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5章

決意

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「わかった。一旦戻ろう。そっちの話も聞きたいしな」
「う、うん。わかったよ」
「リグのことをよろしくお願いします。ガウバスさん、スエアロくん」
「う、うん」
「ああ、スエアロの鼻があればいつも通り見つけられるはずだ。それより、そちらもそのご令嬢をしっかりお守りしてくれ」
「「もちろん!」」
 
 と、盛大に胸を張って返事をするジンとノイン。
 どうしたのだろう、とリョウが首を傾げる。
 ……さっきシドに「お前ら弱すぎ」「続くようならアレも俺が守る。任せておけねぇ」と、言われたのがものすごく効いていた。
 つまりそれは、シドにリョウが掻っ攫われるということだ。
 
「それだけは絶対嫌です」
「……?」
 
 ジンの気合いがすごい。
 ノインもずいぶん拗ねた表情。
 
「そういえばお嬢」
「お嬢!? わ、私のことですか!?」
「ああ、治化狸ちばけたぬきと狐の護衛召喚魔はどうしたんだ?」
 
 森の出口まで見送りに出てくれたガウバスに言われて、今更ながらに気がついた。
 
「え、あ。そうだ、シドにおあげとおかきの契約魔石をもらっていたんです」
「「「え?」」」
「……あ」
 
 今どこにいるのかわからないけれど、自分で呼び出して側に置くように言われていた。
 そのくらいの魔力を入れておいたから、と。
 つい口を滑らせ、赤い魔石を取り出したところレイオンとノインとジンに聞き返されてしまった。
 そうだ、この二匹は偶然倉庫街で出会ったことになっていたのだ。
 
「どういうこと? なんでシドがあの二匹の契約魔石を持ってたの? まさか……あの二匹はシドの召喚魔なの? リョウちゃん!?」
「ひ、ひぃ。あ、あの、よくわからないけど、シドが召喚してつけてくれたの……私の魔力が不安定だったからって……」
「それまさかあの初めてお出かけした時!?」
「そ、そうです」
「そんなに前に接触してたのか」
「う、は、はい」
 
 すごく詰め寄られる。特に、ジンに。
 
「常に召喚状態ってことは、特殊系の召喚だな。家契召喚かけいしょうかんか?」
「多分そうだと思います。オレも家契召喚かけいしょうかんについてはまだ勉強不足で、自信がないんですけど……“家”――“家名”と契約している召喚魔なら、常時召喚しておけると聞いたことがあります。家契召喚かけいしょうかんの召喚数はコストさえ支払えば際限がないとか」
「つまり“エルセイド”の家名の下家契召喚かけいしょうかんされた召喚魔だったのか……」
「さっきの鬼忍も、初めて会った時にリョウさんを背負ってジンくんを連れてきた子だよね」
「「あ」」
 
 じと、と指摘してきたノインに、今度はジンも一緒に声を漏らしてしまった。
 ノイン、記憶力が大変よろしくていらっしゃる。
 
「ジンくん、もしかして――ボクらになんか内緒にしてることある?」
「え、ええと……。……ご、ごめん、召喚された時にシドさんに『自分のことを話すと警戒されて町に入れてもらえないから、内緒にしておけ』って言われてた。助けてもらった人だから、本当はちゃんと話したかったんだけど……」
「助けたんだ? ジンくんとリョウさんを」
「うん。どっちかというと、ダロアログを殺しにきた感じが強いような気もしないでもないんだけど」
「「あ、ああ……」」
 
 さっきのアレを見たあとだと、とてもそんな気がするレイオンとノイン。
 
「その時にリョウちゃんが殺されかけて、怪我をしていたからシドさんに助けてください、って頼んだら助けてくれたんだ。まさかあんなに高額な広域指名手配犯だとは思わなかったけれど」
「そのあと、アッシュの部下の人に私、一度誘拐されたの。その時もシドが助けてくれて、おあげとおかきをつけてくれたんだ」
「「そうなの!?」」
「う、うん。実を言うと、さっきも地下で捕まったんだけど」
「「捕まってたの!?」」
「う、うん……その時にもアッシュが『シドの知り合いだから』ってシドのところまで連れて行ってくれたくらいで……」
 
