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6章

ルート ノイン

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「「え」」
 
 声が重なる。
 浴場にいたのは、ノイン。
 風呂に入って、上がったところ。
 つまり身にまとうものなどなにもない状況。
 湯気と広い浴場でノインということと、そのノインが全裸だということしかわからない。
 いや、それがわかっただけで十分だろうか。
 
「うわぁ、リョウさ――」
「ごめんなさーーーい!」
 
 スパーンと扉を閉めて踵を返し、ダッシュで脱衣場から出る。
 どこをどう走ったかよくわからないが、気づくと二階の廊下に来ていた。
 そこで一気に息を吐き出す。
 
「ああぁ……! やってしまったぁー!」
「コンコーン」
「ぽんぽこー」
 
 すりすりと左右からおあげとおかきが慰めてくれる。
 顔を両手で覆い、しゃがみ込む。
 完全にリョウのミスだ。
 ロッカーの忘れ物確認を怠った。
 ちゃんと確認していれば、使用中のロッカーがあることにも、人が浴場にいることにも気づいたはずなのに。
 
「……で、でも……見てない……し」
 
 肌色はわかった。
 けれど肝心なところは多分見てない。
 咄嗟だったのでわからなかった。
 いや、そんな話ではなくて。
 
「ちゃんと謝らないと……」
 
 はあ、と溜息を吐き気合いを入れて立ち上がる。
 廊下で蹲っていては、他に人がいなくても不審であることに変わりはない。
 一階に下りて、おにぎりを握る。
 
「あ、やっぱりいた。リョウさーん」
「ごめ……ごめんね、ノインくん! これ、お詫びのおにぎりです!」
「わあ、ありがとう! でもボク髪を乾かすの手伝ってほしいなー、なんて」
「やります! なんでもやります!」
 
 服は着ているが髪は濡れたままのノインが大浴場から顔を出す。
 手招きされて、急いで男湯の脱衣所についていく。
 腰の下まで伸びた銀の髪は、確かに乾かすのが大変そう。
 大きな鏡の前に座ったノインの背に立ち、ドライヤーを当てた。
 
「ありがとう~。髪乾かすのって面倒くさいから助かるー」
「い、いやいや、こちらこそ……本当にごめんね……。でも多分、その、あんまりしっかりは見てないから」
「うん」
 
 サラサラストレートの銀髪。
 手櫛で整えながら、しっかり乾かして冷風にして仕上げる。
 いつもは後ろで一つに結っているが――。
 
「ノインくん、髪伸ばしているの?」
「うん。かせみたいな感じで伸ばしてる」
「枷?」
「長い髪の毛って普通に邪魔なんだよね。でもボクは魔力がないから魔石道具で身体強化してても絶対限界があるんだ。だから、少しでもその限界を超えていけるように、枷を多めにつけるようにしている。髪はその一つ。長くて邪魔な髪を一本も傷つけずに勝てたらボクの完全勝利、みたいな?」
「ふーん?」
 
 よくわからない理屈だが、ノインなりのルーティーンのようなものなのかもしれない。
 しっかり乾いたのを確認して、「できたよ」と声をかける。
 
「ありがとう」
「他になにかやることある?」
「うーん、まっじめー。おにぎりももらってるし、本当にもういいよぉ」
「で、でも……」
 
 本当に申し訳がない。
 自分の落ち度でお年頃の男の子の全裸を見てしまった。
 普通ならばトラウマになるだろう。
 俯いていると左手を掴まれる。
 顔を上げようとしたら、覗き込まれていた。
 顔が近い。とても。
 
「リョウさんはそんなに裸にこだわりがあるの?」
「は、はい?」
「だってボクの裸を見たのが申し訳ないんでしょ?」
「そ、それはだって、普通見られたら嫌じゃない?」
「そういうものなの?」
「え? ええ……?」
 
 なんとなく会話がすれ違っている気がする。
 髪を下ろしているノインは女の子のようで、一瞬ドキッとしてしまう。
 女としての敗北感。
 あまりにも可愛い。
 
「えーと……普通は裸を見られるのは、恥ずかしいんだよ。ノインくんは恥ずかしくないの?」
「別に恥ずかしくないなー。多分街中で脱げって言われても恥ずかしくないよ」
「あ、ああ……恥辱心がないタイプなんだ……?」
「ないかなー。別に露出狂みたいに見てもらいたいとは思わないけど」
 
 それは本当によかったような気がする。
 しかし、こんな美少女顔負けの美少年が脱ぐこと、裸になることに躊躇がないのは――。
 
(ああ……レイオンさんがダロアログがいる間にノインくんを外出禁止にした意味……)
 
