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2章

栗の美味しい食べ方講座

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 別室に案内されたリョウとノイン。
 ムキムキのソレッドに「では早速教えてもらっていいかな」とキラキラの目で聞かれる。
 壁際には十人ほどの男女が、端末を抱えて真剣に話の始まりを今か今かと待ち構えていた。
 怖い。

「ええと、まず栗を覆っているトゲトゲはいがという名前で、虫や鳥から実を守るためにあると言われています」
「なんと、植物がそんな知恵を」
「確かに鋭く危険で、時折冒険者がデッドスピアーに襲われた時咄嗟に武器にもしていましたね」
「殺傷能力の高い武器にもなり得るということか」

 あれ、話が斜めに逸れたような。
 気を取り直してイガの取り方、そして「肥料や着火材になりますよ」と先程森でもした説明をする。
 鑑定士や職員から「そんな使い方が」「肥料になるなんて信じられないな」「すぐ検証してみよう」「着火材というのはすごいな。竈を使っている飲食店や民家に需要が高そうだ」と話し声とメモを取る音が止まらない。

「そして、食べ方は?」
「大きく、三つの下準備が必要です。剥いて使う、茹でる、焼く、です。茹でる、と焼くはそれ自体が“茹で栗”と“焼き栗”という料理になります」
「なっ!」
「なんだってー!?」

 ざわざわがすごい。
 茹でたり焼いたりでこんなに驚かれることもないと思うのだが。

「茹でたり焼いて食べるの!? 果物なのに!?」
「あ、あー……そうだね、あの森にあった他の果物に比べると、確かにちょっと珍しいかもね。でも、栗は他の果物に比べて水分がとても少ないの。だから食べ方は調理前提なんだよ」

 樹木エリアにあった果実を思い返すと、他の果物は皮を剥けばすぐに食べられるものばかり。
 しかし、栗はそうではない。
 しっかり処理して調理しなければならないのだ。

「でも、その分たくさんレシピがあるんだよ。お菓子とかにも使えるしね」
「へー!」
「茹で栗と焼き栗はすぐ作れますけど、剥いて使う場合は一日水につけておいた方がいいそうです。皮をまず剥かなくてはいけないので……」
「このツルツルで固いのを?」
「うん。そのあと中の渋皮という部分も剥かないといけないの。ちょっと大変なんだけど、お料理に使うと甘くて美味しいんだよ」
「へぇ~」

 こんこん、とノインが栗のツルツルした皮をつつく。
 鑑定士たちが「なかなか使い所は難しそうだな」と話し合う。
 ……これからこの町での栗の価値が、今、リョウの双肩にかかっていると思うと荷が重い気がしないでもない。
 栗にそこまでの思い入れがあるわけではなく、本当に雑学として動画で見た知識なのに。

「とりあえず、茹で栗と焼き栗の作り方をお教えしますね」

 茹で栗は簡単で、たっぷりの水に塩を一匙。
 二十分から三十分ほど茹でて、粗熱を取ったら半分に切ってスプーンですくって食べる。
 茹でることで甘みが強くなり、しっかりとした栗の食感が楽しめる食べ方だ。
 焼き栗も簡単。
 切れ目をわずかに入れて、三十分ほど焼く。
 リョウのもとの世界では、集めた落ち葉の中に栗を入れて焚き火で焼くのが古よりの定番中の定番。
 イガが着火材として優秀であるため、そのまま焼いてもいい。
 ただ、切れ目を入れない栗は凶器だ。
 熱が加わることで殻と中身の間のわずかな空気が膨張し、弾け飛ぶ。
 当たれば高熱の栗の一撃を食らうことになる。
 しかし、それさえ注意すればほくほくの香ばしく甘い栗を、しっとり楽しむことができるだろう。

「そして、一番活用法が多いのが剥いてから使う方法ですね。水に一晩つけて最初にこの鬼皮を剥きます」
「名前が怖いね……」
「この大きさでこの硬さだから、剥くのはほんとに大変だよ。ちなみに一晩水に漬け置きしなくても、このまま剥くこともできるよ」
「できるの? やってみてもいい!?」
「いいけど手を気をつけてね。ツルツル滑るし、小さいから」
「……う、うん」

