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2章

ルート 刃を無理に探さない

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「ダンジョンって広い?」
「うん、かなり広い。特に地下は」
「捜して見つかるかな?」
「キツイと思う。ジンくんも無理に捜さないでって言ってるのは、無理に探して迷うのを心配しているからだと思う」
「そ、そっか。じゃあ、予定通り果物狩りをして会えたらいいな、くらいの方がいいのかな」
「うん。それでいいと思うよ。ジンくんにどうしても用があるなら、今度ボクからセッティングするよ」
「あ、ありがとう」

 それならそうしてもらった方がいいのかな、とジンを無理に捜すことは諦めることにした。
 リータに頼まれごともしているので、仕事を優先しよう、とノインと頷き合う。
 名前を入り口の兵に伝えると、端末にメモされる。
 今更だが、本当にあの端末は便利そうだ。

「そういえば、あの端末って普通に買えるの?」
「ああ、コネクタ? うん。文字を覚えていない人でも、結構持ってる人多いよ。便利だからね。リョウさんもお金貯まったら買うといいんじゃない?」
「お、おいくらくらい……?」

 ごくり。
 怯えながら聞いてみると「ピンキリだよ~」と言われる。
 高いものだと十万ラームを超え、子ども用や文字が読めない人向けだと五千ラームあたりからが相場だという。
 ノインが使っているのは頑丈さとセキュリティ重視の端末で、お値段約五万ラーム。

「ちなみに、リョウさん以外の召喚者の人たちは町から支給されたんだよね」
「えっ、そうなの?」
「うん。二属性の適性がある召喚魔法師を、他の町に取られたくなかったんだと思う。だから貴族街の寮に無料で入れるし、衣食住も保証してるんだろうね」
「そうなんだ」

 つまり、リョウ以外の九人は、端末含めてなに不自由ない生活を町が保証して無償で援助しているのだ。
 町長がケチらしく、一部は貸付という形になっているらしいが、ジンたちとリョウへの対応があまりにも違いすぎる。
 リョウが今まで知らなかったぐらいだ。

「今からでも抗議してみれば、リョウさんもジンくんたちみたいな安定した暮らしができるかもよ?」
「え? なんで? 私、今普通に安定した暮らしをできてるよ?」

 本当に不思議でそう聞き返すと、びっくりした顔をされる。
 なぜ?

「……リョウさんって面白いね」
「え?」
「ううん、なんでもない。それより『甘露の森』は大きく四つのエリアに分かれているんだけど、どんな果物を採る? 地上の三つのエリアはどれも果物が実ってるんだけど、色々種類が違うんだよね」
「地上が三つのエリア? 残り一つは?」
「残り一つは地下。地下は今のところ十二層まで確認されてる」
「そんなに!?」

 地上エリアは三つあり、それぞれ“樹木エリア”と“草花エリア”と“地中エリア”。
 それぞれのエリアに幾つか洞窟もあり、リョウたちが召喚されたのは未開拓洞窟のどれかだろうとのこと。

「洞窟の中は基本的に収穫できそうなものがないし、魔獣がいたとしても地下エリアの方が大きくて強いから旨みがまったくないんだよね。だから人が寄りつかないんだ」
「な、なるほど」

 確かに稼ぎに来ているのに獲物もないところで探索などしないだろう。
 それをするのは研究者ぐらいなもの。
 風磨フウマの説明は、理に適っていたのだ。

「よくわからないから、ノインくんのおすすめをお願いします」
「了解~。じゃあ樹木エリアに行こう!」
「うん」

 ジンがいればいいのだが、と思いながらもまずは仕事だ。
 移動してみると一応品種ごとにさらに細分化したエリアが道順に広がっていた。
 これは初心者にも優しい。優しすぎるぐらいだ。
 手前からバナナ、リンゴ、ミカン、モモ、マンゴー……元の世界と同じに見える果実がそれぞれエリアごとに生えそろっている。
 多くの冒険者がそれぞれのエリアで採集を行っているのだが、その姿は完全に果実農家の方々の収穫光景だ。

「どこも人がいっぱいいるね」

 初心者に稼ぎやすいダンジョンだとは聞いていたけれど、これではリョウたちがなにも採れない。
 きょろきょろしていると、ノインが「奥の方は人が少ないよ」とリンゴ――この世界ではプルアの実と呼ばれる――のエリアの奥に連れていかれる。
 確かに人は少ないのだが、プルアの実をつけた魔獣がうろうろしているのだが。

「魔獣の魔力で育ったプルアの実は樹に生っているものより甘みが強くて高く売れるんだ。みんな魔獣の方はあんまり倒そうとしないんだよね。なんでかな」
「な、なんでって……」

