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6章
ルート 刃
しおりを挟む「「え」」
声が重なる。
浴場にいたのは、刃。
風呂に入って、上がったところ。
つまり身にまとうものなどなにもない状況。
湯気と広い浴場で刃ということと刃が全裸だということしかわからない。
いや、それがわかっただけで十分だろうか。
「うわーーーー!」
「ごめんなさーーーい!」
スパーンと扉を閉めて踵を返し、ダッシュで脱衣場から出る。
どこをどう走ったかよくわからないが、気づくと裏庭の畑の前に来ていた。
そこで一気に息を吐き出す。
「ああぁ……! やってしまったぁー!」
「コンコーン」
「ぽんぽこー」
すりすりと左右からおあげとおかきが慰めてくれる。
顔を両手で覆い、しゃがみ込む。
完全に涼のミスだ。
ロッカーの忘れ物確認を怠った。
ちゃんと確認していれば、使用中のロッカーがあることにも、人が浴場にいることにも気づいたはずなのに。
「……で、でも……見てない……し」
肌色はわかった。
けれど肝心なところは多分見てない。
咄嗟だったのでわからなかった。
いや、そんな話ではなくて。
「ちゃんと謝らないと……」
はあ、と溜息を吐き気合いを入れて立ち上がる。
ふと、少し崖になったところの下に広がる畑を見下ろした。
端の畑の一画は、涼が植えた小麦が芽を出している。
この世界『エーデルラーム』は、畑に調節魔石を置いておくと自動で適温に維持されるという。
魔石は様々なことに利用されているが、こんなことまでできるのだから万能だ。
「涼ちゃん」
「ひえ!」
後ろからかけられた声に驚いて振り返る。
ちゃんと服を着た刃。
けれど髪は半乾き。
慌てて涼を追いかけてきたらしい。
「ジ、刃くん、ご、ごめんなさい! わざとじゃないの! 確認不足だったの!」
腰を九十度に曲げて頭を下げる。
すると刃は「謝らなくていいよ、大丈夫……大丈夫というか……うーん」と口籠った。
それはそうだろう。
涼だって全裸を見られたら、簡単には許せない。
まともに顔を見るのも難しいと思う。
「あ、あの……涼ちゃん……その……本当に怒ってないよ」
「なにか、お詫びを……したいんだけど……な、なにがいい? 私にできることなら、なんでもする!」
「うっ! ま、待って待って、そんなこと言われたら、変なこと頼みそうになるから!」
「へ、変なこと!?」
思わず身構える涼。
おあげとおかきが前のめりになって涼を守ろうとするが、相手は刃なのでそこまで警戒しているわけではない。
しかし、刃が以前涼に言ったこと――。
「いや、えと……さすがに『付き合ってくれ』とは、言わないけど……でも、その……二人で出かけたい……とか、言いそうになる」
「え……そ、それって、デートってこと……?」
そのくらいなら、と思って顔を上げると顔を真っ赤にした刃。
なんだかこちらまで照れてしまいそうな顔になっている。
「っ、う、うん。一緒に出かけてほしい。……オレは、一ヶ月後、リグさんが元気になって、元の世界に帰れるようになったら――涼ちゃんと帰りたい」
「っ……私は……」
「わかってる。涼ちゃんは残りたいんだよね。でもオレはまだ一緒に帰れたらな、って思ってるんだ。向こうで、涼ちゃんと、結婚したい」
「うっ」
また、ストレートに告白されて俯いてしまう。
涼は元の世界に未練がない。
けれど刃は元の世界に涼と帰りたい。
二人の気持ちが交わることはないのだ。
それを変えるには、刃が涼を連れて帰れるように説得するしかない。
刃にそこまでの好意はまだないので、刃は涼にそれほどの想いを持たせられるかが勝負。
「だから、今度一緒に……出かけてくれないかな。オレ、頑張るから」
「……う、うん……それでお詫びになるのなら……」
「お詫びじゃなくても出かけてもらえるように頑張るね」
「えうっ! ……う、う、うん……あ、それじゃあ、明日、一緒に行く……?」
「明日?」
「う、うん。リータさんにダンジョンの果物を採っておいでって勧められたの。冒険者登録もしておきたかったし」
「うん! 行くよ! 前に行けなかったし!」
それじゃあ、明日。
と、約束して別れる。
男湯の湯を抜いてその日は眠った。
◆◆◆
翌日、刃と二人でダンジョンに向かった。
町から出る前に冒険者協会で冒険者登録をして、果物探しに勤しんだ。
戦うのはおあげと刃に任せ切りになってしまったが、刃はずいぶんと強くなっていた。
「刃くん、本当に強くなってるね」
「身体強化の魔法のおかげかな。でも身体強化を使ってもノインくんに勝てないんだ。オレも小さな頃から剣道習ってるから、ノインくんにちっとも勝てないのはちょっとへこむんだよね」
「あー」
それはそうだろうな、と笑う。
栗も拾って色々な果物を収納宝具に入れていく。
一休みすることにしてプルアの実の木の下で座り、涼が作ってきたお弁当を食べる。
「うん、美味しい」
「500ラームになりまーす」
「あ、はい」
「毎度ありがとうございまーす」
「……なんか、涼ちゃん変わったよね」
「え?」
お金をもらうと、刃が少しだけ困ったように笑う。
もしかして呆れられただろうか?
少し不安に思った自分の反応に、自分で驚いてしまった。
これではまるで刃に嫌われたくないと思ったような――。
「前から明るくなった、とは思ってたんだけど……多分、明るくなったって別に涼ちゃんが変わったわけじゃないんだよね。オレが知ってる涼ちゃんっていつも俯きがちで目を合わせてくれないんだけど、今の涼ちゃんは心から楽しそうに笑うし話しやすい。……今日改めて二人……と、おあげとおかきと出かけてみて思ったんだけど……涼ちゃんがこの世界に残りたいって言ってた意味がちゃんとわかったって言うか……」
「刃、くん……」
「きっと今の涼ちゃんが本当の涼ちゃんなんだよね。こっちの世界なら本当の自分でいられるって、こと。オレもそれは……わかってたんだ」
言葉が途切れる。
ちゃんと涼のことを見て、その変化を理解してくれている。
歳が同じの男の子なのに、涼のことをそこまで。
「――やっぱりオレも残るよ」
「え!」
「今の涼ちゃんのこと、もっと知りたいから。残って一緒にいたい。家族には、他の人たちに手紙を書いて持っていってもらう。リグさんと涼ちゃんと、鍵があれば送還魔法はいつでも使える、でしょ?」
「あ……」
そうだ。
なにも全員一緒に帰る必要はない。
しかし、それでも帰りづらくなるのでは。
「涼ちゃんが結婚したらキッパリ諦めて帰るけど、それまでは――」
「ジ、刃く……」
手が重なる。
柔らかな笑みで見つめられて、顔が熱くなった。
「もっと意識してもらえるように頑張るね」
「う、ううう」
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