 ジンとノインの開いた口が塞がらない。
 まさかそんなにショックを受けられるとは。
 
「お嬢、ちと捕まりすぎではないか?」
「私も最近ちょっとそんな気がしていまして……」
「護衛の召喚魔あんまり戦いに特化した感じじゃないもんね」
「そ、そんなことないよ、ちゃんと威嚇してくれるよっ。それにお店ではお手伝いもしてくれるし、可愛いし!」
 
 スエアロにそう言われて、反論する。
 普段はとても優秀なのだ。
 本当に。
 お皿洗いや配膳をしてくれるし、変なお客に絡まれたら威嚇して助けてくれる。
 ただちょっと、『赤い靴跡』やダロアログあたりに襲われるとさすがについていけないというか。
 
「どちらかというと、位置情報の確認と監視のような役割があるのだろうな。最低限の護衛の意味も、もちろんあるのだろうが」
「でも鬼忍と治化狸ちばけたぬきと稲荷狐って全部【鬼仙国シルクアース】の属性だし、シド・エルセイドは【鬼仙国シルクアース】の属性なんだね」
 
 と、ノインが言った瞬間レイオンとジンが無言になった。
 リョウも「そうだね」と同意したのだが、なぜジンたちは黙るのだろうか。
 
「師匠……? なにか気になることがあるの?」
「いや、家契召喚かけいしょうかんは確かに歴代の家名を持つ者と契約した召喚魔が連ねる。だが……その……ハロルド・エルセイドは元々平民出身の――【竜公国ドラゴニクセル】と【鬼仙国シルクアース】の二属性持ちだったんだ」
「「え」」
 
 そもそも、この世界の人間は基本的に一つの属性適性しか持たない。
 というより属性適性を持たない人間の方が大多数。
 そういう者も魔力はあるので、身体強化などの簡易補助魔法を使うことができる。
 二つの属性適性がある時点でレアケース。
 他にない才能がある、ということ。
 しかも滅多に適性のいない【竜公国ドラゴニクセル】の適性まで持っていた。
 ハロルド・エルセイドは天才だったのだ。
 約束された、エリートの道。
 それを腐敗した貴族たちにより、捻じ曲げられ、踏み外し、滑落した。
 
「オレも召喚魔法師学校でそう習いました。その後、彼は独自の方法で適性属性のない召喚魔を召喚する外道召喚魔法を開発した――と」
「ああ。手配書にもシドが召喚魔法師であるとは書いていない。今まで使えることを隠してきたんだろう。ルストとファアドと戦った時でさえ使わなかった。まだなにか手札を隠していても不思議ではない」
「っ」
 
 それは、つまり――。
 
「シドも【竜公国ドラゴニクセル】の適性があるかもしれない、ってことですか?」
「いや、わからん。子どもにまで二属性が遺伝するという話はあまり聞かない。属性適性は基本的に遺伝するらしいが」
「でも正直……そこまでいくと本当に勝てる見込みがないというか……」
「なにがなんでも勝ちたくなるね!」
「ノインくんはそういうタイプかぁ」
 
 むしろ燃え上がってきたノインに、ジンが半笑いになる。
 結構負けず嫌いなタイプだ。
 
「というか、リグが八属性持ちって時点でなんかもう、どっちでも変わらんっつーか」
「まあ、それはそうですね」
「リョウさんの首輪の黒い魔石のアーティファクトも、実はリグさんが作ってたりしてね!」
「ああ、フィリックスさんが眉間を揉みほぐしてたこれ。なんだっけ、フィリックスさんのお給料の十八年分だっけ?」
「そうそう」
 
