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2章
召喚主
しおりを挟む森を進むと、思ったよりも小さな塔が見えてきた。
木々と背の高さの変わらない、黒い屋根の塔。
白いレンガで造られており、奇妙なことに窓には鉄格子が取りつけられている。
塔の周りは広場になっており、大きな大木を椅子がわりに巨体の獅子の獣人が焚き火をしていた。
「ガウバスおじさーん!」
「お裾分け持ってきたよー」
「ああ、ありがとう。ん? 人間……?」
子どもたちが恐れることなく駆け寄っていく。
それに応じて立ち上がった獣人は本当に大きく、三メートル近いのではないだろうか。
肩幅も涼が乗っても余裕がありそうで、下顎から突き出した牙は口から突き出している。
あまりの大きさに口が開いてしまう。
「新しく召喚された人」
「町に住んでるけど、黒髪だからダンナさんにしょーかいしてあげようと思って!」
「うんうん。それにリータさんのところで働いてるんだって」
「リータ いつもごはん おいしい すき」
「すきー」
妖精たちもその巨大な獅子の獣人の周りを飛び回る。
子どもたちの説明に獅子の獣人は「そうか」と頷く。
「ワシはシシオ種の獣人でガウバスという者だ。ダンナさんの護衛をやっておる」
「はじ……初めまして、涼と申します。この肩にいるのは、おあげとおかきです」
「コンー!」
「ぽこー!」
「ああ、よろしく。ダンナさんに用事だな。少し待っていてくれ。最近体調がよくなさそうで、寝込みがちなんだ」
「え」
大丈夫なのだろうか、その人。
子どもたちも「まだよくならないのー?」と心配そう。
他の子が「栄養あるもの持ってきたから、食べて~」と涼の袖を引っ張る。
慌てて巻き物を広げて料理を取り出す。
「ほら! お魚だよ!」
「おお、美味そうだな。届けておくよ」
「ダンナさんになでなでしてほしいー」
「ダンナさーん!」
子どもたちが塔に向かって叫ぶ。
具合の悪い人を無理に呼び出すのはよくないのでは……。
涼もガウバスに料理を手渡してから、塔の扉の方を見た。
ふう、と溜息を吐いたガウバスが、料理を持ったまま木製の扉の方へと歩いていく。
足音も大きい。
「ダンナ、起きて大丈夫なんですか?」
そう言って、扉を開く。
中から出てきたのは全身黒い服の若い男。
真っ黒なブランケットを頭から被り、手前で交差させて現れた。
「わーい、ダンナさーん」
「頭なでなでしてー」
「……寒いんだが」
本当に寒そうである。
声が震えていた。
ハイネックニットは薄手で、ふるふると震えながら駆け寄ってきた子どもたちの頭を撫であげている。
しかし、手で押さえていたブランケットが頭から落ちて肩に引っかかると、美しい黒髪と紫の瞳が見えた。
目を見開く。本当に、驚いた。
(黒髪……ううん、それより、あの、顔……)
この世のものと思えないほど美しく整ったその顔は、涼にとって忘れ難い顔。
(シドと……同じ顔……!?)
色合いと目元の印象が違うが見間違いようがない。
それになにより、声。
「あ――あなたが、私を――」
ふらっと近づいて、言葉を漏らす。
涼の姿を見た青年も、僅かに目を見開く。
「……君……よくここが……」
「あ、あの、どうして――」
「その話は中でしよう。おいで」
「えー! あたしたちも入りたい!」
「ダメだ。この塔の扉は細工してあって、中からでは開けられないと言っているだろう」
「なんでこのお姉ちゃんはいいのー?」
「知り合いなんだ」
「ダンナさん、ぼくらご飯持ってきたよ!」
「ああ、わかった、あとでもらう。ガウバス、子どもらの相手は頼む」
「はい。ダンナさん」
手招きされて、息を呑む。
胸元に手を置き、握り締めながら招かれるまま塔の中へと入った。
扉が閉められる。
「あ、あの」
すぐに背を向けた青年に声をかける。
しかし、続きが出てこない。
なにを話せばいいのかわからなかった。
話したいことは、たくさんあったはずなのに。
「……私、涼といいます」
「僕はリグ・エルセイド。リグでいい。シドには会ったようだな」
「あ……やっぱり、あの人は私を助けてくれていたんですね?」
「一応。僕が頼んだ」
リグと名乗った青年が見たのは涼の両肩。
おあげとおかきが得意げにむっふー! と胸を張る。可愛い。
そして、やはり彼とシドは顔見知り。
関係性は――顔を見ればなんとなくわかる。
「でも本当に人を助けると思わなかった」
「ど、どういうことですか」
「得意ではないと思う。僕もだけれど。それで、聞きたいこと……元の世界に戻る方法?」
「あ、いえ――」
それは、正直言えば考えたことがなかった。
他の召喚者たちは帰りたい者も多いだろうが、涼自身は今の生活の方が幸せだ。とても充実している。
しかし、他の召喚者たちは……帰りたいかもしれない。
「あ、あるんですか? 帰る方法」
「ない。君を軸に範囲で無作為に召喚している。彼らを召喚したのは君だから、君なら送還できると思う」
「はい!?」
思いも寄らないことを言われて目を剝いた。
前のめりになって「どういうことですか」と聞くと首を傾げられる。
「僕が召喚したのは君だけ。他の人間は君が君の魔力で召喚している。だから僕には彼らを送還できない」
「私に魔力はないです! そう聞きました!」
「ないわけじゃない。悪用されないように“鍵”を持つ人間以外には使えないようになっているだけ。それは君自身の魔力も含まれている」
