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5章
女という生き物 2
しおりを挟む「ワタシも普通の生活したいんだけど! スマホもパソコンもネットもないし、こんなクソダサい世界マジ無理! 貴族とかいうのマジキモいし、刃くんがいれば守ってもらえるしさぁ! だからいないと困るの! 返して!」
「あ――」
話を、と言う前に掴みかかろうとしてきた吉田さんにおあげが飛びかかる。
「おあげ、怪我させちゃダメ!」
「ウウウウ!」
「ちょ、くそ! ウザ!」
「っていうか! アンタ魔力ないんでしょ!? なんで召喚魔が二匹もくっついてんの! 意味わかんない! ウザい!」
「ひっ!」
「ぽんぽこー!」
「いた!」
髪の明るいOL風のお姉さんが、今度は涼に手を伸ばす。
それを見ておかきがその女性に飛びかかった。
大変なことになってきた。
話どころではない。
しかし、一縷の望みをかけて「元の世界に帰る方法はあります!」と叫ぶと、中学生の子に肩を突き飛ばされた。
「苦し紛れに嘘言ってんじゃねぇよ」
「っ……」
とても、年下の女の子のする表情とは思えない。
仄暗く、本気で涼へ憎しみを向けているかのような――。
「アンタみたいないい子ぶったやつ、気色悪いんだよ!」
「やめ……っ!」
「ちょっとせあらちゃん、やりすぎ――」
パーマの女性が“せあら”を止めようと肩を掴むが、それよりも先に少女の手首を男の手が掴む。
白いマント。
「「「「あ」」」」
四人の声が重なり、おあげとおかきが白マントの男の肩に乗る。
見上げるとやはり、シド。
「ダセェことやってんなぁ?」
と、一言。
フードを被り、口元を覆っている姿。
すぐにせあらの手を、突き飛ばすように離す。
「う……」
「な、なんで……あなたが」
「武器も持たない相手に武器で脅し、暴力を振るう。貴族どものやっていることと同じだな」
「なっ!」
「そんなんじゃないよ! その女が刃くんを隠して独占するから……!」
背に庇われる。
何度も見ている、その背中。
ダメだとわかっているのに、胸が苦しい。
「――話していないのか?」
「え? あ、あの、な、なかなか、会う機会がなくて……その、話も上手く、できなくて……」
シドが声をかけたのは涼。
あまりにも優しい声で一瞬、自分に対するものだと思わなかった。
(い、今の声はずるい……)
必死に否定しているのに、また気持ちが深くなる。
「ふーん……まあ、確かに話は通じなさそうだもんな」
「な、なによ……その人までアンタの味方なの……? なんでアンタばっかり!」
「元の世界に帰りたいのなら、この女に手を出すな。この女の魔力はあのクズ野郎に悪用されないように、本来の召喚主が封印している。お前らが召喚されたのはマジでただの事故。帰す方法はあるが、それにはこの女と本来の召喚主の両方の力が必要だ」
「――え」
四人が固まる。
シドの説明は、かなり優しい。
色々伏せて、涼が責められないように最低限の真実を都合のいい言い方に変えて伝えている。
「か、帰れるの?」
「マジ?」
「ほ、ほんとに!?」
「だが簡単なことじゃない。条件は三つ。この女の手つかずの魔力。あの儀式を行った召喚主。この女の魔力を御する鍵。これらが揃わなければ無理だ」
「お、お兄さんも関係者だったんですかぁ?」
急に舌っ足らずで甘い声になる明るい栗毛色のお姉さん。
上目遣いで、腰までくねらせている。
怖い。さっきとは別の意味で。
「あの儀式を主導した男を覚えているだろう? あのクズ野郎」
「う……」
「あの野郎を見つけ出して殺す。で――野郎は今、貴族街のどこかに隠れているらしい」
「え」
驚いて見上げると、シドの目だけが垣間見える。
細くなった鋭い視線は殺意でギラついていた。
「あのクズ野郎を始末しなければ条件は揃わない。お前らは帰る機会を掴みたいのか逃したいのか、どちらだ?」
「か、帰る……帰れるのなら帰りたい!」
「あたしも!」
「わ、ワタシも!」
「う、うちだって……」
「ケド、あたしたち事故で来たなら、帰れないんじゃないの……?」
しおしお、と先ほどの勢いが失われた吉田さんがシドを見上げる。
彼女もシドにはずいぶんしおらしい態度を取るものだ。
「――つーか、貴族どもがお前らを元の世界に帰したいと思うと思うか?」
「っ!?」
「なにが真実かは自分で見極めるしかないが、少なくとも召喚魔法は理論で作られている。事故だからという理由でまともに調査もせず、英雄と同じ世界から来た人間というだけで囲おうとしてくるやつらの言うことを、よく信じられるな?」
いっそ感心してしまう、シドの説明。
嘘を言っていないが本当のことも言っていない。
それでも彼女たちはすっかり押し黙って、お互いの顔を見合わせている。
「男を追い回す暇があるのなら、あのクズ野郎……ダロアログを捜せ。俺の手伝いをしろ。あのクズ野郎は俺が殺す。それが成せるのなら、お前たちが元の世界に帰る手伝いをしてやろう」
「ほ、ほんとに!?」
「ああ。約束する」
本当に、上手いこと言うものだ。
若干の呆れも混じりつつ、見上げる。
隠された口元は、さぞ楽しそうに歪んでいることだろう。
「……貴族街にいるって言ってたよね?」
「でもアイツお尋ね者なんでしょ? 貴族街にいるの? 本当に?」
「けど、見つけただけでも報償金が出るらしいよ。ほら、アイツ賞金首だったからさ」
「マジ?」
目の前にもっとすごい賞金首がいるのだが。
そう思うが口には出さない。
せっかく話がまとまりそうなのだから。
「あ、あの、さ、探してみます。あたしら……」
「そうか。……一人で帰れるな?」
「う、うん。近所なので、大丈夫」
おあげとおかきの鼻先に指で触れ、魔法陣で魔力を補給してくれるシド。
もしかしたら、今までも契約魔石にこうして魔力を注いでくれていたのかもしれない。
二匹は二匹でお互いの魔力を補完するとは言っていたが、店の手伝いで魔力は消費している。
「あ、ありがとう」
「お前は召喚魔法を引き続き学べ。お前の知識は多いほどいい」
「う、うん。頑張る」
シドはどうするの、とは聞けない。
シドの立場はわかっている。
彼女たちを信じないわけではないけれど、賞金首は目撃情報にも報償金が出ると聞くと今ここで名前を呼んで正体を勘づかせるのは危険だと思った。
四人を割るように外へ出た瞬間、いなくなるシドに目を丸くする。
「消えた! マジ!? すご! あの人マジ何者なんだろーねー? 多分絶対イケメンっしょ。声とかギチイケボじゃん」
「でもちょっと怖くない? いや、絶対イケメンだと思うけど」
お姉さんたちが荒屋から出る。
吉田とせあらは、涼を一度振り返ってやはり睨みつけてきた。
「アンタが帰るために必要なら見逃すけど……刃くんはあたしらのものだから」
「ちょーしのんなし」
「え、ええと……」
これは引き続き刃が追い回される感じだろうか。
半泣きで逃げ回る姿を思い出すと、やめてあげてほしいと思うのだが。
「……私は多分、あなたたちみたいな女の子がいるから、刃くんに安全地帯みたいに思われているだけだと思う」
「は?」
「なに? やっぱちょーしのってる?」
「ううん。それは私よりあなたたちの方がわかっているんじゃないんですか?」
シドのやり方を見たあとだからだろうか。
シドの背中に守ってもらったから、気が大きくなっているのかもしれない。
もう、彼女たちは自分を害さないと確信があるからかもしれない。
なんて卑怯で弱いのだろう。
害されないとわかってから反論するなんて。
(でも……シドみたいにはできないと思うけど……でも……)
ほんの少し、涼も戦う勇気をもらえた。
だから、真っ直ぐに吉田とせあらを見る。
「私は刃くんに守ってほしいなんて言ったことないですし、これからも言わないです。今はまだ、誰かの背中に庇われるくらい弱いけど……もっと勉強して、ちゃんと召喚魔法を、正しく使えるようになったら……困っている人を助けられるようになりますから!」
リグのように、パルテオ村の人たちに感謝されるような召喚魔法師になりたい。
フィリックスたちの仕事量を見ると、どうしても召喚警騎士は遠慮しよう、と思ってしまうし。
いや、召喚警騎士はとても立派で大事なお仕事だというのはわかっているけれど。
「……ウザ」
「アンタの話とか興味ないし」
「うっ」
それはそうだろう。
ど正論だ。
「行こ」
「マジウザ」
「二度とツラ見たくないわ」
「ホンットキッショ」
ボロクソに言いながら、お姉さんたちと共に大通りの方に消えていく。
それを見てからほっと胸を撫で下ろした。
両肩に戻ってきたおあげとおかきが、頬に擦り寄る。
「うん、戻ろう。……また助けられちゃったな……」
たまたま近くにいたのだろうか。
それとも、側で見守ってくれていたのだろうか。
危なくなるといつも助けてくれる。
「コンコン」
「……そっか。貴族街に行く途中だったんだね。大丈夫なのかな」
警備は間違いなく貴族街の方が厳しいだろう。
それでもシドが自ら捜しにいくのは、貴族街ならばガウバスやスエアロが入れないからだ。
町の中央に見える高い高い塔――町長庁。
それを囲うようにあるのが貴族街。
本当にそんなところにダロアログはリグを連れて行ったというのだろうか。
(リグも無事でいますように)
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