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5章

誘拐犯の真骨頂

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 シドに完全敗北した面々が、リョウと合流した時それはもう、すごい顔をしていた。
 
「ど――どうかしたんですか?」
「別に」
「なんでもない」
「どうもしないよ」
 
 ノインとフィリックスとジンが首を振って答える。
 唯一大人の余裕で微笑んだのはフィリックスのみ。
 ノインとジンはわかりやすく、拗ねてる。
 それと同じくらいわかりやすく拗ねているのがミルアだ。
 
「ムカつくムカつくムカつく! シド・エルセイド。アイツイケメンだからってなんでも許されると思ってんじゃないの……! いくらあたしがイケメンで優しい彼氏募集中でもアイツだけはないわー!」
「そもそもシド・エルセイドは捕縛対象でしょう。なに言ってますの」
 
 子どものような拗ね方をしている。
 いや、子どもというか、変な拗ね方だ。
 オリーブがツッコミを入れているが、やっぱり「だってぇ!」と子どものような言い返しをしている。
 
「魔力を身体強化に使っているのはわかるんだけど、魔剣に被せて剣の強度と速度を上げて切れ味を下げてたんだ。それで誰も殺さずに……しかもあのでかい土壁で吹っ飛ばされた人たち一人一人の耐久も上げていたし、あれは忍術というか別の魔法みたいな……『廃の街』を覆うほど大きな耐久上昇魔法ってそんなの魔法じゃないか。もしかして召喚魔の使う魔法を習得しているのか?」
「ノインくんはどうしたの?」
「さっきの戦い方を分析してるみたい。オレには半分くらいしかわからなかった」
「そ、そうなんだ」
 
 そしてシドはリョウが望んだ通り、本当に誰も殺さなかった。
 召喚魔は魔剣で強制送還。
 これはおそらく近くに召喚主がおり、一定のダメージを受けると元の世界に帰す――という戦闘時のみの召喚、という契約に基づき召喚された召喚魔のみに適応する魔剣の能力。
 新たに召喚も制限されるらしく、これも魔剣の能力。
 リグが言っていた『召喚魔法を無効化する』力だろう。
 もうこの時点で召喚魔法師は役に立たなくなっている。
 召喚魔法の使えない警騎士たちも軒並み並外れた剣技で無効化され、近接戦闘特化のはずの機械兵士や獣人もその身体強化魔法と魔剣で能力を発揮する前に吹き飛ばされたらしい。
 ガウバスをフィリックスとキィルーが召喚魔法で吹き飛ばしているのを見ているが、身体強化魔法だけでそれを行ったという。
 
「チートすぎない!? あの人!」
「チートってなに?」
 
 そういえばリグにもそんなことを言っていたが、リョウは聞き馴染みがない。
 そう聞き返すとジンが「あ」と少し困った顔をしたあと、ちょっと説明しづらそうに「なんかこう、人よりずっと強くて勝てないっていうか、ズルしてないとおかしいくらい強すぎるっていうか……そんな感じの意味」と教えてくれた。
 それは確かに勝てそうにない。
 
「改めて聞かれると難しいな」
「そ、そうなの? なんかごめんね?」
「う、ううん!」
 
 なんか改めて聞くと難しい言葉なんだそうだ。
 
「じゃあ、おれたちはコレの後始末するから……ノインたちは“彼”を頼むよ」
「りょ……りょうかーい……」
 
 遠い目をしたフィリックス。
 その背後には死屍累々。
 まあ、本当に死んでいる者はいないがほとんどの者はしばらく動けないだろう。
 問題はこれらを病院にどうやって担ぎ込むか、だ。
 そして、その後の処理。
 スラム崩壊の後処理も倉庫街に流れてきたチャイルドギャングたちのこともまだ解決していないというのに、召喚警騎士団の五割がここで倒された状況。
 さらにシドが放り投げてきた収納宝具に入れっぱなしの、誘拐されていた召喚魔たちの健康やどこに住んでいる子か、事情聴取、帰宅のお手伝いなどなど……。
 もう考えただけで頭が痛い。
 
「……行こうか」
「フィリックスさん……」
 
 もう心の中で両手を合わせて祈るしかない。
 どうか生き延びてください。
 
「明日師匠と一緒に召喚警騎士団に行って、働いていない貴族の尻蹴ってくるよ。さすがにフィリックスさんたちだけじゃ無理だもん。働かせてくる」
「ど、どうかよろしくお願いします」
 
