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2章
生まれながらの騎士
しおりを挟む「大量大量! クリの食べ方も教えてもらえるし、早く帰ろう!」
「う、うん」
あっという間に倒した魔獣たちを収納宝具にしまい、集めた栗も涼の収納宝具に入れてから『甘露の森』をあとにした。
結局刃とは会えなかったが、あれほど広いと仕方ながない。
ウキウキとスキップしながら町に戻るノインは、年相応で可愛らしく見える。
「それにしても、リョウさんって実は結構博識? なんでクリの食べ方とかトゲトゲの活用法とか知ってたの?」
「えーと、元の世界では勉強しかやることを許されてなかったから、かな。息抜きに本を読んだり、動画を見たりしたけど、それも雑学が多くて」
「へえ~。勉強が好きなんだね~」
「うーん、別に好きというわけではないかな。他にやることがなかった――が正しいと思う。ゲームや漫画やアニメとか……普通の子が遊ぶもの全部うちは禁止されてて」
ゲームセンターもカラオケも「そんなもので遊ぶお金があるのなら、参考書でも買いなさい」と言われる。
見下ろしてくる父の視界には入っているのに、父は別に涼を見ているわけではなかった。
あれは、そう……ただ邪魔な鬱陶しいものを見る目だ。
まるで「お前のせいで離婚ができないのに、これ以上面倒なことを言うな」と言っているような。
母も似たようなものだ。
ただ、父よりはマシで「アンタの遊ぶお金でお母さんが遊びたいから、動画でも見てたら?」と素直にぶっちゃけてくれる。
本当に、どうして別れなかったのだろうか。
あの両親が別れない理由は世間体というより、自分の親が離婚を許すような人間ではない父と、妹夫婦が円満な家庭を築いて幸せそうにしていることへのやっかみと嫉妬からくる意固地さの母の、矜持の問題なんだろう。
巻き込まれる方はたまったものではないけれど。
「……ふーん、複雑な家庭なんだね」
「ごめんね、変な話で」
「ううん。……ボクの父さんと母さんもボクのこと嫌い……怖いって言ってたからちょっとわかるよ」
「え?」
スキップをやめて、ノインがまだ日の高い空を見る。
ノインはここからずっと西の国境近くの田舎村に生まれたそうだ。
ある日、大型の魔獣の群れが襲ってきて、作物が荒らされるようになったという。
その時、討伐の任務でやってきた騎士の戦い方を見たあと、家にあった錆びた剣で騎士が留守中に襲ってきた魔獣の群れを一人で倒した。
ノインの両親は、抱き合って怯えていたそうだ。
――どうして剣を初めて持ったお前が、魔獣の群れを全部倒せるんだ。お前の方がよっぽど化け物ではないか。
両親の怯えた姿に剣を落としたノインを抱き寄せ、引き取ったのがレイオンだったという。
ノインが真似したのは、レイオンの戦い方。
しかし“普通”の子どもは、一度見ただけですぐに剣を使えるようにはならないし、魔獣とも戦えないのだそうだ。
レイオンに説明を聞いて、じゃあ本当に両親の言う通り自分は“異常な化け物”なのかと思ったノインに、レイオンは「そうではない」と首を振った。
『お前が剣を持って戦ったのはなんのためだ? 守るためだろう? それは騎士の戦い方を、お前が生まれながらに知っていたからだ。騎士になれ、ノイン。わしがお前を騎士にしてやる』
ふふ、と笑ったノインが振り返る。
その日からレイオンはノインの師匠で、父親のような人になった。
「だからボクは騎士になったんだ~。魔力がないから剣聖にはなれないけど、ボクはずっと人を助ける騎士であり続けようって決めたんだよ」
「……ノインくんは、人を守る人なんだね」
「うん!」
自信満々に頷かれて、涼も微笑む。
年下の少年だが、彼の強さは天に与えられた才能だけではなく努力と、そして親に怯えられるという悲しみを乗り越えた先にある強さだと感じた。
