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4章
絶望の声 3
しおりを挟む信頼しているのだ、兄を。
多分リグは涼よりも絶望している。
自分の命をなんとも思っていないし、いつ死んでもいいとすら思っているのだろう。
けれどそれでも死ぬことを選択しないのは、自分を守ってきた兄が弟に生きてほしいと願っているからだ。
弟に石を投げつけられたら、投げ返すぐらいのことをするような強い兄が。
だからリグも無理に死ぬ選択肢を選ばない。
レイオンもそこまで理解したから困った顔をしている。
リグ自身はシドが望む間はとりあえず生きるようにしよう、と思っているだけで“どう生きたいか”まで考える余裕がない。その必要がないとさえ思っている。
「それなりに長く生きているが……お前さんほど絶望してしまった人間を見るのは……初めてだよ」
「師匠……」
レイオンが眉間を揉みほぐしながら呟く。
誰が悪いのかと言われれば、水掛け論になる。
ハロルド・エルセイドすら、貴族たちの傲慢さゆえに怒りと憎しみで立ち上がった者だ。
行いは確かに悪かったが、貴族たちが悪くなかったというわけではない。
自分たちの悪さすら、すべてハロルド・エルセイドの所業の影にかくして今もなおなにも変わっていないのだから。
それでも多少の変化は自由騎士団の存在。
本当に、多少だ。
「フィリックスさん、大丈夫ですか……?」
刃がずっと黙ってしまっているフィリックスの肩に手を置く。
ハッとしたように顔を上げるフィリックスは、ずいぶんひどい顔になっている。
召喚警騎士として、今まで関わってきた人間や召喚魔――その架け橋になろうとしてきた、きっかけの人。
涼や刃よりもずっと見てきたはずだ。
二十年前の『消失戦争』で苦しんできた人を。今も苦しんでいる人を。
けれど、自分の恩人が不幸になることは、きっと望んでいないし他人にも望んでほしくはない。
ただ、被害に遭って今も苦しむ人たちにとって、憎悪の矛先はどうしてもハロルド・エルセイドに向く。
それを止める権利はないし、リグの存在が表沙汰になればシドのように悪意は今以上に向けられる。
今ですら彼の考え方は自罰的だというのに。
(公になったら、ダロアログじゃなくても利用される……)
利用する人間がダロアログからリグを手に入れた人間に変わるだけ。
おそらく涼も同じ。
見えない。彼を助け出すビジョンが。
どうしたら助けられるのか。
どうしたら救えるのか。
彼らにも――。
「ち……違うんだ」
本当にひどい顔をしていたフィリックスが、まるでなにかに懺悔するかのように呟く。
強く手を握って、ズボンの裾が皺くちゃになっている。
「違う。おれは別に、父さんと母さんが、流入召喚魔に殺されたことを、君のせいにしたわけじゃない……確かにあの時、ハロルド・エルセイドを、悪く言ったと思う。少し、記憶が怪しいけど……でも、君を憎いとも悪いとも思っていない……! おれにとって、君は、恩人だから!」
ハッとした顔をしたのはスエアロという犬の子だ。
ずっと険しい顔をしてリグにしがみついていたのに。
フィリックスはそれを言いたくて、ずっと苦しそうな顔をしていたのか。
「ああ、だから僕は君に名乗ったし、捕まるのなら君がいいと思った。君は努力して夢を叶えるほど強い人だから。君も間違えない人だろう。あれと同じ、僕を正しく使える人だ。誰に捕えられてもどこにいても同じだろうけれど、それでも僕を捕えるのなら君がいい」
「…………」
ヒュゥッとフィリックスの喉が鳴る。
違う。そうじゃない。
だが、そう育てられたのだからリグにとってのそれが“常識”なのだろうから仕方ない。
先程レイオンの「自分がどうしたいのか」という質問にも「それは“人間”が考えること」と切り捨てた。
ダロアログはろくな育て方をしていない。
シドがダロアログにあれほどの殺意を向けるのも、納得しかない。
「……ある意味召喚魔の居住特区行方不明事件よりも、解決が難しそうだな」
「っ……」
「参ったな。とはいえ、このまま放置はできない。わしらが帰ったあと、ダロアログがお前さんの軟禁場所を変えたらまた一から捜さなきゃならん。やつの目的もはっきりわからん中、お前さんがまた所在不明になる方が危険だ。色んな意味で」
「そうだろうな」
気怠そうに膝の上に頬を乗せるリグは、ゆっくり目を閉じてレイオンの言葉に同意する。
フィリックスが最初にリグに会ったあと、軟禁場所を変えた、と言っていた。
召喚警騎士のフィリックスや自由騎士団の二人に見つかったとなれば、ダロアログはリグを連れて姿を隠すだろう。
元々逃げ隠れが得意な男だ、町から出て、こちらが見当もつかないところに移動する。
それを捜すとしたら、どちらにしても『ハロルド・エルセイドの息子の一人』は公になる。
むしろ、その『ハロルド・エルセイドの息子』が[原始の召喚魔法]を使える[異界の愛し子]とバレれば、『ハロルド・エルセイドの息子を捕える』という大義名分の下奪い合いが勃発することだろう。
地獄絵図の開幕でしかない。
「リグ、お前さんは『どこにいても同じだろう』と言ったのは、この国――ウォレスティー王国だけでなくエレスラ帝国、レンブランズ連合国のどこへ行っても、最終的には監禁されると思っているからだな?」
え、と若者一同が首を傾げたり驚いたりする。
奪い合いになる、最悪戦争に発展する可能性も。
だが、監禁とはどういうことか。
