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7章
ルート このままもう一眠り
しおりを挟むどうしようかな、と考えを一巡させた結果――再びベッドに横たわることにした。
(シドにも魔力の回復に努めろ、って言われたし……今の私にできるのは魔力の回復――だよね)
しかしこれ以上眠ると頭が本格的に痛くなる。
だから横たわるだけにして、なにか別のことを考えよう。
ふと、隣にはあの人と同じ顔の――あの人の弟がいる。
あの人が自分のなにもかもすべてを賭けてでも守ろうとしている人。
涼の恩人。
(綺麗な顔……)
眠っているからこそ、整っているのがよくわかる。
こんなに間近で男の人の顔をじっくりと見たのは初めてかもしれない。
フィリックスにベッドの中へ引き摺り込まれた時は、それどころではなかったから。
目を閉じていれば顔立ちは同じなのだ、あの人と同じ寝顔ということになるのだろうか。
(やだな、私……シドのことばかり考えている。リグはリグなのに)
それにこの気持ちはこれ以上育ててはいけない。
心の奥底に封じ込んで、いつか消えるまで大事に抱えておこう。
少なくとも、ハロルド・エルセイドの件が終わるまでは。
「……」
「あ」
見つめすぎたのか、リグがゆっくりと紫色の瞳を開く。
その色もまた鮮明で、美しい。
「……さすがに痛い」
「頭? 体?」
「あたま……」
「私もちょっと痛い」
だよね、と頷き合う。
そして、じっと見つめられてだんだんと恥ずかしくなる。
「見てた?」
「バ、バレてた?」
「視線は感じた」
「ご、ごめんなさい」
「別に。あまり楽しいものでもないだろうにとは、思った」
「そんなことは――」
ないよ、と言うのもおかしい気がして、とりあえずまだ「ごめんなさい」と謝る。
すると「なぜ謝るんだ?」と聞き返された。
寝顔を不躾に見てしまったのは謝るべきことのような気がする。
しかしリグは気にした様子がない。
「僕もさっき見ていたからおあいこ」
「え!?」
「さっき、少しだけ見てた。可愛かった」
「かっ……!」
顔が熱くなる。
なんてことをさらりと言うのだ、この人は。
驚きすぎて慌てて起き上がってしまった。
「か、可愛くなんてないよ……ふ、普通だよ……多分。いや、普通以下なくらいで――」
「基準はわからない。僕の感想だから」
「ぐっ」
「リョウはとても可愛いと思うし、いくら見ていても飽きないと思うのに……側にいるととても安心するし、気づいたら安心して寝ていた」
「う、ううう」
すらすらと恥ずかしいことをどんどん言うリグ。
裏表がない分、威力が凄まじい。
もうやめて、とお願いするが、上半身を起こしたリグに首を傾げられる。
「どうかしたのか?」
「ほ、褒められ慣れてないの。恥ずかしくなるからやめてほしい」
「褒めるのはいいことだと本に書いてあったし、シドもいいことだと言っていた」
「それは、まあ、そう、なんだけど」
褒めることは悪いことではない。
それはまさにその通り。
しかし、褒められ慣れていない涼にはつらいものがあるのだ。
「リグは褒められるとこそばかゆくならないの?」
「褒められることがないからわからない」
「え? 褒められることがな――」
そんなはずはないだろう、リグはとても優秀な人だ。
口に出かかったそれは、リグが優秀すぎて常人離れした結果ばかりを出すことでほとんどの人間に褒められるよりは驚かれ、果ては呆れられてしまっている姿を思い出す。
フィリックスに至ってはもう悶絶して悔しがっていたが。
いや、あれは悔しがっていたのか?
