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7章

相棒

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「ぼく、自由騎士団フリーナイツに保護してもらう」
 
 レオスフィードが選択したのは、シドが“おすすめ”したものだった。
 今までのを聞く限り、ジンもそれが一番いいように思う。
 自由騎士団フリーナイツの総本山には賢者ファプティス・クーラーンガルがいる。
 リグやリョウも一緒に保護されるのを望むとするのなら、勉強の方は問題ない。
 剣なども騎士たちと訓練すれば伸びるだろう。
 
「他の[異界の愛し子]たちはどうするのかな?」
「本人たちの意思に任せるが、やはりこの世界で任せられるのは自由騎士団フリーナイツだけだろうな」
「じゃあシドさんも自由騎士団フリーナイツへ?」
「俺が騎士なんて柄かよ」
「「「え?」」」
「は?」
 
 この人これだけ守ることに対して真摯だというのに、まだ言うのだろうか。
 思わず聞き返すアスカとジンとレオスフィード。
 ただ、ジンはこれまでのことも知っているので、シドの自己評価が歪んでいるのも無理はないと思っている。
 リグもそうだが、シドも育ち方がまともではない。
 想像でしかないが、ダロアログに奪われた弟を助けるために苛烈な修行をしつつ『赤い靴跡』のトップなどからも目をかけられていた。
 関係者はどうしても裏の人間。
 もしも彼がレイオンやアスカにもっと早く出会っていたなら、ノインの先輩騎士になっていただろう。
 もしくは、フィリックスと同じ優秀な召喚警騎士に。
 
(リグさんが『人を導くカリスマ性がある』って言ってたけど、本当にその通りだな。悔しいけど、負けたくないけど判断力も決断力もあって『この人に任せたら大丈夫』って思ってしまう)
 
 実際列車の中で一緒に戦った時の安心感たるや。
 敵対した時の絶望感が反転すると、これほどなのかと思った。
 アスカとはまだ共に戦ったことはないけれど、シルフドラゴンがなにも言わずに穏やかに待っていてくれるのを見てなおさら「この二人がいたら負ける気がしない」と思う。
 それほどの安心感。
 英雄と世界最強。
 そんな英雄と肩を並べられるのだから、シドはやはり騎士向きだろう。
 いや、下手をすれば――王に――。
 
「まあいい、どちらにしてもやることは変わらない。要はタイミングだ。ハロルドの野郎を見つけたタイミングでユオグレイブの町にいる召喚者たちをリグとあの娘で送還し、お前らが漬け入れられる隙を消しておく。第三王子は帰ったらまず剣聖と一緒にしばらく自由騎士団フリーナイツに身を寄せることを王に報告しておけ。反対はされないだろう。反対するようならさすがに“親として”終わってる」
「わ、わかった」
「で、お前は帰らないと言っていたな」
「はい」
 
 レオスフィードに帰ったあとの指示をして、ジンを見るシド。
 帰る――元の世界に。
 だが、ジンは帰るという選択肢を捨てた。
 家族には手紙を渡してもらうつもりだったが、今の話では難しそうだ。
 それが少し気がかりだが、家族ならきっとわかってくれる。
 そう信じてる。
 だからはっきり「帰らない」と答えた。
 
「なんで帰らない? 元の世界は平和なんだろう? この世界はこれから地獄のような戦争の時代に突入するぞ。人を殺すこともあるだろうし、お前が殺した者の家族はお前を永遠に恨む。許されることなんてない。それでもこの世界にいるのか?」
「……っ、そ……それは……その覚悟は、まだ、考えたこともない、ですけど……」
「けど?」
「…………オレは……フィリックスさんやノインくんみたいな騎士になりたい。人を守れる人間になりたいんです。だから、別に人を殺したいわけじゃない」
 
 弱い人を、戦えない人を守れる人間になりたい。
 口にはとても出せないけれど、シドのようにもなりたい。
 悔しいがやはり強い彼は『守る側』の人間として手本のような存在だ。
 ジッと見上げて答えると、深々溜息を吐かれた。
 
「ふーん。絶対後悔するぞお前」
「う……」
「まあいいわ。お前これと契約してみる?」
「はい?」
 
 と、シドが自分の首から外して差し出された魔石は、ちゃんと装飾加工された契約魔石だ。
 三日月に抱かれるように紫色の魔石が収まり、ペンダント状になっている。
 紫色の魔石ということは、【竜公国ドラゴニクセル】属性。
 
「え? ええと……シドさんには【竜公国ドラゴニクセル】の適性があるんじゃないんです、か?」
「は? ねぇけど? 俺は【鬼仙国シルクアース】の適性しかねぇよ。そもそも二属性以上あるのが異様だからな?」
「そ――そうなんですか。いや、あの、シドさんって色々隠してるから、てっきり二属性くらいあるのかと……」
「“そっち”は全部リグの方に付与されたんだよ。いいから契約するかどうか決めろ」
「……?」
 
