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8章

流星群の発祥地

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 意外な一面というべきか、まだまだシドに対して知らないところが多いと思うべきか。
 ともかく、やるべきことは変わらない。
 リグとリョウは地下へ行き、送還魔法を発動させる。
 シドとジンとフィリックスはアスカたちの帰還を待ちつつ、ハロルドと機械人形のフリをした人体模型をリョウたちから引き離す。
 ハロルドの目的はリョウとリグの魔力だ。
 二人の魔力だけでも十分あり得ないことを成し得られる。
 少なくとも、王都を覆う領域をほぼ一日中展開できていたことは、普通の召喚魔法師が世界中から集まっても難しいだろう。
 いくら魂の一部を封じていたからと言っても、黒魔石も用いず二人の人間の魔力だけで肉体を再生して復活するなんて不可能だ。
 その上、リョウの中には手つかずの『三千人分の魔力』もある。
 それを使えば、リグが言った通り「できないことの方が少ない」のだろう。
 たとえば本当に、ハロルドの言う通り『エーデルラーム』を含む九つの世界を一つに融合して垣根を消すことも。
 
「お前ら合図したら飛べ!」
「え? は、はい!」
「行くぞ!」
 
 リョウたちをエレベーターの中に残した状態で、シドがフィリックスとジンに向かって叫ぶ。
 輝きを携えた魔双剣を、シドが地面に突き立てた。
『廃の街』でシドが使った、地面を這う電撃波だ。
 飛んだところで、と思ったが二人がジャンプすると提灯お化けがフィリックスとジンを咥えて時間を稼いでくれた。
 
「ちいっ!」
「今だ! 屋敷の外にぶっ飛ばす!」
「了解だ!」
「はい!」
 
 透化外套を纏っていても、広範囲の電撃波は避けられない。
 その電撃で機能が一時的に歪みを生じさせたのを見逃さないシドが、落下してきたフィリックスとジンに指示を飛ばす。
 フィリックスが振りかぶった拳を両手でガードしたハロルド。
 後ろに下がったが、三メートルほどで停止する。
 フィリックスとキィルーの全力で吹っ飛ばないとは。
 
「我、シド・エルセイドの盟友ともよ、わが盾となり刃となり、助けとなれ! 来い! 風磨フウマ! どけ、猿!」
「略し方ぁ!」
「風遁、旋風玉!」
 
 憑依召喚魔法で忍術を使い、機械人形ごとハロルドを外に吹き飛ばす。
 さすがのハロルドでも体を宙に浮かされては耐えられなかった。
 
「修繕しろ又吉! お前たちは地下へ!」
「ありがとう、シド」
「うん、行こう!」
 
 シドたちが外へ向かうと、又吉が壁とエレベーターを直す。
 がたん、と再び地下に移動し始めた。
 魔力を消費するけれど仕方ない。
 
「着きましたにゃん!」
「ありがとう、又吉」
「急いでやってしまおう」
「うん!」
 
 地下の泉には赤い血文字のようなもので、巨大な魔法陣が描いてあった。
 この赤いのなに? まさか?
 不安を覚えながら聞くと「魔力回復薬」と答えが返ってきた。
 なんてもったいないことを。
 しかし、魔力を通すのにこれが一番効果的。
 
「本来は召喚魔法師の血を用いる、魔力回復薬は代用品だ」
「こんなに大量にあったの?」
「屋敷にずっと保管されていましたにゃん。むかーし召喚された時に『聖者の粛清』の皆さんが溜め込んでおりましたにゃん」
「置いておいても悪用されるだろうし、賞味期限もとうに切れていたから全部使ってしまおうと思って」
「そ、そうだね」
 
 間違いなく、悪質なことをやる。
 リグに手を差し出され、素直にその手を取って魔法陣の中へ進む。
 改めて覚悟を決める。
 
「リグ」
「うん。今……もう少し……」
 
 頭の中で魔法陣を構築していくリグを待つ。
 ゆっくり降りてくる瞳を覗き込みながら、リョウも目を閉じた。
 額がこつん、と当たる。
 
「ハロルドの妨害魔法が展開されている」
「私たちが送還魔法を使ったら、この魔力をそのまま利用する魔法だね」
「うん。だからハロルドの魔法の魔力を、そのまま取り込んでしまう。構築をもう一度変えるから少し待って」
「うん」
 
 二人で確認し合う。
 リグの知識量は本当にすごい。
 難しいのに、リョウにもよくわかる。
 本当ならハロルドの魔法に気づくのも難しいのに、しっかり隠されていた魔法もすべて暴いて逆に利用しようという。
 改めて、ハロルドが「天才」と呼ばれていた理由がわかる。
 リグも相当だろうけれど、そのリグを手こずらせる魔法の数々。
 それを一つ一つ対抗魔法を組み込み、取り込み、利用する。
 
