流星群の落下地点で〜集団転移で私だけ魔力なし判定だったから一般人として生活しようと思っているんですが、もしかして下剋上担当でしたか?〜

古森きり

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6章

裏切り者 1

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 四両目は、なにもなかった。
 中央に椅子が一つ。
 
「もしかして、ここにハロルド・エルセイドが捕まっていたのかな?」
「ああ。やはり……逃げられているな」
 
 舌打ちするレイオン。
 広い車両のど真ん中にある椅子。
 あそこに、ハロルド・エルセイドが――いた。
 
「フィリックスたちもいないな。もっと前の車両に移動しているのか」
「署長たちがいるのは二両目だ。多分もう着いている。急いだ方がよさそうだな――」
 
 と、レイオンが三両目への扉を開けると、後ろから風が来る。
 
(え? 後ろ?)
 
 開いたのは前だ。
 それなのに後ろから風が来る。
 振り返ると、黒ローブの男がナイフをレオスフィードへ振り翳した。
 
「危ない!」
「っ!」
 
 守らなければ。
 咄嗟に体を盾にする。
 あとから考えれば、リグの結界があるのだからレオスフィードは大丈夫だろうに。
 それでも飛びかかる男とレオスフィードの間に入った。
 目を閉じてレオスフィードを抱き締める。
 いつまでも衝撃はなく、恐る恐る目を開けると――。
 
「あ……ジ、ジンくん……!」
「くぉ、のお!」
「くっ!」
 
 白いマントの背中をイメージしていた。
 けれど、あ目の前にあったのは白いマントではなく大きくなった幼馴染の背中だった。
 素早い動きで翻弄してくるが、リョウが「おあげ!」と叫ぶと青い炎を吐いて暗殺者の行く手を限定していく。
 
「ぽんぽーこ!」
「う、うん! ジンくん、頑張って!」
「ぽんぽーこ! ぽーーーん!」
 
 リョウの魔力を得て、おかきがお腹をポンポン鳴らす。
 ジャンプしながらお腹を鳴らすおかきが可愛い。
 そしてその音で、ジンの体がほのかに光る。
 
「っ! ありがとう!」
「くっ、ぐあああっ!」
 
 おかきのバフで、能力がアップしたジンが暗殺者を追い詰めて斬る。
 致命傷ではないが、気絶してしまっただろう。
 おかきが怪我を治し、レイオンが手錠で拘束してハロルドが捕まっていた椅子に固定する。
 
「やるじゃねえか、ジン」
「いえ、おかきのバフのおかげです。ありがとう、おあげ、おかき、リョウちゃん」
「う、ううん。助けてくれてありがとう」
「いやいや、先に気づいたのはリョウちゃんだし」
「うん、二人ともありがとう!」
 
 レオスフィードがリョウジン、二人にお礼を言うので、お互い顔を見合わせて笑い合う。
 ――本当に、見違えるほどジンは強くなっている。
 
リョウちゃんは結構無茶をするね」
「え? そ、そうかなあ」
「そうだよ――本当、びっくりした。でも、守れて、よかった」
 
 照れたように笑いかけられて、胸が一瞬高鳴る。
 その感覚はシドに感じたものに似ていた。
 きっとジンもシドやフィリックス、ノインと同じく“正しい人”に近づいているのだと感じる。
 それはシンプルに『頼もしい』と思う。
 
「じゃあ、三両目に行くぞ」
「はい!」
 
 四両目を出て三両目に行くと、署長と町長、二人を守る召喚警騎士と警騎士が倒れていた。
 署長と町長は縛り上げられ、気絶している。
 その隣にはスフレ。
 
「スフレ!」
「わ、わあー! レイオンさん! 来てくれたんスね!」
「状況はどうなっている!?」
「ヤベェっス! めちゃくちゃヤベェっスよ! ハロルド・エルセイドが『聖者の粛清』と合流して、列車を乗っ取って王都に突っ込むって言ってました! フィリックスさんとノインくんはそれを阻むために運転席に!」
「シドの言っていた通りになりやがったか。スフレ、お前はこのままここで署長と町長たちを頼む!」
「お、お待ちください! それならレオスフィード様もこちらでお待ちを……!」
「やだ! 行く! お前はここで待ってろ」
「レオスフィード様ぁー!」
 
