流星群の落下地点で〜集団転移で私だけ魔力なし判定だったから一般人として生活しようと思っているんですが、もしかして下剋上担当でしたか?〜

古森きり

文字の大きさ
上 下
26 / 112
3章

悪い男と正義の味方 1

しおりを挟む
 
 お弁当箱を置いて食堂から出る。
 冒険者協会は南門の近く。
 もうすっかり慣れた道順――だった。
 
「お姉ちゃん!」
「え?」
 
 手を掴まれて振り返る。
 ズタボロの端切れでツギハギだらけの汚れた服を着た、八歳くらい男の子と女の子。
 
「え、だ、誰?」
「お姉ちゃんが栗のこと見つけた人でしょ?」
「お願いがあるの。栗のことで教えてほしいの」
「来て!」
「え、あ、あの、待って。危ないから引っ張らないで」
 
 スラムの子どもだ、間違いない。
 いくら生活環境が改善されつつあると言っても、町の南までスラムの子が出てくるとは思わなかった。
 事情を詳しく聞こうにも、「栗のことを教えてほしい」の一点張り。
 
(ど、どうしよう? 北の方には行かないようにって、ノインくんに言われてるんだけどな……)
 
 しかし、最近はレイオンもレイオンが雇った教師役の冒険者もスラムをよく訪れている。
 栗の渋皮入りコーヒーを買いに来ているバイヤーも、たくさん来ているかもしれない。
 別に大丈夫かもしれない、と諦めて行ってみることにした。
 
「こっちだよ」
「こっち」
「う、うん」
 
 大通りを少し外れた道を進み、三十分ほど歩かされた末に見えてきたスラム街。
 右側には巨大な樹が見える。
 あれが町の外にあるエルフたちの居住特区『フエ』にある世界樹の苗木。
 あの大きさで苗木なのだというから、驚く。
 
「こっち、こっち、もうすぐ」
「うん……」
 
 スラム街、奥地。
 座り込む人や、地面に寝転がる人。
 柄が悪そうな男たちが集団でこちらを見る。
 
(……怖い……)
 
 先程からおかきとおあげが毛を逆立てて小さく唸り声をあげているほど、空気がピリピリとしていた。
 子どもたちは手を離してくれない。
 さらに奥にある、トタン屋根の掘建小屋。
 そこに「入って」と言われてさすがに躊躇した。
 
「あ、あの、栗について、どんなことが知りたいのか教えてくれるかな……?」
「早く入って! 早く!」
「待って……やめて!」
 
 やはり様子がおかしい。
 拒否しようとしたら、ドアが開いて手がリョウの口を塞ぐ。
 そのまま引き摺り込まれて、おあげとおかきはスライム状のものに取り込まれた。
 
「むんんんんんっ!?」
「よーしよーし、よくやった。やっぱりガキは従順でいい。ほらよ、約束の金だ」
「やった!」
「早く早く!」
 
 二メートル近い大男が、子どもたちに一枚で一万ラームの硬貨を投げる。
 子どもたちはそれを嬉々として拾って立ち去っていった。
 それを見て、すべてを悟る。
 騙された。
 それも、金で雇われた子どもに!
 
「あんな端金で喜んで働くんだからガキはいいなぁ。しばらくここに住んで楽しむのもアリかも――なーんてな。ヨッ、一ヶ月ちょいぶりだな」
「っ……!」
 
 口を覆う手を両手で掴むがびくともしない。
 睨み上げると、卑下た笑顔が見下ろしてきた。
 ――ダロアログ・エゼド。
 リョウたちをこの世界に呼び出すように、リグを脅した男。
 リグをあの塔に軟禁し、呪いをかけている卑怯者。
 
(おあげ! おかき!)
 