 ということで、実践してみせることにした。
 最初からやらせるつもりだったのか、用意されているまな板と包丁。
 ノインが栗の底部のざらざらした部分をそっと切る。

「っ……思ったより硬い」
「下を切ったら、隙間に刃を入れて剥いていくの」
「こ、こわぁ~!」
「気をつけてね。で、この鬼皮の下にも渋皮という別な皮があるんだけどこれも剥きます」
「皮多すぎない!? っていうかこのクリ! 防御力高すぎないっ!?」

 確かに。
 イガに包まれ、鬼皮に守られ、最後の砦に渋皮まで着込んでいる。
 カットしているノインの必死な表情が年相応で可愛い、と思うが、言ってることは実に真っ当。

「でも、この渋皮は乾燥させて粉末状にしてコーヒーに混ぜると飲めるらしいよ。私は作ったことがないけれど……」
「なんと!? これがかね!?」
「あとは確か……中火で炒めて細かく砕いて牛乳と蜂蜜に混ぜたものを、コットンに浸すと顔のシミに効果のある美容パックになる――って動画で見ました」
「「「「美容パック!?」」」」

 女性陣の食いつきがものすごい。

「すぐに試作の準備と生産工房の確保を!」
「工房ギルドに連絡してきます!」

 動きも迅速。
 なんというデキる女たち。

「トゲトゲは着火材、中の皮はコーヒーや美容品か。ではこのツルツルした皮は?」
「そちらは……染め物や紙の材料……って見たことはあるんですけど、作り方までは……」
「む、むう、そ、そうか。では他の皮と同じく乾燥させて着火材や肥料、コーヒーに混ぜたりできないか試してみよう」
「はい、そうですね」
「では――」

 皮がすべて剥かれ、黄色い実が現れた。
 ある程度の数が揃ったので、厨房へ向かう。
 栗のお料理の実演だ。
 栗の料理のスタンダードといえばやはり栗ご飯。

「剥いた栗は洗って、昆布出汁と水、みりんとお酒、お塩を少々、そして米を入れて……四十分ほど炊きます」
「それだけ?」
「うん。これが栗ご飯。ご飯が炊き上がるまでにもう一品作ろうね」

 次に簡単で、他の料理にも活用できるレシピといったら栗の甘露煮だろうか。
 水と砂糖を同じ分量鍋に入れ、剥いて洗った栗を投入。

「二十分ほど水分がなくなるまで煮込みます。砂糖がたくさん入っているので、焦げつかないように見ていてくださいね」
「わ、わかりました」

 こちらは職員さんにお任せして、さらにもう一品。

「栗のパウンドケーキを作ります」
「パウンドケーキ! おやつ!」
「うん、今の時間にぴったりだよね。作り方は普通のパウンドケーキと同じ。中にカットした栗を入れるだけ。じゃあ手伝ってください」
「はい!」

 厨房を元々仕切っていた冒険者協会の料理人さんに手伝ってもらい、パウンドケーキも窯に入る。
 こちらも焼けば完成だ。

「次に……」
「まだあるのか!」
「いっぱいありますよ。パンに練り込んでも美味しいですし、煮物に入れてもいいですし、煮込んで柔らかくしたら濾してペースト状にしてお菓子に使ってもいいですし、お酒に漬け込んでもいいそうです」
「なっ! なんと多種多様な!」
「お願い、リョウさん! レシピを書き出してくれないかしら! 持ち込んでもらった栗の皮剥きが追いつかないの!」
「あ……それもそうですよね……」

 栗の皮剥きは、大変だ。
 しかし、そうこうしている間に栗ご飯が炊きあがり、パウンドケーキは焼き上がり、甘露煮も完成した。
 鍋の蓋、釜の蓋を開ければ「おおおおおおお……」と感嘆の声が漏れる。

「食べていい!?」
「熱いから気をつけてね」
「よ、よし、受付に持って行って、冒険者たちにも試食してもらおう。リョウさんは申し訳ないが、試食のあとレシピの方をお願いしたい」
「はい、わかりました」