 説得力が増す。
 そりゃあノインが外出禁止になるわけだ。
 これは心配すぎる。
 
「だから本当に気にしないでほしいな」
「そ、そういうことなら……」
 
 で、片付けてよいものか。
 恥辱心がないなら見たことが無罪になるのだろうか?
 いや、そんなことはないだろう。
 とはいえ、これ以上引きずるのも許そうとしているノインに対して失礼なのかもしれない。
 だが、子どものノインに他人の裸を見るのがあまりいいことではない、というのを、ここで教えておいた方がいいような気もする。
 
「あ、あの、ノインくんはその、他人の裸を見ちゃダメ、っていうのは、その、わ、わかる?」
「そのくらいの常識はあるよぉ。女の人は将来自分の子どものお父さんになる男の人にしか裸を見せちゃダメなんでしょ?」
「そ、そうそう」
 
 よかった、そのくらいの常識はあった。
 
「でもそれじゃあなんで男の人は将来自分の子どものお母さんになる人以外にも、裸を見せてもいいんだろうね? 師匠は『男の裸に価値がないから』って言ってたけど、リョウさんはやたらと謝ってくるし……」
「いや、それは、ち、違うと思うよ? とにかく裸って好きな人にしか見せちゃダメなんだよ」
「え? それじゃあボクやっぱりリョウさんには見られてもいいよ? ボク、リョウさんのこと好きだし」
「ち、違……好きは好きでも、結婚したい好きじゃないとダメなんだよ!」
 
 というか、ノインくらいの年ならば通じるんじゃないのか、この説明で。
 十四歳といえば中学生のはずだ。
 一番多感で、一番こういうことに興味津々なお年頃のはず。
 それなのにこの興味のなさ。
 
「ふーーん、そういうものなんだ。じゃあやっぱり見られてもボク別によかったな」
「えっ」
「リョウさんとならボク、結婚しても大丈夫だし。まあ、結婚ってお互いが好きじゃないとダメって師匠が言ってたからリョウさんがヤダって言ったら成立しないけど」
「ちょちょちょちょ……ちょっと待って」
「んん?」
 
 嫌な予感が色濃くなっていく。
 もしかして、もしかしなくても――!
 
「ノインくんは、は、初恋とか、したことあるかなぁ?」
「初恋かどうかわからないけど、リョウさんのことは大好き!」
「うぐぅっ」
 
 可愛さに押し切られた感がある。
 しかし、これは多分間違いなくノインは初恋も知らないこちらの方面圧倒的未成熟な子どもだ。
 あまりにも清くて変な扉を開きそうになる。
 これは本当に、ダロアログに見つからなくてよかったと思う。
 天然記念物かな。
 
「ねぇねぇ、だからボクもリョウさんじゃなくてリョウちゃんって呼んでいい?」
「え、あ、う、うん。いいよ」
 
 可愛さに負けた。
 いや、別にそう呼ばれることに抵抗はないのだが。
 
「やったぁ。実はジンくんの呼び方ちょっと羨ましかったんだよね」
「そ、そうなんだ……」
「うん。リョウちゃんはお姉ちゃんみたいな人だけど、ジンくんの特別な人でしょ? それが面白くないってことは、多分ボクの初恋はリョウちゃんだと思うんだよね」
「うぇ」
 
 唐突に可愛い顔でぶち込まれて目を剥いた。
 しかし、ノインはなんてこともないように「――って、思ってるだけ。本当にそうなのかはぶっちゃけ自信ない」と笑う。
 
「ボクはずっと剣の道、騎士の道を極めることばっかり考えてきたし、今もそれしか考えてないからジンくんの言う恋とかよくわからないんだよ」
「あ、ああ、なるほど……?」
「だからこれがそうなのか自信はないんだ。もう少しボクが大人になったらわかるのかな?」
「……そう、だねぇ?」
 
 確かにこれほど若くても、ノインは騎士だ。
 生まれながらの騎士。
 間もなく剣聖としても認められるだろう。
 もちろん史上最年少の剣聖だ。
 その立派な肩書きを背負う実力を身につけるために、一部の精神面が極端に蔑ろになっているのかもしれない。
 その、蔑ろになっている精神の成長部分が恋愛面なのだとしたら――。
 
「うん、きっといつかわかるよ」
「うんうん、ボクまだまだ伸び代がたくさんあるもんね! リョウちゃんにおにぎりもらったから、食べて素振りしてこようかなー」
「寝て?」
 
 せっかくお風呂に入ったのだから。
 そう言うと「そうだった」と言って笑うノイン。
 無邪気な笑顔は、ずっとそのままでいてほしいと思ってしまうほど可愛かった。
 
 
 
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