 こぽ、と浮かぶ巨大な水の中に閉じ込められた二匹に手を伸ばすが、その手を掴まれて縛り上げられ転がされた。
 扉は閉められ、口の中に布を詰め込まれてその上から布で覆われる。
 
「ったく、捜したぜ。オメーの首輪は特別製なんだからよぉ、この世に一つしかないんだぜぇ? ハズレにそのまま着けとくわけにゃいかんのよ」
「ん、んぐっ、んんんっ!」
「アッシュのヤローもシドのやつにビビって手ェ引くっつーしよぉ。これじゃこっちが赤字だっつーの。せめて元は取らねーとやってんねぇってワケで……」
「んぐぅ!」
 
 持ち上げられ、麻袋の中に入れられていく。
 このままではまずい。
 町の外に連れ出され、殺される。
 暴れるが相手は二メートル近い大男。
 あっさり入れられて、視界もわからなくなった。
 そのまま――おそらく担がれる。
 トタン扉が開いて、閉まる音。
 歩く振動にお腹に感じながら、必死に暴れるが助けてくれるような人間はスラムにはいない。
 
(まずい、まずい、誰か……誰か助けて……!)
 
 情けない。
 こんなに簡単に捕まって、殺されてしまうなんて。
 涙が滲む。
 どさり、と地面に下ろされて、麻袋を開けて頭だけ出された。
 あたりを見回すと、先程とは違う石作りの窓のない部屋。
 ランプが一つ、入り口の扉に煌々とついている。
 
「古の叡智の結晶。黒き富の石よ、真の輝きを我が前に示せ!」
「!?」
 
 ダロアログが三十センチほどの杖をリョウに向かって突き出し、呪文を唱える。
 首輪がゆるやかに光を放ち始め、首の周りに光の輪ができた。
 それが次第に広がり、地面に魔法陣のようなものを型取り始める。
 これは、まずいものだ。
 体の中から、ゾワゾワとなにかが抜けていく感覚。
 
「チッ……リグの野郎、やっぱり俺を謀るつもりだったのか。封印されてやがる。だがまあ、この程度なら無理矢理破れる、か。ひぃー、楽しみだねぇ! 魔力が自由になったら……まずはやっぱり貴族どもを一掃するだろー? それからリグのやつにたーっぷり仕置きをして、シドのやつをぶっ殺して……あとは美少年を集めて~」
「っ、っ!」
 
 なにを言っているのか、わかりたくもない。
 気持ちが悪い、とても。
 首を横に振るが、途端にリョウの体から出ていくものが止まる。
 光が急速に途切れて、リョウの中へと戻っていった。
 
「なに!? どうなってやがる!?」
「“鍵”はテメェの【無銘むめい聖杖せいじょう】だけではないってことだ」
「!?」
 
 石扉に、バッテンの斬り跡が浮かぶ。
 その跡の通りに石扉が崩れ、白いマントの男が逆光を背負って佇む。
 
「んんっ……!」
 
 シド・エルセイド。
 口を塞がれて名前を呼ぶことは叶わないが、彼の姿が見えた瞬間感じたのは安堵感。
 対してダロアログの歪む顔。
 フードを取り、口元の布も外したシドもまた、そのダロアログの歪んだ顔に微笑む。
 
「泳がせておいて正解だった。まんまと釣られてくれたな、このクズ野郎。今日こそぶち殺してやるから観念しな」
「ク、クソが……! リグと結託してやがったのか」
「むしろなぜリグがお前の思い通りに働くと思った? アレは俺の弟だぞ? 言わずとも俺に味方するに決まっているだろう。……さあ、今日こそ返してもらう。テメェは死ね!」
「クソがぁ!」
「んんん!」
 
 両手に似た剣を構えたシドがダロアログに飛び出そうとした瞬間、ダロアログはリョウの麻袋を掴んでシドに向かって突き飛ばした。
 シドが左手の剣を手放して、リョウを抱えると一回転して右手の剣を振るう。
 剣圧で石扉と反対の壁が吹き飛んだ。
 煙でダロアログの姿が見えなくなる。
 
「……」
 
 目を丸くする。
 というか、シドは剣を振っただけだ。
 壁と天井が跡形もない。
 
「本当に逃げ足ばかり速いクソ野郎……殺す」
「ん、んん……」
 
 本気だ。
 シドは本気でダロアログを殺すつもりだ。
 確かにリグがシドの弟ならば、ダロアログに対してリョウ以上に怒りを持っていてもおかしくない。
 しかし――。
 
(ダロアログを殺してしまったら、リグは呪いでご飯が食べられなくなって……飢え死にしてしまう……! シド、ダロアログは生捕りにしないとダメ!)
 
 リグには『ダロアログが持ってきた食糧以外を口にできない』呪いがかけられていると言っていた。
 まさか知らないのか。
 だとしたらまずい。
 必死に呼びかけるが、リョウをそのまま地面に置いてダロアログを追っていく。
 
(ほ、放置!?)
 
 それはそれで困るのだが。
 
「動かぬようにな」
「んむっ!?」
 
 と、思ったら背後に風磨フウマが現れた。
 麻袋からリョウを出して、縄を切り口の布も外してくれる。
 
「あ……ありがとうございます」
「こちらも」
「あ! おあげ! おかき!」
「コ、コォン……」
「ぽっぽこっ」
 
 風磨フウマリョウに向かって、二匹のもふもふを突き出す。
 二匹を受け取り抱き締める。
 湿っていた。
 なんにせよ、生きていてくれて本当にホッとする。
 
「あ! ふ、風磨フウマさん、シドを止めてください! ダロアログは殺しちゃダメです! リグに呪いをかけているんです!」
「呪い? 主人の弟君に会われたのか?」
「はい! リグは言ってたんです、自分はダロアログに『ダロアログの持ってきたもの以外は口にできない呪いにかかっている』と! ダロアログを殺してしまったら、リグは飢え死にしてしまいます!」
「っ!」
 
 仮面でわかりづらいが、風磨フウマが息を呑んだのがわかった。
 やはり、知らなかったのだ。
 
「どこまでも卑劣な……」
「私も行きます! 止めないと!」
「わ、わかりました。くれぐれも拙者の側を離れぬよう」
「はい」
 
 さっきからスラムのあちこちで爆音がする。
 爆音というより、戦闘による器物損壊、崩壊の音。
 シドの剣は触れただけで壁と天井を斬った。
 あれが何度もダロアログを狙っているのなら、町の中が大変なことになる。
 ダロアログはおそらくわざと町の中を逃げ回り、スラムの住人をシドに投げつけては人質のようにして逃げ切ろうとしているのだろう。
 
「あちらだ」
「わっ」
 
 ドッドッドッ、と連続で建物が壊れ、粉塵が上がる。
 町の中は阿鼻叫喚。
 あちらこちらから悲鳴が聞こえる。
 逃げ惑う人を避けながら、建物が崩壊した方へ向かうと広場があった。
 ダロアログがシドの剣を自身の大剣で受けたのが見える。
 が――。
 
「ぐあああああっ!」
 
 その大剣ごと、ダロアログが吹っ飛ばされて建物を貫通していった。
 死んだのではないか、あれ。
 
「お待ちください! 主人! ダロアログを殺すのはお待ちを!」
「は?」
 
 風磨フウマが駆け寄る。
 だが、確実に息の根を止めようと一歩、吹き飛ばしたダロアログのところへ向かおうとしたシドの殺意に満ちた目を見た途端、風磨フウマすら立ち止まってたじろいだ。
 
「ダ――ダロアログが、弟君に、呪いをかけている可能性が――」
「呪い? ああ、あのクズが持ってきたモン以外モノを食えなくするやつか」
「ご存じだったのですか!?」
「解呪する目処は立っている。止めるな」
「――は、はっ!」
 
 シドは知っていた。
 リグの呪いを。
 その上で、ダロアログを殺して呪いを解く算段がついている。
 風磨フウマリョウの方からダロアログの方へと顔を戻したシドが、一直線に吹っ飛んで壊れてできた“道”を通って倒れた怨敵に向かって歩き出す。
 
「そこまでよ!」
 
 だが、そこへ場違いなほど果敢な声が聞こえてきた。
 驚いてその声の方を見ると、ミルアとフィリックス、スフレ、ノインとジンが武器を構えて駆け寄ってくる。
 これだけ騒げば召喚警騎士団に通報がいくのは当たり前だろう。
 しかしそれでもまさか、ジンまで来るとは。
 
