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6章
掘り返される悪事
しおりを挟むでも行ってみたいと言うレオスフィードに、従者が「ですがまずは、明後日王都への帰還に集中された方がよろしいかと」と告げる。
するとるげんなりした表情で肩を落とす。
本当に王都には帰りたくないのだろう。
それでもすぐに持ち直して「兄上たちに僕は王位を継ぐ気がないと、ちゃんとお伝えしなければならないしな」と拳を握る。
「お、なんかいっぱいいるな」
「あ! 師匠! おかえりなさい! ボクの剣は!?」
「ただいま。ちゃんと受け取ってきたぜ」
「わーい! ジンくん、フィリックスさん、スフレさん! 手合わせしよう!」
「「え」」
「剣でノインくんと手合わせって、勝てる気がしないんスけど!」
「ぼ、ぼくもやりたい!」
「じゃあボクの予備貸してあげる!」
「ほどほどにしろー」
わー、とレイオンから券を受け取り、裏庭に駆けていくノイン。
まるで新しいおもちゃを買ってもらった子どものようだ。
「背も少し伸びたし筋力も増えたから、少し重たくなっている。聖剣ガラティーンはあれよりデカいから、幅も大きめになるようにしてもらった」
「え、まさか作り直してたんですか?」
「最終的に聖剣ガラティーンが使えるようにならなきゃならんからな。全体的に前の剣より一回りでかい。打ち合うなら気をつけろよ」
「おれらが、ですね。了解しました……」
ノインの新しい剣に慣れる手合わせは剣持ち全員強制参加。
最低限の訓練しかしていないスフレは顔が青ざめている。
フィリックスはあまり剣を使うことはないが、召喚警騎士も標準装備で剣を用いるので腰に下げてはいた。
もちろんミルアも持っているが、ミルアとオリーブは魔法がメインなので杖しか持っていない。
「そういえばリグ、聖剣ガラティーンをペンダント状にしてノインが持ち歩けるようにしてくれたんだってな。ありがとう」
「ガラティーンが望んでいたので加工を手伝っただけだ。彼も特定の使い手を選出したのが初めてで、戸惑っていたから」
「そういうものか。というか、本当に魔力量が多いと色んなことができるんだな」
「魔力で武具の形を変える技法は【神鉱国ミスリル】のドワーフに教わった。魔力量はあまり関係ない」
「そ、そういうもんか」
リグの正面の席にレイオンが座ったので、涼が立ち上がり「なにか飲みます?」と聞く。
緑茶を頼まれたので厨房に行きお茶を入れる。
「百ラームになりまーす」
「はいよー」
こういう細かくさり気ない小銭稼ぎができるようになったのは、ちょっと自慢だ。
「――という感じで明後日護送列車出迎えが来ることになっていまして」
「なるほど。了解した」
「ねえねえ、リョウちゃん。最近カーベルトでケーキ食べられるって聞いたんだけど」
「本日分は完売しました」
「くぁぁぁぁっ!」
ミルアがコソコソーと耳打ちしてきたが、残念ながら保存場所の関係で一日に三ホールしか作れないのだ。
頭を抱えて悔しがる姿に申し訳ないなぁ、と思うのだが、ミルア一人のためにホールケーキを焼くのは別料金をいただかなくてはならない。
「ん? どうかしたのか? リグ」
「……初めて見たから」
「は? なにをだ? 緑茶をか?」
「いや、硬貨を」
「「……!?」」
ここにきて新たな衝撃的事実。
リグがお金を見たことがないという。
一瞬固まったレイオンが、無言で財布を取り出して硬貨をテーブルに並べていく。
「えーと、これが十ラームの硬貨だ。これが百ラーム硬貨。この穴の空いているのが百ラーム硬貨。で、少し大きい白いのが千ラーム硬貨。あまり見かけないが六角形で大きくて白いこれが一万ラーム硬貨になる」
「…………」
「で、その上に十万ラーム硬貨と百万ラーム硬貨があるが――さすがに持ってない。貴族でも持ち歩いている者は少ないだろう」
と言って、端末を取り出し画像を見せてやる。
画面を覗き込むリグがしばらくジーと十万ラームと百万ラームの硬貨を眺めて……。
「これは作ったことがある」
「「「は?」」」
「ダロアログに『今月厳しいから』と言われて、同じものを作れと命じられたことがある。お金だったんだな……」
「「「…………」」」
沈黙するレイオンとミルアとオリーブ。
ダロアログに命じられて、なにかしらの犯罪に加担していたと思う、ということは事前に言われていたが、ここにきてまさかの暴露。
今後こういうことは増えていく。
そう覚悟はしていたが、初っ端が通貨偽造とは……。
「ダロアログの野郎……。どのくらい作ったか覚えているか?」
「幾つだっただろう……? 十歳ぐらいから定期的に頼まれていたから……百万ラームの硬貨が多かった。そうだな……多分、八百枚くらいだ」
「ぐっ……」
「み、見分け方は!?」
「素材に白虹魔石を使っている。魔力が通るので僕が作ったものならすぐわかる」
「白虹魔石を!? どうやって素材を手に入れたのよ!? 本物の百万ラーム硬貨に使用されている素材と同じじゃない!?」
「黒魔石を作るのと同じ要領で作る。黒魔石よりも魔力は必要ないが、そのための白虹魔石だろう?」
「ううっ!」
涼にはよくわからないが、つまりリグは素材から同じものを用いて偽造通貨を作ってしまったらしい。
それだと偽造になるのだろうか?
