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1章
異世界
しおりを挟む(あれ……私……どうしたんだっけ……)
人の話し声がする。
でも、ハロウィンの喧騒とは違う。
男が二人、怯えた声の人を嘲笑っているような……そんな声。
人の気配は多いのに、状況がわからない。
それに、土の匂いがとても近いのも不思議。
目を開けよう。
でも、とても怠い。
熱がある感じではないけれど――。
「くっ、う……」
「……ん、……ちゃん、涼ちゃん、大丈夫?」
「え、あ……しん、どう、くん……?」
声には聞き覚えがある。
久しぶりにしたの名前で呼ばれて、ゆっくりと覚醒していく。
目を開けると鉄格子。
岩肌に直接埋め込まれた鉄格子で作られた牢の中。
薄暗い洞窟のようだ。
そして、外では黒いマントを頭から被った人が何人も見えた。
音が響く。
ゆっくり頭を持ち上げると、事態の異常さがわかる。
「な、に、これ、ここ、どこ……?」
「俺たちも気づいたらここにいたんだ」
「……え」
刃に支えられながら、ゆっくり起き上がると牢の中にいた。
体が異様に重い。
外の黒いマントたちは見張り。
牢の中には涼の他に刃と、刃に絡みついていた女の子。
わたしより年下そうな仮装した女の子と、サラリーマンの男の人が二人。
仮装した女性二人と、恋人らしき男女。
「うわあああっ!」
「ハズレだな。おい、次」
「来い」
「ひっ! い、いやぁ! こ、殺さないで!」
「大人しくしていればすぐに殺さねーよ」
牢の外にいた男が仮装した大学生風の男の人を牢に投げ込む。
次に仮装した女の人二人のうち、一人の腕を掴むと無理矢理牢から連れ出す。
牢の中の方がら安全であるかのようだ。
「若、気絶していた女が起きました」
「おう」
「うーん、この女もハズレだな」
「ったく、どいつもこいつも二属性持ちだってのに、それを“ハズレ”とぁ感覚がおかしくなりそうだぜ」
「確かになぁ! ははは! 次の寄越しな」
「きゃあ!」
灰色の髪の男が二人。
色の濃い方がは短髪で二メートルはありそうな筋骨隆々の大男。
薄い灰色の髪の男は背中の中ほどまである長めのワイルドカット。
吊り上がった鋭い目は、整った顔立ちを威圧感たっぷりにしている。
この二人がこの場の支配者。
彼らは牢から連れ出した女性に水晶玉を持たせる。
そして水晶玉を覗き込んで、ぶつぶつと呪文のようなものを唱えた。
「かーっ! こいつも二属性だ。ハズレだな。次だ次!」
なにかを調べている。
それは間違いないのだが、なにを調べているのか見当もつかない。
「こ、ここはなに? なにを調べられているの?」
「わからない。気がついたらここにいて……。あいつら刃物を持っていて危ないんだ。言うことを聞かないと殺すって」
「そ、そんな……」
仮装している人間がいるということは、あの時あの場にいたハロウィンに参加していた人たち。
そして自分のように、帰宅途中で駅前にいた者の一部ここにいるのだろう。
友人同士らしい女性が終わり、サラリーマンたちが終わり、恋人同士も終わり、見知らぬ仮装した少女も終わるといよいよ残りは三人。
涼と刃と、刃の知り合いの少女。
「当たりがでねぇなぁ。儀式は成功しているはずなんだが」
「おい、そこの小娘、出ろ」
「ね、ねぇ、帰してくれるんだよね? 殺さないんだよね!?」
「口答えしてねーでさっさと来い!」
「や、やだ、やっぱり怖い! 刃くん、助けて!」
「吉田さんっ!」
男二人に引きずられるように牢から連れ出され、大男に水晶玉を持たされる。
呪文を呟いた男が「チッ……二属性か」と呟く。
もう何回目かの“ハズレ”だ。
「って、おお! いよいよ美少年タイムか! へへ、コイツはハズレでも使い道があるからなぁ」
「変態め……」
「おい、連れて来い。どうせあと二人なら女も一緒で構わん」
「来い!」
吉田と呼ばれた少女が戻され、代わりに刃が牢の外へ連れていかれる。
効率のためなのか、涼もまた男に腕を掴まれて立ち上がらせられた。
牢の外に涼と刃、二人が連れていかれる。
「アッシュ、首輪は用意してあるから持って来い。女の方につけろ」
「あ? まだ調べてねぇのに、そっちが“アタリ”だってのか?」
「まあ、他の女がハズレならコイツがそうだろう。黒髪だしなぁ」
「はあ?」
大男はそう言って、若い方の男に首輪を持って来させる。
赤く細い金属のようなもの。
それを首につけられた。
「間違ってたら殺して外しゃあいいしな。おし、そんじゃお楽しみを先にいただくとするかぁ」
「っ」
大男が水晶玉を差し出す。
二人の男に左右を固められた刃が、無理矢理手を突き出させられてその上に水晶玉を載せられる。
「おいおいおいマジか! このガキ四属性に適性あり――しかも『竜公国ドラゴニクセル』適性があるじゃねぇかよ!」
「っ! ドラゴン召喚だと!? マジかよ!」
「おうよ! こりゃ大当たりだな!」
「っ?」
突然騒ぎ出す男たち。
黒いマントの者たちも些か高揚している気配がする。
「おい、このガキうちに譲ってくれよ。仕込めば金になりそうだ」
「そうだなぁ、まあいいか。その代わり今夜は楽しませろよ」
「へっ、そうこないとな。このぐらいの旨味がねぇとやってられねぇ」
「な、なにを……」
大男が、刃の服の襟を掴み上げる。
そのまま左右に引き裂くと、釦が弾け飛ぶ。
一瞬、目の前でなにが起こったのか理解ができなかった。
幼馴染の男の子の服が、左右に引き千切られた。なぜ?
