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1章
おあげとおかき 1
しおりを挟む「あ! いた! リョウお姉さんー!」
「ノインくん!」
先程のケーキ屋の前に出ると、すぐにノインが涼を見つけてくれた。
息を切らせて……よほど焦らせてしまったらしい。
「ご、ごめんなさい。倉庫の方に迷い込んでしまって」
「本当に焦ったよ~。ところで、その肩にいる召喚魔は……?」
「ええと、倉庫の方で、迷ってたら……会って……」
「コーン」
「ぽこぽーん」
左右からもふもふのほっぺが頬擦りしてくる。
ちょっと勢いが強すぎるのでは、というぐらいに。
「ちょ、っ、うう……わ、わかったからっ」
「……すごく懐かれてるね」
懐かれている、というのだろうか。
頬にすりすりされるもふもふ圧がすごい。
「【鬼仙国シルクアース】居住特区の迷子かな? もしくは、ユオグレイブの召喚魔居住特区に住みたくて新しく来た子かも? どちらにしても未登録なら召喚警騎士団に連れて行かないと」
「そうなのっ」
「大丈夫?」
圧がすごい。
とりあえず二匹に落ち着いてもらい、今度こそ召喚警騎士団に向けて歩き出した。
「体調は大丈夫? キツいなら今日は病院に帰る?」
「あ、ううん……この子たちに出会ってから、体がとても楽になったの」
「へぇー? なんでだろう?」
本当に、元の世界のように楽だ。
体がとても軽い。
間もなく大きな建物が見えてくる。
六つほどの棟があり、厳重な警備で守られていた。
建物な敷地内には警備ドローンが走り回っており、入り口に近づくとノインが門の警備員に「例の召喚事件のことで相談があるんだけど、誰か手空いてない?」と聞く。
面会予約もなしに会えるものなのだろうか?
そう思っていると、門の警備員は「ああ、みそっかす第七なら暇だと思うぜ。待ってな」と内線をかけてくれる。
「みそっかす……?」
「ミルアさんとスフレさんとフィリックスさんの部隊だよ。第七警騎士隊ってそう呼ばれてるんだって。個々の能力は他より高いと思うけどね」
僻みかぁ、と空を見上げる。
どの世界の人間も、自分より“下”を作って見下して安心したいもののようだ。
フィリックスとスフレは平民出身。
ミルアは実家から無能の烙印を押されて追い出されているため、その集まりである第七警騎士隊は貴族の部隊などからそう呼ばれて馬鹿にされているのだそうだ。
召喚魔法の使えない警騎士たちからは、平民出身の召喚警騎士のフィリックスとスフレは十分エリートのようだが。
「貴族の平民差別が激しいの?」
「うーん、他所の町はそうでもないけど、ユオグレイブの町は王都に近いからか、この町の召喚警騎士は王都から流れてきたプライドばっかり高い“型落ち”だよ。現場に出てくるのはフィリックスたちだけだもん」
「ワ、ワァ……」
「本部では扱いがぞんざいだけど出てこない無能よりは信用できるよ」
ノインが言うと説得力がある。
実際涼たちが召喚されて来た日も、駆けつけてくれたのはフィリックスたちだ。
第七、ということは上に六部隊もいるのに、たった三人の部隊だけが来てくれた。
この様子だと冒険者協会もノインと同じ意見だろう。
「通っていいぞ。第二応接室だ」
「ありがとうー。行こう、お姉さん」
「うん」
さらにフロントの受付で名前を書いて、入館証を借りる。
さすがに徹底されているな、とキョロキョロしていると、入り口の側にある建物内のカフェで優雅にお茶を飲み交わす警騎士たちに気づく。
思った以上にアレな場所のようだ。
「こっちこっち」
「あ、うん」
応接室に入ると自動販売機でノインがココアを買って持って来てくれた。
改めて、十四歳の男の子にしては気が利きすぎではなかろうか。
「絶対にお金が稼げるようになったら返すから」
「真面目だなあ」
「お待たせ」
「あれ、フィリックスさんだけ?」
「ミルアとスフレは別件で外回りだ。おれは二人の書類仕事を肩代わりしててね」
「……ドンマイ」
ああ、目が遠い。
しかし、すぐにこほん、と咳払いして気を取り直すフィリックス。
「それで、その首輪の件だよな?」
「うん。それと――」
「ああ、【鬼仙国シルクアース】の召喚魔だな? 迷子か? リョウちゃんにべったり懐いているけど……」
「コーン」
「ぽこぽこ!」
再び圧がすごい。
フィリックスの肩にも小猿が乗っているけれど、涼の場合は左右からだ。
左右からむにむにと体を押しつけられて、あたたかくて獣臭くて、ふわふわもふもふが気持ちいい。
「珍しいな。狐狸一体の召喚魔か」
「珍しいの?」
