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8章

機械人形

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「ハロルド・エルセイド……」
 
 部屋の窓から、ジンの相棒になったスターダストスクリームドラゴンが見えた。
 おあげとおかき、又吉の複雑そうな表情。
 彼らにとってハロルドは前主人だ。できれば戦いたくはないだろう。
 
「リョウ、窓から離れた方がいい」
「リグ、どうしよう。ハロルド・エルセイドが玄関の前にいるんだけど……」
「エルセイド家の家契召喚魔かけいしょうかんまはハロルドの命令も聞く。召喚主はあくまでも僕だけれど。だから直接家契召喚魔かけいしょうかんまのいるここに来たのだと思う。さすがに単身で来たのには、シドも驚いたんじゃないだろうか」
「えっと、それじゃあ……」
「コンコーン!」
「ぽんぽこー」
「はい! はい! 我々一同、召喚主に従いますにゃん! 家契召喚かけいしょうかんは家と契約しておりますが、やはり最優先するのは召喚主と契約で決まってるのですにゃん!」
 
 そうなのか、とひとまずは安心した。
 他の家契召喚魔かけいしょうかんまはシドの収納宝具の中。
 それも風磨フウマにしか取り出せない特別な収納宝具。
 ハロルドは、今召喚されているものから取り戻そうという手に出たのかもしれない。
 
「けれど、正直まずい。大ダメージを受けて瀕死になると強制送還される。一度送還するとリセットされるから、結界の中に入られたのは本当にまずい」
「じゃあ、なんとかして結界の外に追い出さないと……?」
「とはいえ、僕と君が出ていくのもハロルド・エルセイドにとって望み通りになりかねない。僕の魔力も君の魔力も、無理矢理使おうと思えば使うことができる。魔力は体内の血に溶けて流れているものだから……」
「っ!」
 
 ダロアログがリグを操り、自傷させてハロルドを復活させたあの時の状況。
 あれがまさに、“無理矢理魔力を使う”というものだろう。
 つまり、ハロルドに捕まった時点で――。
 
「……送還してしまおう」
「え?」
「君の中の『三千人分の魔力』にだけは、手をつけさせるわけにはいかない。最悪の最悪を避けるために、今この場で君の中の三千人を送還する。ユオグレイブの町にいる他の人間たちも」
「え、でも……魔力は……」
 
 リグがリョウの首輪にある黒魔石を指差す。
 その黒魔石もまた、ハロルドに渡すわけにはいかない。
 ハッとそれに気がついて、すぐに頷く。
 
「地下に行こう。最低限の準備は終わらせてある。窓を割って入ってこられてはすぐに捕まる」
「うん……」
 
 ジンとフィリックス、そして王都の生き残りの召喚警騎士と警騎士たち。
 彼らに凌いでもらうしかない。
 リョウとリグの魔力が空になれば、少なくともすぐに悪用されることはないのだ。
 又吉に頼んで部屋の前にいた貴族たちに気づかれない隠し通路を作ってもらい、地下へ直通のエレベーターを作ってもらった。
 リグと手を繋ぎ、エレベーターに乗り込む。
 一分もあれば地下に着く――はずだった。
 
「にゃ!」
「きゃあ!」
「っ!?」
 
 問題なく降りていたエレベーターが、突然止まる。
 リグが肩を抱き寄せてくれたから、一人の時よりも不安は少ない。
 おあげとおかきが床に降りて「ウウ……」と唸り声をあげる。
 その時突然エレベーターの扉をなにかがへこませた。
 ひっ、と喉が引き攣る。
 ギチ、ギチ、と金属の扉が鳴り、ついにバキッと音を立てて隙間が生じた。
 現れたのは細身のロボット。リョウとリグを確認した瞬間、アイカメラが光る。
 
「【機雷国シドレス】の機械人形!?」
「な、なんで……!?」
 
 リグもこれには思いもよらなかったのか、リョウを背中に庇うように隠す。
 ハロルド・エルセイドには二つの適性があるが、それは【鬼仙国シルクアース】と【竜公国ドラゴニクセル】であり【機雷国シドレス】の適性は持たないはず。
 生き残っている『聖者の粛清』の中にも【機雷国シドレス】の適性持ちはいなかったはずなので、もし、この召喚魔を扱える召喚魔法師がいるとしたら――ベレスだけ。
 
(生きている!? 確かにおそらく命は助かるはずとは聞いていたけれど……治療して元に戻ったのだろうか!?)
 
