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2章
住民特区パルテオの村
しおりを挟む「さあ、早く帰って料理を作るよ。魚料理中心ってことだけど、魚の捌き方は知ってるかい?」
「はい! 前にリータさんに教えてもらったので、覚えています」
「はは、さすがだね。頼りにしてるよ」
「はい、頑張ります」
食堂に帰り、リータと共にオードブル作り。
獣人は揚げ物が苦手らしく、油を極力少なめにして果肉と和えたものを中心にして盛りつけていく。
三十人前を瞬く間に作り上げて、例の巻き物宝具へと収納した。
「今日はノインが留守だけど、一人で届けに行けるかい? 本当に大丈夫?」
「はい。南門まで町の中ですし、危ないところには近づきません。おあげとおかきもいますから、大丈夫です」
「マカルンさんに迎えにきてもらえたらよかったんだけど……本当に気をつけなよ」
「だ、大丈夫ですよ。私もう十七歳ですから! この世界の成人って十八歳なんでしょう? お使いくらいちゃんとできますっ」
「年頃だから心配してるんだよ!」
リータさんの心配は、それはそれでありがたいものだ。
しかし、この世界に来て一ヶ月。
一人で出歩くこともできないのは、少しだけストレスだ。
おあげとおかきもいるのだから、と再三お願いしてようやく出かけられた。
いくらなんでも肩に二匹も召喚魔を載せているのだから、そう簡単に絡まれるはずはなかろう。
実際、南門も難なく潜れた。
獣人の居住特区パルテオもあっさり見えてくる。
やはりリータの心配しすぎだろう。
「……町の外ってこうなってるんだね」
「コンコーン」
「ぽこー」
見渡す限り畑。
そして、パルテオの側には森。
森の中には小さな塔が見える。
さらに南北の方には巨大な樹。
おそらくあれが【神林国ハルフレム】の居住特区フエ。
生息環境が似ているので、【神林国ハルフレム】と【獣人国パルテ】の居住特区は隣に造られたとノインが言っていた。
畑に挟まれた見晴らしのいい道を通り、ようやくパルテオ村までくると入り口にいた強面の犬の獣人に「お、黒髪」と声をかけられる。
「カーベルトから出前のオードブルをお持ちしました。どちらに運んだらいいでしょうか」
「おお! マナタたちの祝いの品だな。あっちだ。村の真ん中。案内しよう」
「ありがとうございます」
強面だが、とても親切だ。
案内された町の真ん中ではキャンプファイヤーが行われ、それを囲むようにテーブルが設置してある。
「おーい、料理が届いたぞー!」
「「「わー!」」」
「わあーい!」
「ごはんだー」
「わ、わぁっ」
駆け寄ってきた多種多様な獣人たち。
そして、フワフワ飛んできたのは妖精たちだ。
まさか妖精までいるとは思わず、目で追ってしまう。
「りーた ごはん すき」
「りーた ごはん」
「はやく はやく」
「は、はい。今テーブルに並べますね」
「やーやー! リョウさん、配達ありがとうございます! あ、手伝いますよー!」
「あ、マカルンさん」
昨日より少しだけおめかししたマカルンが、涼のところへ駆け寄ってくる。
それからみんなに手伝ってもらいながら料理をテーブルに並べ、妖精たちのつまみ食いに目を光らせながら飲み物も用意した。
間もなく婚約したという一組の獣人がやってくる。
ウサギの獣人と、鹿の獣人。
「種族が違うように見えます」
「そうですね、ラビッツ種マナタとトナーカ種のケラーっす。でもまあ、同じ種の相手ってさすがに少ないんすよ、いろんな種がごちゃ混ぜに流入しちゃってて」
「そうなんですね……」
「でも、みんななんとかやってます。今日は本当にお届けありがとうございました。前日に無理を言ってしまって」
「いえいえ、楽しかったです」
しょんぼりと耳を垂れ下げたマカルンだが、涼が答えるとパアアァと笑顔になる。
あまりにも可愛い。
