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6章
夜のお茶会 1
しおりを挟むその日の夜――。
「レオスフィード・エレル・ウォレスティーだ。ウォレスティー王国第三王子。しばらく世話になる」
「あらまあ、まさか王子様だったとはねぇ」
「僕はリグ――今は家名を話せない」
「ああ、やっぱりお貴族様なのね」
「貴族籍は持っていない。正式な召喚魔法師でもない」
「んん? どういうことだい?」
客のいない食堂で、リータにレオスフィードとリグが自己紹介した。
世話になる以上、最低限の事情を話すのが筋だと思ったからだらしい。
レイオンとノイン、フィリックスも同席して今後の方針を話し合うのも兼ねている。
そして、関係者である涼と刃も。
「えーと、リータさん。リグは公表された[異界の愛し子]なんだ」
「まあまあ! 新聞に載っていた、あの? 英雄アスカと同じ、なんかすごい召喚魔法が使える体質の人よね? それで昼間すごい魔法を使ってたのね!」
「まあ、そうなんだが……リグはアスカよりも優秀な[異界の愛し子]なんだ。アスカ以上にできることが多く、知識も豊富だ。おそらく能力が知れ渡れば世界中から狙われる。立場が確立するまで、上手く守らなければならない。だが、同じくらい普通の生活というのも経験させてやりたいんだ」
「ああ、そう言ってたね。普通の“人間らしい生活”をさせてあげたい子がいるって。そうかい、[異界の愛し子]様がそうだったのか。まあ、うちでよければ好きなだけいるといいよ」
あっさりと言い放つリータに、リグが少しだけ驚いたように目を丸くする。
フィリックスがふっと笑って組んだ手に額に載せた。
「ありがとう、リータさん」
「なんでフィリックスがお礼を言うんだい」
「リグはおれが召喚警騎士を目指すことになったきっかけをくれた、命の恩人なんだ。ようやく助けになれると思っていたんだけど、本当に事情が複雑なんだ、彼」
「そうかい。ま、どんな事情でもお金を払って迷惑さえかけなきゃお客さんだ。レイオンさんとフィリックスがそこまで気を使うなら、いい子なんだろう。“人間らしい生活”ってのも、頑張ってやってみな」
「――善処する」
おお、とリグの答えに涼も少し感動した。
自分を道具と言い切るリグが、人間らしい生活に興味を持ってくれた――かもしれない。
これで少しずつでも、自分のやりたいことや望みを見つけてくれたらいいのだが。
「でも王子様は本当にうちでいいのかい?」
「リグがいれば俺たちが留守でも大丈夫だ。なにしろアスカよりも優秀な[異界の愛し子]だからな。今は魔力回復に専念してもらいたいところだが、王子殿下にも国民の生活ってやつを直に見てもらった方がいい。貴族たちがいかに横暴か。このままではまたいずれ、新たな『聖者の粛清』や第二のハロルド・エルセイドが生まれてくるだろう。少しずつでもいい……変えなければ」
「ふーん。そうかい……まあ、確かに貴族たちにはいい加減真面目に仕事してほしいものだね。フィリックスが過労死しちまうよ」
「ええ? いやいや、おれは大丈夫だよ?」
沈黙。
フィリックス以外の全員がアイコンタクトをした。
「……フィリックスさんは、寝ましょう」
「なんで? 大丈夫だよ?」
「キキィ!」
「おかき、少しでも疲労を癒してあげられないかな?」
「ぽんぽこ!」
「本当に大丈夫だよ!? おかき……!?」
涼がお願いすると、おかきがフィリックスの肩に飛び乗ってポコポコ殴り始める。
軽い力なので肩叩きみたいだ。
これで少しは疲れが癒えるといいのだが。
「それから、これはさっき私が作ったモンブランです」
「もんぶらん?」
「栗を使ったケーキですよ。リータさんが個数限定で販売してもいいって言ってくれたんです。売り物になるか、試食してください」
「え! いいの!?」
「わーい! すごーい! ケーキ! ケーキ!」
「こりゃ立派だな!」
「わあ、すごい! モンブランケーキって作れるんだ!?」
リータも滅多に食べられないケーキを、涼がレシピを知っていてしかも作れる、と聞いてからはにっこにっこだ。
ケーキはこの世界でただのおやつではなく、芸術品としての価値が高い。
英雄アスカのために再現開発が行われ、献上目的で発展していったためだ。
一般人はカットケーキを本当に特別な日に買っていく。
コンビニで買える世界に生まれた涼たちには想像もつかないほど、ケーキは特別な存在なのだ。
「すごいだろう? この子、ケーキを作れるんだよ」
「すごいな、リョウちゃん!」
「そなた、城の厨房で働いていたのか? こんなに見事なケーキはなかなか見ないぞ!」
「え、ええ? いや、別にそんな……あ、あの、ほらその、私はアスカさんと同じ世界から来たので、ケーキは割と一般的といいますか」
「な、なるほど! やっぱり英雄アスカの世界はすごいんだな」
