59 / 112
6章
ちょっとだけ変わる関係
しおりを挟む「ごめんください!」
「あら、噂をすればフィリックスじゃないか」
「おおー! 我が町の英雄様じゃねぇか!」
「久しぶりに顔見たな、フィリックス! お前だろ、復活したハロルド・エルセイドを捕まえたの! スゲェじゃねぇか!」
「子爵の爵位をもらえるって本当か?」
「ごめん、それよりもリョウちゃん! リグが退院してカーベルトに来てるってミニアさんに聞いたんだけど!」
「あ、はい」
目のくまがひどい。
これは確実に寝ていない。
制服も皺が多くなっており、そこはかとなく匂うような?
「フィリックスさん……寝てます? お風呂入ってます? 最後に着替えたのいつですか……?」
「エ……?」
「あ、本当だ。髪も脂っぽくない? 髭だけ剃った感がすごい」
「ギクっ」
「パッと見てわかるくらいくたびれてますよ」
「エッ」
「キキィー」
涼が後ずさるとノインと刃が目を細めて追撃をする。
キィルーが「ほら見ろ」と言わんばかりの顔。
ぐぅ、と渋い顔をされるのだが、この状態で王子と一緒にいるリグの前に出すのは――心配が上回る。
「フィリックス、さすがにみっともないから部屋に帰ってシャワー浴びといで。できれば寝た方がいいけど、寝る時間はあるのかい?」
「い、いや。さすがに……休憩時間を無理やり作って出てきたので……」
「フィリックスさんさぁ、貴族の召喚警騎士は? まだ働いてないの?」
「いや…………働くのが初めてな先輩もいて、今役割分担を改めて振り分けし始めている感じなんだ。えーと、貴族の先輩に仕事を教えている状況って言えばいいのか? 伝わるか? ヤバさが」
「……伝わるよ……ヤバさが……」
わ、わぁ~、と冒険者たちすら顔が青ざめる。
社会人経験のない涼と刃、ノインでさえあまりのことに笑えなくなっているほど。
年下で平民のフィリックスに仕事を教わるのも苦痛という連中が、文句たらたらで今更ながらに仕事を始めたのだ。
考えただけでこれまでとは違う、別種の地獄が見える。
しかしそれでも、レイオンとミセラが町長庁という町のトップを締め上げて改革が始まったのだ。
ここが踏ん張りどころと言える。
若干、働き始めたら働き始めたで仕事が増えるというのがなんとも言えないところではあるが。
「でも、あの、大丈夫なのか? リョウちゃんもそうだけど、リグ……と、例の……」
「うん、多分。あの人本当にすごいんだ。召喚魔なしで召喚魔の魔法が使えるんだって」
「は?」
目が点になるフィリックス。
それはそうだろう。
刃が丁寧に先程リグが召喚魔を召喚せず、一人で結界魔法を使ったことを説明する。
フィリックスが「規格外すぎる」と頭を抱えた。
「いや! そもそもどうやったらそんなことできるんだ!? 異界の言語を一から習得したとしても、異界の魔法は人間の保有魔力では発動が難しいはずなのに」
「へー、そうなんだぁ」
なるほど、召喚魔法師が『召喚魔を召喚した方が早い』としているのは召喚魔の方が保有魔力や能力が高いから。
それを聞いて涼はフィリックスとは別の意味で「なるほど」と思った。
貴族たちはとにかく、自分で働くことをしないのだ。
自分の力でなにかをする――ということがない。
日常生活も使用人が手伝い、仕事も召喚魔を召喚してやらせる。
現場に出て駆け回るフィリックスたちは、元平民だから自分のことを自分でやるのが当たり前。
その差が明確に出ていたのだ。
「コンコン!」
「ぽんぽーこぽん!」
「うっ! ……わ、わかったよ。おあげとおかきにまで言われたら……部屋に戻ってシャワーを浴びてくるよ」
「はあ? シャワーなんかじゃダメよ! うちの浴場使っていきな! まったく顔はいいのに本当に無頓着なんだから!」
「リ、リータさん、でも、い、いいんですか?」
「いいに決まってるだろう! 飯もちゃんと食べておいき! リクエストはあるかい?」
「えっと、じゃあリョウちゃんのオムライス食べてみたいな。たまにお弁当に入ってるんだけど、ちゃんとしたやつはまだ食べる機会がなくて」
「あ、私のオムライスですか? わかりました。作っておきますね」
ケチャップで描くイラストはお猿さんにしよう、とすぐに決めて腕をまくる。
そうしていると、フィリックスから顔を近づけられた。
「あと、いい加減例のブツを渡したいんだ」
「例の……?」
「アレ、アレ。前約束したけど、そのままになってるやつ」
「約束?」
なんのことかな、と首を傾げ、そのままになっている約束――と記憶を呼び起こしてハッと顔を上げる。
ケーキパーラーカブラギの新作ケーキ。
もう今月の新作が出ているので、かつての新作、となっているけれど。
「今月の新作も含めて買ってきたから、あとで渡すね」
「本当ですか!? ありがとうございます!」
ちゃんと約束を覚えていてくれただけでも嬉しいのに、まさかの今月の新作まで。
「食べきれなかったら、リグにも食べさせてあげて」
「あ、はーい! 了解です」
さては半分はそれが目的だな、とニコニコになってしまう。
リグにケーキを食べさせてみたい、という気持ちは涼もよくわかる。
きっと不思議な顔をするだろう。
そしてフィリックスが慌てて現れた理由もわかった。
ケーキを食べるリグが見たかったんだろう。
「じゃあ、リータさん。ありがたくお風呂借ります。先に着替え持ってきますね」
「はいよ」
しかしまずはお風呂に入って、食事を摂ってもらわなければ。
さすがにあんなくたびれた格好のままはこちらも気を使う。
本当はしっかり寝てほしいところだが、休憩中と言っていたので仮眠は無理だろう。あの寝起きの悪さでは。
「よーし、フィリックスさんがたくさん食べられるように色々作ります!」
「あ、オレ手伝うよ」
「え? いや、大丈夫だよ」
「て、手伝いたいなーって」
「そ、そう?」
本当に大丈夫なのだが、と首を傾げる。
ノインが後ろに腕を回して「ジンくんはリョウさんに男として見てもらいたいから、手伝わせてあげてー」と余計なことを言う。
おかげで冒険者たちとリータが「あ」という表情になり、うんうん、と謎に穏やかな笑顔で頷かれる。
「ノ、ノインくん!」
「ジンくん、リョウさんは逐一言わないと伝わらないと思うよ。本当にわかってないところとかも可愛いなあ、って思うのわかるけどさ」
「うっ!」
「か、可愛いなんて、そんな……」
ノインにそんなふうに褒められたことがないので、驚いてしまう。
今までそんなこと、言われたことはなかったのに。
「ボク、本当言うとジンくんのことは応援したかったんだよね」
「へ? な、なに?」
「でもなんか……お姉ちゃんを取られるみたいで、モヤモヤしちゃうから――応援しない」
「「な――!」」
「あらあら。ノインもお年頃になったんだねぇ」
なんて、呑気に笑うリータと冒険者たち。
唇を尖らせるノインに驚いた涼と刃は、まったく正反対の表情だった。
刃は驚きながらも嫌そうな顔。
涼は驚きながらも嬉しそうな顔。
刃には姉がいるので、おそらくノインの気持ちを理解はできるのだろう。
だが一人っ子の涼には、そんなふうに慕ってもらうこと自体が初めてだ。
「わ、私もノインくんのこと弟みたいに思っていいの?」
「い、いいよっ」
「わ、わあ~」
「あれ? まだたむろってたの? ま、まあいいや。お風呂借りまーす」
「はいよ。ゆっくり入っておいで」
そんなことをしていたら、フィリックスが戻ってきた。
着替えを手に持ち、まだ和気藹々としていた涼たちの横を通り過ぎる。
ただ若干、ジンがあまりにも落ち込んでいて涼が嬉しそうでノインが照れているので「なにかあったんだろう、あとで話を聞いてみようかな」と首を突っ込む予定を挟み込んだ。
お人好しがすぎる。
1
お気に入りに追加
47
あなたにおすすめの小説