 怯えて腰を抜かした従者を置いて、二両目へと向かう。
 そこにいたのは、機械兵とボーンドラゴンポーンと戦うフィリックスとノイン。
 二人ともさすがにかなり疲弊している。
 
「おあげ、おかき! 領域を展開!」
「コンコーン!」
「ぽん、ぽこ、ぽーん!」
 
 魔力を魔石に流し込む。
 だいぶコツを掴んでこれた。
 広がった領域にフィリックスとノインを入れると、二人の怪我と体力が回復していく。
 
「これは……」
「あ! 師匠!」
「待たせたな! ハロルドは一番前の車両か!?」
「う、うん。署長と町長がマスターカード渡しちゃって」
「本当あのヘボども……! なんのために同行してるのかわかってねぇな!?」
 
 大丈夫だと思ったんだろう。
 それにしても、町長も署長も王都から来た召喚警騎士たちも――仮にも国防で得た地位なのにこんなに役に立たないというのはどうなのだろうか。
 一般人のリョウですら「この人たち仕事できなさすぎでは?」と不安になる。
 
「そりゃあ、レオスフィード第三王子を確実に殺すために底辺しか用意されていないのだから致し方のないことだよ。剣聖レイオン」
「あ……!」
 
 機械兵とボーンドラゴンポーンを新たに連れて現れたのは、ベレス・ケレスとその相棒ゼルベレスト。
 ゼルベレストは初めて会った時とは違い、武装している。
 
「……ベレス、これはお前への資金石だぞ。わかって裏切ったのか?」
「ええ、ええ、もちろん。お膳立てされたからにはご期待に応えねば。『聖者の粛清』メンバーだった我輩を、懲役召喚魔法師として働かせてくれたことには感謝しているがね」
「テッメェ……」
 
 懲役召喚魔法師――罪を犯した違法召喚魔法師が、刑期の年数無償奉仕している者。
 シドを表の世界に連れ戻すための案として浮上していたもの。
 
「ベレスさんって懲役召喚魔法師だったんですか!?」
「ああ、一応刑期を終えてそのまま王宮召喚魔法師に就職していたんだが――」
「誤解ないように弁解いたしますと、我輩が裏切るようにお膳立てしてくださったのは第一王子殿下のご配慮ですよ。第三王子レオスフィード殿下は、【竜公国ドラゴニクセル】の適性だとかで王位継承順位が覆りかねないそうな」
「……兄上が……」
 
 ずいぶんペラペラ喋るな、とフィリックスが睨みつける。
 リグの服の裾をぎゅうと握るレオスフィードは、黙ってしまう。
 おかしいとは思っていたが、護衛として王都から来た者たちの質が低すぎたのにはそういう理由があったのか。
 
「[異界の愛し子]は『赤い靴跡』を別途雇って入手予定だったそうですが、ここで捕らえてしまってもいいかもしれませんねぇ。ハロルドもお喜びになるでしょうし」
「……」
「下衆め」
 
 自分が負けるとは微塵も思っていない様子のベレス。
 フィリックスとノインも十分に回復できた。
 武器を構え、睨み合う。
 しかし、ベレスの視線はリョウに注がれている。
 それに気づいてゾッとした。
 
「そして我輩は黒魔石を手に入れられればいい」
「っ!」
「黒魔石……! まさか本当に! これほど無防備に! 手に入れるチャンスが来るなんて! 絶対に手に入れて見せる! そのために面倒で忌々しい貴族どもと王宮で召喚魔法師を続けていたのだ! 娘! 黒魔石を我輩に献上するのなら、命は助けてやるぞ!」
「い――嫌ですけど」
 
