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6章
裏切り者 2
しおりを挟む「そんなに言うのなら使ってみればいい」
「リグ!?」
黒髪に隠れた右耳から、イヤリングを取り外す。
むしろ「イヤリングしてたんだ!?」と驚いた。
細いダイヤ型の黒いイヤリング。
黒魔石だ。
「ふ、二つ目だと!?」
「ベレス・ケレス。あなたの論文は読んだことがある。簡易憑依召喚魔法の理論。【機雷国シドレス】の機械兵士を専属召喚魔ではない、適性も違う人間に一時的に憑依させて擬似サイボーグにするという新技術。確かに魔力を用いれば実現可能かもしれないが、魔法陣の粗が目立つ内容だった。そもそも憑依召喚魔法が可能になるのは、信頼関係・主従関係で成り立っている。それを無視して魔力で補うのだから、コストは跳ね上がる。それなのに魔法陣が未完成で非現実的だった。僕が読んだ時点からどれほど発展させているかは興味がある。だから……自分で試すのなら、貸そう」
「……っ」
えっと、と涼はリグがとてもたくさん喋ったことに驚いて硬直してしまった。
けれど、やはり話の内容はかなりろくでもないように思う。
擬似サイボーグ?
簡易憑依召喚魔法とは?
(憑依召喚は今キィルーとフィリックスさんがなってる状態のことだよね?)
特別な契約を交わすという専属召喚魔の契約。
一生に一体としか交わせないそうだ。
だからだろう、シドよりもフィリックスよりも召喚魔法に長けたリグでさえ専属召喚魔を召喚したのは最近のこと。
加賀深涼という、生涯にたった一人の――。
(あれ? じゃあ私とリグも憑依召喚できるのかな? え? どうやって? 怖い)
ちょっと想像するのが怖くなったのでそこでやめた。
ちょうどその時、リグがイヤリングを外してベレスへと放り投げる。
「「「本気で!?」」」
「本気だが?」
刃とノインとフィリックスのツッコミが車内に響き渡った。
彼らもまさか本当に黒魔石を手渡すとは思わなかったのだろう。
けれどリグはケロリと「悪用すればよくないが、医療や肉体労働の助力になる」と理由を説明した。
確かに、技術とはそういうものだ。
正しく使えば、多くの人の助けになる。
「問題はコストが高いことだが、まずはできるかできないかを検証すべきだ。検証してみて可能なのであれば、そこからどうやってコストを減らしていくかにフェーズを移すことができる。少なくとも僕が読んだ論文にあった魔法陣では、一時的にでもサイボーグにするのは不可能。しかし改良されて憑依召喚が可能になっているのであれば、麻酔のない場所での手術や四肢欠損などのショック死回避など医療分野で幅広く応用できる。騎士や冒険者ならば身体強化よりも一段階高い強化代わりになるだろう。技術の発想自体は悪いものではない」
「ぐ……そ、それは、確かにそうかもしれないが……」
「ま、まあ、確かにそういう活用方法を鑑みてベレスは処刑ではなく、懲役召喚魔法師にされたのだが……」
フィリックスとレイオンが頭を抱える。
やはり技術自体は悪いものではないのだろう。
「黒魔石……本物……!」
投げて寄越された黒魔石を手にしたベレスが慌ててそれを拾い、目を見開く。
はあ、はあ、と息遣いが荒くなり、頰が紅潮していった。
ぶつぶつとなにかを言い始め、黒魔石を慌てたように床に置き、両手で魔法陣を描き始める。
杖を切られたので、手で直接魔法陣を描く他ないのだ。
魔力を魔法陣の形に仕上げていく。
ダークグレーの【機雷国シドレス】の魔石をゴロゴロと転がし、魔法陣がそれを取り込んでより大きく成長する。
「すごい、すごい! これだけの魔力を使っても、全然なくならない! これが黒魔石! はぁはぁ、はあああ! すごい、夢が叶う! 僕もロボットになれるんだぁ!」
目をキラキラさせて、ベレスが叫ぶ。
その顔は今まで見たこともないほど輝いていた。
シドが緩やかに唇の端を上げる。
まるで可哀想すぎて見てられない、と言わんばかりの嘲笑。
けれど涼は、ベレスがそれほど願ってきた――夢が叶う瞬間なのなら、応援してあげてもいいのではと思えてきた。
「失敗するな」
「え?」
ぽつり、と溢されたリグの声。
詠唱を経て、手を掲げたベレスになにか大きな光が落ちてきた。
その光を浴びながら、ベレスの声が機械化していく。