家出したとある辺境夫人の話
あゆみノワ@書籍『完全別居の契約婚〜』
恋愛
『突然ではございますが、私はあなたと離縁し、このお屋敷を去ることにいたしました』
これは、一通の置き手紙からはじまった一組の心通わぬ夫婦のお語。
※ちゃんとハッピーエンドです。ただし、主人公にとっては。
※他サイトでも掲載します。



一番悪いのは誰
jun
恋愛
結婚式翌日から屋敷に帰れなかったファビオ。
ようやく帰れたのは三か月後。
愛する妻のローラにやっと会えると早る気持ちを抑えて家路を急いだ。
出迎えないローラを探そうとすると、執事が言った、
「ローラ様は先日亡くなられました」と。
何故ローラは死んだのは、帰れなかったファビオのせいなのか、それとも・・・

【完結】美しい人。
❄️冬は つとめて
恋愛
「あなたが、ウイリアム兄様の婚約者? 」
「わたくし、カミーユと言いますの。ねえ、あなたがウイリアム兄様の婚約者で、間違いないかしら。」
「ねえ、返事は。」
「はい。私、ウイリアム様と婚約しています ナンシー。ナンシー・ヘルシンキ伯爵令嬢です。」
彼女の前に現れたのは、とても美しい人でした。

かつて私のお母様に婚約破棄を突き付けた国王陛下が倅と婚約して後ろ盾になれと脅してきました
お好み焼き
恋愛
私のお母様は学生時代に婚約破棄されました。当時王太子だった現国王陛下にです。その国王陛下が「リザベリーナ嬢。余の倅と婚約して後ろ盾になれ。これは王命である」と私に圧をかけてきました。

(完結)私より妹を優先する夫
青空一夏
恋愛
私はキャロル・トゥー。トゥー伯爵との間に3歳の娘がいる。私達は愛し合っていたし、子煩悩の夫とはずっと幸せが続く、そう思っていた。
ところが、夫の妹が離婚して同じく3歳の息子を連れて出戻ってきてから夫は変わってしまった。
ショートショートですが、途中タグの追加や変更がある場合があります。

【完結80万pt感謝】不貞をしても婚約破棄されたくない美男子たちはどうするべきなのか?
宇水涼麻
恋愛
高位貴族令息である三人の美男子たちは学園内で一人の男爵令嬢に侍っている。
そんな彼らが卒業式の前日に家に戻ると父親から衝撃的な話をされた。
婚約者から婚約を破棄され、第一後継者から降ろされるというのだ。
彼らは慌てて学園へ戻り、学生寮の食堂内で各々の婚約者を探す。
婚約者を前に彼らはどうするのだろうか?
短編になる予定です。
たくさんのご感想をいただきましてありがとうございます!
【ネタバレ】マークをつけ忘れているものがあります。
ご感想をお読みになる時にはお気をつけください。すみません。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる