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5章
ダロアログの目的
しおりを挟むとんでもない展開になってきた。
王都から王子を迎えに来た者とはミセラとアラベル、ベレスとゼルベレストだ。
彼らはここにはいない。
町長庁で町長と市議たちを締め上げている頃だ。
彼らを連れてくるのは時間がかかるし、町長たちに逃げ場を作りかねない。
これはこれでまずいのでは、とフィリックスたちと顔を見合わせると、涼の首輪が光を放ち始める。
「え!? こ、これは――!」
首輪が解除されていく。
それができるのは、シドの魔剣とダロアログの聖杖のみ。
つまり、どちらかが近くにいるのだ。
しかしシドならば姿を隠して涼の首輪を解除する必要はない。
なにより王子を誘拐した犯人はダロアログに違いない。
(あ――姿が透明になる外套と音を消す魔石道具……!)
それで音と姿を消して、近くに潜んでいるのだ。
なんという姑息。
隣のフィリックスも怒りで拳を握り締め、震えている。
「なんだ、どうしたのだ、その娘の――首輪が光っているのか!?」
「っ、どうしよう! ダメ……!」
「コンコン!」
「ぽんぽこー!」
おあげとおかきが涼の左右から魔力を制御してくれる。
けれど、涼の中から勝手に魔力が溢れて外へと広がっていく。
「おどきになりなさい!」
「き、君は……ミセラ様の――!」
署長の部下たちを押し除けて、アラベルが飛び出してきた。
涼の周りに結界を張り、魔力を零さないようにしてくれるが首輪から漏れる金色の光が円状になる。
「ワタクシの結界が……うちから溢れる魔力に……押し返される……!?」
「うっ……」
濃度がどんどん上がる。
首輪を囲う金色の円が形を変えて二重、三重になり回転を始めた。
体の中からどんどん魔力が出ていっている。
(まずいまずいまずい。お腹の下の魔力は絶対に使わせるわけにはいかない。それなのに、自分の思い通りに魔力が扱えない……!)
ただ単に涼が魔力の扱いがわからないから、というわけではない。
自分の手足が自分の思い通りにならない――そんな感覚なのだ。
「リグ!? なにをしている!?」
「!?」
王子の声に全員が一度黒いマントの男を見ると、リグがフードを取って左腕にナイフを突き立てていた。
袖ごと皮膚を、切り裂いていく。
血が地面に落ちると、ゆっくりと涼の方を見る。
仄暗い目。
すぐに“違う”と感じた。
涼がそう思った瞬間、リグの唇が弧を描く。
「――召喚主たる“リグ・エルセイド”が僕に命ずる。魔力を捧げよ」
「こ、この! ダロアログ! 卑怯者!」
「レイオンさんが言っていた、体を乗っ取る禁術か!」
涼が叫ぶ。
フィリックスが他の人間にもわかるようにリグが操られていると告げる。
リグの体を“操作”して、意識だけを残して体の主導権をダロアログが奪っている状況だ。
その状況でも、涼の召喚主として振る舞えるとは。
「ダ、ダメ……魔力量が違いすぎる……!」
「頑張ってアラベル様!」
「クソ! ダロアログを探せ! 近くにいるはずだ!」
「か、勝手に命じるな平民風情が!」
フィリックスが叫び、辺りを調べ始める。
しかし、署長がフィリックスの肩を掴み引き戻す。
「っ! このままにしておけばダロアログの思う壺です! 人質とリョウちゃんを両方助けるには、ダロアログを見つけ出して止めるしかありません! やつは姿を消すマントと音を消す水晶の魔石道具を所持していると、報告してありますよね!?」
「なっ、し、知らん、知らんぞ! 聞いておらん! と、とにかくわしを無視するな!」
「そんなことを言ってる場合では――! っ! だったら早く命じてください! 全員助けろと!」
フィリックスが署長の肩を掴み、叫ぶ。
全員――涼と王子と、そしてリグを。
「きゃあ!」
「ううっ!」
「涼ちゃん!」
アラベルの結界が涼の魔力に押し負けた。
砕けた音と、金の光が円状に巨大化していく。
リグの血と涼の魔力が合わされ、丘全体に魔法陣を描いていく。
『オオォォォォ……』
『ウァァァァァアアアァァア……』
「な、なんだこれは!?」
一人の警騎士が叫ぶ。
丘の周囲を幽霊のようなものが飛び回り始めた。
墓標で古の戦士たちを慰めているとは聞いたが、本当にお化けが出るとは思わないだろう。
「リョウさんの魔力で丘の亡霊たちが視認できるほどに強くなっています! みなさん、気をしっかり持ってください! 肉体に入り込まれると、精神を削られて乗っ取られます!」
「そんなヤバいんスかぁ!?」
アラベルの忠告にスフレが悲鳴じみた声を上げる。
ものすごい勢いで涼の中の魔力が吸い上げられていく。
が――。
「涼ちゃん、大丈夫!?」
「う、うん、平気……だけど……」
「平気!? こんなに魔力が……目視できるほどの濃度で溢れてるのに!?」
駆け寄ってきた刃とノインが涼の左右に立つ。
先程から一番奥にある『三千人分の魔力』には、一切手をつけられていない。
