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5章

幼馴染の主張

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「失礼。こちらにベレス・ケレスは来ているかしら?」
「「っ!? ミセラ様!?」」
「っぅ!?」
 
 ミルアとオリーブ、ベレスが直立した。
 胸に手を当てて緊張の面持ちで敬礼している。
 三人の緊張がすごい。
 入ってきたのはクリーム色の髪と赤い瞳の女性。
 神官のような長いローブ姿と、身長よりも長い杖。
 見るからに偉い人だ。
 
「え、ええと……」
「ああ、やはりこちらでしたか。どーこほっつき歩いているのかと思いましたわ」
「も、申し訳ございません……。しかし、事前に連絡はしております」
「そうね。――で、レイオンはご在宅かしら?」
「レイオンさんは……スラムの子どもを保護するために最近はあまり帰ってこられなくて……」
 
 ベレスの表情は苦々しい。
 この女性が苦手で嫌い、と言わんばかり。
 この人たち考えていること顔に出すぎではなかろうか。
 
「まあ、スラムがあるのですか?」
「え? あ、は、はい。まだ住んでいる人がいる家まで取り壊して、子どもも関係なく追い出してしまうと聞いてレイオンさんが保護することにしたと」
「あらあらあらあら。レイオンらしいわね。でも、それならワタクシにも相談してくれればいいのに。相変わらず水臭いですわね」
 
 知り合いなのだろうか?
 頰に手を当てて仕方なさそうに溜息を吐く女性。
 
「あら? あなたのその首輪は……ああ、これを調べにきたのね?」
「は、はい」
 
 ベレスへ確認したあと、女性はリョウに近づいてきた。
 首輪の飾りを指で持ち上げて「ふぅん」と目を細める。
 とってもいい匂いがした。
 
「ワタクシはウォレスティー王国筆頭召喚魔魔法師、ミセラ・ルイオ。二十年前にレイオン、アスカとともに『消失戦争』を戦った者ですのよ。ですからレイオンとも顔見知りですの」
「そ、そうなんですね。あ、初めまして、リョウと申します」
「初めまして」
 
 にこり、と挨拶してくれる。
 そして、他の三人のこの緊張感の意味もやっと理解した。
 事実として偉い人なのだ。
 レイオン、アスカとともに『消失戦争』を戦ったということは、彼女もまた“英雄”の一人。
 それならばいつもゆるいミルアでさえこのキリッと感も納得いく。
 
「それにしても困りましたわね。レイオンに頼みたいことがありましたのに、留守だなんて……」
「頼みたいこと、ですか?」
「ええ。人探しをお願いしかったんですの。レイオンの方がこの町に詳しいでしょう? 自由騎士団フリーナイツの彼が適任だと思いましたのに」
自由騎士団フリーナイツの――それなら、レイオンさんのお弟子さんのノインくんに聞いてみてはどうでしょうか? 幼児趣味のダロアログが今ユオグレイブの町にいるので、外出禁止になっているのですが……とっても頼りになるんです」
「まあ! ノインくん!」
 
 さすがにお知り合いらしい。
 手を叩き、嬉しそうに「ぜひ!」と頷いたので椅子から立ち上がり「今呼んできます」と答える。
 リョウの両肩におあげとおかきが飛び乗り、すりすりともふもふの毛皮が擦り寄ってきた。
 
「……ふう……緊張した」
「コンコーン」
「え?」
「ぽんぽこー」
 
 二匹が頰に擦り寄りながら、あの『ベレスは嫌な感じがした』と言う。
 確かに見た目はそこはかとなく胡散臭い研究者風だったけれど、機材はきちんと許可を取って持ってきているようだしミセラが名前を知っていた――身元を保証していることになる。
 考えすぎじゃない? と頭を撫でるとフン、と鼻息荒く顔を背けられてしまった。
 
「ノインくん、お客様が来ているの」
「はえ? ボクに?」
 
 裏庭に行くと、ノインとジンが剣の稽古を行っていた。
 汗だくになっている二人を見て「あ、これはこのまま偉い人のところに送り出すわけにはいかないな」と悟る。
 しかし、一応二人ともタオルは持ってきていたらしく汗はすぐに拭き取られた。
 問題はぐちょ濡れの着ているものだろうか。
 
「誰?」
「えっと、ミセラさんという王都の召喚魔法師さん」
「ブーーーッ!!」
「「ノ、ノインくん!?」」
 
 水筒から水分補給をしていたらノインが噴き出した。
 言うタイミングを誤ってしまったらしい。
 それにしてもまさか噴き出すとは。
 
「えっと、人探しを手伝ってほしいんだって。偉い人からの依頼なら、ノインくん外出禁止が解かれるんじゃない?」
「そ、そうかー! ミセラさんの依頼なら仕方ないよね! 仕方ないよねぇ!? それはそう! そうだよ! ありがとうリョウさん!」
「い、いえいえ……」
 
 勢いが凄まじい。
 
「でもちゃんと着替えてから行ってね」
「りょうかーい! 行ってきまーす!」
「は、速……」
 
 厨房の勝手口から部屋に戻るのには、どうしても食堂を経由しなければならない。
 声かけくらいはしていくと思うが、あんなにルンルンで行ってしまうとは。
 やはり出かけられないストレスは、ジンと稽古しているだけでは発散しきれないのだろう。
 
