98 / 112
8章
機械人形
しおりを挟む「ハロルド・エルセイド……」
部屋の窓から、刃の相棒になったスターダストスクリームドラゴンが見えた。
おあげとおかき、又吉の複雑そうな表情。
彼らにとってハロルドは前主人だ。できれば戦いたくはないだろう。
「リョウ、窓から離れた方がいい」
「リグ、どうしよう。ハロルド・エルセイドが玄関の前にいるんだけど……」
「エルセイド家の家契召喚魔はハロルドの命令も聞く。召喚主はあくまでも僕だけれど。だから直接召喚済みの家契召喚魔のいるここに来たのだと思う。さすがに単身で来たのには、シドも驚いたんじゃないだろうか」
「えっと、それじゃあ……」
「コンコーン!」
「ぽんぽこー」
「はい! はい! 我々一同、召喚主に従いますにゃん! 家契召喚は家と契約しておりますが、やはり最優先するのは召喚主と契約で決まってるのですにゃん!」
そうなのか、とひとまずは安心した。
他の家契召喚魔はシドの収納宝具の中。
それも風磨にしか取り出せない特別な収納宝具。
ハロルドは、今召喚されているものから取り戻そうという手に出たのかもしれない。
「けれど、正直まずい。大ダメージを受けて瀕死になると強制送還される。一度送還するとリセットされるから、結界の中に入られたのは本当にまずい」
「じゃあ、なんとかして結界の外に追い出さないと……?」
「とはいえ、僕と君が出ていくのもハロルド・エルセイドにとって望み通りになりかねない。僕の魔力も君の魔力も、無理矢理使おうと思えば使うことができる。魔力は体内の血に溶けて流れているものだから……」
「っ!」
ダロアログがリグを操り、自傷させてハロルドを復活させたあの時の状況。
あれがまさに、“無理矢理魔力を使う”というものだろう。
つまり、ハロルドに捕まった時点で――。
「……送還してしまおう」
「え?」
「君の中の『三千人分の魔力』にだけは、手をつけさせるわけにはいかない。最悪の最悪を避けるために、今この場で君の中の三千人を送還する。ユオグレイブの町にいる他の人間たちも」
「え、でも……魔力は……」
リグが涼の首輪にある黒魔石を指差す。
その黒魔石もまた、ハロルドに渡すわけにはいかない。
ハッとそれに気がついて、すぐに頷く。
「地下に行こう。最低限の準備は終わらせてある。窓を割って入ってこられてはすぐに捕まる」
「うん……」
刃とフィリックス、そして王都の生き残りの召喚警騎士と警騎士たち。
彼らに凌いでもらうしかない。
涼とリグの魔力が空になれば、少なくともすぐに悪用されることはないのだ。
又吉に頼んで部屋の前にいた貴族たちに気づかれない隠し通路を作ってもらい、地下へ直通のエレベーターを作ってもらった。
リグと手を繋ぎ、エレベーターに乗り込む。
一分もあれば地下に着く――はずだった。
「にゃ!」
「きゃあ!」
「っ!?」
問題なく降りていたエレベーターが、突然止まる。
リグが肩を抱き寄せてくれたから、一人の時よりも不安は少ない。
おあげとおかきが床に降りて「ウウ……」と唸り声をあげる。
その時突然エレベーターの扉をなにかがへこませた。
ひっ、と喉が引き攣る。
ギチ、ギチ、と金属の扉が鳴り、ついにバキッと音を立てて隙間が生じた。
現れたのは細身のロボット。涼とリグを確認した瞬間、アイカメラが光る。
「【機雷国シドレス】の機械人形!?」
「な、なんで……!?」
リグもこれには思いもよらなかったのか、涼を背中に庇うように隠す。
ハロルド・エルセイドには二つの適性があるが、それは【鬼仙国シルクアース】と【竜公国ドラゴニクセル】であり【機雷国シドレス】の適性は持たないはず。
生き残っている『聖者の粛清』の中にも【機雷国シドレス】の適性持ちはいなかったはずなので、もし、この召喚魔を扱える召喚魔法師がいるとしたら――ベレスだけ。
(生きている!? 確かにおそらく命は助かるはずとは聞いていたけれど……治療して元に戻ったのだろうか!?)
しかしだとしても復帰が早すぎる。
ハロルドたちに助けられたのだろうか?