ずっと表面の魔力を延々吸い上げられる――そんな感覚。
「と、とにかく王子とあの男を確保しろ!」
「っ……ミルア、ここを頼む!」
「了解!」
フィリックスがキィルーを呼び出し、リグのところへ走る。
憑依召喚魔法で巨大な猿の腕がフィリックスの肩口から生え、リグの体と王子の体を抱えて戻ってきた。
「バカだなぁ。リグの体と“聖杯”をわざわざ近づけるなんて」
「なに!?」
リグの声で。リグの体で。フィリックスの想いを踏み躙るようなことを言う。
涼の側に来た途端、リグの左腕が持ち上がって魔法陣をいくつもいくつも空の上まで重ねていく。
「なにをするつもりだ!?」
「まあ、見てな。最高に面白いモンを見せてやるよ! ハハハハ!」
フィリックスとキィルーに捕まったまま笑う。
溢れ続ける涼の魔力を、召喚主のリグの体を使って利用する。
いくつもの魔法陣がゆっくり回転しながら一つに重なると、宙を舞う幽霊たちをも巻き込んで魔法陣から光が無数に振り始めた。
「なにを召喚するつもりだ!?」
「ひぃ、なんだこれは! なんとかしろ!」
「無理です! あんな魔法陣見たことがない! 召喚魔法の種類すらわかりません!」
「ありえない……こんな大規模な召喚魔法を、たった二人で行うなんて……!」
リグの言う通り、涼の魔力もまた破格だったのだと実感した。
だがこのままでは間違いなく、ダロアログが本来召喚したかったなにかが召喚される。
次第に魔法陣の中心に金色の光が集まり、人の形に重なっていく。
それが出てきた瞬間から、涼の中から魔力がごっそりと出始めた。
それでもまだ、『三千人分の魔力』には程遠い。
つまりまだ、涼自身の魔力の範囲内。
ここまでくるといっそ、自分の魔力の量がおかしいと自覚し始める。
人間の形のそれは、ついに光から肌の色となり、髪が生え、手を動かし、顔の形も明確になった。
魔法陣が消えると同時に全裸のその男はニヤリと笑い、自分の手をくるりと回転させながら観察して「ああ……素晴らしい」と感嘆の声を漏らす。
「これが生き返るということか……素晴らしい……実に素晴らしい。しかし、私を迎えるものが一人もいないのはどういうことだ? せめて服の一つでも用意しておいてくれると思ったのだがな」
「うるせぇなぁ。復活させてやっただけ感謝しやがれ」
ぐったりとフィリックスの腕にもたれかかったリグの口から、そんな返事が出る。
ダロアログがやろうとしていたのは、この男の蘇生らしい。
ゆっくり目を背ける。
「ちょ、ちょっと、全裸の男が出てきましたわよ……!」
「誰だか知らないけどありえない! 早くなにか着せなさいよ!」
「っぅ」
「そんな……そんなバカな……あの男は……ハロルド・エルセイド……!」
女性陣が顔を背ける中、一人だけ顔面を注視していたアラベルが顔を青くしながら呟いた名前。
その名前を聞いて、場の誰もが戦慄いた。
「バカな……そんなバカなことを……ありえん! 冗談はおやめください、アラベル殿!」
「冗談などではありませんわ! 忘れるわけがありません、ワタクシたちが倒した男ですのよ!? なんで……なんであの男がここにおりますの!? こんなことありえません!」
「簡単なこと。私の魂はこの『戦士の墓』の墓標の一つに封じられていたのだ。君たちと戦う前に、な」
「なっ!」
「正直私が敗北するとは思っていなかった。しかし、この世界の貴族どもを皆殺しにするには、保険はいくつかけておいても足りん。案の定、せっかく用意していた切り札を、このような形で使うことになってしまった。まあ、私の理論を立証し、“聖杯”を呼び出すのに成功した時点で切り札の成長は十分そうだ。作った甲斐があるというものだよ。ハハハハ」
作った甲斐が、ある。
なんとも身勝手な言い草だ。
二十年間リグと、そしてシドがどんな生活を強いられてきたのか、知りもしないで。
いや、知っていてもこの男は同じようなことを言うだろう。
なんなら、この男の手で育てられていたらもっと酷い育てられた方をしたかもしれない。
これが貴族の生み出した、最悪の大罪人――ハロルド・エルセイド。
「さあ、次は私の復活祭といこう。ダロアログよ、その手札を使い、伝承を召喚して王都を攻め落とす。どうせ貴族どもはなにもできまい。アスカという[異界の愛し子]も、同じ[異界の愛し子]ならば倒せるだろう」
「……そうしたいのは山々だが、この体の魔力もほとんど尽きている。“聖杯”はまだ元気そうだから、こっちの魔力を使わせてほしいね」
「ふむ、なるほど。では早速どれほどのものか見せてもらうとしよう」
「い……いや……!」
また、とんでもないことを言い出した。
リグの体に向かって魔力が流れていく。
それはいい。
リグの体の魔力が回復するのは。
だが、リグの体を使って涼の魔力をこれ以上使うのは――。
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