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7章
ルート 水を飲みに行く
しおりを挟む「やっぱり水飲みに行こう……」
『ぼふ、ぼふふ』
「大丈夫。飲みに行くから。ありがとう」
提灯お化けが涼に「お持ちしますか?」と聞いた。
それを断り、涼は一度リグの寝顔を見下ろしてからおあげとおかきに「水飲んでくるね」と二匹の頭を撫でて部屋を出る。
領域は展開中、動くことができない。
心配そうにするおあげとおかきに「お化け屋敷の中からは出ないから」と約束しておいたので、外には出ないようにして。
エレベーターで一階の食堂に降りる。
王都の一般市民が大部屋に入れられて、意気消沈している姿が開け放たれた扉から見えた。
「ぐっふ……!」
『ほふっ! ぼふふっ!』
「だーいじょぶですにゃーん?」
「だ、大丈夫……ちょっと休んでくるだけ……だか、ら」
「本当に大丈夫ですにゃ……?」
「刃くん? どうしたの?」
「あ、ひめ様」
又吉にそう呼ばれて「涼でいいです」と訂正させるが、もしかしなくてもこれからもリグとシドの召喚魔にはこの呼び方をされ続けるのだろうか?
それならここで諦めた方がいいのかもしれない。
だが、今は刃だろう。
体調がとても悪そうだ。
「刃くん、大丈夫?」
「あ、う、うん。……いや、あの、本当に大丈夫。ただの魔力切れなんだ」
「魔力切れ……? え? なんで?」
涼とリグは魔力量が桁違いに多い。
だからこそ完全回復に一ヶ月程度の時間がかかる。
人がなにもせずに一晩眠ることで回復する魔力量は、だいたい40~50程度だからだ。
リグの場合魔力の回復速度も早く、回復する魔力量も200前後と多い。
だが、涼は回復速度も回復量も測ったことはないので、常人と変わらないだろう。
そんな涼とリグとは違い、魔力量が多いとはいえ刃は常人。
無理して魔力がなくなることも珍しいし、刃の魔力を使い果たすような事態というのも――。
「なにかあったの?」
「ううん。アスカさんにシルフドラゴンと簡易契約してはどうかっていわれて……契約魔石を作っていたんだ。一応契約自体はできたんだけど、上級召喚魔だから魔力をごっそり持っていかれてね」
「わ、わあ……そうなんだ。すごいね!」
「いやいや……」
心の底から首を振って否定する刃に首を傾げる。
アスカはシルフドラゴンをコストなしで召喚したらしい。
だがそれは、アスカが[異界の愛し子]なのだから仕方ないのでは。
そう喉まで出かかったが、召喚魔法を“自分”で使えるようになってからそのすごさを理解した。
フィリックスと刃がリグの言動にいちいち驚く理由も、召喚魔法を学んだ今ならあまりにもずるいことだったんだとわかる。
もちろん、リグだって好きで[異界の愛し子]に生まれてきたわけじゃない。
だから体質に対して妬まれるとどうしようもないのだ。
涼も同じ。
なのでなにも言えない。
「……あ、違うんだ! 不甲斐ないっていうか……褒められるようなこと、オレなにもできてないな、って」
「え、そんなことないよ」
「ううん。アスカさんのこともリグさんのことも素直に羨ましいと思うけど、努力じゃどうすることもできないことだしリグさんの魔力量は幼少期から本当につらい目に遭いながら増やしたんだって知ってる。オレが同じことをしても、近づくこともできない。……自分があの領域に達することなんてあり得ない。それでもフィリックスさんやノインくんみたいな、目の前の誰かを守れる騎士にはきっとなれると思うんだ。だから今日の簡易契約は、これからのオレの切り札の一つ。アスカさんに手伝ってもらえてよかった」
目を見開く。
――同じ人なのだろうか、と不思議に思う。
目標をはっきりと持ち、そのために今の自分の実力を把握してそこからどう伸ばすのかも計画立てている。
大切そうにシルフドラゴンの契約魔石を握り、これからを見据える希望に満ちた視線。
「ぐっ……」
「わっ! 大丈夫!?」
「う、うん。ごめん。かっこ悪いけど、魔力切れ中で足腰が震えてて……とりあえず水だけ飲んで今日はもう休もうかと……」
