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3章

悪い男と正義の味方 2

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「なんでここにリョウちゃんが……」
 
 リョウからすれば「それはこっちのセリフだよ」である。
 貴族街の召喚魔法師学校に通っているのではないのか。
 
(あ! 今日ドラゴニクセルの日でお休みの日か!)
 
 合点がいったが、だからといってフィリックスたちと一緒に現れた理由はわからない。
 立ち止まったシドの空気がますます悪くなる。
 ダロアログをここまで追い詰めて、止めを刺す直前、こうも邪魔が入っては無理もない。
 
「器物損壊、建物破壊、無許可の武器保有の現行犯で逮捕するわ! 大人しくしなさい!」
 
 ミルアが人差し指を向ける相手はシド。
 どうしたものか。
 ハラハラと見守るしかない。
 シドが眉間に皺を寄せたまま、ミルアたちを無視して歩き始める。
 目指している先はダロアログの飛んだ方向。
 止めを刺すのを優先した。
 
「待ちなさい! 止まらないなら強制逮捕するわ! オリーブ!」
「ええ! 眠りのそよ風よ、あの者に安らぎを……」
 
 緑色に光る魔法陣から、緑色の風がシドの方へと流れていく。
 しかし、シドが左の剣を振るうと、魔法の風が吹き飛んだ。
 
「は!? 魔法を無効化した……!?」
「ただの剣じゃない。【戦界イグディア】の武器か」
 
 フィリックスがシドを睨みつける。
 ガラガラと石が崩れる音がして、二メートル近い大男――ダロアログが広場の方へと歩いてきた。
 逃げ回るのに必死だった男が、自らシドのいる方へ近づいてくる。
 
「あーあ、召喚警騎士まで来やがったよ。もっと慎重に動くべきだったなぁ」
「お前は――ダロアログ・エゼド!?」
 
 ダロアログを見るなり、スフレが叫ぶ。
 何者かが暴れているとは聞いていたのだろうが、誰が暴れていたのかまでは知らなかったのだろう。
 騎士たちの様子にダロアログが笑みを浮かべる。
 
「んっだよ、騎士様方は雑魚の俺よりコイツをとっ捕まえるべきだろう? ――二十年前の『消失戦争』で『聖者の粛清』リーダーを務めたハロルド・エルセイドの息子にして、二年前、自由騎士団フリーナイツの頂点である“剣聖”を二人同時に撃破した、名実共に世界最強・最悪の賞金首――シド・エルセイドをよぉ!」
 
 その場の誰もが息を呑んだ。
 驚愕の表情。
 忌々しいとばかりにダロアログをじとりと睨みつける、シド。
 
「シ――シド・エルセイド……まさか、本当に本物……? だとしたらあたしたちだけでなんとかするのは無理よ……!?」
「スフレ、手配書を参照。合致したら本部に応援を呼べ! ここで働かないようならマジで存在価値がねぇぞ、貴族召喚魔法師ども」
「は、はい!」
 
 慌て始めるフィリックスたちを見て、ダロアログが笑みを深める。
 それを見て、リョウにもダロアログの思惑がわかった。
 シドを囮にして、自分は逃げるつもりなのだ。
 だからわざわざシドの方に歩いてきた。
 シドもそれを察してさらに顔を顰めている。
 どこまでも、卑劣な男。
 
「――今日、殺すと言っている。逃がさねぇぞ、ダロアログ」
「ヒェー、怖ぇ、怖ぇ。そんな怖い顔ばっかすんなよ、いい男が台無しだぜぇ?」
「テメェのクソみてぇな軽口もツラも飽き飽きしてるんだよ」
 
 シドが一歩踏み出した瞬間、ダロアログが大剣を抜いて応戦しながらリョウの方へ走ってくる。
 またリョウを人質にして、隙を作るつもりだ。
 
「っ!」
 
 このままではシドの邪魔になる。
 隠れようとするが、おあげとおかきが仁王立ちしてリョウを守ろうとしてくれた。
 
「なんってなぁ!」
「!」
 
 シドの背後から群青色のスライムが現れる。
 そういえば先程おあげとおかきを取り込んだのも、あの色のスライムだった。
 もしかして、あのスライムがダロアログの相棒召喚魔なのだろうか。
 舌打ちしたシドが二本の剣をスライムに突き立てる。
 だがスライムに物理攻撃は効かない。
 ――効かない、はずだ。
 