扉をどんどん開いて、ついに手を伸ばしてきた。
だがリグたちに手を触れる前に、機械人形が腕を残して左に吹き飛んだ。
隙間から見えるのは白いマントと金の髪。
「クソが!」
「「シド!」」
両手に【無銘の魔双剣】を持ち、悪態を吐く。
さすがのシドもハロルドの作戦は予想を超えていたのか、機嫌が悪そうだ。
「シド! アスカ様たちは――」
「アイツら徒歩だから降ってくるから十分くらいかかるんじゃねぇ?」
見れば壁が破壊されている。
その壁の穴からフィリックスと刃が入ってきた。
しかも外にはワイバーンの群れが新たに現れていた。
召喚警騎士たちは、ワイバーンの群れの相手に追われている。
壊れた機械人形はゆっくり立ち上がり、破壊されたはずの腕を回収して再生した。
「――――」
それに目を見開くシドとリグ。
フィリックスも「馬鹿な……」と呟く。
なにが異様だったのか、涼と刃にはよくわからない。
「? なにか……」
「ありえない。【機雷国シドレス】の機械人形は自動再生したりしない。なんだコイツは……!?」
シドが【無銘の魔双剣】を重ねて魔力を溜める。
得体の知れない召喚魔。
リグがすぐに周囲を見回す。
「ハロルドは?」
「あの機械人形を召喚してから姿が見えない。煙に撒かれて……」
「後ろだ猿!」
「……!?」
シドが叫んだのと同時にフィリックスがキィルーの拳をリグと涼のいるエレベーターの扉に向かって叩きつけた。
扉が完全に歪む。
天井の電気がぶちぶちと消えて、ハロルドの姿が扉から右側へ吹っ飛んだ。
ここまで迫っていたのに、気がつかなかった。
そして、シドの言葉で即座に反応するフィリックスもすごい。
「ダロアログの透明になるマント?」
「よく修繕したな……」
「クッ……あれが手元にあったのか。通りで気づかなかったわけだ。だが、今ので狙いがはっきりわかったな」
ごく、と生唾を飲み込む。
シドの言う通り、リグの危惧した通り、ハロルドの狙いは――リグと涼の魔力。
「シド、僕とリョウは地下に行こうと思う。魔力を使い切る。ハロルドに利用させるつもりはない」
「なるほど。あまり無理はさせたくはないが……確かにそれが一番効くかもな。わかった、援護する」
「でもどうする? 透化外套はマジで厄介だぞ。それに――」
フィリックスが見たのはあの再生する機械人形。
シドが【無銘の魔双剣】で機械人形を切り裂くが、送還されることもなく再生した。
異様だ。
「タネはもうわかった。【無銘の魔双剣】の召喚魔法無効効果以上のモノとなるとそれはもはやそれ自体が持つ概念。スターダストスクリームドラゴンで燃やせば消し炭になる。機械人形に擬態した【鬼仙国シルクアース】の妖怪『人体模型』」
「「人体模型!?」」
と、いうとあれだろうか、学校七不思議にある理科室の人体模型。
涼と刃が声を揃えて聞き返す。
アレが【鬼仙国シルクアース】の召喚魔として、召喚される?
ということは、音楽室の肖像画や二宮金次郎像が走るとか、そういう怪異もあり得るのだろうか?
「そうか。人体模型は“足りない”状態だと傷つけられたら再生する。すべての臓器を満たせばようやく“完成”する妖怪。未完成の状態でいくら攻撃しても……」
「そうだ。だが器ごとすべて燃やし尽くせば足りない臓器が核となり再生が始まる。そしたら自動的に“完成”だ。それを倒す」
「そ、そういう妖怪なんですね」
学校七不思議とはやはり違うようだ。
リグに手を差し出され、ゆっくり立ち上がる。
「でも、じゃあ私たちはここからどうやって地下に行けば……」
「又吉、なんとかできるか?」
「にゃーーーー……地下への階段を作っても透明な人がいるとにゃりますとぉ」
「確かに、ついてこられると困るな」
「ハロルドと人体模型を外へ出して燃やす。透化外套ごと燃やせば二度と隠れられない」
「どうやって外に出す!?」
「お前と俺でぶん殴ってぶっ飛ばせばいいだろう」
シドが指定したのはフィリックス。
目が点になるフィリックス。
なんというか――。
(((なんでたまにめちゃくちゃ脳筋……?)))
0
お気に入りに追加
46
あなたにおすすめの小説
おばさんは、ひっそり暮らしたい
波間柏
恋愛
30歳村山直子は、いわゆる勝手に落ちてきた異世界人だった。
たまに物が落ちてくるが人は珍しいものの、牢屋行きにもならず基礎知識を教えてもらい居場所が分かるように、また定期的に国に報告する以外は自由と言われた。
さて、生きるには働かなければならない。
「仕方がない、ご飯屋にするか」
栄養士にはなったものの向いてないと思いながら働いていた私は、また生活のために今日もご飯を作る。
「地味にそこそこ人が入ればいいのに困るなぁ」
意欲が低い直子は、今日もまたテンション低く呟いた。
騎士サイド追加しました。2023/05/23
帰らなければ良かった
jun
恋愛
ファルコン騎士団のシシリー・フォードが帰宅すると、婚約者で同じファルコン騎士団の副隊長のブライアン・ハワードが、ベッドで寝ていた…女と裸で。
傷付いたシシリーと傷付けたブライアン…
何故ブライアンは溺愛していたシシリーを裏切ったのか。
*性被害、レイプなどの言葉が出てきます。
気になる方はお避け下さい。
・8/1 長編に変更しました。
・8/16 本編完結しました。
【完結】うっかり異世界召喚されましたが騎士様が過保護すぎます!
