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初恋の人が自罰的だったので溺愛することにした

動揺

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「ルーナです、初めまして」
「エーラです。よろしくお願いします」
「コージュです。【獣人国パルテ】の召喚魔法師です」
「ルーナ、エーラ、コージュだな。おれはフィリックス・ジードだ。おれも【獣人国パルテ】の召喚魔法師なんだ。よろしくな」
 
 制服を新人三人に配り、自己紹介をしてから彼らの顔を見る。
 若い女性が二人、フィリックスよりも年上の男が一人。
 女性二人は男を蔑んだ顔をする。
 
「フィリックスさんはどこから逃げてきたんですか?」
「逃げてきたわけじゃないけど……ウォレスティー王国の召喚警騎士だったんだ。君たちは帝国の召喚魔法師だったと聞いたけれど」
「そうなんです。貴族が幅利かせてて」
「ああ、どこも一緒だよね」
 
 と、笑ってごまかしながら玄関ホールに案内する。
 リグたちのいる図書室には連れて行かず、とりあえずミルアとスフレも呼んで今後の任務について話をする予定だ。
 
「ところで、どうして玄関ホールなんですか?」
 
 と、当然の質問がルーナから飛んできた。
 今後の任務についての説明を行うのであれば、会議室を使えばいい。
 笑顔を貼りつけたまま、ミルアたちが来るのを待つ。
 
「それは――」
「おーい! リックー!」
 
 猛ダッシュで駆け寄ってくるミルア。
 それを追ってくるオリーブとスフレとスエアロ。
 
「この人たちが同僚? アタシはミルア・コルク! こっちが相棒のオリーブ! よろしくね!」
 
 キーン、と耳の奥に響く。
 相変わらずうるさい。
 
「っていう感じでうるさくて」
「なによぉ」
「恋人、なんですか? フィリックスさんのことを愛称で呼んでるってことは……」
「え? 違うわよ? こいつは黒髪お淑やかが好みなの! ね!」
「そう」
 
 満面の笑みで「ね!」なんて言われたら素直に同意する。
 ミルアが美人ではないとは言わない。
 ただ単にリグがフィリックスの理想の具現化すぎるのだ。
 そんな人を恋人にできたのだから、大事にしなければ、と改めてしみじみ思う。
 
「私、黒髪じゃないですけどダメですか?」
「は?」
「フィリックスさんってめちゃくちゃ好みどストライクなんですよね」
 
 と、言ってルーナが左腕に抱きついて、胸を押しつけてくる。
 どちらかというと異性愛者ではあるが、リグが特別すぎてこの手のアプローチは不快に感じてしまう。
 
「恋人がいるんだ。だから――」
「キキー!」
 
 やめてほしい、とやんわり拒絶しようとした時、フィリックスの肩をキィルーがものすごい勢いで引っ張った。
 後ろに倒れたフィリックスの目の前に、刺々しい氷の塊がある。
 は? と目を見開く。
 
「ウキ、ウキィ」
「あ、ああ、ありがとう。大丈夫だ」
 
 だがこれは、とあたりを見回すと、周辺にも刺々しい氷の花が幾つも咲いていた。
 ミルアとスフレの周りはオリーブが咄嗟に結界を張っていたが、ルーナたちはしゃがんで頭を抱えている。
 
「ダンナさん!」
 
 そこでスエアロが嬉しそうな声を出す。
 スエアロが「ダンナ」と呼ぶのはリグだ。
 駆けていくスエアロの背中を見ると、奥にはリグが青い顔でリョウの隣に立っている。
 ノインがギョッとした顔で剣を抜いていたが、三人の周辺には氷はない。
 敵からの攻撃ではなく、困惑気味のリグの表情から【神霊国ミスティオード】の召喚魔の仕業だと思った。
 魔法を使う召喚魔は主に【神林国ハルフレム】のエルフか、【神霊国ミスティオード】の神霊、妖霊、魔精、【竜公国ドラゴニクセル】の一部の竜など。
 ただエルフやドラゴンは姿が見える。
 そこに見えないということは【神霊国ミスティオード】の、魂のみの存在。
 【神霊国ミスティオード】の存在はよほど強い力を持つ者以外は、適性がないと姿が見えないのだ。
 ただ、姿の見えないような弱い存在がこれほどの魔法を放てるとは思えないので、恐る恐る氷から離れて立ち上がると、リグに確認するために駆け寄ろうとした。
 
