23 / 112
2章
栗の美味しい食べ方講座
しおりを挟む別室に案内された涼とノイン。
ムキムキのソレッドに「では早速教えてもらっていいかな」とキラキラの目で聞かれる。
壁際には十人ほどの男女が、端末を抱えて真剣に話の始まりを今か今かと待ち構えていた。
怖い。
「ええと、まず栗を覆っているトゲトゲは毬という名前で、虫や鳥から実を守るためにあると言われています」
「なんと、植物がそんな知恵を」
「確かに鋭く危険で、時折冒険者がデッドスピアーに襲われた時咄嗟に武器にもしていましたね」
「殺傷能力の高い武器にもなり得るということか」
あれ、話が斜めに逸れたような。
気を取り直してイガの取り方、そして「肥料や着火材になりますよ」と先程森でもした説明をする。
鑑定士や職員から「そんな使い方が」「肥料になるなんて信じられないな」「すぐ検証してみよう」「着火材というのはすごいな。竈を使っている飲食店や民家に需要が高そうだ」と話し声とメモを取る音が止まらない。
「そして、食べ方は?」
「大きく、三つの下準備が必要です。剥いて使う、茹でる、焼く、です。茹でる、と焼くはそれ自体が“茹で栗”と“焼き栗”という料理になります」
「なっ!」
「なんだってー!?」
ざわざわがすごい。
茹でたり焼いたりでこんなに驚かれることもないと思うのだが。
「茹でたり焼いて食べるの!? 果物なのに!?」
「あ、あー……そうだね、あの森にあった他の果物に比べると、確かにちょっと珍しいかもね。でも、栗は他の果物に比べて水分がとても少ないの。だから食べ方は調理前提なんだよ」
樹木エリアにあった果実を思い返すと、他の果物は皮を剥けばすぐに食べられるものばかり。
しかし、栗はそうではない。
しっかり処理して調理しなければならないのだ。
「でも、その分たくさんレシピがあるんだよ。お菓子とかにも使えるしね」
「へー!」
「茹で栗と焼き栗はすぐ作れますけど、剥いて使う場合は一日水につけておいた方がいいそうです。皮をまず剥かなくてはいけないので……」
「このツルツルで固いのを?」
「うん。そのあと中の渋皮という部分も剥かないといけないの。ちょっと大変なんだけど、お料理に使うと甘くて美味しいんだよ」
「へぇ~」
こんこん、とノインが栗のツルツルした皮をつつく。
鑑定士たちが「なかなか使い所は難しそうだな」と話し合う。
……これからこの町での栗の価値が、今、涼の双肩にかかっていると思うと荷が重い気がしないでもない。
栗にそこまでの思い入れがあるわけではなく、本当に雑学として動画で見た知識なのに。
「とりあえず、茹で栗と焼き栗の作り方をお教えしますね」
茹で栗は簡単で、たっぷりの水に塩を一匙。
二十分から三十分ほど茹でて、粗熱を取ったら半分に切ってスプーンですくって食べる。
茹でることで甘みが強くなり、しっかりとした栗の食感が楽しめる食べ方だ。
焼き栗も簡単。
切れ目をわずかに入れて、三十分ほど焼く。
涼のもとの世界では、集めた落ち葉の中に栗を入れて焚き火で焼くのが古よりの定番中の定番。
イガが着火材として優秀であるため、そのまま焼いてもいい。
ただ、切れ目を入れない栗は凶器だ。
熱が加わることで殻と中身の間のわずかな空気が膨張し、弾け飛ぶ。
当たれば高熱の栗の一撃を食らうことになる。
しかし、それさえ注意すればほくほくの香ばしく甘い栗を、しっとり楽しむことができるだろう。
「そして、一番活用法が多いのが剥いてから使う方法ですね。水に一晩つけて最初にこの鬼皮を剥きます」
「名前が怖いね……」
「この大きさでこの硬さだから、剥くのはほんとに大変だよ。ちなみに一晩水に漬け置きしなくても、このまま剥くこともできるよ」
「できるの? やってみてもいい!?」
「いいけど手を気をつけてね。ツルツル滑るし、小さいから」
「……う、うん」
ということで、実践してみせることにした。
最初からやらせるつもりだったのか、用意されているまな板と包丁。
ノインが栗の底部のざらざらした部分をそっと切る。
「っ……思ったより硬い」
「下を切ったら、隙間に刃を入れて剥いていくの」
「こ、こわぁ~!」
「気をつけてね。で、この鬼皮の下にも渋皮という別な皮があるんだけどこれも剥きます」
「皮多すぎない!? っていうかこのクリ! 防御力高すぎないっ!?」
確かに。
イガに包まれ、鬼皮に守られ、最後の砦に渋皮まで着込んでいる。
カットしているノインの必死な表情が年相応で可愛い、と思うが、言ってることは実に真っ当。
「でも、この渋皮は乾燥させて粉末状にしてコーヒーに混ぜると飲めるらしいよ。私は作ったことがないけれど……」