「それがいいよ!」
涼も魔力切れのつらさはわかる。
二日間起きなかったらしいので、想像以上に身体に影響があるのだ。
早く回復させてあげられたら――と考えた時、一ついい方法があるのを思いついた。
「そうだ! 私とリグが寝ている部屋においでよ!」
「え!?」
「おあげとおかきの小領域内なら、魔力回復速度が早まるって言ってたでしょう? 刃くんも一緒に寝ようよ」
「っ――!」
名案、と誘うが、刃には思い切り顔を左右に振られた。
え、なんで――と驚いた涼に「オレは男なので」と赤い顔で言われる。
「リグも一緒だから大丈夫だよ?」
「そ、そういう問題じゃなくて!」
「でも、早く回復した方が……」
「リグさんがいても、涼ちゃんと同じ部屋で寝るっていうのが……無理! オレは涼ちゃんのこと……好きな女の子だからっ」
「あ……」
確かに涼も今の刃と同じベッドに寝る、と考えると少し躊躇する。
それなら「私は少し体を動かすよ。寝てばかりだと眠れないから」と言うと「それだと魔力回復が遅れちゃうでしょ」と言われてしまう。
刃の方が正論だろうか。
「オレは涼ちゃんたちより魔力量が少ないから大丈夫だよ」
『ほぐ、ぼふふふ』
「え? なに?」
「あ、そうか。別に眠らなくても、私とリグの護衛として小領域の中にいたらどう? って」
「護衛として……そうだね、それなら……」
「うん」
提灯お化けの提案のおかげで、刃には了承してもらえた。
少しフラフラしながら厨房から水差しとコップを三つ借りてエレベーターへ向かう。
涼もまだ半分も回復していない。
「アスカさんが、もしかしたらハロルドの居場所を見つけるのに数日かかるかも、って言っていた。オレがシルフドラゴンを召喚していられる時間があまり長くないのと、捜せるのがオレとアスカさんだけだから」
「あ――そ、そうだよね。いくら広範囲を捜せるって言っても限界があるよね」
「うん。範囲はシドさんがかなり絞ってくれたけど、シルフドラゴンの結界はドラゴン種の中でもトップクラスなんだって。大きなものだから、見つかりやすいと思っていたけど想像以上に難しいみたい。ミセラさんが『ハロルドならさらに念入りに隠蔽工作をしているはず』って言ってたし」
「ああ……」
してそう、と列車での二重三重どころか四重にも五重にもなっていた罠を思い出す。
その時、立ちくらみで倒れかけた刃が壁に持たれそうになる。
慌てて反対の腕を自分の方に引き寄せた。
「あ……」
「大丈夫?」
「う、うん。大丈夫。ありがとう。……魔力切れって、つらいね」
「うん……そうだね」
「でも、これで最大魔力量が上昇すると思うと少し嬉しい。一つ強くなれる気がする」
「――うん、そうだね」
そうだ、使い切れば最大魔力量が増える。
涼も今回のことで少し増えたはずだ。
それでもやっぱり、リグには知識量で到底敵わない。
剣の腕で刃がシドやノインに勝てないと落ち込むのがとてもよくわかるから。
「私も嬉しい。だから魔力回復頑張らなきゃ。ユオグレイブの町にいる他の召喚された人たちと、私の中にいる三千人の人たちを元の世界に帰す魔力が少し増えたんだもの。必ずここから出て、みんなを帰す」
「うん、オレも手伝う」
「刃くんは本当に帰らなくていいの……?」
「うん。もう決めた。涼ちゃんに振り向いてもらう男になりたいっていうのもあるけど……こっちの世界でなら強くて正しいことができる大人になれると思うんだ。向こうの世界だとオレはずっとふわふわ生きてて、目標がなかった。今はこの世界で、なりたい自分を追いかけたい」
まただ。
真っ直ぐで、とてもキラキラした眼。
ノインの眼にも、フィリックスの眼にも、シドの眼にもあった光が宿っている。
正しい道に、導いてくれる光だ。
「…………」
「涼ちゃん?」
「べ、別に。うん。私も頑張るし……」
「?」
なぜだかとても悔しいと思った。
本当に、なぜか。
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