 いや、手渡せるのなら手渡したいけれど、少なくともこの男には渡したくない。
 渡したらどうなるか。
 絶対にいいことに使われるなんてことはないだろう。
 
「では死ね! [異界の愛し子]以外! 全員死ねぇ!!」
『ベレス!』
「は――」
 
 ゼルベレストが右に吹き飛ばされる。
 ベレスの真後ろに、白い悪鬼が魔剣を携えて立っていた。
 彼はレオスフィードに興味はなく、当然リョウにもリョウの黒魔石にも関心はない。
 けれど一つだけ。
 触れてはいけない逆鱗を持っている。
 
「不用心だと思わないのか? 俺の姿が見えない時点で、前後左右上下全部に気をつけておこう、とか」
「あ……あ……き、貴様は……シ、シド・エルセイド……!」
「で? 今の話、詳しく聞かせてもらおうか」
「……ア……ッ」
『ベレス……!』
 
 ゼルベレストが右腕に積んでいたガトリング銃を構える。
 だが、それが発射されるより速くシドの足が左右の腕を斬り落とし、右足でゼルベレストの胸部を踏み抜いた。
 ノインが本気でドン引きしている。
 機械兵士に遅れをとったことがあるので、最近は召喚魔との戦い方を学んでいたが、これは完全に力任せ。
 身体強化魔法が使える故の差。
 魔力のないノインにはどう足掻いても真似できない戦い方だ。
 
『ブ……ブヴヴヴ……レ……逃……』
「なるほど。おかしいと思っていたんだ」
 
 圧倒的すぎる力の差を見せつけて、ベレスが杖を向けた瞬間その杖を真っ二つに斬る。
 一瞥したあと納得したようにシドが溜息を吐く。
 
「『甘露の森』の洞窟であれほどの召喚魔法陣……召喚魔法師としては三流のダロアログが、扱えるわけがない。全部リグがやったのかとも勘繰ったが、リグにあの魔法陣を描くほどの生き物の血が集められるわけがないから、誰ぞ他に一流からそれに近い違法召喚魔法師が協力している。洞窟の警護に機械人形もいたから、その協力者は【機雷国シドレス】の召喚魔法師だろうって。――お前だな?」
「ッッッ……!」
 
 あ、とリョウも口を覆う。
 魔法陣の上に投げ飛ばされた時、地面からは土の匂いの他に血と生き物の匂いがした。
 あれをやったのが、ベレス?
 
「おいおい、だとしたら今回の件から始まった裏切り行為ってわけじゃあねぇじゃねぇか!」
「ぐ、ぐ、ぐぅうう……う、うるさい! まだ我輩は負けたわけではない! ゆけ! 機械兵たち! ボーンドラゴンポーンども! 黒魔石を手に入れるのだ!」
 
 車両の中を埋め尽くすようだった機械兵とボーンドラゴンポーンが動き始める。
 だが、フィリックスが一瞬で広範囲に拳を振るってふき飛ばす。
 シドと同様力技だ。
 ノインも魔石道具の補助で目にも止まらぬ速さを発揮し、切り裂いていく。
 レイオンの宝剣が風を作り出してレオスフィードに一切近づけない。
 それでも抜けてきた敵は、ジンとおあげが斬り捨てて弾き飛ばす。
 
「ぽんぽんぽこぽん!」
「く……くそ! なんで領域魔法がこんなに長時間続くんだ! おかしいだろ!」
「え?」
 
 本当に疑問で、首を傾げるリョウ
 それに対してフィリックスが「ははは」と力なく笑う。
 まだ余裕で、なんならもっと魔力を流し込める。
 
「その黒魔石の力だな!? クソクソクソクソ! 黒魔石! 黒魔石さえあれば、我輩の理論は完成するというのに! それさえあれば……それさえあればぁ!」
「っ……」
 
 執念。怨念めいた叫び。
 首輪にある黒魔石を思わず握り締める。
 やはりこの男に黒魔石を渡すのは危険だ。
 

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