「なんと!? これがかね!?」
「あとは確か……中火で炒めて細かく砕いて牛乳と蜂蜜に混ぜたものを、コットンに浸すと顔のシミに効果のある美容パックになる――って動画で見ました」
「「「「美容パック!?」」」」
女性陣の食いつきがものすごい。
「すぐに試作の準備と生産工房の確保を!」
「工房ギルドに連絡してきます!」
動きも迅速。
なんというデキる女たち。
「トゲトゲは着火材、中の皮はコーヒーや美容品か。ではこのツルツルした皮は?」
「そちらは……染め物や紙の材料……って見たことはあるんですけど、作り方までは……」
「む、むう、そ、そうか。では他の皮と同じく乾燥させて着火材や肥料、コーヒーに混ぜたりできないか試してみよう」
「はい、そうですね」
「では――」
皮がすべて剥かれ、黄色い実が現れた。
ある程度の数が揃ったので、厨房へ向かう。
栗のお料理の実演だ。
栗の料理のスタンダードといえばやはり栗ご飯。
「剥いた栗は洗って、昆布出汁と水、みりんとお酒、お塩を少々、そして米を入れて……四十分ほど炊きます」
「それだけ?」
「うん。これが栗ご飯。ご飯が炊き上がるまでにもう一品作ろうね」
次に簡単で、他の料理にも活用できるレシピといったら栗の甘露煮だろうか。
水と砂糖を同じ分量鍋に入れ、剥いて洗った栗を投入。
「二十分ほど水分がなくなるまで煮込みます。砂糖がたくさん入っているので、焦げつかないように見ていてくださいね」
「わ、わかりました」
こちらは職員さんにお任せして、さらにもう一品。
「栗のパウンドケーキを作ります」
「パウンドケーキ! おやつ!」
「うん、今の時間にぴったりだよね。作り方は普通のパウンドケーキと同じ。中にカットした栗を入れるだけ。じゃあ手伝ってください」
「はい!」
厨房を元々仕切っていた冒険者協会の料理人さんに手伝ってもらい、パウンドケーキも窯に入る。
こちらも焼けば完成だ。
「次に……」
「まだあるのか!」
「いっぱいありますよ。パンに練り込んでも美味しいですし、煮物に入れてもいいですし、煮込んで柔らかくしたら濾してペースト状にしてお菓子に使ってもいいですし、お酒に漬け込んでもいいそうです」
「なっ! なんと多種多様な!」
「お願い、リョウさん! レシピを書き出してくれないかしら! 持ち込んでもらった栗の皮剥きが追いつかないの!」
「あ……それもそうですよね……」
栗の皮剥きは、大変だ。
しかし、そうこうしている間に栗ご飯が炊きあがり、パウンドケーキは焼き上がり、甘露煮も完成した。
鍋の蓋、釜の蓋を開ければ「おおおおおおお……」と感嘆の声が漏れる。
「食べていい!?」
「熱いから気をつけてね」
「よ、よし、受付に持って行って、冒険者たちにも試食してもらおう。リョウさんは申し訳ないが、試食のあとレシピの方をお願いしたい」
「はい、わかりました」
というわけで鍋ごと受付に移動して、冒険者たちに振る舞うことになった。
冒険者たちも「あのクリだと!?」「食べ方が判明した!?」「試食できるのか!?」とどんどん人が増えていく。
涼は受付カウンターの中に入り、紙とペンを差し出された。
文字を書けるのだが、端末に入力するとなると上手くできないのだ、不思議なことに。
これは召喚魔法が【機雷国シドレス】の技術に対応していないからと思われる。
「涼ちゃん!」
「あ、刃くん!」
試食が開始されると、入り口から慌てたように刃が入ってきてカウンターに駆け寄ってきた。
一ヶ月ぶりの刃も、この世界の服装。
そして、涼の顔を見るなり、ホワ……と安堵した表情になる。
「よかった……会えないかと思った。えっと、元気?」
「うん。この子たちが体調を整えてくれているの」
「ああ、ノインくんが言っていた、迷子の召喚魔。そっか、元気ならいいんだ。……この栗祭りって、涼ちゃん?」
「えーと、うん。成り行きで……?」
ちらり、とテーブルが並ぶ方を見ると、冒険者たちだけでなく職員たちも「美味い!?」「甘い!」「これがクリ!?」「主食からスイーツまで、だと!? 万能すぎる……!」と大絶賛を受けていた。
今まで無視されていた栗にスポットが当たり、受け入れられているのはいいことだと思う。
しかし、それよりも刃がいる。
会いたかった刃が。
「あの、ねえ、刃くん……」
「……あ、そういえば名前……」
「え?」
「あ! いや! な、なに?」
「う、うん。……あの、他の召喚された人たちは、元気?」
「あーーー……うん、まあ」
元気そうだ。
刃にとっては、元気がよすぎるのだろう。
元の世界から刃の悩みは変わらないようで、少し可哀想だ。