この町の人たちが、口々にノインを褒める理由がよくわかる。
そして、人々が「次期剣聖」と呼ぶ理由も。
ノイン本人が「魔力がないから剣聖にはなれない」と言っていても、確かにこの少年は人々の希望――剣聖になると思う。
その器なのだ。
「そういえば、下準備が大変って言ってたけど、どんなことするの?」
「うーん……調理法によって大きく三種類くらいあるの」
「下準備が!?」
「うん。それだけ食べ方が多いんだよね。だからたくさん採れてよかったよ~」
「わ、わあ~。なんかちょっと……期待値ますます上がってきちゃったんだけど……!」
町に戻ると、ノインに案内されて冒険者教会の建物に入ると、受付のお姉さんが目をキラキラさせて「ノインくん♡」と手を振る。
今なんとなくアレな副音声が聞こえたような、そうでないような。
そして涼の姿を見た瞬間、絶対零度の真顔になった。
怖すぎて喉がヒュッと鳴る。
「ノ、ノインくん、そちらは」
「リョウさんっていう、この間の召喚事故でこの世界に来た異世界の人の一人。ボクと同じで魔力がないから、市民街に残ったんだ~」
「え! じゃあ、まさか彼女もジンくんとお知り合い!?」
「そうだねー」
この受付嬢さん大丈夫だろうか。
副音声が隠れていない気がするのだが。
「リョウさんがね! 今まで謎だったクリの食べ方を知ってるんだって!」
「クリの……? え!? クリってまさかあのクリですか!?」
「そう! あの厄介者のクリ! 食べ方もわからないしトゲトゲで危なくて落ちてきたらそれだけでダメージを受けるからみんなに嫌われていた、あのクリだよ! 食べられるんだって! クリ!」
「な、なんですってえええええぇ!?」
ちょっと反応が大袈裟すぎるのでは、と涼が不安げな顔をしていると、受付ホールにいた冒険者や他の受付嬢、受付カウンターの中にいた事務員たちまでも、驚愕の表情で固まっている。
「ま、まさか! それは本当なの!? ノインくん!」
「だとしたら大発見だぞ! すぐ協会長を呼んできてくれ!」
「新たな素材になるかもしれないわ! 誰か! 親素材登録書を持ってきて!」
「大変だ! クリの活用法がわかったかもしれないそうだぞ! 価格の設定をするから鑑定士たちを集めろ!」
「しょしょしょ、少々お待ちいただいてもよろしいでしょうか! あ、お名前をもう一度教えていただいても!?」
「リョウさんだよ。リョウ……カガミさん、だっけ?」
「は、はい……」
一気に慌ただしくなる冒険者協会内。
職員たちだけでなく、冒険者たちもざわざわとこちらを見ている。
あまりの騒動に、想像していなかった出来事すぎて勝手に体が震え出す涼。
「あ、あ、あ、あの、ノ、ノインくん……こ、これは……?」
「『甘露の森』で使い道もわからなかったクリが食べられるし、あのトゲトゲも使い道があるらしいってわかったから買取りができるようになるでしょ? そのための準備かな」
「あ、あばばばばばは……こ、こんな大事になるなんて思わないよっ……!」
「新規素材の登録は名前も残るんだよ~。だから世界中から研究者がダンジョンを研究しに来るんだよ」
「っっっ」
本当に、ますます風磨の説明に説得力が増していく。
なんとなく言ったことがこんなことになるなんて。
大混乱の受付から、一人のムキムキな男が出てくる。
隻眼で、胸板は涼の胸囲よりもむちむちしているかもしれない。
見事な逆三角形のマッチョ男。
「君か? クリの活用法がわかるというのは」
「は、はひ……」
「ああ、俺はソレッド。冒険者協会ユオグレイブ支部の支部協会長だ。よろしく。早速だが、話を聞かせてくれ」
「は、はい。あの、涼と申します……よろしくお願いします」
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