色々複雑な感情のせめぎ合いで苦しんでいた――の、方が正しいような。
「……リグは凄すぎて褒めるのが難しいんだよね」
「褒められるような人間ではない自覚はある。気を遣わなくていい」
「え? ち、違うよ? リグはちゃんとすごいよ。凄すぎてちょっと理解が追いつかないだけで」
と、言うと首を傾げられる。
そのあたりはこれから擦り合わせていくしかないんだろう。
「僕が異質なのは知っている。シドにも言われている」
「そ、そうじゃなくて! う、うーん、なんて言えばいいんだろ……?」
そうだった。
リグはこういう思考の人だった。
ただ、あながち間違いでもない。
この世界の人間の中で、この世界の人間ではない涼やアスカ以上に異質な存在。
それでも、普通の人間と変わらないところはある。
「確かにリグは普通の人から見たらちょっとかなり変わってる部類だと思うけどね、でも、シドのことは好きでしょう? お兄ちゃんだもんね」
「……好き……?」
「うん。無茶したり怪我していたら心配したり、治してあげたいと思ったり、危ないことはしないでほしいでしょ? ……人殺しもしてほしくないし、これ以上罪を重ねないでほしいって、大好きなお兄ちゃんが心配だからだと思うの。違う?」
「そうか……この気持ちは心配しているというのか」
そこから? と少し驚いたが、この年まで隔離されて育ったのだから仕方ない。
こういうところも、一つ一つ覚えていけばいい。
リグは優秀だから、きっとすぐに普通の人のようになる。
「リグはシドのことを、弟として心配してる。弟として、お兄ちゃんが好き。それは“普通”だよ」
「…………好き。普通。家族愛というもの、か?」
「うん、そう」
「そうか……僕にもそういうものがあるのか」
「シドも相当リグのこと――兄として弟のことを大好きだと思うよ。見ててわかる」
むしろかなり――ブラコンの域ではないだろうか。
いや、これもまた、リグのこれまでを思えば無理もない。
厄介なことに、ほんの少しだけ、先ほど閉じ込めたはずの心が疼く。
シドに肉親として無償の愛を唯一与えられているリグが羨ましい。
妬ましいとまではいかないが、涼には物心ついた頃から憧れていたものだ。
ほしくても、諦めざるを得なかったもの。
だから、そういう意味でもとても羨ましい。
けれど、同じくらいリグとシドの境遇的に“お互いしかいなかった”のもわかる。
「なら、僕も君のことをそう思ってる」
「え」
「君のことも心配している。無理をさせすぎてしまった。僕と同じレベルのことができる人間は、今までいなかったから……とても甘えてしまったと思う。とても頼りに思っているし、倒れさせてしまって申し訳ない。早く元気になってほしい。元の世界に帰してあげたい。君のおかげで外で生活できるようになった。困ってはいなかったけれど、憧れがないわけではなかったのだと思う。ただ、今も僕を使う者が変わったところで――と思っている。君が一緒なら、もしかしたら以前レイオンが言っていたように『自分で決める』ことをしなくてはいけないのかもしれない、とも思う。とても難しいけれど」
「……っ、うん。でもあの、私元の世界には帰らない。私にはリグにとってのシドみたいな……家族はいないの」
「そうなのか?」
「うん。帰っても……誰もいないの。だからこの世界にずっといる。あなたの召喚魔として、側にいてもいい?」
あの家に帰るくらいなら、ずっとここにいたい。
心の底からそう思う。
改めて伝えて、リグは少しだけ驚いた顔をした。
リグを知らない人から見れば無表情のままに見えたと思うが。
「君が望むのならそれでいいと思う。このままこの世界にいるのなら――僕の専属召喚魔でいてくれるのなら……それは家族と同じだ。それでもいいのか? ……エルセイドの家名は、罪深い」
「……家族……」
リグが言っているのはエルセイドの家名が持つ業のことだ。
それでも、あの人と同じものを自分も背負える。
少なくとも、加賀深の家では涼に無関心だった。
それに比べてなんと幸せなことだろう。
「嬉しい。私もリグとシドの家族にしてもらえるの?」
「……なぜ嬉しい? 今の状況からもいいことではないと思う」
「ううん。嬉しいよ。罪でも、無関心よりずっといいの。苦しみも悲しみもなにもないよりマシなんだ。寂しいより――」
ポロリ、と涙が出た。
驚いてしまう。
泣くと思わなかった。
あの家のことで、涙なんてもう枯れたと思っていたから。
「――そうか。そうだな。寂しいよりは……いい。わかるよ」
「…………っ」
あのような塔の中で、知り合いから引き剥がされながら、兄から逃げるような男に連れ回されながら生きてきたリグにも少しわかってもらえる。
抱き締められて驚いたけれど、それが家族の温もりだと思うと本格的に涙が止まらなくなる。
これが欲しかった。
本当に、ずっと。ずっと――。
「シドもたまにこうしてくれた。合っているだろうか?」
「……うん……うん……ありがとう……」
ちゃんと合っている。なにも間違っていない。
たとえこの世界にもっとも恨まれた家の血だろうと、この兄弟の愛情に普通の家族との違いはなにもないではないか。
こうして、分け与えてもらえるほどに。
涼とリグの肩におあげとおかきが登ってきて、すりすりとふかふかの毛皮を擦りつける。
「ありがとう……」
泣き止むまで、ずっとそうしてくれるリグと、おあげとおかき。
とてもとても、あたたかい。
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