 少し困ったように見下ろされて、ジンも「なんなのだろうか」と思いながら魔石の確認をする。
 すると――凄まじい力を感じた。
 おそらくシルフドラゴンよりも上位の召喚魔だ。
 
「……これ、なん……なんですか? 伝説級ぐらいありそうなんですけど……」
「ハロルドの契約魔石か?」
「そう。俺は使えないし、リグにはもう相棒召喚魔がいる。全裸変態ジジイに絶対渡さないためには、他の人間の専属召喚魔にするのが一番手っ取り早い。――が、俺は【竜公国ドラゴニクセル】の適性がない。第三王子は確実にコストが支払えないし、英雄アスカ様にももう相棒召喚魔がいるはずだしな?」
「うん。聖剣エクスカリバー!」
 
 と、魔石を見せてくれた。
 それは【戦界イグディア】の伝承級存在だ。
 すご……とジンから声が漏れる。
 
「それでオレ、ですか」
「ああ。お前はまだ相棒いないんだろう?」
「は、はい」
 
 しかし、手に持っただけで凄まじい力を感じる。
 これを相棒にしろ、と言われているのだ。
 
(無理では?)
 
 直感的にそう思う。
 それほどに今の自分には分不相応な召喚魔だ。
 しかし、手に持っているだけで……なぜだろう?
 
(悲しい)
 
 魔石から強い悲しみが伝わってくる。
 胸が痛むほどに、強く、強く。
 気づけば涙が勝手に溢れていた。
 
「あれ、なんで……?」
「……やっぱり相性よさそうだな」
「やっぱり? シド、この契約魔石は――とても強い悲しみを感じるんだけど」
「星竜スターダストスクリームドラゴンの契約魔石だからな」
「「「!?」」」
 
 星竜スターダストスクリームドラゴン。
 ハロルド・エルセイドの相棒召喚魔ではないか。
 それって、と口に出かけてハッとする。
 相棒召喚魔は、契約していた相棒召喚魔法師が死ぬと普通の召喚魔になる。
 しかし、基本的に相棒は常に召喚主とともにいるため、『エーデルラーム』に残っているはずだ。
 召喚主が死ねば元の世界には帰れないから。
 それなのにスターダストスクリームドラゴンは、【竜公国ドラゴニクセル】に戻っている。
 
「そうか……最後の戦いで致命傷を負わせた時にハロルドが【竜公国ドラゴニクセル】に戻したんだ。召喚魔は致命傷を負うと自動的に送還されるけど相棒召喚魔はそうじゃない。召喚主が手動で帰さなければならない。送還して元の世界に帰せば、故郷の土地魔力で一命は取り留める。……そのままハロルドを倒したから……スターダストスクリームドラゴンは――」
「ああ、そのまま召喚主を失ってただの召喚魔に戻った。ちょっと珍しいケースだよな」
「それじゃあ俺の呼びかけには答えてくれないだろうな。この子の相棒を殺したのは俺だ」
 
 アスカが顔を歪ませる。
 二十年前の戦いで、スターダストスクリームドラゴンを退けたアスカ。
 相棒という守りを失ったハロルドを、アスカたちは撃破――殺害した。
 相棒の敵だ、スターダストスクリームドラゴンは適性があってもアスカの呼びかけに応えることはないだろう。
 それくらいの自由は召喚魔にもある。
 ――だからこそ、ジンに。
 
「スターダストスクリームドラゴン」
 
 ジンが種族名を呼ぶ。
 契約魔石からは変わらずに悲しみが伝わってくる。
 
「名前を教えてくれないかな」
 
 専属召喚魔となった召喚魔には、相棒召喚魔法師から名前が贈られる。
 固有名詞として刻まれて、それが相棒の証になるのだ。
 ジンが契約魔石に聞くと、存外あっさりと答えが返ってきた。
 
「エルっていうんだ? どうしてそんなに悲しんでいるの?」
 
 声が届く。
 不思議な感覚だ。
 ずっと疑問だったことを問うと、意外な答えが返ってきた。
 スターダストスクリームドラゴンのエルは、『ハロルドが変わってしまって悲しい』と言ったのだ。
 
「変わってしまって悲しい? ハロルド・エルセイドは昔からああだったわけじゃないの?」
 
 聞き返すと『違う』と言う。
 彼は昔、エルと契約した当初は本当に才気溢れる青年だった。
 夢を語り、理想を語り、貴族と平民が召喚魔とともに手を取り合う世界にしたいと目標を語るような。
 そんな姿に惚れ込んで、当時は中位の召喚魔だったエルはハロルドと専属契約をした。
 ハロルドの魔力で進化を繰り返し、強くなるのと同じくハロルドもどんどんおかしくなっていったのだという。
 国の体制、歪みが――ハロルドも歪ませていった。
 気がつけばエルの言葉を自分の都合のいいように解釈する、狂人となっていたのだ。
 側にいるのに、話ができるのに、通じない。
 あれほど語り合った理想と夢は形を変えて、彼と彼に同調した者たちにのみ都合のいいものになった。
 悲しみが降り積もる。
 それでも専属契約している以上、ハロルドを見捨てることもできない。
 悲しい。悲しい。悲しい……。
 アスカたちに止められることを望んですらいた。
 倒されて安堵した時、瀕死のエルをハロルドは【竜公国ドラゴニクセル】に帰す。
 その時、ハロルドの残された情を感じて本当に悲しかった。
 どうして、言葉は通じていたのにエルの言うことを無視していたのか。
 どうして最期まで側にいさせてくれなかったのか。
 どうして――。
 