雨宮羽那
恋愛
いきなり神子様と呼ばれるようになってしまった女子高生×過保護気味な騎士のラブストーリー。
◇◇◇◇
私、立花葵(たちばなあおい)は普通の高校二年生。
元気よく始業式に向かっていたはずなのに、うっかり神様とぶつかってしまったらしく、異世界へ飛ばされてしまいました!
気がつくと神殿にいた私を『神子様』と呼んで出迎えてくれたのは、爽やかなイケメン騎士様!?
元の世界に戻れるまで騎士様が守ってくれることになったけど……。この騎士様、過保護すぎます!
だけどこの騎士様、何やら秘密があるようで――。
◇◇◇◇
※過去に同名タイトルで途中まで連載していましたが、連載再開にあたり設定に大幅変更があったため、加筆どころか書き直してます。
※アルファポリス先行公開。
※表紙はAIにより作成したものです。
夫から国外追放を言い渡されました
杉本凪咲
恋愛
夫は冷淡に私を国外追放に処した。
どうやら、私が使用人をいじめたことが原因らしい。
抵抗虚しく兵士によって連れていかれてしまう私。
そんな私に、被害者である使用人は笑いかけていた……
好きな人に『その気持ちが迷惑だ』と言われたので、姿を消します【完結済み】
皇 翼
恋愛
「正直、貴女のその気持ちは迷惑なのですよ……この場だから言いますが、既に想い人が居るんです。諦めて頂けませんか?」
「っ――――!!」
「賢い貴女の事だ。地位も身分も財力も何もかもが貴女にとっては高嶺の花だと元々分かっていたのでしょう?そんな感情を持っているだけ時間が無駄だと思いませんか?」
クロエの気持ちなどお構いなしに、言葉は続けられる。既に想い人がいる。気持ちが迷惑。諦めろ。時間の無駄。彼は止まらず話し続ける。彼が口を開く度に、まるで弾丸のように心を抉っていった。
******
・執筆時間空けてしまった間に途中過程が気に食わなくなったので、設定などを少し変えて改稿しています。
【本編完結】伯爵令嬢に転生して命拾いしたけどお嬢様に興味ありません!
ななのん
恋愛
早川梅乃、享年25才。お祭りの日に通り魔に刺されて死亡…したはずだった。死後の世界と思いしや目が覚めたらシルキア伯爵の一人娘、クリスティナに転生!きらきら~もふわふわ~もまったく興味がなく本ばかり読んでいるクリスティナだが幼い頃のお茶会での暴走で王子に気に入られ婚約者候補にされてしまう。つまらない生活ということ以外は伯爵令嬢として不自由ない毎日を送っていたが、シルキア家に養女が来た時からクリスティナの知らぬところで運命が動き出す。気がついた時には退学処分、伯爵家追放、婚約者候補からの除外…―― それでもクリスティナはやっと人生が楽しくなってきた!と前を向いて生きていく。
※本編完結してます。たまに番外編などを更新してます。
婚約者が王子に加担してザマァ婚約破棄したので父親の騎士団長様に責任をとって結婚してもらうことにしました
山田ジギタリス
恋愛
女騎士マリーゴールドには幼馴染で姉弟のように育った婚約者のマックスが居た。
でも、彼は王子の婚約破棄劇の当事者の一人となってしまい、婚約は解消されてしまう。
そこで息子のやらかしは親の責任と婚約者の父親で騎士団長のアレックスに妻にしてくれと頼む。
長いこと男やもめで女っ気のなかったアレックスはぐいぐい来るマリーゴールドに推されっぱなしだけど、先輩騎士でもあるマリーゴールドの母親は一筋縄でいかなくて。
脳筋イノシシ娘の猪突猛進劇です、
「ザマァされるはずのヒロインに転生してしまった」
「なりすましヒロインの娘」
と同じ世界です。
このお話は小説家になろうにも投稿しています
結婚式の日取りに変更はありません。
ひづき
恋愛
私の婚約者、ダニエル様。
私の専属侍女、リース。
2人が深い口付けをかわす姿を目撃した。
色々思うことはあるが、結婚式の日取りに変更はない。
2023/03/13 番外編追加
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる