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3章
黄色いもふもふとお寝坊さん 1
しおりを挟む「ふう、仕込み終わりと」
「ありがとう。リョウがクリのレシピを提供してくれるから、うちはすっかりクリ食堂だねぇ」
「い、いえ、そんな……」
あれからまた一週間。
涼は二日に一度はダンジョンに栗を拾いにいく日々だ。
問題だった栗剥きは、レイオンが北のスラムから子どもを雇いやってもらうようにしてから解決した。
スラムの子たちも栗の食べ方を覚えられるし、今の栗ブームで他の果物が安価で手に入りやすくなっているのでレイオンが果物を買ってお給料として手渡しているそうだ。
こちらも面倒な栗剥きをしてもらえるし、Win-Winである上、支援にもなる。
自分の行いでスラムの子たちが少しでも助かっていると思うと、涼はくすぐったい気持ちと嬉しい気持ちで顔がにまにましてしまう。
「明日は休みだけど、またダンジョンに入るつもりなのかい?」
「え、ええと……は、はいっ。明日はフィリックスさんを起こしてお弁当を持たせたあと、冒険者協会に行って……そ、その、冒険者に登録してこようかと……!」
「へええ! ついにその気になったんだね!」
「は、はい。いつもノインくんについてきてもらうの、申し訳ないですし」
そう、毎日とは言えないが、栗の収穫のために最近ダンジョンに行く機会が増えた。
一般人がダンジョンに入るには、冒険者か自由騎士団に護衛として同行してもらわねばならない。
なので、ずっとノインに付き添ってもらつてダンジョンに入っていたのだが、さすがに申し訳なくなってきていた。
涼が冒険者に登録すれば、一人でダンジョンにも入れる。
おあげとおかきがいるので、あまり深い場所に入らなければ問題ない。
(リグに言われたことは覚えているけど……栗拾いは生活のためだし)
ダロアログに狙われているかもしれないのに、護衛がいるといっても単独行動は望ましくないのはわかっている。
しかし、自分自身がもっと強くなれば自衛もできるようになるだろう。
冒険者になり、ダンジョンに入るのはなにも生活のための栗拾いだけが目的ではない。
自分自身を鍛えるためでもある。
お金を稼げば魔道具も買えるようになるし、魔道具があれば魔力がなくても魔道具の助力でそれなりに戦えるようになるそうだ。
使いこなすにはもちろん、相応の実力は必要だろうけれども。
「うんうん、いいと思うよ! 今の時代女も強くないとね!」
「はい。頑張って鍛えます……!」
そして強くなって、ダロアログを捕まえてリグをあの塔から助けてやるのだ。
なんていうのはさすがに高望みしすぎだろうけれど、彼を助けるのは涼がこの世界に来た理由でもある。
自分自身の力でやり遂げられなくても、彼を助けるヒントはほしい。
現状、どうするのがいいのかさっぱりわからない。
フィリックスに相談するべきなのだろう。
普通に考えれば召喚警騎士団に通報して、助けてもらうべき。
けれど、リグはおそらく――まあ、あの同じ顔を見れば一目瞭然……。
広域指名手配犯、シド・エルセイドの肉親である。
(それに私たちを召喚したのも違法っぽい。通報してリグを助けてもらっても、私たちを召喚したのがリグだとバレたらリグまで捕まっちゃうかもしれない……。リグはダロアログに無理矢理召喚をさせられただけなのに……! うーーーん、召喚警騎士団の人に助けてもらえると思えない~)
涼はリグのことを助けてあげたい。
あんなところで軟禁されているのが当たり前の生活を、普通のことのよう思っている節のある彼を。
でもどうしたらいいのかがわからない。
自由騎士団のノインとレイオンならどうか、と考えた時、あの二人の負担をこれ以上増やすのもどうかと思ってしまった。
この町どころかこの国で――世界で、自由騎士団は貴族という権力と常に戦っている状況。
この町にもノインとレイオンの二人しかいない。
心許ないわけではないが、お世話になっている彼らにこれ以上甘えるのは……と、心苦しいが先立つ。
「そろそろパルテオの村でお見合いパーティーもあるし、ダンジョンに行ったら果物も多めに収穫してきてくれると助かるね」
「あ、そうでしたね。わかりました。それじゃあ、明日、行ってきます!」
「ああ! 応援してるよ!」
***
翌朝、フィリックスとキィルーの朝と昼の分のお弁当を四つ作り、隣のアパートへと入る。
105号室。
フィリックスとキィルーが住んでいる部屋。
その扉をノックすると、ブチギレ顔のキィルーがドアを開けてくれた。
すでに散々起こそうと努力したあとだろう。
「おはよう、キィルー。キィルーは今日も早起きだね」
「ウキキキキッ!」
「ふふっ、そうだね。社会人だもんね」
ぷんすこと怒るキィルーに、おあげが撫で撫でとその頭を撫でる。
黄色いふわふわした生き物が、黄色いふわふわした生き物を慰める光景。
幸せな世界かな。
「お邪魔します」
「ウキッ」
部屋に上げてもらい、テーブルにお弁当を置いてからまずは優しく起こす。
揺さぶって、声をかけるのだ。
これがダメなら布団を剥ぎ取る。
それでもダメなら大声で耳元へ何度も叫ぶ。
それでもダメならフライパンを持ってきて金属音攻撃。
それでもダメならば、コップに水を汲んできて少しずつ垂らす。
それがダメなら全員でベッドから引き摺り下ろす。
最終手段は、ベッドから引き摺り下ろして全員で召喚警騎士団の制服に着替えさせて騎士団本部まで運ぶ。
……頼むから最後だけは本当にやめてほしい。
そう願いながら肩を掴んで優しく呼びかける。
「フィリックスさーん、おはようございますー! 朝ですよー!」
「ウキィ! ウキキキキッ! キィ! キィー!」
「コンコン、コンコーン」
「ポンポーン」
キィルーとおあげとおかきがフィリックスの体の上でジャンプする。
見た目は可愛らしい光景だが、猫ほどの大きさの生き物がジャンプするのはなかなかの威力だろう。
小さな「ヴ」という呻き声が聞こえる。
「フィリックスさーん! 朝ですよー! 起きてください! 朝ご飯ですよ……あ」
そこまで声をかけて、ハッとする。
お弁当を近づけてみたらどうだろう?
声よりも、匂いの方が効果的かもしれない。
ベッドの横の机の上にお弁当を置いて「朝ご飯はホットケーキですよ!」と声をかける。
もぞもぞ、と動き始めた。
これは、覚醒が近い!
「よしっ! フィリックスさん、起きてください! 朝ご飯できてますよ!」
「ん、うんんんん……」
「フィリックスさん! フィリックスさーん!」
どんどん反応が増えている。
キィルーがニカっと笑うので、間違いない。
今日は早めに起きてくれそうだ。
「フィリックスさん、朝ご飯の時間ですよー! 今ならまだほかほかです! 作りたてですから! ほら、早く起きて、顔を洗ってきてください!」
「ぐ、う……ううう……っ!」
「へぁ?」
手を掴まれた。
そのまま布団の中に引きずり込まれる。
ぬくぬくのお布団の中。
けれど、それよりもなによりも体に回される男の腕と、嗅ぎ慣れない男の匂いに包まれる方が衝撃的すぎて固まる。
涼が引きずり込まれて、おあげとおかきだけでなくキィルーもジャンプをやめて、ベッドの端に降りた。
どうしたらいいのかわからない。
硬直していると、涼の頭をフィリックスの手が撫でる。
「んー、うるさい……キィルー……」
「っっっ! わ、私キィルーじゃありません! 涼です! おおおぉおぉぉ起きてください! は、離してください、フィリックスさんんんっ!」
「うん……うん……」
「うんうんじゃないです! 全然わかってないじゃないですかぁ! た、助けて……ちょ、ちょっと! ひいっ!」
頭を撫でられながら、胸に抱き込まれてパニックに陥る。
呑気に「キィルーあったかいなぁ」と呟くフィリックスは、本当に涼をキィルーだと思って抱き締めているのだろう。
彼もまたいつも肩にキィルーを乗せて歩いているので、一緒に寝ていても不思議はない。
しかし、涼はキィルーではない。
キィルーも我に返って「ウキキキキキキキキッキキィーーーッ!!」とものすごい声で怒っている。
これは本当に、色々まずい。
「フィリックスさんっ! は、離してください! もうやめて、起きてくださいっ!」
「んんん」
「フィリックスさん!」
「……?」
そしてさすがに抱いている感覚がいつもと違うからだろう、フィリックスがゆっくり目を開ける。
いつもならば黄色いもふもふ。
しかし、短毛の黄色いもふもふではなく、長くて黒いサラサラ。
そして、獣の匂いではなくいい匂い。
「え……? あれ……んん?」
「フィリックスさん、も、もう……離してください……!」
「えっ……え? ………………ええええええええええええええ!?」
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