 思わず敬語になってしまうリョウ
 フィリックスのあの姿を見ると、申し訳がなくなる。
 シドをけしかけてしまったのはリョウなので。
 
「あれ?」
 
 パルテオ村の側の塔に戻ると、レイオンが一人で佇んでいる。
 リグは塔の中に戻ったのだろうか。
 体調が悪そうだったので、もう休んだのかもしれない。
 
「師匠~、ただいま帰りました~……?」
「ああ」
「……師匠? っ……!」
 
 ノインが立ち止まる。
 その側にきて、リョウたちにも感じ取れた。
 凄まじい怒り。
 シドがダロアログに対して殺気立った時のような、近づくのを躊躇う張り詰めた空気のような。
 
「師匠、どうしたの」
「連れて行かれた」
「え?」
「すまん。これはわしの確認不足だ。まさかあんな方法を使うとは。シド・エルセイドが手を出せなくなるわけだ」
「来たんだな! ダロアログが!」
「あの男……またでダンナさんを……! お怪我はされなかったのだろうな!?」
 
 スエアロとガウバスがレイオンに駆け寄る。
 どういうことなのだろうか。
 
(リグが、連れて行かれた……? まさか!)
 
 レイオンは剣聖。
 その剣聖からリグを奪って行った。
 駆け寄ると青筋を浮かべて怒りを必死に抑えている。
 これほど漏れていても、それでも怒りを御していたのだ。
 それほどレイオンを怒らせるようなことをして、リグを連れて行ったのか。
 
「師匠」
「ノイン、野郎がいる間はやはりカーベルトから出るな。あの男は危険だ。心底姑息なクソ野郎だというのもわかった。呪い、洗脳……そして暗示もかけていた」
「暗示?」
「呪いではないのか?」
「暗示はもう一種類の呪いを発動させるものだ。[肉体操作]の呪い。野郎がリグの肉体を操作して人質にして、まんまと逃した」
「[肉体操作]?」
 
 ノインが聞き返す。
 レイオンがここまで怒りを露わにするのも初めて見たらしいく、困惑している。
 先程の戦闘が始まる少し前、レイオンとリグは普通にこれまでとこれからの話をしていたという。
 しかし、突然リグが自分で自分の首を掴んだ。
 最初は首が寒いのかと思ったが、その瞬間のリグの目が忘れられそうにないと唇を噛む。
 意識は確かにあるのだ、リグの。
 その状態で、体の主導権をダロアログに奪われた。
 リグの口で、その声で、嘲笑う。
 
「返してもらうぜ。はなにかと便利な道具だからなぁ。あ、言っておくけど追ってくるんじゃあねぇぜ。追ってきたら――ぁっぐ……」
「よせ!」
「はあ、はあっ……はあっ……あ――あははは! いいツラだなぁ! シドのヤツもこれをやるとそういうツラするんだわ」
 
 などと、リグの口で、顔で、声で。
 首を絞められて苦しげな体を無理やり使い、レイオンを嘲笑った。
 遠くから姿も見せないまま、人質自身で人質自身を傷つけさせる。
 彼を大切に思う者にそれを見せつける。
 ギリ、と奥歯を噛み締めた。
 
「ダロアログ・エゼド……貴様……! それを、シドにもやったのか……! 実の兄に……実の弟の体で!?」
「だぁってアイツ強くなりすぎだろ。アンタもだけどなぁ。世界最強にまでなった男や、英雄剣聖が同じ顔で無力にもコイツが俺に奪われていくのを、指を咥えて見てるしかねぇって……ハハ! 最っ高のエンターテイメントだろ! なんならこの瞬間のために生きてるって気分にすらなるわ! ハハハ! ハハハハハハ!!」
 
 ――と、笑ったらしい。
 
「ぶち殺す! って思ったわ! 騎士にあるまじきだけどな!」
「「「………………」」」
 
 先程シドが殺意増し増しでダロアログを見つけ出して殺そうとしていたのを思い出す。
 同じ頃、レイオンも同じ気持ちになっていたのだと知ったらリョウジンもノインも同じ顔になる。
 