「え? な、ちょ! な、なにをするんだ!」
「お、いい反応だなぁ。やっぱそういう反応があってこそ、だよなぁ!」
「っ――!」
ズボンのベルトを引き抜いて、大男は刃の肩を掴んで岩肌に叩きつける。
「ぐっふ……!?」
「いい子で待ってろよぉ? 今夜はたっぷり可愛がってやっからよぉ。ひひ」
「おい、おっさん。今からおっ始める気かよ」
「摘むくらいいいだろぉ? ケチケチすんなよ」
「チッ。こっちはそっちの趣味はねぇんだよ」
「だったら牢の中の女でも使えよ」
「仕事中に遊ぶと上からどやされる。それで失敗したやつが多いからな」
「ヒェ~、難儀だねぇ。ま、そんならそれで見張りだけしててもらえばそれでいいぜぇ」
「ひっ! なに、やめ! やめろ! さ、触るなっ!」
数回咳き込んだあと、刃が大男の手から逃れようと暴れ始める。
自分たちの状況は、自分が思っているよりも最悪なのだと思い知らされた。
常識が通じない。
どうしたらいいのかわからない。
それになにより大男が背中を見せた時に、背負っていたものが衝撃だった。
この男の膝丈まである、長い剣。
(ち、違う……違う……ここ、に、日本じゃない。ど、どうなってるの? どこ、ここ。私たち本当にどうしたっていうの? どうなってしまうの……!?)
簡単に押さえ込まれた刃の首筋に、大男が舌を這わせる。
短い悲鳴と、その嫌悪感に刃が大男の股間を蹴り上げた。
「ぐぅ! イッ……!」
「ぶはっ!! ぎゃははははは! マジか、このガキ!」
「っ、はぁはぁ!」
悶絶。
大男が膝をついて、ガタガタと震える。
もう一人の偉そうな若い男は、それを見て大爆笑。
「こ、この……くそっ……クソがっ!」
「もうさっさと最後の一人も終わらせようぜ。そのあとゆっくりわからせてやりゃあいいだろって」
「ッチィ……!」
舌打ちして、大男は涼の方へと震えながら近づいてくる。
無理矢理手を突き出され、その手のひらの上に水晶を置かれた。
呪文が聞こえて、水晶が光る。
「あんだぁ、こりゃ……魔力がほとんど空っぽじゃねぇか。どうなってやがる? しかも適性属性なしだと? 雑魚じゃねぇか」
「アーン? お求めの“アタリ”はそれじゃあなかったのかぁ?」
「コレのはずだが……違ったか? 仕方ねぇ。首輪を回収するか」
「え」
大男が背中から剣を抜く。
なんの感情もなく、魚の頭を落とすように左右にいた男たちが涼を跪かせた。
「涼ちゃん! や、やめろ!」
「あん? もしかしてこの雑魚娘は彼女だったのか? そいつぁ悪いなぁ。首輪を回収せにゃならんのだわ」
「やめろよ! 涼ちゃんになにかしたら許さない!」
「し、真堂くん……っ」
死ぬ。本当に殺される。
この男たちは、人を殺すことになにも抵抗がない。
それがわかるから、震えが止まらなかった。
涼はそんな状態なのに、刃は勇敢にも大男にしがみついて涼を守ろうとしてくれる。
嬉しいし、ありがたいのに同じだけ不安だ。
刃まで殺されたら。自分のせいで、彼まで。
「許さないときた! 面白ぇ! やってみろよ!」
「ごふっ!?」
「涼ちゃん!」
腹を殴られる。
左右の男たちはあっさりと涼から手を離して、吹き飛ぶ涼を眺めた。
落ちて三メートルほど転がると、ようやく咳が出る。
呼吸が上手くできない。
牢から離れたその場所は、とても広い空間になっている。
血のような鉄と生物のような匂いが強い。
「涼ちゃん……!」
「ほーら! どう許さないんだぁ?」
「いっ!」
大男の足が右肩を踏みつける。
勢いよく踏まれて、ミシッと骨が鳴ったのが聞こえた。
さらに刃へ見せつけるように、涼の頭を踏みつけ始める大男。
何度も、何度も、執拗に地面に押しつけられる。
(い、痛い、痛い、痛い! 熱……痛……!)