 そんな話してたね、あはは。
 なんて笑い合っていたリョウとノイン。
 
「「…………」」
 
 魔剣を作れる人だとしたら、割と笑えない。
 
「……今度会えたら、確認した方がいいな……」
「うん。ちょっと、多分それは……シャレにならないんだと思う」
「う、うん。なにに使うのかわからないけど、なんかすごいものって言ってたもんね」
「しれっと『作った』って言いそうだもんね、あの人……」
 
 すごく言いそうだし、多分フィリックスが叫びながらまた頭を抱える。
 そういう未来がはっきりと見えた。
 
「えっと、おあげとおかきを召喚してみますね。どうしたらいいんだろう……?」
「ダンナさんと同じなら、呼びかけるだけで出てくると思うぞ」
「ダンナさんと一緒にいると麻痺るよね」
 
 と、ガウバスとスエアロが言うのでリョウもなんとなくそんな気がしてきた。
 ジンがカーベルトに下宿するうちに、しっかり教わった方がいい。
 
「おあげ、おかき、聞こえる? また側に来てくれる……?」
「コンコーン!」
「ぽんぽこーぉ!」
「うわあ!」
 
 ものすごい勢いで出てきた。
 からのほっぺすりすり。
 左右から、ものすごい圧で。
 
「コンコンコンコォン」
「ぽんぽこぽんぽこぉ」
「わかっ……あっ、わかった……からぁっ」
 
 もふの圧がすごい。
 ぺろぺろと顔中舐められ、小さな肉球で頭を掴まれ、可愛いけれど困る。
 二匹とも『一人にしてごめんね』『守れなくてごめんね』という謝罪の意味が強い。
 そんな、悪いのは簡単に攫われる自分なのにと二匹の背中を撫でるリョウ
 
「臭いが消える前に行こう、ガウバス!」
「ああ。お嬢、あまり一人にならないようにな」
「は、はひ」
「よろしく頼んだぞ」
 
 レイオンに頷いて見せて、ガウバスとスエアロは森の北西の方に消えていく。
 ユオグレイブの町がある方角だ。
 まさか町の中に連れて行かれたのだろうか。
 さすがに指名手配されている身でそれは無謀すぎるような。
 
ジンくん?」
 
 唇を尖らせて、もふもふに圧をかけられているリョウを見つめるジン
 どうしたのだろう、と名前を呼ぶと、ジッと見下ろされる。
 どこか様子がおかしいような。
 
「オレ……オレ、もっと強くなってリョウちゃんのこと守れる男になるよ。あの人みたいに強く……いや、あの人より強くなる!」
「う、うん?」
 
 誰のことかな?
 本気でわからないのだが、ノインも挙手して「ボクも!」と叫ぶ。
 レイオンも「お、よくわからんがいいぞいいぞ」と二人の頭を撫でくりまわした。
 
「カーベルトに帰るぞ。明日は朝からやることが山積みだからな」
「はーい! あ、ボクはオルセドさんにもらったばっかりの剣また折っちゃったって謝らなきゃ。……召喚魔との戦闘経験足りないな~。機械兵士の武器も勉強しておかなきゃ。まさか一瞬であんなに高熱の剣に早替わりするなんて……」
「ビームサーベルとかいう兵器だな。あれは受け止めるもんじゃねぇ」
「師匠、戦い方知ってるの!?」
「あたぼうよ」
 
 それから師弟の戦術指南を聞きながら、帰路に着く。
 色々なことがありすぎて、まだ頭の中は少し混乱しているけれど――。
 
(リグ、無事だといいな……)
 
 目を閉じると鮮明に浮かぶのはその兄の姿。
 金の髪と白いマントが風で靡く。
 でもこの憧憬は封印しよう。
 あまりにも、場違いすぎる。
 身の程知らずすぎる。
 それよりも、リョウ自身も強くならなくては。
 自分の身を守ることが、自分の中にある三千人もの人の命を守ることになるのだから。
 
 
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