「う、うーん」
なんとなく王子様に異世界のハードルを上げてしまったような気がしないでもない。
ただのモンブランのホールケーキなのに。
気を取り直して人数分に切り分けて、お皿に持ってフォークと一緒に配膳する。
「フィリックスさんのケーキもお出ししましょう」
「え、いいの?」
「だって早く食べたいですし! 私が作ったケーキもありますから大丈夫ですよ!」
「う、うーん、そう? まあ、リョウちゃんがいいのなら……」
収納宝具からケーキパーラーカブラギの新作ケーキを取り出すフィリックス。
ケーキは全部で八つ。
どれも全部違う種類だ。
「ええと、それではまず先に――リョウちゃん、いつもお世話になっております。お選びください」
「わあー! 本当にすごい! どれも綺麗で美味しそうで、食べるのがもったいないですね……コレで!」
「一つと言わず二つどうぞ」
「とりあえずこれだけでいいです」
念願のケーキパーラーカブラギのケーキ。
ついに手に入れた。
テーブルの上に並べられたケーキとお茶。
夜だというのにティータイムのような状況。
リータが瞳を輝かせて「すごいねぇ、すごいねぇ」と嬉しそうなので、これはこれでいいと思う。
「リグも食べてみて。甘くて美味しいんだよ」
「コンコン!」
「ぽんぽーこ!」
若干困惑気味のリグに、ケーキパーラーカブラギのケーキを勧める。
いかにも「食べ物?」という表情だ。
「いただきます! ……美味しい!」
「よかった」
「うん、リョウちゃんの手作りケーキも美味しいよ」
「よかったです」
ノインとフィリックスには好評で安心。
リータとレオスフィードもご満悦な表情。
刃が「ありがたくいただきます」と神妙な面持ちで食べ始めるので、「大袈裟だよ」と返す。
肝心のリグは、と見てみると、周りが食べるのを見て食べ方を学んだらしい。
一口サイズを口に入れる。
「……甘い」
「美味しい?」
「美味しいのだと思う」
「好みではない?」
「よくわからない。あまり執拗に摂取する必要性は感じない」
「う、うん」
なかなかの感想に困る涼。
やはりそう簡単にリグに“人間らしさ”を出してもらうのは難しいようだ。
「ところで、王子様とリグはなにをして過ごすつもりなんだい?」
ご機嫌になったリータが、レオスフィードとリグに明日からの予定を聞く。
使用人も連れてないため、レイオンはレオスフィードに家事なども教えるつもり満々だ。
しかしそれ以外は?
「ぼくはリグに異界の魔法を教わりたいのだ。あと、ぼくは【竜公国ドラゴニクセル】の適性があるので、召喚魔法の勉強も見てもらう」
「つまり、リグに勉強を教わるのですか?」
「うん!」
確認のためにフィリックスがリグの方を見ると、リグもこくりと頷く。
リグもレオスフィードに教えるつもりでいるらしい。
実際レオスフィードがシドからリグを庇った理由は、魔法を教わりたいから。
律儀にもちゃんとその役目を果たそうというつもりがあるようだ。
「あと、料理と洗濯と掃除、買い物もしたい! リグも買い物はしたことがないと言っていたから、いつかやってみたいな、と話していたのだ」
「え……!? リグは買い物をしたことがないのか!?」
「ない。食事はダロアログが持ってきたものを食べていたし、基本的に軟禁場所から離れない」
「え?」
あ。
リグがしれっとダロアログの名前を出し、軟禁場所と言うのでリータがギョッとしている。
ダロアログは死亡が発表されているが、つい最近まで懸賞金ポスターを掲示板に貼り出しており、毎日見ていた。
なにより、ノインが外出禁止にされていたのは幼児趣味のダロアログがいたからだ。
「あ、アンタ、ダロアログに誘拐監禁されてたのかい……?」
「ああ」
さらっと肯定してしまうし。
「な、なんて非道な……! それで“人間らしい生活”をさせたいって話になったのかい」
「ま、まあ、そうなんだが……」
「可哀想にねぇ。わからないことがあったらなんでも聞くんだよ」
「わかった……? 感謝する……?」
なんとも言えない顔になる一同。
間違ってはいないのだが、これでいいのか悩ましい。
「できることならおれがつきっきりで一から十までなんでも教えたい……」
「フィリックスさん、それは若干怖いよ」
「だって覚えの悪い先輩貴族に仕事教えるより、リグに奪われた日常を返してあげるのを手伝う方が圧倒的に自分の精神にいい」
「それはそうだけど」
フィリックスの言うことは実にもっともだが、ノインの言うことももっともで涼と刃は半笑いになる。
なんとなく、フィリックスには一度しっかりと休んでほしい。
リグに普通の人間の生活を教えることで、休みになるのならその方がいいような気もする。
ただ、若干重い。
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