「ッ!?」
どういうことなのだろうか。
固まっていると「君は悪くない。悪いのは僕」と目を背けられた。
逆光の中、青白い顔がよく見えてしまった。
「あ、あの、顔色が、よくないです。ちゃんと食べて、寝ていますか?」
「……魔力が回復しきっていない。食事は――ダロアログが持ってきたものしか口にできない。そういう呪いがかけられているんだ」
「は、はい? ダロアログって、あの、指名手配の……? の、呪い?」
「そう。君たちを召喚するように僕に命じたのはあいつ。僕はこの塔に軟禁されているのだけれど――」
「ななな軟禁!?」
犯罪ではないか。
と、突っ込みそうになったがダロアログはそもそも犯罪者である。
犯罪で生計を立てているから、広域指名手配になっているのだ。
(そういえばダロアログって誘拐で指名手配されてるって言っていた気がする)
彼はその被害者ということなのか。
だとしたら――。
「逃げ……」
ましょう、と言いかけて詰まる。
ダロアログの持ってきたものしか口にできない呪い、ということはここから逃げたら彼は飢え死にしてしまうのだ。
開いた口が塞がらない。
あまりにも、姑息ではないか。
怒りで体が震えてきた。
「……君のことは」
「は、はい」
「シドが守ってくれる。でも、シドも広域指名手配されていて、自由に動けない場合も……あると思う」
「……はい」
呼吸が浅い。
きっとこの世界に来たばかりのころに経験した気怠さを、彼も感じているのだろう。
あれは本当につらかった。
時折強い眩暈もするし、肌寒くて熱が出る時もある。
「ダロアログはきっと君を諦めない。君が“聖杯”だと知ればどんな手を使っても手に入れようとする。とはいえ……召喚警騎士たちも信用できない。貴族が多いから」
「そ、それは、あの……」
「自由騎士団に保護を求めてもいいが、君の存在は国レベルで奪い合いになりかねない。そこまで自由騎士団に規模はない。軍事力でゴリ押しされればどこかの国に奪われてなにに利用されるかわからないだろう。このままなにも知らないまま、関係ないふりをして僕にも、会いに来ない方がいい」
「ッ……」
彼の言いたいことは分かる。
彼の言う通りにした方がいいのも。
けれど自分の中になにか、得体の知れない途方もない力があるかもしれないのは、怖くて仕方ない。
「こ、この首輪は関係ない、の?」
「封印を完全なものにする以外にも、君の中の魔力を“鍵”を持つ者が使用できるように制御する装置だ。魔力の制御方法を学んでいない君の身を守るものでもある。つけていた方がいい」
「……そうなんだ」
ダロアログの読みは、正しかったのだ。
しかし、涼自身の魔力ごとリグが封印していたから、あの水晶に反応しなかった。
もし、魔力を封じられていなければ――。
息を呑む。
絶対にろくなことにならなかったに違いない。
「……私、もう会いに来ない方がいい?」
「これ以上巻き込まれたくないのなら、その方がいい。けれど、もし、君が君以外の召喚者たちを元の世界に帰したいのなら……その時は相談して。ただ、他にも条件がある。まず、僕の魔力が回復しないと無理だ」
「他の召喚された人たちを帰すことはできるんだね?」
「できる」
胸に手を当てる。
少なくとも、親に愛されている幼馴染を元の生活に帰してあげることはできるのだ。
目を閉じたら、それがとても嬉しく思えた。
「わかった。もしその時はお願いします。えっと、魔力ってどのくらいで回復するものなの? 私はこの子が治してくれたんだけれど……」
と、おかきを肩から持ち上げて見せる。
とはいえ、この子もシドが召喚して涼に預けてくれたのだが。
「君の場合、元々あるものを無理やり箱に密封したことで物足りなさから不調になっただけだ。僕は使ってなくなっている。時間をかければ自然に回復する」
「そ、そうなんだ。……あの、じゃあ、私に……『助けて』と言ったのは――」
「君が応えてくれたから、あの日全員が死ぬ未来は回避できた。けれど、ダロアログはまだ諦めていない。僕の些細な反抗に……腹は立てていたけれど」
「諦めてない……。私があの人に捕まったりしたら……」
「君含めて、あの日召喚された者は死ぬ」
背筋が凍るようだった。
けれど、リグがふらっとよろめいて慌てて体を支える。
これ以上話を聞くのは負担になってしまう。
「色々教えてくれて、ありがとう。私、帰るね。他の召喚された人たちに帰りたいかどうか聞いてみる。もし帰りたいって言われたら、相談に来てもいい?」
「……慎重に、動いて。ダロアログにばれたら――」
「うん、気をつける」
ソファーに座らせて、額に手を当てると熱い。
おかきをリグの膝の上に乗せると、「ぽんぽこー」と治癒を使ってくれた。
それでもあまり改善されたようには見えない。
「中から、あのドアは開かない。外にいるガウバスに、声をかけて出してもらって……」
「わかった。ありがとう。……あのね、私、この世界に来て民宿の食堂で働けていて今毎日とても楽しいの。助けてくれて、本当にありがとう。私もリグのこと、きっと助けに来るね」
「――」
ほんの少し、驚いた顔をされた。
けれどあの日約束したのだ。
助けてもらったから、きっと助けるのだと。
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