 というわけで鍋ごと受付に移動して、冒険者たちに振る舞うことになった。
 冒険者たちも「あのクリだと!?」「食べ方が判明した!?」「試食できるのか!?」とどんどん人が増えていく。
 リョウは受付カウンターの中に入り、紙とペンを差し出された。
 文字を書けるのだが、端末に入力するとなると上手くできないのだ、不思議なことに。
 これは召喚魔法が【機雷国シドレス】の技術に対応していないからと思われる。

リョウちゃん!」
「あ、ジンくん!」

 試食が開始されると、入り口から慌てたようにジンが入ってきてカウンターに駆け寄ってきた。
 一ヶ月ぶりのジンも、この世界の服装。
 そして、リョウの顔を見るなり、ホワ……と安堵した表情になる。

「よかった……会えないかと思った。えっと、元気?」
「うん。この子たちが体調を整えてくれているの」
「ああ、ノインくんが言っていた、迷子の召喚魔。そっか、元気ならいいんだ。……この栗祭りって、リョウちゃん?」
「えーと、うん。成り行きで……?」

 ちらり、とテーブルが並ぶ方を見ると、冒険者たちだけでなく職員たちも「美味い!?」「甘い!」「これがクリ!?」「主食からスイーツまで、だと!? 万能すぎる……!」と大絶賛を受けていた。
 今まで無視されていた栗にスポットが当たり、受け入れられているのはいいことだと思う。
 しかし、それよりもジンがいる。
 会いたかったジンが。

「あの、ねえ、ジンくん……」
「……あ、そういえば名前……」
「え?」
「あ! いや! な、なに?」
「う、うん。……あの、他の召喚された人たちは、元気?」
「あーーー……うん、まあ」

 元気そうだ。
 ジンにとっては、元気がよすぎるのだろう。
 元の世界からジンの悩みは変わらないようで、少し可哀想だ。

「えっと、元の世界に、帰れないっていう話は……?」
「うん、聞いたよ。召喚主が還すつもりがなければ、帰ることはできないって。あのダロアログっていう広域指名手配犯がオレたちを召喚したとしたら、帰れないだろうね」
ジンくんたちは、やっぱり帰りたいんだね……」
「え? そりゃ、帰れるのなら……リョウちゃんは違うの?」
「私は……今の方が、楽しい、から……でも……ジンくんたちが帰りたいのなら、なにか方法がないか調べてみようと、思う。詳しそうな知り合いが、できたから……。あの、だから――全員が帰りたいのかどうか、それとなく、聞いてほしいな。どうだろう?」

 こればかりはジンにしか頼めない。
 見上げると、なんとも複雑そうな表情。
 いや、どこか険しい。

ジンくん?」
「か、帰りたくないの? リョウちゃんは」
「…………」

 その問いには先程答えている。
 こちらの世界の方が楽しい。
 毎日充実している。
 この世界なら、知らない自分にも巡り会えそうだ。
 今日、ダンジョンに冒険しに行った自分のように。

「……そ、うなんだ……」
「でも、他の人はそうじゃないってわかってるの。だから一応、もし帰れるのなら帰りたいのか、確認してほしいな、って」
「わかった、聞いてみるよ。……でも、オレは……リョウちゃんが帰らないなら……」
「え? なに? ジンくん」
「あ! ジンくーーん! 無事だったんだね!」

 がばり、とジンに抱きつくノイン。
 その手には栗の甘露煮。

「見て見てクリ! すごく甘いの! 柔らかいし、美味しい! ボク感動しちゃったぁ!」
「よ、よかったね。……オレも栗ご飯食べて行こうかな」
「そうしなそうしな!」
「じゃあ、私レシピたくさん書いておくね」
「わーい! これからはクリも冒険者協会で買い取ってもらえると思うよ! すごいね! リョウさんのおかげだよ! 大功績だよ! 美味しいし、ありがとうリョウさん!」
「い、いえいえ」

 そう、本当に、こうして認めてもらえる。
 それがとても、とても嬉しい。
 ジンの返事は少し悲しかったけれど、元々疎遠気味だった幼馴染。
 彼には彼の、そして同じく召喚されてきた人たちにも彼らの人生があるのだ。
 もし別れることになっても、それは仕方ない。





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