「……え? いやいや、師匠! 監禁って、そんなこと……監禁なんて軟禁より悪いことだってボクでも知ってるよ!? シド・エルセイドならわかるけど……いや、シド・エルセイドでの場合は“監禁”じゃなく“投獄”だと思うし……なんでリグさんが監禁されるの? 召喚事故の件も主犯はダロアログでしょ? リグさんは協力者――いくらハロルド・エルセイドの息子でも、よくて軟禁じゃないの?」
「フィリックスは大方の想像がついているんだろう?」
「……魔剣を作ったのが……間違いなく彼だとしたら……今ここで保護したとしても、処遇は変わると思う……」
ビクッと肩が跳ねる。
ノインの表情が突然固くなった。
「……アスカさんは……作れない……」
「ああ。アイツは伝説存在の召喚魔を呼び出して共に戦う。今この世界に……いや、この世界に限らず、他の異界、特に【戦界イグディア】であっても現代に魔剣を造る技術のある者はいないんだ。【神鉱国ミスリル】の伝説存在以外。そして――」
「【神鉱国ミスリル】の伝説存在を召喚して、武具を製作できる――英雄アスカにもできないことだ」
「アスカは【神鉱国ミスリル】の適性ねえからな」
「「「!」」」
英雄アスカにもできないことをできてしまう。
新たな魔剣や聖剣、宝剣などの武具を生み出せる。
それは、新たな兵器製造が可能なことと同義だ。
「それって……」
「わしも剣聖の端くれだ、【戦界イグディア】の武具の強さも恐ろしさもよく知っている。魔剣は存在するだけで、多くの畏怖と欲望と呪いを生み出してしまう。平和に生活している人々を不安にさせ、争いに巻き込んでしまうんだ。だからこそ、剣聖であっても英雄であっても【戦界イグディア】の武具の扱いは慎重になっている。特に意思を持つ上位存在・伝説存在はな。そんなものを新たに生み出してしまう人間を……世界はとてもではないが放置できない。間違いなく、争いの火種になってしまう」
ノインはレイオンの弟子なので、それをよくよく理解しているのだろう。
魔剣については正直涼にはいまいちピンとこない。
ただ、この世界の住人であるレイオンとノインとフィリックスの表情は深刻そのもの。
「シド・エルセイドが魔剣を所持している件はすでに報告してある。目撃者も多いから、隠しようもないし。二本で一対の魔剣は記録にないから、別働隊が魔剣の出所を調べ始めている。間違いなく、無断で兵器を製造した罪に問われると思う」
「へ、兵器!?」
「そう、魔剣は兵器だよ。ジンくんやリョウさんには、ちょっと想像つかないかもしれないけれど。【機雷国シドレス】の戦車や戦闘機、機械兵士よりも、もっと強い力を持っているから。圧倒的な力の塊だよ。魔力があれば所有者すら不眠不休で戦い続けられるしね」
「っ」
世界の均衡を崩すには十分すぎる理由。
そしてそれを、生み出した者。
作り出せる人間。
どの国も、どの組織も自分の手元に置いておきたいと思う。
「そんな……それじゃあ……結局は拘束されて監禁されて、その挙句に魔剣作りをさせられるってことですか!? そんな、そんなの……!」
“人を殺したくない”
リグが言っていたのは、こういう――。
「師匠、それは召喚警騎士団や自由騎士団でも同じってこと?」
「どこに預けても同じだろう。ウォレスティー王国、レンブランズ連合国、エレスラ帝国。そして自由騎士団も召喚警騎士団も、力はいくらあったって困らん。『聖者の粛清』の残党を始め、『赤い靴跡』、『蛇女の唇』、『海龍の牙』などの犯罪組織――そして、野心溢れる個人も、魔剣が手に入ると知れば掻っ攫おうとするだろうよ。ダロアログがまさにそれだろうしな」
聞いたのも初めての組織がある。
保護は必須。
ただ、今度は保護したあと利用しない組織などあるのだろうか、という話だ。
「わしらはそれぞれ別の組織の人間。同じといえば同じだが、お前さんたちよりはわしの方が少し無理が利く。もちろん、そんなに長くは保たない。だからその前に色々と手を回さんといかんだろ」
「なにか、彼が拘束されずに済む方法があるんですか!?」
意外というわけでもないが、涼よりもフィリックスの方が食いつく。
当人があまりにも興味なさそうに獣人の子どもらをブラッシングし始めるので、涼もお鍋の蓋を開けて確認してみる。
なかなかいい感じになってきた。
あと十分くらいで完成しそうだ。
問題はちゃんと食べてもらえるか、だが。
「一番いいのはアスカの庇護下だな。そして一番の問題は、異界の伝説存在たちのことだな」
「異界の人たち!?」
「魔剣の存在は異界にとっても抑止力であり、脅威でもある。新たに魔剣を作り出せる人間のことが広まれば、異界から彼を狙う者まで現れかねない」
「えええぇ!?」
「護る意味でも、普通の生活できなくなる。お前さんは最初からはそれをわかっていたな?」
「[異界の愛し子]といっても性格の相性はどうしてもある。それに……【神林国ハルフレム】のエルフの中には庇護欲が強すぎて、僕に【神林国ハルフレム】に来い、という者までいた。【神霊国ミスティオード】の悪魔の中には『魔力が美味だから独占したい』という者もいたし【竜公国ドラゴニクセル】のヴォルトドラゴンには僕を守るために『エーデルラームを攻め落とそう』という過激派もいたな」
「ヤバすぎない? それ」
「……大人気ってことだな」
大人気が過ぎる。
どうするのだ、これは。
師弟が揃って頭を抱えた。
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