いや、国が認めていない時点でちゃんと偽造なのだろうが。
ちゃんと偽造ってなんだ。
「なんかすごい魔石なんですか?」
「あ、ああ、まあ……専門の職人が【機雷国シドレス】と【戦界イグディア】の魔石に魔力を一ヶ月かけて流し、ゆっくりと融合させて造ると聞いたことがある。そんなに大量に作れる代物ではないな」
「わ、わあ……」
「配分を解析すれば二日で造れるが」
「うんまあ、でも勝手に作っちゃダメなんだよ、お金は。これを機に二度と作ったらダメって覚えてくれるか?」
「そうなのか。わかった。やはりダメなことだったのだな」
一応ダメなのではないか、という疑念はあったらしい。
「こりゃあ貴族どもが偽物とわかった上で流通させてる可能性があるな。頭痛ぇ……」
「え? なんで?」
「百ラーム硬貨は貴族と商人しか使わないからですわ。百万ラーム硬貨は魔力を通してみて本物か偽物かを判断いたしますけど、本物の白虹魔石を使われているのでしたらそこからさらに正式な製作者の魔力かどうかを調べなくてはいけません。今のお話ですと明らかに流通量が増えているにも関わらず、調べればわかることを、調べていないということですわ」
「あ! そ、そっか! 問題になってないってことだ!」
「ですわ」
百万ラームは大金も大金。
製作された個数は国が把握している。
しかし、それよりも多い数が出回れば当然市場にも影響が出るだろう。
高額硬貨を国で管理しているのは、経済を国である程度操作するためだ。
それなのに問題になっていない、ということは一部が間違いなく偽造通貨だと知った上で使っている。
あるいは、裏金として使用されているということ。
レイオンが頭を抱えるわけである。
「王都への土産がまた一つ増えちまったな……」
「すまない」
「いや、気にするな。リグ。むしろ今教えてもらえてよかったよ。……で、ダロアログには他になにを作れと言われてきたんだ?」
探りが入った。
覚えている範囲でいい、とレイオンがつけ加える。
「姿が透明になる『透化外套』と、音を消す『消音水晶』。それから地面に足跡をつかなくする『微浮遊ブーツ』と、体温を遮断する結界を作り出す『断熱結界石』。そのくらいだろうか」
「どれもこれもろくでもねぇなぁ……」
「体温を遮断するって、なんで?」
「さあ?」
「【機雷国シドレス】の機械兵対策でしょうね。足跡もつかなくするというのも多分機械兵対策ですわ。機械兵は体温や足跡からも、足跡を辿れると聞いたことがありますもの」
「科学の力ってすごいねー。なるほど」
つまり悪さをするのに全振りしたような魔石道具をリグに作らせていたのか。
レイオンじゃなくても本当にろくでもない。
「そういやぁ、結局ダロアログのやつの召喚魔はなんだったんだ?」
「【神林国ハルフレム】のスライムだ。【獣人国パルテ】のスライムとも【神霊国ミスティオード】のスライムとも性質が違う。性欲が希薄なエルフが繁殖のために使うスライムだから、まあ、便利に使っていたな」
「うげっ」
声を上げたのはオリーブだ。
【神林国ハルフレム】はエルフの世界。
その世界で、エルフの繁殖のために使われていたスライム。
声を上げたオリーブを振り返るミルア。
「どんなスライムなの? オリーブ」
「……ぐっ……」
「え? なに? 気になるんだけど?」
相棒の微妙な態度にグイグイと顔を寄せるミルア。
顔を赤つつ、「だからぁ」と半ば自棄になったオリーブが叫ぶ。
「エルフの繁殖用ってことは! 発情させる能力があるスライムなんですよ! えっちな気分にさせるし、色々……濡らすんです!」
「え?」
さらに聞き返すミルアに、涼とレイオンは目を背けた。
ミルアのその眼差しがあまりにもガチだったからだ。
真っ赤に染まったオリーブが、涙を浮かべて震え始める。
「僕が説明した方がいいか?」
「絶対おやめくださいませ! ミルアの逆セクハラになりましてよ!」
「あたしの逆セクハラになるの!?」
「よし、この話はやめよう!」
「さ、賛成です!」
「嘘でしょ!? あたしだけわかってない感じで終わらせるの!? オリーブ!?」
「終わりですわ!」
強制終了させた。
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