「ミセラさんって、偉い人なの?」
「うん。王都の王宮筆頭召喚魔法師って言ってた。レイオンさんと一緒に二十年前の戦争を戦った英雄の一人なんだって」
「ウワ、そんなすごい人が来てるんだ? オレも着替えてこようかな……」
「うん、そうだね」
 
 ジンもなかなかにびっしょりだ。
 タオルで体を軽く拭くため、突然服の裾を噛んで持ち上げる。
 ギョッとした。
 元々剣道で鍛えられている体。
 それをタオルで拭いている。
 もちろんそれだけのことではあるのだが、思わず目を背けてしまう。
 
「あ……ごめん」
「え? な、なにが? 別に平気だよ?」
「え、平気なの?」
「え?」
 
 変な空気になってしまい、お互いに顔を背ける。
 男の子であることは知っているのに、なぜなのだろう。
 やはり異性耐性がなさすぎるせいだろうか。
 
「――あ、あのさ、リョウちゃん」
「な、なに?」
「元の世界に帰る話……リグさんの話だと、リョウちゃんが送還する、ってことだよね」
「え? あ、う、うん。私がみんなを巻き込んでしまったから、私が送還することになると思う。召喚魔法自体使えてないから、上手くいくかわからないけど……その前に練習したいよね」
「それは……うん。っていうか、そ、そうじゃなくて」
「ん?」
 
 なんだろう、と首を傾げる。
 見合わせた顔は真剣そのもの。
 こちらに緊張が伝わってくるほどに、張り詰めている。
 
「帰るんだよね? リョウちゃんも。一緒に。元の世界に」
「え」
「この世界に残ったり、しないよね?」
 
 元の世界に、帰るかどうかの確認。
 一瞬面食らった。
 けれど、リョウの答えは最初から決まっている。
 
「ううん。私は帰らない。この世界に残る」
「なんで!? だって、君はこの世界にとっては……!」
 
 異物。
 シドにもリグにも言われた。
 この世界に混乱をもたらす者。
 あるいは、災禍を与える者。
 正しい“持ち主”が導かなければ、そういうモノと化すだろう。
 けれど、リグと同じく正しい道を示す者をリョウは見つけている。
 おそらく、遠くない未来シドがリグを取り戻したら――その時は……。
 
「でも、元の世界に居場所があるわけじゃないの。二ヶ月この世界で過ごしてみて、驚くほど前の世界のことを思い出したり、恋しいと思わない。仲良くしてた友達のことさえ考えないの。未練がないんだと思う。帰りたいとちっとも思わないし」
「本気で残るつもりなの? 向こうの世界でやり残したこととか――」
「ないかな。勉強は親に言われてしていただけだし、親も私がいなくなってきっと清々したって思ってる。そういう人たちだもの。だから、私は帰らない。この世界にとって異物でも、元の世界よりはマシだから」
 
 異物と言われた方がマシという現実に笑えてきた。
 左右からおあげとおかきが擦り寄ってきて、慰めてくれる。
 あたたかくて愛おしい。
 
「オレが、リョウちゃんの居場所になるよ」
「え?」
「オレがあっちでリョウちゃんを守るよ! 同じ大学に行って、就職して……その……結婚しよう!?」
「え……なんで?」
「なんっ――」
 
 思わず聞き返してしまった。
 だって仕方ない。
 あまりにも唐突だったのだ。
 ジンにそこまでしてもらう意味を見出せない。
 女性にモテるジンがわざわざリョウと結婚してくれずとも、ジンに相応しい女の子は必ず現れると思う。
 なぜかショックを受けたジンにますます首を傾げる。
 
「……ごめん、ちょっと性急すぎた」
「え? う、うん」
「でも、オレにとってリョウちゃんはずっと……憧れの女の子なんだ」
「え?」
 
 驚いて聞き返した。
 一瞬空耳かなにかか、聞き間違いか。
 憧れ? ジンの?
 
「本当だよ! 幼稚園の頃からずっと好きだった。将来結婚しようね、って約束したのも、オレは今も本気でそうしたいって思ってる」
「えっ! ……え、そ、そんな約束、し、したかな!?」
「忘れてると思ったけどやっぱり忘れてた!?」
 
 まったく記憶にございません。
 というか、それを今も本気にしている?
 純情すぎないか?
 
「小学校の学年が上がり始めるとオレにつきまとっている女の子がリョウちゃんに嫌がらせしてるって知って、距離を置くようにはしたけど……でも、いつかちゃんと……また昔みたいに仲良くなれたらいいなって思ってたんだ」
「あ、う、う、あ……」
 
 まさについ先日そのような方々に絡まれました、とは言い難い雰囲気。
 というよりさすがにそろそろ頭が追いつかなくなってきた。
 ジンが、昔からリョウを――好いていると。
 そう言っているようなもの。
 
「だからリョウちゃんが残るのならオレも残る!」
「え!?」
「……だ……だから! だから、少し、オレのこと……男として、見て、ほしい。お願い……」
「そ……そう、言われまして、も……っ」
 
 沈黙。
 どう返事をすればいいのか、ちっともわからない。
 ただ全身が熱く、手足の末端は異様に冷たく感じた。

 
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