「えっと、元の世界に、帰れないっていう話は……?」
「うん、聞いたよ。召喚主が還すつもりがなければ、帰ることはできないって。あのダロアログっていう広域指名手配犯がオレたちを召喚したとしたら、帰れないだろうね」
「刃くんたちは、やっぱり帰りたいんだね……」
「え? そりゃ、帰れるのなら……涼ちゃんは違うの?」
「私は……今の方が、楽しい、から……でも……刃くんたちが帰りたいのなら、なにか方法がないか調べてみようと、思う。詳しそうな知り合いが、できたから……。あの、だから――全員が帰りたいのかどうか、それとなく、聞いてほしいな。どうだろう?」
こればかりは刃にしか頼めない。
見上げると、なんとも複雑そうな表情。
いや、どこか険しい。
「刃くん?」
「か、帰りたくないの? 涼ちゃんは」
「…………」
その問いには先程答えている。
こちらの世界の方が楽しい。
毎日充実している。
この世界なら、知らない自分にも巡り会えそうだ。
今日、ダンジョンに冒険しに行った自分のように。
「……そ、うなんだ……」
「でも、他の人はそうじゃないってわかってるの。だから一応、もし帰れるのなら帰りたいのか、確認してほしいな、って」
「わかった、聞いてみるよ。……でも、オレは……涼ちゃんが帰らないなら……」
「え? なに? 刃くん」
「あ! ジンくーーん! 無事だったんだね!」
がばり、と刃に抱きつくノイン。
その手には栗の甘露煮。
「見て見てクリ! すごく甘いの! 柔らかいし、美味しい! ボク感動しちゃったぁ!」
「よ、よかったね。……オレも栗ご飯食べて行こうかな」
「そうしなそうしな!」
「じゃあ、私レシピたくさん書いておくね」
「わーい! これからはクリも冒険者協会で買い取ってもらえると思うよ! すごいね! リョウさんのおかげだよ! 大功績だよ! 美味しいし、ありがとうリョウさん!」
「い、いえいえ」
そう、本当に、こうして認めてもらえる。
それがとても、とても嬉しい。
刃の返事は少し悲しかったけれど、元々疎遠気味だった幼馴染。
彼には彼の、そして同じく召喚されてきた人たちにも彼らの人生があるのだ。
もし別れることになっても、それは仕方ない。
0
お気に入りに追加
46
あなたにおすすめの小説
旦那様は離縁をお望みでしょうか
村上かおり
恋愛
ルーベンス子爵家の三女、バーバラはアルトワイス伯爵家の次男であるリカルドと22歳の時に結婚した。
けれど最初の顔合わせの時から、リカルドは不機嫌丸出しで、王都に来てもバーバラを家に一人残して帰ってくる事もなかった。
バーバラは行き遅れと言われていた自分との政略結婚が気に入らないだろうと思いつつも、いずれはリカルドともいい関係を築けるのではないかと待ち続けていたが。
おばさんは、ひっそり暮らしたい
波間柏
恋愛
30歳村山直子は、いわゆる勝手に落ちてきた異世界人だった。
たまに物が落ちてくるが人は珍しいものの、牢屋行きにもならず基礎知識を教えてもらい居場所が分かるように、また定期的に国に報告する以外は自由と言われた。
さて、生きるには働かなければならない。
「仕方がない、ご飯屋にするか」
栄養士にはなったものの向いてないと思いながら働いていた私は、また生活のために今日もご飯を作る。
「地味にそこそこ人が入ればいいのに困るなぁ」
意欲が低い直子は、今日もまたテンション低く呟いた。
騎士サイド追加しました。2023/05/23
婚約者の浮気相手が子を授かったので
澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
ファンヌはリヴァス王国王太子クラウスの婚約者である。
ある日、クラウスが想いを寄せている女性――アデラが子を授かったと言う。
アデラと一緒になりたいクラウスは、ファンヌに婚約解消を迫る。
ファンヌはそれを受け入れ、さっさと手続きを済ませてしまった。
自由になった彼女は学校へと戻り、大好きな薬草や茶葉の『研究』に没頭する予定だった。
しかし、師であるエルランドが学校を辞めて自国へ戻ると言い出す。
彼は自然豊かな国ベロテニア王国の出身であった。
ベロテニア王国は、薬草や茶葉の生育に力を入れているし、何よりも獣人の血を引く者も数多くいるという魅力的な国である。
まだまだエルランドと共に茶葉や薬草の『研究』を続けたいファンヌは、エルランドと共にベロテニア王国へと向かうのだが――。
※表紙イラストはタイトルから「お絵描きばりぐっどくん」に作成してもらいました。
※完結しました
【完結】うっかり異世界召喚されましたが騎士様が過保護すぎます!