「二匹で一体扱いの召喚魔なんだ。お互いにお互いの魔力を補助するから、召喚主の魔力をほとんど必要とせず相性を重視する。ユオグレイブの居住特区にはいなかったはずだから、新たに居住区を求めて町に来た新規だろうな」
「へー、賢いんだね。こんなに小さいのに」
「見た目で判断しない方がいいぞ、ノイン。【鬼仙国シルクアース】の召喚魔は見た目では判断できない。特に狐狸は相手を油断させるために騙してくる。リョウちゃんには腹を出しているから……間違いなく懐いているけど」
「え」
ちょうど涼に対して、二匹がお腹を出してテーブルの上でゴロゴロしているところだった。
あんまり圧がすごいので、肩から下ろしてテーブルの上で転がしていたのだ。
お腹を指先でもしゃもしゃしていたら、どうやらそれが『主人と認めた者だけに許した行動』だったらしい。
「私、魔力がないですし……召喚したわけでもないんですけど……」
「こればかりは相性なんだよね。流入召喚魔が集まるユオグレイブの町は、召喚主が不明な召喚魔も集められるんだ。噂を聞きつけて、自分の判断でこの町に来る召喚魔もいるぐらい」
「難民受け入れしてる、みたいな感じなんですね」
「そう。多分、その子たちもそういう召喚魔で、君のことを気に入ったんだろう。君が望むのなら君の召喚魔として登録して、連れ歩くのも問題はないよ」
「え!? い、いいんですか!?」
「うん。流入召喚魔とは、もう帰れなくなった子ばかりだからね。彼らが少しでも安息を得られるのを手伝うのが、召喚警騎士団の仕事だと思ってるんだ。もちろん、リョウちゃんがよければ、だけど」
そう言われて、二匹を見下ろす。
シドの言った通りになった。
“この町”の召喚警騎士ならそう言うだろう、と。
心苦しい。
彼らを騙しているようで――。
けれど、シドのことを話してもいいものなのかわからない。
誰かに相談したいと思うが、誰に相談すればいいのかも。
「ええと、じゃあ……登録をよろしくお願いします」
「了解。手続きに必要なものを持ってくるよ」
そう言ってフィリックスが席を外す。
ノインが買ってくれたココアを飲みながら、二匹のお腹を撫でる。
「登録するなら名前を考えておいた方がいいよ」
「え、名前?」
「うん。ニックネーム? 固有名詞? 同じ種族の子がいたらややこしいから、主人になる人は名前をつけるんだ」
「な、名前か……どうしよう」
この子たちはシドが召喚した召喚魔だ。
勝手に名前などつけていいものなのか。
頭を悩ませていると、フィリックスと一緒に顔の側面が機械に覆われた男性が入って来た。
「っ!?」
「紹介するね。事務管理のセレオ。【機雷国シドレス】のサイボーグだよ」
「初めまして。セレオと申します」
「え、あ、は、初めまして。涼と申します」
丁寧にお辞儀と自己紹介され、涼も慌てて頭を下げる。
なんと、顔の側面が機械でなければ、普通の人間と遜色ないこれがサイボーグ。
今までファンタジーにいたのに、急にSFの世界に入って来たかのようだ。
セレオはパッドを取り出すと、涼の方へ差し出す。
「こちらに種族と名前を登録してください。文字は読めますか?」
「あ、は、はい。えーと……」
「途中までおれがやるよ」
ありがたいことにフィリックスがポンポンとパッド操作を請け負ってくれた。
もしかしなくても【機雷国シドレス】は元の世界よりも、科学が進んでいる?
「よし。ここにリョウちゃんの名前と、君の召喚魔になる二匹の名前を書いて。書けるかな?」
「どう、なんでしょう? 一応、文字の読みは少し練習しましたけど……」
なんとなく、日本語で『涼・加賀深』と書いてみた。
書いてみたつもりだった。
しかし、習っていたこの世界の文字に変換されて書いている。
ギョッとした。
「あれ、なんで……」
「文字が書けているようですね」
「え? そんな馬鹿な。他の召喚者たちは練習中だよ? リョウちゃんはもう覚えたの?」
「い、いえ。日本語で書こうとしたら、この世界の文字になっていて……」
「え!」
涼以上に驚いたのはフィリックスだ。
先程までの穏やかな表情が一瞬で険しくなる。
「なにか問題があるの? フィリックスさん」
ノインが涼に代わり聞いてくれる。
唇に指を当てがい、考え込むフィリックスは「実は」と切り出した。
「言葉の翻訳補正は召喚魔法に組み込まれている。人型の召喚魔は、リョウちゃんみたいに自分の国の文字を書けば、そのまま『エーデルラーム』語に補正されるんだ」
「えーと、つまりリョウお姉さんはラッキーってこと?」
「……いや……」
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