「本当にクソ野郎なんだね」
「聞いてたよりクソ野郎だったね」
「本当に最低……っ。でも、それじゃあリグは……居場所がまたわからなくなってしまったんですか……!?」
「すまん」
 
 リグはそのまま、自身でいつでも首を締められるように掴んだまま歩き去った。
 わざと歩いていなくなったのだろう、とのことだ。
 レイオンに、人質を逃したという屈辱を植えつけるために。
 聞けば聞くほど人間性が底辺すぎる。
 
「だがまだ時間は経っていない。スエアロ」
「うん!」
「ダンナさんは我々で探しておく。アンタたちがついてくれば、同じことをされるだろう。今日のところは帰ってくれ」
「で、でも!」
 
 食いついたのはリョウ
 しかしガウバスに首を横に振られる。
 
「幸いあの野郎はアンタとダンナさんが出会っていると気づいてない。今は、まだ。だが、ダンナさんを人質に取られて弱いのはアンタも同じ。召喚魔は召喚主を守ろうとしてしまう。そういう契約をしているからな。アンタまでダンナさんと同じ呪いを受けたら、それこそ手に負えなくなる」
「うっ」
「確かに……“鍵”はダロアログも持ってるって話だったな。力は弱いと言っていたが」
 
 ダロアログの持つ“鍵”が【無銘むめい聖杖せいじょう】。
 そしてシドの持つ【無銘むめい魔双剣まそうけん】が正式な“鍵”。
 前回スラムで捕えられた時、リョウは“聖杯”だとバレているしダロアログの持つ鍵は力が弱いとも知られている。
 今回連れ去られたリグがダロアログの【無銘むめい聖杖せいじょう】をシドの【無銘むめい魔双剣まそうけん】と同等に改修したら、次はない。
 
「おそらくアンタとダンナさんを会わせようと画策してくる。そうして情に漬け込むのがダロアログのやり方だ」
「本当にクズだから」
「ああ、ドブに溜まったゴミよりもゴミだ!」
「シドのアニキ怖いけど頑張れ!」
 
 スエアロとガウバスにめちゃくちゃ嫌われていて言われ放題である。
 いや、さっきの今なので全員気持ちは同じだけれど。
 
「つまり待ってりゃ向こうから一度接触してくると?」
「ああ、多分な。ダンナさんは知っての通り根っから善人だ。基本的に人に世話されないと生きていけない、儚く清らかで悪意をカケラも持たない保護され守られて然るべきお方だ」
「大丈夫か、ガウバス。お前さん結構その、アレだぞ。なかなか」
「なんのことだ?」
(((拗らせてるなぁ)))
 
 さすがのリョウもちょっと知っている。
 強火担というやつだ。動画で見たことある。
 若干ここにフィリックスがいたら、ガウバスに完全同意しそうな気もするけれど。
 
「とにかく――ダロアログはそういうクズ野郎だ。この世にアレほどのクソ野郎が存在していいのかと思うほどのクソ野郎なのだ。他者の情を弄び、踏み躙る。幼児を虐げるのを特に好み、命を奪うことすら余興とするような……。シドの旦那があの男を嫌悪するのも長い間、ダンナさんを人質に取られて目の前で陵辱の限りを尽くされているからこそ! あのクソ虫野郎は楽しむ余地があれば必ず楽しもうとする! 我が身を危険に晒してでもな!」
「わかった、最大限に警戒して接触してきた場合は保護しよう。しかし、彼を表に出すのは危険も伴うのではないか?」
「確かにダンナさんは見目も美しい麗しいからな。ダロアログでなくとも変な輩に目をつけられかねないのだろうが」
「いや、そうではないんだが……」
(((拗らせてるなぁ)))
 
 獣人の観点から見ると人間は毛のない不思議な生き物なのだが、とか言いながらもそういうことを言う。
 改めて、フィリックスたちを見て襲いかかってきた理由がよくわかる。
 ガウバスは、強火だ。
 
「だが先程も言ったがダロアログはやる。ダンナさんの身が危険に晒されようともあの方の価値を理解しているからこそ、自分が絶対的なダンナさんの支配者であると自負しているからこそ、やる! そういう野郎なのだ」
「なるほど」
 
 あんまりわかりたくない「なるほど」である。
 
 
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