雨宮羽那
恋愛
いきなり神子様と呼ばれるようになってしまった女子高生×過保護気味な騎士のラブストーリー。
◇◇◇◇
私、立花葵(たちばなあおい)は普通の高校二年生。
元気よく始業式に向かっていたはずなのに、うっかり神様とぶつかってしまったらしく、異世界へ飛ばされてしまいました!
気がつくと神殿にいた私を『神子様』と呼んで出迎えてくれたのは、爽やかなイケメン騎士様!?
元の世界に戻れるまで騎士様が守ってくれることになったけど……。この騎士様、過保護すぎます!
だけどこの騎士様、何やら秘密があるようで――。
◇◇◇◇
※過去に同名タイトルで途中まで連載していましたが、連載再開にあたり設定に大幅変更があったため、加筆どころか書き直してます。
※アルファポリス先行公開。
※表紙はAIにより作成したものです。
好きな人に『その気持ちが迷惑だ』と言われたので、姿を消します【完結済み】
皇 翼
恋愛
「正直、貴女のその気持ちは迷惑なのですよ……この場だから言いますが、既に想い人が居るんです。諦めて頂けませんか?」
「っ――――!!」
「賢い貴女の事だ。地位も身分も財力も何もかもが貴女にとっては高嶺の花だと元々分かっていたのでしょう?そんな感情を持っているだけ時間が無駄だと思いませんか?」
クロエの気持ちなどお構いなしに、言葉は続けられる。既に想い人がいる。気持ちが迷惑。諦めろ。時間の無駄。彼は止まらず話し続ける。彼が口を開く度に、まるで弾丸のように心を抉っていった。
******
・執筆時間空けてしまった間に途中過程が気に食わなくなったので、設定などを少し変えて改稿しています。
【本編完結】伯爵令嬢に転生して命拾いしたけどお嬢様に興味ありません!
ななのん
恋愛
早川梅乃、享年25才。お祭りの日に通り魔に刺されて死亡…したはずだった。死後の世界と思いしや目が覚めたらシルキア伯爵の一人娘、クリスティナに転生!きらきら~もふわふわ~もまったく興味がなく本ばかり読んでいるクリスティナだが幼い頃のお茶会での暴走で王子に気に入られ婚約者候補にされてしまう。つまらない生活ということ以外は伯爵令嬢として不自由ない毎日を送っていたが、シルキア家に養女が来た時からクリスティナの知らぬところで運命が動き出す。気がついた時には退学処分、伯爵家追放、婚約者候補からの除外…―― それでもクリスティナはやっと人生が楽しくなってきた!と前を向いて生きていく。
※本編完結してます。たまに番外編などを更新してます。
婚約者が王子に加担してザマァ婚約破棄したので父親の騎士団長様に責任をとって結婚してもらうことにしました
山田ジギタリス
恋愛
女騎士マリーゴールドには幼馴染で姉弟のように育った婚約者のマックスが居た。
でも、彼は王子の婚約破棄劇の当事者の一人となってしまい、婚約は解消されてしまう。
そこで息子のやらかしは親の責任と婚約者の父親で騎士団長のアレックスに妻にしてくれと頼む。
長いこと男やもめで女っ気のなかったアレックスはぐいぐい来るマリーゴールドに推されっぱなしだけど、先輩騎士でもあるマリーゴールドの母親は一筋縄でいかなくて。
脳筋イノシシ娘の猪突猛進劇です、
「ザマァされるはずのヒロインに転生してしまった」
「なりすましヒロインの娘」
と同じ世界です。
このお話は小説家になろうにも投稿しています
異世界転移した心細さで買ったワンコインの奴隷が信じられない程好みドストライクって、恵まれすぎじゃないですか?
sorato
恋愛
休日出勤に向かう途中であった筈の高橋 菫は、気付けば草原のど真ん中に放置されていた。
わけも分からないまま、偶々出会った奴隷商人から一人の男を購入する。
※タイトル通りのお話。ご都合主義で細かいことはあまり考えていません。
あっさり日本人顔が最も美しいとされる美醜逆転っぽい世界観です。
ストーリー上、人を安値で売り買いする場面等がありますのでご不快に感じる方は読まないことをお勧めします。
小説家になろうさんでも投稿しています。ゆっくり更新です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる