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初恋の人が自罰的だったので溺愛することにした

嫉妬

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「はあ? 『海龍の牙』の目的が俺ェ?」
「なんとなく、彼女らの様子を見て思ったんだ」
 
 と、昼食をリグの部屋で食べながら話す。
 食堂からの持ち帰りなので、皿やトレイは返しにいかなければならないけれど。
 
(……というか……なんでシドもリグの部屋に一緒に来たんだ……?)
 
 半休の予定はそのままで、フィリックスはリグの部屋に来たのだが、リグがシドの外套をずっと掴んだまま離さなかった。
 なお、現在進行形でリグはシドの外套を掴んだまま食事している。
 
(可愛いんだけど……可愛いんだけど……!)
 
 その姿はそれはもう可愛いのだが、困惑の方が大きい。
 シドの方をジッと見つめてみると、シドの方もやや困惑している雰囲気。
 食事が終わると、食器を召喚したスライムの中に入れて洗浄を任せ、食後のお茶タイム。
 
「……で?」
 
 と、シドがお茶を飲みながら、外套を絶対に離そうとしないリグを横目で見る。
 そんなシドに、リグが「え?」と心底不思議そうに首を傾げた。
 
「なにか話したいことがあるから連れてきたんじゃねぇのかよ、俺を」
「なにが? 僕が? シドに? 別になにもない」
「嘘吐け。じゃあなんで人の外套握り放しなんだよ」
「え?」
 
 と、首を傾げるリグ。
 キィルーの「ウ、ウキ……?」という声にリグがようやく自分の左手を見る。
 シドの外套を握ったままの手に、まるで今まさに気がついたかのように「え?」とまた聞き返した。
 
((まさかの無自覚?))
 
 この瞬間、シドと同じことを思った自信がフィリックスにはある。
 
「な――なんで?」
「俺が聞いてるんだよ、今それを」
「す、すまない」
「別にいいけど。お前午後は猿騎士と覚えたての猿みたいに交尾に勤しむ予定だったんじゃねぇの」
「い、言い方ァ……!」
 
 いくらフィリックスの相棒が猿だからと言っても、そんな言い方は大変よくないと思う。
 ふるふると震えるフィリックスに対して、リグの顔も赤く染まった。
 実の兄にそんなふうに言われては、恥ずかしいに決まっている。
 
「あの、それは……あの……フィーとの性行為は……ダロアログのと全然、別物で……本当に同じ行為なのかと思うくらい、とても気持ちよくて……」
「あ、そう」
 
 目が死んでいる。
 世界最強の男の目が、心底興味ないというか知りたくなかったと言わんばかりに死んでいる!
 実の弟の口から直接、実の弟の情事の話などされてはそんな顔にもなるだろう。
 真正面からそれを見てしまって同情を禁じ得ないフィリックス。
 
「……? あれ、でもさっきお前もリグにキスしたじゃないか……?」
 
 だが、そこまで死んだ顔になるのなら、なぜ実の弟にキスをしたのか。
 本当に意味がわからなくて聞いてしまうと、シドが「あれは調整」と簡潔に答えた。
 
「調整……?」
「お前に女が抱き着いていただろう?」
「あ……いや、あれは……」
 
 先程ルーナが絡んできた時のアレだろう。
 しかし、シドは彼女らが『海龍の牙』の構成員と言っていた。
 当然、フィリックスは警戒している。
 彼女らになにかしらの思惑があったのだろうから、当然なんの感情も湧かない。
 むしろ、警戒心が勝っていた。
 
「アレを見て、コイツの魔力が外に漏れたんだ」
「え」
「…………」
 
 と、シドが横目で俯いて赤くなっているリグを見た。
 フィリックスの腕に女性が抱き着いていたのを見て、リグの魔力が外に漏れた?
 
「そんなことあるものなのか?」
「[異界の愛し子]が[異界の愛し子]と呼ばれる所以は[原初の召喚魔法]が使えるからだ。[原初の召喚魔法]は普通の召喚魔法と違う点が多い。そのもっともたる部分は誓約、あるいは契約に基づく魔法陣を必要とせず、異界の相手の好意に頼る形で召喚が行われる。下手すると逆流みたいな感じで、[異界の愛し子]の意思も返さず[異界の愛し子]の魔力のみでエーデルラームに来ることも可能なんだ」
「あ……」
 
 必要なのは魔石という媒体のみ。
 [異界の愛し子]は現代の召喚魔法師にとって異端そのもの。
 契約もなく、コストもかからず異界から召喚魔を召喚する。
 その召喚のしやすさから、逆に召喚魔がなんの許可もなくエーデルラームに来ることもあると。
 
「実を言うとコイツにも相性のいい属性がある。適性こそ八世界すべてがあるが、その中でも特に、ってやつ。それが【神霊国ミスティオード】」
「え! そ、そうだったのか!?」
 
 こくり、と頷くリグ。
 それは本当に初めて知った。
 すべての適性があるので、すべてと相性がいいものなのかと思っていた。
 [異界の愛し子]にも適正があるのは、英雄アスカで知っていたが、その中でも得手不得手がある。
 リグは【神霊国ミスティオード】がもっとも相性がよく、【神林国ハルフレム】はそれほど得意というわけではないらしい。
 それでもエルフの方はとても好意的にリグに接してくれるので、魔法を教えてほしいと乞うと凄い勢いで教えてくれるのだそうだ。
 しかも【神霊国ミスティオード】は適性のない者には、一部の力の強い存在を除いて弱い存在は姿が見えない場合が多い。
 
「だから【神霊国ミスティオード】の魔石は常に持ち歩くように言い含めてあった。姿が見えない弱い存在霊でも、側にいれば使いようはあるからな。たた、【神霊国ミスティオード】の存在は魔力がないと存在が保てない。[異界の愛し子]だからこそ、魔石を持っているだけで勝手に向こうから弱い存在がで入りしてしまう。護衛という意味で、俺もリグもそれは放置していた。ただ今回はその中の一体が暴走して溢れた魔力に食いついて、魔法を暴走させた」
「……それがあの氷か」
「そう。普段は自分で制御できる魔力制御ができなくなっていた。召喚魔法師ならわかるだろうが、魔力制御ができなくなる理由にはいくつか原因がある。その中でも一般的なのは――」
「感情の抑制だな」
「そ。召喚魔法師に最初に求められるもの。まあ、魔力量にもよる。10や20そこらなら、暴走しても大した事態にはならない」
 
 だからこそ、フィリックスは魔力量が桁外れのリグやリョウが魔力を制御できていることを心の底から尊敬している。
 リョウの場合はおあげとおかきが、魔力制御の役割を相当に補助しているようだが。
 リグは単純に『自分は道具』という意識と、長年の黒魔石による魔力吸収で枯渇状態が常態化していたことが原因で、自分の中に魔力がある状態の方が珍しい。
 そんなリグも大規模召喚のために一度魔力が完全に溜まった状態を経験して以降、枯渇状態がつらいものであると覚えてしまい、足りない魔力は補おうとしてしまう。
 ただ、今回はそのせっかく貯めていた魔力を、感情の暴走で溢れさせた。
 その溢れた魔力を喰らって妖霊が暴れた――ということらしい。
 だからシドがリグにキスをして魔力を調整、押さえ込んだ。
 あのキスにはそういう意味があったということ。
 
「なるほど、そうだったのか……。急にシドがリグにキスをしたから、びっくりしたんだが……って、あれ? でも、それだとリグが感情を制御できなくなったって、こと? ……リグが?」
 
 自分のことを『道具』としているリグが、魔力制御を誤った。
 そんなことかあるのか、とリグの顔を見ると本人が一番困惑している様子だ。
 困り果てていて、俯いて、シドの外套をまた握っている。
 いいなぁ、と真顔で思ってしまう。
 リグにあんなふうに頼られるシドが羨ましい、と。
 今考えることではないのだが。
 
「だから、見たからだろ」
「なにを?」
「お前の腕に、女の腕が、絡んでいるところ」
 
 と、懇切丁寧に状況を説明してくれた。
 真剣に、フィリックスは「だから?」と聞き返してしまう。
 キィルーに耳を引っ張られて「痛い! なんで!?」と叫ぶ。
 
「ウキ! ウキキィーン!」
「はあ!? リグが見た? なにを!?」
「嘘だろ。この世にこんな面倒くさいことあるか? ここまで言って察しが悪いとか……ありえんの?」
「な、なんだよ!?」
「お前が女に絡まれてるところを。コイツが。見た。で、ブチギレたんだよ」
「え?」
 
 リグが小さく「ブチギレてない」と抗議するが、実際に魔力制御を失敗しているのでその抗議は通らない。
 というよりも、シドのいうシチュエーションは、それは――
 
「……妬いたのか? リグが?」
「やいた……? 僕はなにも焼いていないが……」
「嫉妬だよ。お前が猿騎士に抱き着いた女に対して嫉妬して、魔力制御を誤った――って、話」
「僕が?」
 
 それはもう心底、そんな馬鹿な、と言いたげな表情。
 実際自覚はないのだろう。
 無表情のまま、困り果てている。
 
「……そうか……。ええと……ごめん。でも、おれが好きなのはリグだけだから」
「え? ……あ、ええと……知って、る?」
 
 今度は眉を寄せ、とても理解ができないとばかりに首も傾げるリグ。
 その姿に胸がゾワゾワした熱に支配されていく。
 嫉妬すら知らない彼の、初めての嫉妬。
 それを自分に、向けられた。
 これは――歓喜だ。
 愛おしい。
 愛おしくないはずもない。
 なにより嫉妬をむけてくれるということは、それはつまり――。
 
「うん……そのまま、知っててくれ。おれが好きなのはきみ。おれはきみが、好きなんだ。この世界で一番、特別。キィルーとは違う意味で特別っていう意味ね。……恋愛的な意味でってこと」
「…………」
 
 ゆっくり、フィリックスの言葉に顔を上げて、しっかりと顔を見て聞いてくれる。
 無表情のままなのだが、フィリックスにもわかるほどその表情が穏やかになった。
 困ってるわけでも、理解に苦しんでいるわけでもなく。
 言葉を言葉通りに受け止めてくれている。
 
「あ……」
「明日、早いんだから早く寝ろよ。じゃあな」
「あ、シ、シド」
 
 口を開きかけたリグを見て、シドが席を立つ。
 いつの間にか、リグの指はシドの外套から外れていた。
 深々溜息を吐いた兄を追いかけて扉の近くまでいくリグに、シドが「明日朝六時な」と言い残して去っていく。
 六時起きはなかなかきついが、麓の町まで三時間と思うと妥当なのか。
 いや、それよりもと立ち上がる。
 キィルーが気を利かせて窓から「ウキ!」とフィリックスの部屋に帰るのを手を振って見送ってから、扉の前に佇んだままのリグを後ろから抱き締めた。
 
「リグが、嫉妬してくれて嬉しい」
「嫉妬……よく、わからない。確かにあの時、フィーの腕に女性が抱き着いていたのを見た時……感じたことのない気持ちになった。多分、よくない気持ち」
「うん。嫉妬は、よくない気持ちだな。おれもあまり気分のいい気持ちじゃないと思う。でも……嫉妬するってことは、相手を好きってことだから……リグに、少しでもそういう気持ちがおれに向けられてるって思うと本当に嬉しい」
「…………ぼ、くが……?」
「うん」
 
 魔力供給が目的なのかな、と昨日から少し思っていた。
 そのことで少し落ち込みもしたけれど、それだけではなかったのだ。
 リグにはちゃんと気持ちが届いていた。
 それがこんなにも、嬉しい。
 リグには嫌な気持ちをさせてしまったかもしれないが、その感情の裏にあるものはフィリックスへの思いの断片。
 まだ本人がそれと気づかないほどに、小さく、ゆっくり育っているもの。
 
「……僕も、フィーを、好き?」
「そうだと嬉しい。でも答えを急がなくていいよ。なんか言わせてるみたいになっちゃうし」
「そう、なのか……?」
「うん。……リグの中でその気持ちに確信が持てたら、教えて」
「……わかった」
 
 キスを落とす。
 約束をしていた通りに、午後は二人でゆっくりと過ごそう。
 約束通り、今朝の続きを。
 望まれた通りに、腹の中にたくさん注ごう。
 
「ベッドに行こうか。たくさん甘やかせるように頑張るよ」
「う……う、ん。いっぱい、ほしい」


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