「ふーん。玄関ホールに来たのは正解だな」
 
 と、言って【無銘むめい魔双剣まそうけん】を氷に突き刺すシド。
 その瞬間、氷が一瞬で蒸発して爽やかな風となる。
 僅かに冷たい水蒸気のようなものが肌にまとわりついたが、そういえばあの魔剣、水系の召喚魔であるスライムすら電気分解で水から空気にまでしてしまう機能があった。
 ダロアログの相棒召喚魔がスライムだつたこともあり、シドの怒りの具現化とも取れる機能。
 玄関ホールだったおかげで風にまで分解された氷はすう、と消えてしまう。
 
「あ……シ、シド」
 
 困ったようなリョウに、シドが短く頷いてからリグの真後ろに立つ。
 硬直してしまっているリグの顎に後ろから手を回して、後ろへ上向かせるとそのまま唇を合わせた。
 兄弟で。
 
(え)
 
 それはもう、今度はフィリックスが硬直した。
 兄弟で、口づけ、キス、なんて――と。
 リョウもその隣でポカーンと硬直しているではないか。
 
(そりゃまあ、元々兄弟にしては距離が近いというか、今まで離れていたからこその近さというか、リグを守れるのはシドだけって言われたらそれはそうだと思うんだけど、でも……!)
 
 こんなにまざまざと見せつけられるとは思わなくて、と胸がミシミシと音を立てて痛む。
 かなり長い時間かと思ったら、ゆっくり唇が離れる。
 その瞬間、玄関ホールの柱の一本に大きなひびが入った。
 ギョッとして見上げると、完全に真横にヒビが入っていたので倒壊はしなさそうである。
 
「ここは任せる」
「了解~」
 
 と、軽いノリの声色でシドがリグとリョウを任せ、なんだ、と思った瞬間そのひび割れのところにシドが【無銘むめい魔双剣まそうけん】を突き立てて横向きにしゃがみ込む。
 全員が口を開けて、その異様な光景に固まった。
 
『ギィイヤアアアァ!』
「被害者ヅラした声で騒ぐな。俺の弟の魔力を勝手に食って勝手に暴れて、タダで済むと思うな」
 
 舌で唇を濡らす、その表情たるや。
 リグと同じ顔なのに、恐怖なのか色気なのかで背筋がゾッとしてしまう。
 そしてそのまま透明な“なにか”を引き裂いて、中庭の方へと吹き飛ばした。
 壁にぶち当たったのは半透明な妖霊。
 薄い紫色の火の玉で、長い青い舌を出してゴロンゴロンと芝生の上を転がる。
 
「【神霊国ミスティオード】の氷の妖霊か。近くを漂っていただけなら放置していたんだがな」
『エ、エレレレェ……エルェエェ』
「なに言ってんのかわかんねぇなぁ。俺、【神霊国ミスティオード】の適性ないもんで」
『ヴェレレレレェ!』
「ま、待て、シド!」
 
 容赦なく魔剣を振り上げたシドに、リグが駆け寄る。
 それから二、三言葉を交わして、妖霊を抱き上げた。
 治癒魔法で怪我を治してやると、その妖霊はリグの頭上で消えてしまう。
 
「な、なんだったの?」
「さ、さあ? 妖霊が悪戯……でもこんな規模で?」
「リグの魔力を盗んで使ったのか? でもどうやって……」
 
 ミルアが恐る恐る頭に置いていた腕を外す。
 オリーブが辺りを警戒しながら予想を立てる。
 当然、フィリックスもオリーブと同じことを思ったが、その疑念を解決するのにシドの言った言葉を思い出す。
 リグの魔力を盗んだ、と。
 だがその方法までは見当もつかない。
 他人の魔力を使うには、血や唾液などを用いるしかないはずなのだが。
 悩みつつ立ち上がり、キィルーを肩に乗せ直す。
 リグの髪をシドが耳にかけて頭を撫でている。
 その光景に、なんとも言えない気持ちになった。
 朝、自分がやったのと同じ――愛玩の意味のある行動。
 
「リグ……」
「……な、なにあれ、シド・エルセイド……? あれ? え? か、顔、良……」
「ほ、ほんとにめちゃくちゃ強……す、素敵……!」
「…………」
 
 腰砕けになっているルーナとエーラ。
 あれ、おかしい。
 この二人、『海龍の牙』の構成員と聞いているのだが。
 
(……もしかして、『海龍の牙』の目的ってリグとリョウちゃんじゃないんじゃ……)



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