「え? リョウちゃん?」
「なんで君がここに……!」
「リョウさん!? 危ないよ!」
「え、ええと……」
 
 見つかった。
 
 
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~

恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」 そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。 私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。 葵は私のことを本当はどう思ってるの? 私は葵のことをどう思ってるの? 意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。 こうなったら確かめなくちゃ! 葵の気持ちも、自分の気持ちも! だけど甘い誘惑が多すぎて―― ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。

家出したとある辺境夫人の話

あゆみノワ@書籍『完全別居の契約婚〜』
恋愛
『突然ではございますが、私はあなたと離縁し、このお屋敷を去ることにいたしました』 これは、一通の置き手紙からはじまった一組の心通わぬ夫婦のお語。 ※ちゃんとハッピーエンドです。ただし、主人公にとっては。 ※他サイトでも掲載します。

婚約破棄の甘さ〜一晩の過ちを見逃さない王子様〜

岡暁舟
恋愛
それはちょっとした遊びでした

月の後宮~孤高の皇帝の寵姫~

真木
恋愛
新皇帝セルヴィウスが即位の日に閨に引きずり込んだのは、まだ十三歳の皇妹セシルだった。大好きだった兄皇帝の突然の行為に混乱し、心を閉ざすセシル。それから十年後、セシルの心が見えないまま、セルヴィウスはある決断をすることになるのだが……。

【完結】番(つがい)でした ~美しき竜人の王様の元を去った番の私が、再び彼に囚われるまでのお話~

tea
恋愛
かつて私を妻として番として乞い願ってくれたのは、宝石の様に美しい青い目をし冒険者に扮した、美しき竜人の王様でした。 番に選ばれたものの、一度は辛くて彼の元を去ったレーアが、番であるエーヴェルトラーシュと再び結ばれるまでのお話です。 ヒーローは普段穏やかですが、スイッチ入るとややドS。 そして安定のヤンデレさん☆ ちょっぴり切ない、でもちょっとした剣と魔法の冒険ありの(私とヒロイン的には)ハッピーエンド(執着心むき出しのヒーローに囚われてしまったので、見ようによってはメリバ?)のお話です。 別サイトに公開済の小説を編集し直して掲載しています。

眺めるだけならよいでしょうか?〜美醜逆転世界に飛ばされた私〜

波間柏
恋愛
美醜逆転の世界に飛ばされた。普通ならウハウハである。だけど。 ✻読んで下さり、ありがとうございました。✻

モブのメイドが腹黒公爵様に捕まりました

ベル
恋愛
皆さまお久しぶりです。メイドAです。 名前をつけられもしなかった私が主人公になるなんて誰が思ったでしょうか。 ええ。私は今非常に困惑しております。 私はザーグ公爵家に仕えるメイド。そして奥様のソフィア様のもと、楽しく時に生温かい微笑みを浮かべながら日々仕事に励んでおり、平和な生活を送らせていただいておりました。 ...あの腹黒が現れるまでは。 『無口な旦那様は妻が可愛くて仕方ない』のサイドストーリーです。 個人的に好きだった二人を今回は主役にしてみました。

【電子書籍化進行中】声を失った令嬢は、次期公爵の義理のお兄さまに恋をしました

八重
恋愛
※発売日少し前を目安に作品を引き下げます 修道院で生まれ育ったローゼマリーは、14歳の時火事に巻き込まれる。 その火事の唯一の生き残りとなった彼女は、領主であるヴィルフェルト公爵に拾われ、彼の養子になる。 彼には息子が一人おり、名をラルス・ヴィルフェルトといった。 ラルスは容姿端麗で文武両道の次期公爵として申し分なく、社交界でも評価されていた。 一方、怠惰なシスターが文字を教えなかったため、ローゼマリーは読み書きができなかった。 必死になんとか義理の父や兄に身振り手振りで伝えようとも、なかなか伝わらない。 なぜなら、彼女は火事で声を失ってしまっていたからだ── そして次第に優しく文字を教えてくれたり、面倒を見てくれるラルスに恋をしてしまって……。 これは、義理の家族の役に立ちたくて頑張りながら、言えない「好き」を内に秘める、そんな物語。 ※小説家になろうが先行公開です

処理中です...