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7章

死の都 2

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 断言したリグに、レイオンとノインが心底安堵したように息を吐き出した。
 しかし、ノインはすぐに「でも、一般人は?」と心配そうな表情になる。
 
「魔力が低いものは……」
「……っ! どうして……王侯貴族が憎いなら、巻き込まなければいいのに!」
「ハロルドはそういうやつだ。王侯貴族のやり方に従うやつらも同罪だと思っているんだ」
「くうっ……!!」
 
 レイオンに肩を叩かれて、ノインが泣きそうなほどに表情を歪めた。
 体制を憎むあまり、その体制に従う者も断罪の対象だと思っている。
 なんという身勝手さか。
 怒りの根幹は正しい心からきているはずなのに、その対象以外にも範囲を広げる。
 まさにテロリストだ。
 
「だが、これほどの規模の魔法をどうやって準備したもんか。簡単な魔法じゃあねぇんだろう?」
「そうでもない。コストも高くないし、レールを主軸にしたせいで、広範囲になっただけだと思う」
「待て。お前の『そうでもない』は一般人にとって『そうでもない』。お前が簡単にできることは、他者には簡単ではない。それを自覚するのは難しいだろうが、それを前提にして話せ」
「わかった」
 
 レイオンの質問に答えたリグに、シドが眉を寄せて訂正を入れる。
 それでようやくリョウたちも「あっ」と察した。
 簡単なことのようにリグは言う――実際リグには簡単なのだろう――が、それはリグの基準であって一般人の基準ではないのだ。
 危うく「そうなんだぁ」と信じるところであった。
 
「……ええと、では多分、普通の人間には困難なのだと思う」
「そ、そうか」
 
 訂正されたものの、レイオンも今のシドの注意をしっかり聞いていたので察した表情をしている。
 色々ややこしい。
 
「凡人には難しいのだろうが、一時間もあればハロルドのジジイには可能なんだろうな。どちらにしても解除方法は二択だろう?」
「ああ、使用者を殺すか、使用者が使用をやめるしかない。ダンジョンはダンジョン内で食物連鎖が完結する。魔獣を頂点に、弱いものが強いものに喰われ死体は魔力に分解されてダンジョンの肥やしになる。一度発動したら新たに魔力を使う必要はない」
「なるほどな……そういうカラクリか」
 
 またも舌打ちしたアッシュは、おそらく部下に聞いたのだろう。
 死んだ部下の死体が、消えていった――と。
 つまり、この中で死ねば魔力はダンジョンに吸収される。
 
(じゃあ、つまり……私が死んだら、私の中の『三千人』も……)
 
 背筋が冷たくなる。
 絶対に死ぬわけにはいかない。
 これまで以上に強くそう思う。
 
「でもぼさっとしてられないよ! 町の中の人を町の外に誘導して助けられないかな!?」
「いや、それよりももっと簡単な方法がある。忘れてるかもしれんが、領域魔法の範囲は魔力次第で広げられる」
「え?」
 
 早く町の人々を助けなければと焦るノインに、シドが親指で差した方向。
 そこにいたのは、リョウ
 
「「「あ!」」」
 
 そのリョウの肩に乗っているのは――異常状態全解除と異常状態無効化、治癒回復を可能とする領域魔法を持つ二体一対の召喚魔。
 思い出して声を上げるノインとジンリョウ
 
「すぐにやります! おあげ、おかき! 力を貸して!」
「コンコン!」
「ぽぽぽーん! ぽんぽーこ!」
 
 リョウに頼まれたのがよほど嬉しかったのか、おあげとおかきがパァァと表情を明るくした。可愛い。
 しかし、リグが「待て」とリョウを呼び止める。
 地面に降りたおあげとおかきは、リグの言葉の方を優先して従った。
 
「詠唱と領域の展開操作補助は僕がする。魔力は頼みたい」
「列車の時みたいな感じ?」
「そう。頼める?」
「うん、わかった」
 
 おあげとおかきの契約魔石を左手に乗せる。
 そのリョウのでの上に、リグが右手を乗せた。
 
(なんだか某アニメ映画のラストシーンみたい)
 
 思わず例の呪文を言いたくなるが、言ったら洒落にならなさそうなので絶対言えない。
 ネタがわかるのはジンだけだが。
 そうこうしているとリグの額がリョウの額にコツンとあてがわれる。
 途端になんとも強い安心感。
 頭の中に広がる“理解”。
 なにをどうすればいいのか、共有してもらえる。
 
(そっか。私の世界の“魔石”はない。私には契約魔石がないんだ。だからリグとこうして直接おでこを合わせることが、契約魔石と同じ効果になるんだね。契約魔石があるおあげとおかきは、魔石を通してこんなに心地いい感覚を得られるんだ。それじゃあ召喚魔法師と契約するのも、召喚魔にとっては悪い気がしないんだなぁ)
 