「理論は間違っていないが翻訳の一部が間違っている。あの機械兵士に確認させなかったのだろうか? そもそも【機雷国シドレス】は憑依魔法に一番向かない属性だ。サイボーグは確かに肉と機械の融合だが、融合と憑依は別物だ。憑依対象が術者になっている。あれでは“改造”されるだけだ」
「か、改造!?」
「どうなるの、あれ」
ノインが怯えて涼たちの方に後退りしてくる。
白い、激しい光に包まれたベレスは悲鳴じみた声をあげてキィルーとフィリックスの召喚魔法とはまったく違う。
機材のようなものがベレスの体を包んで引き裂いていく。
『ァァァ……アアカァァァァ!? ナ、ナニ、ナニ……ナンデェ……!? コンナ、ハズジャァァァァァ……!』
「やはりできなさそうだな。……助けるか?」
「え? あ、た、助けられるのか!?」
「命だけなら」
首を傾げるリグに、レイオンが慌てて「頼む!」と叫ぶ。
その瞬間、【無銘の魔双剣】が魔法陣に突き立てられた。
それを見て思い出す。
【無銘の魔双剣】は召喚魔法を無効化する。
魔法陣が消えると、体をところどころサイボーグにされたベレスが床に倒れ込む。
「サイボーグ技術は基本的に延命のために用いられる技術だから、死ぬことはないだろう。ただ正式な手順で行ったわけではないから、麻酔なしで死ぬほど激痛だっただろうな」
「俺は本当、お前とだけは戦いたくないぜ。こうなるのがわかっていてやらせたな?」
「? 新しい技術を生み出すために努力してきた人間に助力しようと思っただけだが、なにかまずかったのか?」
首を傾げて、それはもう本当に――本気で。
シドが半分呆れたように黒魔石のイヤリングを拾い、リグに投げて返す。
そのシドの言葉にリグは心底不思議そうに首を傾げて聞き返した。
なにがまずかったのか。
純粋に助けただけだと。
「ちゃんと彼が望むように改良してやった方がよかったか?」
「別に。ハロルドの手下をわざわざ強くしてやる義理もないだろう。自滅させるのならその方が手っ取り早い。――それに、魔法陣は確認したんだ、お前なら完璧な形で完成させられるんだろう?」
「まあ、容易くはある」
なんてこともないようにシドに答えながら、イヤリングを右耳につけるリグ。
ベレスが切望していた“夢”は、彼にとって決して容易いものではなかっただろう。
ごくりと生唾を飲む。
重みを増していく、リグが以前に言っていた言葉。
「で、できるのか? リグ、きみは……簡易憑依召喚というのを……?」
「正直に言えば難しくはない。改良点は論文を読んだ時から考えていた。ただ、人の研究に首を突っ込むのは嫌われるからやめろと、昔シドに言われた」
「こんな萎びたおっさんになるまで頑張った研究を、横から掻っ攫われてあっさり完成させられたらそりゃ目も当てられねぇだろう? これでよかったんだよ。自分の研究が未熟だった結果なんだからな」
シドの言っていることはわかる。
むしろその通りだと思う。
リグが手を加えれば、ベレスの夢は叶ったのだろう。
だがそれは、彼自身が望まなければ絶望しか産まない。
下手をすればリグが恨まれる。
「それより、気づかれにくいとはいえ軽率に手の内を見せびらかすな。この列車にはゴミとカスとクズが九割を占めているんだぞ。どこで誰が見聞きしているかもわからない。しかも次の車両は先頭車両。アレがいる」
「わかった。しかし本当に列車を町に突っ込ませるつもりなのだろうか。自分も危ないのでは?」
「ハンッ、悪党っていうのはやることやる時、もうそこにいねぇもんなんだよ」
「それって――」
シドが魔双剣を鞘に戻して先に歩き始める。
すでにそこにいない、という言葉にノインがきつく睨みつけるが、シドは特に焦る様子もない。
「とにかく急ぐぞ。王都まで三十分もない」
「そうですね」
「もうそんなに近づいてたの!? やばーい!」
「…………」
リグと涼は、通り過ぎる時に床に倒れるベレスを見た。
顔の皮の一部が引き剥がされ、血塗れになっている。
しかし、傷跡は機械で埋められていて、おかきの力でもおそらく治らない。
「死んでいないから大丈夫だ」
「治らないのかな……」
「【機雷国シドレス】の技術なら――チュフレブ総合病院は【機雷国シドレス】の家契召喚魔がいたからあの病院なら治るだろう。行こう、もうあまり時間がない」
「う、うん……」
最後にもう一度振り返り、振り払うように前を向いた。
王都到着まであと三十分――。
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