『ビギャァァァァァアアァ!!』
 
 シドの突き立てた二本の剣が互いに触発されるように光り、電気を発生させた。
 ダロアログが「マジかよ!」と叫ぶ。
 水蒸気が周辺を覆い隠すが、剣を振ったシドが水蒸気の煙を振り払った。
 だが、ダロアログがおあげとおかきを大剣で振り払ってリョウの手を掴む。
 
「うっ! い、嫌!」
「あんま暴れんなよ」
「嫌! 離して!」
 
 捕まって、抱えられたままダロアログが走り出す。
 走り出した方向には、巨大化したキィルーの両腕を背中から生やしたフィリックス。
 話にしか聞いたことがないが、おそらくあれが相棒召喚魔とのみ可能な“憑依召喚魔魔法”というやつだろう。
 振りかぶったフィリックスの腕を、ダロアログがジャンプして避ける。
 ダロアログを追いかけてきたシドへ、そのままフィリックスとキィルーの二撃目の拳が向けられた。
 
「ふん!」
「っ!?」
「嘘でしょ!?」
 
 ミルアが叫ぶ。
 それもそのはず、フィリックスとキィルーの巨大化した拳を、真正面からシドが拳で受け止めた。
 誰がどう見ても、あれで殴られたらペシャンコになること間違いなしの拳を。真正面から。
 わざわざ剣を腰の鞘に、収めてまで。
 
「相手にならねぇな。出直してこい!」
「なあっ――!」
「嘘でしょ、リックーーー!」
 
 バキバキっとえげつない音がして、シドの足下が沈む。
 そのあと半円形の穴が空き、フィリックスとキィルーが殴り飛ばされた。
 ミルアでなくとも、その場の全員が目を剥く。
 明らかな近接パワー系のフィリックスとキィルーが、逆に殴り飛ばされた。
 建物を五、六軒突き抜けて、噴煙を上げながら姿が見えなくなるフィリックスたち。
 
「あいっかわらず嘘みてぇな馬鹿力野郎がっ……!」
「っ……」
 
 屋根の上にジャンプするダロアログ。
 それを追って、ドラゴンが接近してきた。
 
リョウちゃん!」
「じ、ジンくん……!」
「お、あの時の【竜公国ドラゴニクセル】の適性あり小僧。もうドラゴンと契約できるようになりやがったか!」
「あの時みたいにはならない! リョウちゃんを返せ!」
 
 後ろを振り返ると、シドの前にはノインが立ちはだかっている。
 ミルアとオリーブが、魔法でリョウを追ってきた。
 シドのことノインに任せて、一般人であるリョウの救出を優先したらしい。
 その判断が予想外だったのか、ダロアログが舌打ちする。
 
「警騎士はシドのやつを追ってやがれよ。ああ、面倒クセェ」
「は、離して……離してよ……!」
「シドだけでもぶち殺しておいてほしいが、この町の警騎士どもでも無理そうだな。おらよ!」
「え」
リョウちゃん!」
 
 屋根の上から、ポイっとゴミでも捨てるかのように放り投げられた。
 放り投げられ、屋根の一部に思い切り全身をぶつけて痛みで目を閉じる。
 浮遊感と、地面に落下する感覚。
 けれど、すぐに新しい衝撃が全身を襲う。
 思ったよりも痛くはなく、どちらかというと屋根に体をぶつけた方が痛む。
 恐る恐る目を開けると、ジンの顔が近い。
 
「あ、あ……? じ、ジンくん……?」
「大丈夫!? リョウちゃん!」
「う、うん……? な、なにが……」
 
 あたりを見回すと、上下にかすかに揺れていた。
 大きな翼が羽ばたいて、ゆっくりと屋根の上に着地する。
 横抱きにされた状態で、ジンに覗き込まれているのがわかった。
 けれど、恥ずかしいよりも今は全身の痛みが強い。
 