 しかしだとしても復帰が早すぎる。
 ハロルドたちに助けられたのだろうか?
 扉をどんどん開いて、ついに手を伸ばしてきた。
 だがリグたちに手を触れる前に、機械人形が腕を残して左に吹き飛んだ。
 隙間から見えるのは白いマントと金の髪。
 
「クソが!」
「「シド!」」
 
 両手に【無銘むめい魔双剣まそうけん】を持ち、悪態を吐く。
 さすがのシドもハロルドの作戦は予想を超えていたのか、機嫌が悪そうだ。
 
「シド! アスカ様たちは――」
「アイツら徒歩だから降ってくるから十分くらいかかるんじゃねぇ?」
 
 見れば壁が破壊されている。
 その壁の穴からフィリックスとジンが入ってきた。
 しかも外にはワイバーンの群れが新たに現れていた。
 召喚警騎士たちは、ワイバーンの群れの相手に追われている。
 壊れた機械人形はゆっくり立ち上がり、破壊されたはずの腕を回収して再生した。
 
「――――」
 
 それに目を見開くシドとリグ。
 フィリックスも「馬鹿な……」と呟く。
 なにが異様だったのか、リョウジンにはよくわからない。
 
「? なにか……」
「ありえない。【機雷国シドレス】の機械人形は自動再生したりしない。なんだコイツは……!?」
 
 シドが【無銘むめい魔双剣まそうけん】を重ねて魔力を溜める。
 得体の知れない召喚魔。
 リグがすぐに周囲を見回す。
 
「ハロルドは?」
「あの機械人形を召喚してから姿が見えない。煙に撒かれて……」
「後ろだ猿!」
「……!?」
 
 シドが叫んだのと同時にフィリックスがキィルーの拳をリグとリョウのいるエレベーターの扉に向かって叩きつけた。
 扉が完全に歪む。
 天井の電気がぶちぶちと消えて、ハロルドの姿が扉から右側へ吹っ飛んだ。
 ここまで迫っていたのに、気がつかなかった。
 そして、シドの言葉で即座に反応するフィリックスもすごい。
 
「ダロアログの透明になるマント?」
「よく修繕したな……」
「クッ……あれが手元にあったのか。通りで気づかなかったわけだ。だが、今ので狙いがはっきりわかったな」
 
 ごく、と生唾を飲み込む。
 シドの言う通り、リグの危惧した通り、ハロルドの狙いは――リグとリョウの魔力。
 
「シド、僕とリョウは地下に行こうと思う。魔力を使い切る。ハロルドに利用させるつもりはない」
「なるほど。あまり無理はさせたくはないが……確かにそれが一番効くかもな。わかった、援護する」
「でもどうする? 透化外套はマジで厄介だぞ。それに――」
 
 フィリックスが見たのはあの再生する機械人形。
 シドが【無銘むめい魔双剣まそうけん】で機械人形を切り裂くが、送還されることもなく再生した。
 異様だ。
 
「タネはもうわかった。【無銘むめい魔双剣まそうけん】の召喚魔法無効効果以上のモノとなるとそれはもはやそれ自体が持つ概念。スターダストスクリームドラゴンで燃やせば消し炭になる。機械人形に擬態した【鬼仙国シルクアース】の妖怪『人体模型』」
「「人体模型!?」」
 
 と、いうとあれだろうか、学校七不思議にある理科室の人体模型。
 リョウジンが声を揃えて聞き返す。
 アレが【鬼仙国シルクアース】の召喚魔として、召喚される?
 ということは、音楽室の肖像画や二宮金次郎像が走るとか、そういう怪異もあり得るのだろうか?
 
「そうか。人体模型は“足りない”状態だと傷つけられたら再生する。すべての臓器を満たせばようやく“完成”する妖怪。未完成の状態でいくら攻撃しても……」
「そうだ。だが器ごとすべて燃やし尽くせば足りない臓器が核となり再生が始まる。そしたら自動的に“完成”だ。それを倒す」
「そ、そういう妖怪なんですね」
 
 学校七不思議とはやはり違うようだ。
 リグに手を差し出され、ゆっくり立ち上がる。
 
「でも、じゃあ私たちはここからどうやって地下に行けば……」
「又吉、なんとかできるか?」
「にゃーーーー……地下への階段を作っても透明な人がいるとにゃりますとぉ」
「確かに、ついてこられると困るな」
「ハロルドと人体模型を外へ出して燃やす。透化外套ごと燃やせば二度と隠れられない」
「どうやって外に出す!?」
「お前と俺でぶん殴ってぶっ飛ばせばいいだろう」
 
 シドが指定したのはフィリックス。
 目が点になるフィリックス。
 なんというか――。
 
(((なんでたまにめちゃくちゃ脳筋……?)))
 
 
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