれない。
だからシドも動けない。
「一度態勢を立て直させてもらおう」
リグの肩を掴み、なんらかの聖剣を首に突きつけるハロルド。
仕切り直しにするつもりか。
魔力を完全に使い切っている状態で、ダンジョンの中で、リグを奪われるのはまずい。
王都の生き残りの人々のためにまたお化け屋敷を召喚するにしても、お化け屋敷の契約魔石を持っているのはリグだ。
このままリグが連れていかれたら、お化け屋敷もハロルドのものになる。
なにより、またリグが悪事に加担させられかねない。
(た、助けなきゃ。私は、リグの召喚魔なのだから……)
足に力を込めるが、全身が震えて上手く立てない。
吐き気で胃の中のものが迫り上がってくる。
手を伸ばすが、上手く前も見えない。
数回手を握ろうとするがから振った。
おあげとおかきが側にいてこれとは。
「おい」
見かねたのか、シドが声をかける。
ハロルドが鋭い眼差しをシドに向けた。
「リグ、それは俺が殺す。生かそうとしなくていい。それが生きているのは『否』だ」
「……でも……」
「やれ」
ハロルドがなにかを感じ取り、リグの首に押しつけていた剣を引いた。
涼が伸ばした手がもっと遠くなる。
シドがなにを言ったのかも、涼にはよくわからなかった。
頭が痛い。
血のような赤いものが散る。
黒い影が吹き飛ぶ。
長いものが、それを絡めとるように手前へ黒い塊を叩き潰す。
「……!? バッ……!? か、な……!」
ハロルドの声が聞こえる。
地面に叩き潰されたのはハロルドで、叩き潰したのはリグの【無銘の聖杖】。
背中を下弦の月の形の先端部が押し潰し、立ち上がることを許さない。
「な……! え? 強……!?」
「俺よりも魔力が多いやつが弱いわけねぇだろう。ましてリグは欠乏状態まで魔力が減った状態だと、魔力の回復速度と回復量が常人よりも多い。今の時点で一般的な召喚魔法師並みの魔力まで戻っている。それを全部身体強化魔法に回したら、あの程度簡単にできる」
「……!?」
全員が呆気に取られる。
リグが「はあ」と溜息を吐くが、【無銘の聖杖】は一ミリも動かない。
ハロルドとて全力で身体強化魔法に魔力を振っているはずだ。
それでもびくともしない。
背中を押さえつけられると、人体の構造上立ち上がれなくなるとはいえ、だ。
「ぐ……ば、ばかな……ばかな……!」
「すまない……あまりやりたくなかった。僕はシドと違って身体強化魔法に慣れていないから、加減を間違えてしまう。あなたが潰れなくてよかったと思う」
「……っ!」
つまり、ハロルドの背中から穴を開けてしまうのではないか――と案じてやりたくなかった、と。
なんという理屈だろうか。
リグが召喚魔法師としてのみ優秀で、身体強化魔法を使えないとでも思っていたのか、あのハロルドが油断した。
「道具は上手く使わないとなぁ? まあ、これを一番上手く使えるのは結局のところ俺ということだ、この変態ジジイ。魔力切れだからと油断すべきではなかったなぁ?」
「ぐっ……く……ぅ!」
会話の最中もずっと重ね合わせていた【無銘の魔双剣】が溢れんばかりの光を蓄えている。
見たこともない量の魔力。
それがあまりにも美味しそうで、涼はそちらに視線を送ってしまう。
アレを食べられたなら、このつらい状況から解放されるだろう。
「シドが殺さなくてもいいのではないだろうか……?」
「他人に任せてまた復活されても困る」
「だが……」
「諄い」
動けない状態にされたハロルドの首に、【無銘の魔双剣】の片方を振り上げるシド。
光り輝く魔剣。
(ああ、いいなぁ。美味しそうな魔力の塊)
もうそれ以外、考えられなくなっていた。
「お、おおおおおおおおお!」
「!?」
ぼんやりと見上げていた光の魔剣の魔力を、ハロルドが吸い始めた。
私が欲しかったのに、と思った時、自分の思考がおかしいことに気がつく。
いや、そもそも――どうやってシドの魔剣の魔力を吸っている?
ハロルドの体から魔法陣が現れて、一瞬で何重もの魔法陣が波紋のように広がっていく。
「ダンジョン化の解除!? このタイミングで!?」
「違う! シド、ダンジョン内の魔力を自分の魔力に変換して――!」
「チイっ!」
魔双剣を左手にまとめて持ち、リグをその左腕で抱え右手で涼を抱えてハロルドから離れる。
おあげとおかきが涼の肩に飛び乗り、目を開けると刃たちがいた。
「涼ちゃん、大丈夫!?」
「……う……うん……」
「リグ、リョウの黒魔石を」
「わかった」
首輪の黒魔石の封印が、【無銘の聖杖】で解除される。
蓄積された魔力が、涼の中に流れ込んできた。
体が一気に楽になる。
「あ……」
「黒魔石の魔力の予備残量をすべて君に注ぐ。全快するかはわからないが、体は楽になると思う」
「お前の分はまだ使うな。……と言っても……すぐに必要になりそうだな」
「な……なんなのアレ……!?」
ノインの怯えたような声に、視界が定まってきた涼もハロルドのいた方を見る。
すると、岩や木々、倒されたワイバーンや森を彷徨いていたボーンドラゴンポーン、空を見張っていた怪鳥竜、魔獣、シルフドラゴンなども、なにもかもをズルズルと体に取り込んでいくハロルドが見えた。
そのおぞましい光景に両手で口を覆ってしまう。
「な、なんであんなことになってるんですか……!?」
「ダンジョン化で蓄えた命を魔力にして、取り込んでいる。王都で殺した人間の肉体は“ダンジョンの中に”取り込まれた。本来ならその魔力はダンジョンの循環に使われるが、その循環に手を差し込んで摂理を捻じ曲げ自分の蓄えにしようとしている。だが、このダンジョンはまだ生まれて間もない。それに加えて【無銘の魔双剣】の魔力も僅かに混じって構築が失敗したのだと思う」
「つ、つまり?」
ノインが刃に簡略した解説を求めるが、さすがの刃にもわからない。
首をブンブン横に振られたのでミセラを見ると、ミセラも若干困惑しながら「えーと、えーと」と目を泳がせる。
専門家のはずなのだが。
「えっと、つまりハロルドが自分の作ったダンジョンだから、自分の力に変えようとしたんだけどリグが作った【無銘の魔双剣】の魔力が混じったり、生まれたてで不安定なダンジョンの機能を掌握しきれなくて魔法の構築を見誤った――って感じかな?」
「そう」
「【無銘の魔双剣】の魔力が混じってダメになったっていうのはなんでだ?」
「【無銘の魔双剣】は召喚魔法を無効化する。ダンジョン化の魔法は召喚魔法に使われる空間系の派生魔法だ。その魔力が混じって一部が機能不全を起こした」
「なるほど」
フィリックスが納得したとばかりにハロルドを見る。
ますます醜く歪み、呻き声を上げながら巨大化していく。
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