「っ……お、おあげと、おかきは……」
「あ……あっちにいると思う。体が痛む?」
「う、うん……」
 
 おかきがいれば、多分治してもらえる。
 そう言うと、ジンが「わかった」と言って広場の方へドラゴンの手綱を向けた。
 途中でミルアとオリーブに合流して、いまだにノインとシドが剣を交わす場所に戻る。
 
「う、嘘」
 
 ミルアがもう何度目かの「嘘」を呟く。
 リョウもうっすら目を開けると、ノインの剣が――真っ二つに折られた瞬間だった。
 あのノインが、負けた。
 
「……っ!」
「チッ……ダロアログには逃げられた。今日こそ殺せると思ったのに。邪魔したお前らのせいだぞ、警騎士ども。マジ使えねぇな」
 
 双剣を腰の鞘に収めて最初の言葉がミルアたちへの舌打ちと暴言。
 その上、ようやくよろよろと戻ってきたフィリックスとキィルーに向けて「しかもこんな、あのクソ野郎好みのガキまで連れてきやがって。不用心だと思わないのか」と睨みつける。
 
「ぶ、不用心? な、なんのことだ?」
「勉強不足すぎんだろ。一応都会の部類だろう、この町は。ダロアログのクソ野郎は幼児趣味の男色嗜好だぞ。野郎の守備範囲ドストライクのガキを二人も野郎の目のつくところに連れてくるとはどういう了見だ?」
「「「え」」」
 
 一瞬で顔を青くしたのはなにか覚えのあるジンと、一応手配書の内容を暗記していたフィリックス。
 首を傾げたのはノインである。
 苦々しいとばかりのシドの顔は、どんどん嫌悪に染まっていく。
 
「連れてくんじゃねぇよ、ガキを。つーか町にダロアログが入ったのを知った時点でガキをしまえ。外に出すな。舐めてんのか。あのクソ野郎は男のガキ専門の変態だぞ。警戒心が足りねぇ。ホンットありえねぇ」
「…………」
 
 まさかのお説教に、ミルアとフィリックスが硬直する。
 しかし、おっしゃることはごもっともすぎて反論できない。
 
「よ、よくわからないけど、ここに連れてきてって言ったのはボクだ!」
「黙れガキ。連れて行けと言ったのがお前本人でも、連れてこないのが正常な大人の判断なんだよ」
「な、なにそれ!」
「ぐ、ぅ……」
 
 剣を折られても、ノインが食い下がるのでシドが深々溜息を吐く。
 むしろダメージを負うのは“連れてきた大人”のフィリックスたち。
 
「……その年でそれなりにいい剣持ってんのもわかるが、ガキはガキらしく守られることも覚えろ。でないと本当の意味で守る側にはなれない」
「……! そ、それ、さっきも言ってたけど、どういう意味!? ボクは――!」
「フン」
「あっ……」
 
 フードを被り、口元を布で覆う。
 スラム街から北の方へと歩き去っていくシドを、誰一人追うことはしなかった。
 
(……そういえば、いつの間にか風磨フウマさんも姿が見えない……)
 
 あたりを見回す。
 瓦礫は多いが、逃げ遅れた人や瓦礫に下敷きになっている人も見当たらない。
 風磨フウマが事前に避難誘導をしていたのだろうか。
 駆け寄ってくるおあげとおかきを抱き上げて、ふわふわの毛並みに顔を埋める。
 おかきの治癒の力で怪我を治すと、ゆっくりシドの去って行った方を見た。
 
(また助けてくれた)
 
 そして――
 
(……ダロアログに、バレた……)
 
 魔力が封印されていること。
 リグには「ダロアログは君を諦めない」と言われていたけれど。
 
(私って……いったいどんな力があるの……? どうして狙われないといけないんだろう。ダロアログにこの先も狙われ続けなきゃいけないのはなんで?)
 
 もう、知らないふりはできないかもしれない。
 
 
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