 [異界の愛し子]であるリグの魔力が特別心地いいのかもしれないけれど、誰かとの確実な“繋がり”の安心感の方が大きいように感じる。
 ゆっくり自分の中の魔力が抜けていく感覚。
 けれど、腹の奥の『三千人分の魔力』はびくともしない。
 
「コーーオオオォォオォ!」
「ポンポン、ポコポンポン! ポンポン、ポコポンポン!」
 
 大きな姿になったおあげが遠吠えを上げ、王都を囲うように壁と同等の大きさの鳥居が落下してくる。
 シドレスを召喚した時並みの魔力が抜けていく。
 
「効果範囲を任意の場所に移動させるなんて……」
「つーか王都全体を囲んでねぇか? マジでンなことできるもんなのかよ?」
「アレらを普通の括りにするな。そもそも稲荷狐と治化狸ちばけたぬきは【鬼仙国シルクアース】の小規模な農村地帯に祀られ、信仰されてきた神獣だ。あらゆる災いから人々を護り、流行病を退けたという伝承がある――ランクは伝説級」
「「「伝説級!?」」」
 
 唖然としたフィリックスの呟きに、アッシュが二本目の煙草を口元に持っていきながら吸うまでいかずにシドを見る。
 明かされたおあげとおかきのランク。
 フィリックスは元々「アレ絶対高ランクだな」と思っていたのかノインとジンとレイオンほど驚きはしなかった。
 
「マジか!? あの二匹伝説級だったのか!?」
「エルセイド家の家契召喚魔かけいしょうかんまの中では二番目に上位の召喚魔だぜ」
「……一番は……か」
「アレだ」
「ど、どれ?」
「ハロルド・エルセイドの相棒召喚魔だよ」
 
 この中では唯一その存在を知っているレイオン。
 まったくもって召喚魔法に疎い弟子に説明してやる。
 ハロルド・エルセイドの専属召喚魔、星竜スターダストスクリームドラゴン。
 
「名前めっちゃカッコいいね」
「名前もそうだが、見惚れるほどに美しいドラゴンだった。敵ながら、本当にあんなのに勝てるのかよって思ったな。実際、アスカがいなけりゃ勝てなかった」
 
 それを聞いて、ジンがごくりと喉を鳴らす。
 同じ【竜公国ドラゴニクセル】の適性があるからこそ、そのドラゴンがどれほどのランクの強さなのかがわかるのだ。
 魔力量は人より多いと言われているが、今目の前でリョウとリグが見せる御技には到底敵わない。
 剣の腕もシドやノインの足元にも及ばない。
 どれもこれも中途半端で歯痒さを覚える。
 
「さて……稲荷狐と治化狸ちばけたぬきが領域魔法を使っている間に、王都から生き残りを外壁の外へ連れてくるぞ。アッシュ、部下を貸せ。テメェの舎弟の“二回分”リセットしてやるよ」
「そんじゃあ足りねーよ。つーか、こちとら犯罪代行屋だぞ。んな騎士みてぇな気色悪いことすっかよ」
「そう言うな。別に俺に貸し一つにしてもいいが――お前の親父も王都にいるはずだろう?」
「っ! ……なるほど」
 
 ニヤァ、と煙草を箱に戻して邪悪な笑みを浮かべる。
 全然いいことしようという顔ではない。
 ドン引きするフィリックスとノイン。
 
治化狸ちばけたぬきの能力で怪我人はいなくなっているはずだが、死人までは甦らねぇ。剣聖、女子供は中に入れるな」
「ああ、そうか……そうだな。ノイン、お前はリョウちゃんと王子殿下の護衛を頼む。魔獣が出るからな」
「っ……! わ、わかった、けど……」
「リグ、お前も猿の召喚警騎士とここで待て。出てきた生き残りを安全地帯に避難させるのを手伝え」
「安全地帯……作るのか?」
「手の内を晒すのは好きじゃねぇがそうも言ってられねぇからな。これもあの全裸変態クソジジイの思惑通りと思うと反吐が出そうなものだが――」
「全裸変態クソジジイ……」
 
 若干リグの口から『全裸変態クソジジイ』という単語が出たのに引いたが、唇を尖らせたシドが青い巻物を取り出すのを見て興味の方が強くなる。
 リグに「結界を」とシドが指示を出し、リグが手のひらを上に向けて魔法陣を地面に広げた。
 
「なにする気だ?」
「避難場所を作る。風磨フウマ
「ハッ」
 
 開いた青い巻物に、風磨フウマが手を入れる。
 あの巻物こそ、エルセイド家の家契召喚かけいしょうかん魔石を収納している収納宝具。
 次の瞬間、リグの結界になにかが凄まじい勢いで突っ込んできた。
 
「やはりな」
「っ」
 
 リグが表情を歪ませる。
 結界に張りついたのは、仮面を被ったような怪鳥だ。
 しかしよく見れば鎧のような鱗を纏っている――竜だ。
 
「取り出しました」
「ご苦労。迎撃する。お前はリグにこれを任せて護衛に回れ」
「御意に」
「なんだこいつは!?」
「猿騎士! お前もリグと[聖杯]の護衛だ! 死んでも守れ! 一匹じゃねぇぞ!」
 