死ぬ。死んでしまう。嬲り殺される。
抵抗しなければと思うのに、頭を踏みつけられて動けない。
手を伸ばせば、手も踏まれた。
小石が手のひらに刺さる。
「やめろ! やめろ! な、なんでもするから、やめて!」
「おいおい、さっきの威勢はどこへ行ったんだよ。……くくくくくっ! ああ、だがいい顔だ。そうでねぇとなぁ……」
「っ」
大男が涼の頭から足を退ける。
助かった、とどこかで安堵した瞬間、大男が剣を振り上げた。
「小僧の“躾”に使えそうだから、足の一本でも切り落としておくかぁ!」
「や――やめろーーー!」
刃の悲痛な声。
逃げなければと思うのに、体が動かない。
腹の一撃が全身から動く気力を奪っている。
視界もおぼつかない。
(助けて……)
あの男の人の声は「助ける。守る」と言ってくれたのに――。
「不用心だと思わないのか?」
「なっ……! ぐっ!?」
頭の上をなにかが勢いよく飛んでいく。
洞窟の壁面にかかるランプが風で揺れる。
視線だけを上に向けると、大男に黒マントがぶつかって尻餅をついていた。
かつ、こつ、と牢とは反対側の方向から足音が近づいてくる。
同じようにずるずる、というなにかを引きずる音も。
「て、てめぇ……シド! どうしてこの場所を……」
「洞窟の前に、これみよがしに見張りを置いておいたら『ここです』って言ってるようなもんだろう?」
「あ、アニキィ……す、すいやせん……!」
「タック……しょうもねぇな」
大男に投げつけられた男は若い方の男にタックと呼ばれ、立ち上がる。
すぐに黒マントたちが散らばり、涼からは見えない位置から歩み寄ってくる男に向けてナイフを抜く。
「会いたかったぜ、ダロアログ……お前を殺したくて殺したくて殺したくて、最近の夢はもっぱらお前の首をへし折る瞬間ばかりだ。正夢にしてやるからそこで大人しくしてろよ?」
「は、はは、悪ぃが俺ァ用事があってなぁ……今日はもう帰るところなんだわ! あとは頼むぜアッシュ!」
「おいおい、おっさん! こいつの相手は別料金だぜ。追加料金もらうからなぁ!?」
目を丸くした。
あの大男が、背を向けて若い男の方へと走り出す。
反対に驚きながらも若い男は座っていた椅子から立ち上がり、階段を下りてくる。
牢の奥には木床の別室があった。
若い男――アッシュのいたのはその境。
そこから先は、涼の目にはあまりよく見てとれなかった。
自分の後ろからやってきた男がようやく姿を見せる。
涼を飛び越えて、一瞬で男らのいるところまで距離を詰めたと思ったら、大男の髪を掴もうとしたのだ。
大男はそれを察して刃の肩を掴み、盾にしようとした。
強襲してきた男は白いフードを頭から被り、マントを翻して刃を左腕で包み一回転して反対側に捨てる。
――殺すことなく。
黒マントが襲いかかるが蹴りや拳でいなして、大男を追う。
ついに牢の側まで来た強襲者へ、アッシュが剣を引き抜いた。
「チッ……アッシュ、あのクソ野郎と手を切って手を引け」
「追加料金もらったらなァ!」
振るった剣が突然しなって伸びる。
中にワイヤーが仕込まれていて、定間隔で刃が離れる仕組みだったらしい。
黒マントを殴りつけていた白マントの強襲者は、左腕をその刃に捕らわれる。
「……仕留め損ねたじゃねぇか」
「一応今回の依頼主だからな。悪く思うな」
「ってーとなにか? テメェらが俺の八つ当たりにつき合ってくれるっつー話か? 力不足だぜ?」
「……ッ! イチイチムカつく野郎だな。テメェとやり合うのは業務外なんだよ。帰れよ」
「断る。あのクソ野郎がなにしようとしてたのか、調べておく必要があるからな。テメェこそあの野郎と手を切って今回の件から手を引け。三度は言わねぇぞ」
「……!」
ズズズズ……と、白マントの強襲者が左手を引くとアッシュが僅かに強襲者の方へと近づいた。
アッシュが剣を引っ張るが、相手はびくともしない。
「この、っ、馬鹿力め……!」
「手を引け、アッシュ」
「……料金分働いたらな」
はあ、と溜息を吐いた強襲者。
この時、涼はついに意識を失った。
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