「あの……私の魔力を解除するのは……」
「僕がシドに合図を送るから大丈夫。【無銘むめい聖杖せいじょう】もある。でも先に黒魔石の魔力を解除するね。魔法陣に魔力を通す」
「うん」
 
 リョウの首輪の黒魔石が光り始める。
 魔力が下に向かって流れていく。
 黒魔石の魔力を魔法陣に満たしていく間も、リグに送還魔法の構築を教えてもらう。
 魔力は十分。
 泉もまた魔力を含み、増幅させてくれる。
 大丈夫だ、これならば――。
 
「「っ!?」」
 
 だが、上で戦っているシドたちとハロルドの戦いが激化している。
 戦いながらハロルドも地下の魔力を感じ取り、採取しようとなにかの魔法を展開し始めた。
 このままでは、送還魔法の儀式が始められない。
 だが、途端にハロルドの魔法の気配が遠のく。
 地響きが増え、新たな召喚魔の気配が増えた。
 
「アスカさんたちが――」
「ああ、来た」
 
 アスカたちが間に合った。
 これで戦力的には予約ですらある、はす。
 
「今のうちに始めよう」
「うん!」
 
 ハロルドにリョウとリグの魔力を使わせたりしない。
 魔法陣を発動させ、異世界と――リョウたちの元いた世界とのパイプを繋げる。
 細い糸のようなパイプを固定し、レールを敷いて、コンクリートで固めて頑丈にしていくようなイメージ。
 レールの方向をしっかりと『エーデルラーム』からリョウたちの元の世界にして、逆流したり霧散したりしないように。
 次に元の世界に帰す者たちを選別する。
 ここからはリョウの仕事。
 無意識とはいえ、ユオグレイブの町にいる召喚者たちはリョウが連れてきてしまった者。
 不思議なことに、ユオグレイブの町に八つの光が見える。
 地上にも一つ。これはジンだ。
 でも、ジンは帰らないと言っていた。
 だから、帰すのはユオグレイブの町の八人。
 そして、お腹の中の『三千人』だ。
 選別が終わると今度はリグが魔力に変えた三千人を、全員元の姿に戻るように“プログラム”する。
 これで元の世界に帰ったと同時に、人間に戻れる。
 ハロルドとは違い、魔力で一から肉体を作るわけではなく元に戻すだけなのでリョウたちの魔力はハロルドを“作った”時より少なくて済む。補助程度だろうか。
 帰り道も、帰ったあとも問題ない。
 
「やろう」
「うん」
「繰り返して」
「うん」
「――漆黒の闇の道を我、リグ・エルセイドが創る。創るセーデム創るセーデム創るセーデム
 
 これは【神鉱国ミスリル】の言葉。
 ドワーフの神の言葉で、異界への道を作るという意味。
 
帰すラワ異界アーワス帰還エ・ア・ワース元の姿にエ・ハイ・ラ無実の者たちカ・カルー・テス閉じるトスありがとうム・ハーラさようならファ・タ・ヴァ異界の門よラームス・エーデル開きラーラム閉じろトス
 
 八の異世界の言語を繋げる。
 リョウたちの世界が、この八の世界のどこでもないから。
 どこでもない世界から、たった一人の[聖杯]になり得る者を探し出すための方法。
 そして、帰すための方法。
 
道標よカ・ァーファ彼らに別れをムルー・ル・アナーダ祝福をティ・スー
 
 繰り返し、繰り返し同じ言葉を紡ぐ。
 するとどんどん道が広がり、道を通りやすくするために肉体が一時的に量子に変化して光を纏いながら消えていく。
 真っ黒な道。
 その道を三千人と八人の魂と肉体と精神が通って帰っていった。
 
「うん――」
「無事に……帰るように」
 
 元の生活に戻れますように。
 巻き込んでごめんなさい。
 すべてが空になるほど、魔力が消えていく。
 でもなにも後悔しない。
 地面から小さな光が流星のように流れていく。
 真っ暗な道を、流星群が――。
 
 あの、ハロウィンの夜に見たように。
 
「ありがとう、リグ」
「ううん……これで……許してもらえるかな……?」
「きっと大丈夫だよ」
 
 お互いに魔力が空になった。
 座り込んで、空へ駆け上がる流星群のような光を見上げる。
 彼らが無事に元の世界に帰れますように。
 
「それに……まだ終わっていないしね」
「うん」
 
 暗い暗い道が静かに閉じていく。
 次に天井――地上の戦闘による衝撃が振動として天井を揺らす。
 加勢に行くべきなのだろうが、リョウもリグもすっからかんだ。
 あとはもう、待つしかできない。
 
 
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