 シドが【無銘むめい魔双剣まそうけん】を抜く。
 リョウがリグの側に行こうとした時、真後ろを白いマントが通り過ぎた。
 振り返ると大口を開けた怪鳥竜をシドが魔双剣で真っ二つにした瞬間をもろに見てしまう。
 
「狙いは俺の持つ家契召喚かけいしょうかんの魔石だ。俺が引きつける。取り出し方まで知らねぇだろうからな。残りは適当にしばいとけ」
「わ、わかった!」
「リグ、魔石の召喚は頼んだぞ」
「わかった」
 
 空をギャァギャァと鳴く怪鳥竜が無数に飛ぶ。
 それはシドの言う通り、シドを追いかけて移動を始めた。
 ヒヤヒヤとするリョウにリグが「召喚魔法なら魔双剣で無効化できる」とこともなげに言う。
 確かにそうかもしれないが、さすがに数が多すぎるのでは――と心配した瞬間雷鳴と電撃が怪鳥竜たちを貫いた。
 
「シドだし。大丈夫だ」
「う」
 
 この無駄に説得力のあるセリフよ。
 
「ジンくん! はぐれてこっちに来るやつらはおれたちで倒す! 手伝ってくれ」
「はい!」
「ノインは王子殿下とリョウちゃんたちを!」
「わかった、任せてー」
「んじゃ、俺らは町の人間を外に避難な。あとのことは知らねーぜ」
「ああ、構わん。リグ、任せていいんだな?」
「問題ない」
 
 アッシュとレイオンが『赤い靴跡』の黒服や黒マントを率いて壁の内側に入っていく。
 レオスフィードがノインに連れられてリョウとリグのところに来るが、実際どうするつもりなのか。
 リグの方を見上げると、先程収納宝具から取り出した魔石をリグが握る。
 
「それ、なんの召喚魔の魔石なの?」
「【鬼仙国シルクアース】の魔石だね?」
「正直僕もこれはちょっとどうかと思うところはある」
「「どういうこと?」」
 
 真顔でそんなことを言うリグに、ノインとリョウが声を揃えて首を傾げる。
 しかしそうも言っていられないのか、魔石を握り締めて歩いてきた森の方を向く。
 
「エルセイドの家名にて盟約を交わせし異界の者よ、その力を今こそ示せ――お化け屋敷」
「「「!?」」」
 
 一瞬「聞き間違い?」と思ったが、赤い光が魔石から溢れ、森の方を燃やすように広がっていく。
 王都の広さには到底敵わないが、高さのある塔のような立派な木造屋敷が森を潰して現れる。
 どことなく温泉アニメ映画のような作りの屋敷だが、圧倒的に地味だ。
 和風旅館、と言う方がしっくり来るだろうか。
 
「……ねぇ……今お化け屋敷って言った?」
「言った」
「…………で………………出るの?」
「出る」
 
 ノインが恐る恐る聞いたことに、リグが即答する。
 ちらりと質問したノインを見ると顔面蒼白。
 
「ま、ま、待って、待って待って、こ、ここここここに避難させるの?」
「これも領域魔法の一種なので安全地帯ではある。……中に出るだけで」
「安全? 安全? 安全!?」
「害なす命令をしなければ安全……だと思う」
 
 リグも確信がない。
 ヒューと冷たい風が吹き去る。
 とりあえず今の一言でこの『お化け屋敷』という召喚魔の用途が知れた。
 なるほど、閉じ込めてキルする系か。
 
「大きい! お城みたいだ!」
「ハロルド・エルセイドが大きさを調整して隠れ家に用いていた召喚魔ですね。主人より中に出るのは座敷童子という無害な妖怪だと聞いたことがあります」
「座敷童子! 出会うと幸運を運ぶという妖怪ですね!」
「え、だ、大丈夫な妖怪なの?」
「はい。……ただ屋根や地下などには別の妖がいるとか。そちらは危険だと言っておられました」
「あ……やっぱり危ない妖怪も……出るんですね……」
 
 目を輝かせるレオスフィードの隣に来た風磨フウマがフォローしてくれたが、一気に雲行きが元に戻る。
 近づかなければ大丈夫、と言われても、怖いものは怖い。
 
「害をなさぬように命令はしておく」
「それがよろしいかと」
「なんじゃこりゃ……」
「あ、フィリックスさん、ジンくん、怪我はない!?」
「うん、大丈夫。速かったけど、結構なんとかなったよ。ほとんどフィリックスさんとキィルーが倒しちゃったし」
 
 戦い終わったフィリックスとジンが屋敷に近づいてくる。
 ひとまずの拠点として、このお化け屋敷に王都の生き残りを収容することになりそうだ。
 


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