「……そう、だったんだ」
 
 それは、確かに悲しい。
 二十年間どころか、それよりもずっと前からエルは悲しんでいた。
 変わっていく友の姿になにもできない無力感。
 たとえ進化して強くなったとしても、一番側にいるのに友の暴走を止められなかった。
 
「――っていう理由らしいです。エルが悲しんでいるの」
「あの全裸変態ジジイは『戦士の墓』に自分の魂の一部を封じて、たとえ死んでも復活できるように仕込みを行っていた。スターダストスクリームドラゴンほどの召喚魔に進化させていたってのに、相棒の召喚魔が守り通してくれると信じていなかったってことだ」
「そんな……」
 
 今回実際その仕込みを用いて復活したハロルド・エルセイド。
 それを話すと、エルの悲しみはさらに深まる。
 ハロルドの思想を批難していたエルを、ハロルドは信用していなかったのだ。
 それなのに【竜公国ドラゴニクセル】に帰し、命を繋いだのは――。
 
「なるほど。送還してスターダストスクリームドラゴンの怪我を癒したのは、自分が復活したあとまた自分の召喚魔として使うためか。家契召喚かけいしょうかんの召喚魔にはならないが、契約魔石さえ残っていれば通常召喚はできる。伝説級にもなればコストは高いが、縁があるから低コストで召喚できると思ったのか……はたまた王都の黒魔石を盗んで使って召喚するつもりなのか」
「エルの気持ちは考えないんですか!?」
「相手の不快感も考えず全裸で歩き回って空気読めない『家族三人で楽しく暮らそう』発言してくるようなイかれた変態が、そんな繊細な竜の気持ちと事情を汲み取ると思うのか?」
「そ――っ! そ、そ、それはぁ……!」
 
 もうなんかぐうの音も出ない。
 冗談さて置き、シドの言う通りハロルドは本当にエルのことを信用しなくなり、道具として使うようになったのだろう。
 確かにそんな状態でシドの持つ家契召喚かけいしょうかんとエルの契約魔石をハロルドに奪われるわけにはいかない。
 
「エル、ハロルドを止めよう。今度こそ」
 
 ハロルドが復活したことも、また王侯貴族を狙って王都周辺をダンジョン化したことも、シルフドラゴンを使い上手く隠れているだろうことも……ジンは話してエルに頼んだ。
 契約魔石が光る。
 
『手を貸す。契約する。お前と』
「あ、ありがとう!」
 
 ええと、とジンはシドを見る。
 本当に、いいのか。
 エルセイド家の家契召喚魔かけいしょうかんまにすることもてきるはずなのに。
 いや、そもそもいくら適性がなくとも、シドとリグがエルの正式な継ぎ手のはずなのだ。
 それをジンが、本当に?
 
「構わない。二度と利用させるな」
「……はい!」
 
 事情をすべて聞いて、その上でシドがそう言うのなら。
 自分の剣で書く手の甲を切る。
 血を契約魔石に滴らせて、両手で包む。
 
「我が名はジン真堂シンドウ。死が別つまで、汝と我は友となろう。汝の名を――」
 
 エルと呼んでいいのか。
 ハロルドが名づけた名前。
 いや、と目を閉じる。
 
「エル!」
 
 名前を呼ぶ。
 そのままでいい。
 つらい記憶のある名前でも、名前は名前。
 魔石から光が溢れて巨大な渦のような光の塊になる。
 翼を広げて現れたのは、虹色の輝きをもつ白銀の巨竜。
 レイオンの言っていた通り、美しくて見惚れる。
 
「わ、わあ! これが伝説のスターダストスクリームドラゴン! 綺麗だ!」
「ああ……これが敵として現れた時は勝てる気がしなかったけど……」
「ふーん」
 
 レオスフィードが綺麗、綺麗と飛び跳ねる。
 ジンも目を細めて、見下ろしてくる宇宙のような深い色の瞳を見上げた。
 
「えっと、オレはジン。よろしくね、エル」
『よろしく、ジン。一緒にハロルドを止めてくれる?』
「うん」
『……ありがとう』
 
 降りてくる頭を撫でる。
 煌めく瞳に涙を見て、なんとも言えない気持ちになった。
 それでも、どんな形でも得た相棒を大事にしようと思う。
 
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