「ねーねー! この料理ダンナさんにも持って行ってあげていいー?」
「あ、そうね。持って行ってあげて」
一人の豹の獣人の子どもが、料理を指さして周りの大人に話しかける。
大人たちは皆、「お裾分けしよう」と笑顔で頷く。
マカルンも「おお、ダンナさんもこれならば!」と尻尾を立てる。
「ダンナさん?」
「はい! あちらの塔に住んでいるお方です。畑に質のよい肥料を売ってくださり、生産量と品質がアップしたのですよ!」
「一年前に作物が病気になったのも、治してくれたの」
「いつも具合が悪くなったら診てくれるんだよ! ぼく、風邪をこじらせちゃったんだけどダンナさんのお薬飲んだら治ったんだ~!」
「ダンナさん すき!」
「すきー!」
「へー」
獣人たちからの厚い信頼。
話を聞く限り、お医者さんのような人らしい。
肥料も作れるということは、農業関係にも明るい人なのだろうか。
しかし、マカルンは「パルテオ村だけでなく、他の居住特区のみんなもお世話になっているすごい人なんですよ~!」と語る。
「我々異世界の民はこの世界の医療を受けても、上手く治りませんからねぇ。ダンナさんは本当にすごいお方なのです」
「そうそう! 獣人も妖精も聖獣もエルフもドワーフも鬼も妖怪も仙人も、みーーーんな治せるんだよ!」
「でも町の召喚魔法師みたいに偉そうじゃないんだ!」
「ブラッシングがすごくうまいの!」
「そうそう! なでなで気持ちいいんだあ!」
「そうなんだ」
どんどん理由が可愛くなっていく。
優しい世界すぎてしばらく浸りたい。
しかし、そんなにすごい人が町の中ではなく塔に住んでいるとは。
「町の召喚警騎士団の人なの?」
「ううん、ちがうよー」
「ダンナさんのことは町の人には内緒なんだー」
「え? 私に言っちゃってよかったの……?」
驚いて聞き返す。
すると、子どもたちは「え? だってお姉さんも召喚魔でしょ?」と首を傾げる。
ギョッとした。
「ど、どうしてそれを?」
「だって黒髪だし。染め粉の匂いがしないから、地毛でしょ? それ」
「この世界のニンゲンの匂いしないしー」
「我らには異界の匂いを嗅ぎ分けられる者がいるのですよ」
「っ、そうなんですね」
驚いているとマカルンが説明してくれる。
そういえばフィリックスも、召喚魔法師は一目見れば召喚魔かそうでないかを登録証以外でも魔力や契約の有無を感じ取りわかるものだと言っていた。
涼が思っているより、バレバレなのかもしれない。
「お姉さんもダンナさんに具合が悪くなったら診てもらえばいいよ」
「そーよそーよ。この町の召喚魔法師は意地悪な人ばっかりだもの!」
「フィリックスにいちゃんとミルアねぇちゃんとスフレ以外はおれたちのこと『野良者』ってばかにするんだぜ!」
「お姉さんもダンナさんと会っておいた方がいいわ。困ったらきっと助けてくれる」
「……そう、なんだ。うん、それなら紹介してもらおうかな」
「「「まかせてー!」」」
なにより、素直な獣人や妖精がこうも懐いている。
悪い人ではないのだろう。
来る前にリータから過剰なほど心配されたことも、ひっかかっていた。
――この町は、召喚された者にとって生きづらいのだ。
優しい人、親切な人のおかげで涼はまだ、彼らほどその生きづらさを感じていないだけ。
この世界に来た時は殺されるかと思ったが、助けてくれる人の方が多くて涼は今、比較的幸せに暮らせている。
(でも、それもいつまで続くかわからないよね……甘えてばかりいたら……見放されるかも)
あの冷たい家。
あれのようになるかもしれない。
刃の家のようなあたたかな家庭を、涼は経験したことがないから不安で仕方なかった。
オードブルの一つを巻き物に入れて、子どもたちに手を引かれて森へと向かう。
マカルンたちには「ダンナさんによろしく~」と手を振られた。
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