 それはもう、大きすぎるからだろう。
 見上げると十メートルはゆうに超える魔獣がリンゴのような甲羅の亀の、その甲羅にさらに五メートルはあるプルアの木が生えている。
 なかなかの衝撃映像だ。
 他にもナナヴァ――バナナの木やピイモ――モモの木、オレン――ミカンの木、ママンゴ――マンゴーの木などの亀がのんびり草を食べている。
 これを倒すより、木に生っているものを収穫した方が安全で確実なのは間違いない。

「待っててね」
「た、戦うの!?」
「うん。おとなしいからすぐ終わるよ。とりあえず一通り倒してくるね」

 と言って、ノインは本当に一通りの果物の魔獣を倒していく。
 あまりにも簡単に一太刀で魔獣の首を落としていくので、簡単そうに見えるが近くの冒険者たちが「嘘だろ……俺の剣は跳ね返されたぞ?」「誰だよあのガキ」「次期剣聖のノインだ。冒険者だったら漆黒級だぞ」「さすがノインだぜ……」と、わざわざ見に来ている。
 マジかマジかと、気づくと四十人ぐらいの冒険者の人垣ができていた。

「あれえ、人がいっぱいいる」
「な、なあ、そんなにたくさんあるなら、少し分けてもらってもいいか……?」
「……。お兄さん灰色から白に上がったばっかりの人かな~?」
「え?」
「すまないな、ノイン。こいつにはこっちでしっかり教育しておくわ」
「うん、よろしくね~」
「な、なんでっすか、先輩!? あんなにたくさん……少しくらいいいじゃないっすか!」

 指差した青年は、先輩の冒険者に脳天を殴られる。
 冒険者は自分の獲物は自分の獲物、他人の獲物は他人の獲物――手伝いはしても、獲物に手を出すことは禁忌。
 ルールを守らなければ、いつか代理販売まで平然とやるようになる。
 冒険者は毎年大量の希望者が登録するので、生き延びて冒険者の品質を保つために厳しくルールが決められているのだそうだ。
 一番大きなパーティが新人の面倒を見る。
 助けられたら必ず恩を返す。
 同じパーティの仲間が落とし前をつける、など。

「ぁ――危ない、嬢ちゃん! クリノキタートルだ!」
「え」

 冒険者の一人がリョウの方へ突進してくる魔獣から助けようと駆け出した。
 リョウが左の森からものすごいスピードで突進してくる巨体を確認した瞬間、細く一つに結われた銀の髪が揺れる。

「ッ!」

 一瞬遅れて目を閉じた時、強風が通り過ぎた。
 ゆっくりと目を開けると、自分の左右が巨大な魔獣の、半分にされた体に挟まれている。
 血肉というよりは土や木が崩れ落ちていく。

「マ、マジか……」
「す、すごすぎんだろ……」
「……ノ、ノインくんって、本当にすごく強いね……」
「えへへ~、まーねー」

 魔獣の死体から離れると、改めてその巨体に圧倒される。
 呆気に取られていると、ノインは肩を落として「クリノキタートルかぁ……」と残念そうに呟く。
 クリノキというのは、まさか栗だろうか?
 辺りにはウニのようなトゲトゲの小さな球体が転がっている。
 やはり、栗だ。

「あー、クリか~。ドンマイな」
「まあ、クリノキタートルの棘は良質な鉄だし、こっちは売れば儲けになるさ」
「まあね~」
「え? 栗、採らないの? なんで?」
「「「「え?」」」」

 だというのに、ノインも冒険者たちも魔獣が纏っていたトゲトゲの回収ばかりで栗には一切手をつけない。
 他の果物は分けてほしいと言っていた初心者の冒険者まで。
 本当に意味がわからなくて、ノインに栗のイガを外して実を見せると今までで一番目を見開らかれた。

「な、なにこれ……え? トゲトゲって外れるの!?」
「え? うん。こうやって、切れ目が入っているでしょう? そこから足で棘に触らないようにイガを左右に割って開くの。中身の実がこぼれたら身を拾うんだよ。トングとかがあればいいんだけど、なくてもナイフでほじくると、ほら、簡単。このイガも米ぬかともみ殻と混ぜて長時間置いておくと畑の肥料になるんだって。他にも水分が少ないから、火をつける時の着火剤に使えるって動画で見たことがあるよ」

 ザワ……。
 周りの冒険者たちの顔つきが、変わった。

「リョウさん、まさか……クリの、実の食べ方も、知ってる……?」
「え? う、うん。色々あるよ。主食としてもお菓子としても、下準備は大変だけど」
「マジで!? 冒険者協会に行って教えてくれないかな!?」
「い、いいよ」
「「「「おおおおおおおおお!」」」」

 他の冒険者からも上がる期待に満ちた声。
 さっきよりも人が増えている気がする。
 彼らにもイガ取りのやり方を手伝ってもらいながら実践で教大量の栗を手に入れた。
 聞いたところによると、今まで誰も栗の食べ方がわからず、イガで怪我をするので無視されてきたという。
 もったいない。

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