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初恋の人が自罰的だったので溺愛することにした
恋人同士の朝(2)
しおりを挟む「……っ」
そしてとても悔しいが、フィリックスにはシドほどの力はない。
今から魔力量を増やそうとしても、その空になっている間になにかあったら本末転倒。
自分が望んだ大人の姿は“召喚魔とエーデルラームの人間の架け橋”であり、彼を守る存在ではなかった。
どう考えても力不足。
気安く「おれが守る」と約束もできない。
彼を狙うものの存在はそれだけ大きく多種多様だ。
「その時にならないとわからないけれど、おれはリョウちゃんとリグのどちらも守ることに尽力するよ。その時の最善を最優先する。だからそういう約束はしない」
と、答える。
騎士として、すべて守れればと思うけれど。
騎士として、すべてが守れるほどの実力はまだ自分にはないと思っている。
そんな騎士を目指し続けるのだから。
「そうか」
フィリックスをじっと紫の瞳で見つめて、それだけ言うリグ。
幻滅されただろうか、と少し不安を覚えた。
「なら、大丈夫だな」
「え」
「君は間違えない人間だ。シドと同じ。だから、その時は君の判断に従うし、その判断が最適解だろう」
きょとんとしてしまう。
なんという、圧倒的な信頼なのだろうか。
ちぎったパンを口に入れる姿。
目を細める。
本当に、彼は美しいな、と思う。
「そういえば、シドに性行為をするしないについて相談したのか?」
「んぐっ……」
コーヒーを一口、含んだ瞬間にそれは酷すぎる。
思い切り丸呑みして、喉が火傷するかと思った。
ゲホゲホと咳き込むと「水を飲むか?」とガラスのコップに注がれた水を差し出される。
「いや、げほっ……! ん、んん……まあ、その、二人で話し合い、合意があるのなら早い段階でしてもいいのではないか、と言っていた。その……ゲホゲホ……っ!」
「水を」
「ありがとう」
しんどいので一口水を飲む。
喉の奥がスーと冷めた感じがして、一息吐いた。
「ええと……確認なのだが」
「ああ」
「おれは、別にリグが男だからとかダロアログに抱かれていたから抱くのを躊躇している、とかではない」
「え?」
割と本気で珍しくリグが目を丸く見開いた。
シドの危惧していた通り、男だからとか、ダロアログに穢された体だから、などと思っていたのか。
「単純な話、おれに経験がないからだ。その、人と恋人になったのも初めてだし、学生時代は勉強、卒業後は平民騎士として休みなく働いていて人と交際した経験もない。上手くできるか不安だし、自信もない」
「自信……? 上手く……?」
「うん。リグのことを、その、気持ちよくできるかどうか……」
もじ、と二十歳も半ばの男が格好悪い、と思いながらも照れて顔を伏せる。
謎に沈黙が流れて、フィリックスは顔を上げてリグを見た。
眉を寄せて本当に「意味がわからない」という顔をしている。
こんなに明確に顔面で「意味がわからない」と伝えてくるのは、いっそすごいのでは?
「なにがわからないのか教えてくれないか?」
「え……あ……ええと……気持ちよく……とは?」
「ん? え? いや、まあ、その……男同士だと最初はあんまり気持ちよくないということみたいだから、リグの負担になることはあまりしたくないなっていうか。それでなくても俺は未経験者だし」
「出し入れすれば出せるのではないのか?」
「ええ――っとおおぉ~~~」
あけすけな。
ちょっとあまりにもストレートで頭を抱える。
彼の綺麗な顔から、口から、その優しく冷淡な声で言われるとなんともいえない気持ちになる。
しかし、ここにきてシドの言っていた『まともなセックスをしたことがないはず』というのが現実味を帯びてきた。
「あんまり聞きたいわけではないし、言いたくなければ言わなくても構わないんだけど……ダロアログはきみをどうやって抱いていたんだ?」
「スライムで解して、スライムの粘液で滑りをよくして、出し入れして出して抜いていなくなる」
「………………」
聞くんじゃなかった、と思うと同時にやっぱあいつクソだな、と再確認しただけだった。
しかもダロアログのスライムは【神林国ハルフレム】のエルフが子作りに利用する発情効果のあるスライム。
エルフはその長寿ゆえに子作りに発情スライムを利用する。
スライムで発情し、体内に入ったスライムは潤滑油代わりになって体の負担を減らす。
しかもピンクの発情スライムは受精率を上げ、緑の発情スライムは避妊効果がある。
あまりにもそれ用すぎて、スライムになんの得があるのか。
その発情スライムを相棒にしていたのがダロアログ。
もちろん、ダロアログの魔力で成長してかなり邪悪な存在になっていたらしいけれど。
「発情スライムか……」
「実際男同士で性行為する時に必要な肛門内の清掃も拡張も、スライムが同時にやってくれる。発情効果もそれほど強いわけではない。僕の場合は耐性がついていたからかもしれないけれど」
「おれが調べた時もおすすめされていたなぁ」
なにも【神林国ハルフレム】の発情スライムに限らず、【獣人国パルテ】や【鬼仙国シルクアース】や【神霊国ミスティオード】にも別種のスライムがいる。
非常にポピュラーな性行為補助獣として、貴族の中では不動の人気を誇る召喚魔。
特にアナル性交には必須の存在とも。
「一番ありがたいのは、消臭効果と後処理が必要ないことだろうか。さすがにシーツは整えなければいけないし、汗は染みてしまうけれど……」
「消臭までできたのか……! それは初めて知った! ……とはいえ、おれが召喚するとしたら【獣人国パルテ】のスライムだから発情効果はないだろうし……」
「【獣人国パルテ】のスライムは経験がないからわからないな」
すっかり召喚魔法にかかわる話で盛り上がってきてしまった。
なんだかんだフィリックスも召喚魔法師として勉強熱心で、向上心があるタイプだ。
リグの話は興味深い。
彼の方が知識が豊富なこともあり、話は段々とスライムの生態にずれ込んでいく。
すると、パンを食べ終えたキィルーが「ウキ」と声をかける。
その声にリグとフィリックスは「あ」と会話を止めた。
「あ、ああ、そうだった」
「フィーたちは休みなのか?」
リグとリョウは次の送還魔法のために、魔力回復のためにしばらく休みだ。
破格の魔力量を持つが故に、完全に回復するのにどうしても数週間要する。
今日シドとノインが帝国方面から流入召喚魔を保護して移送の護衛をすると出かけていった。
彼らが自由騎士団の総本山まで来る頃には、回復しているだろう。
その回復した魔力で、帝国から護送された流入召喚魔を送還するのだ。
「おれはリグとリョウちゃんの補佐兼護衛、だからな。あとは各国から平民召喚魔法師が自由騎士団に入団を希望した場合は、おれが面接したり騎士として教育したりする予定――かな? でも、今のところ希望者が賢者殿の入団試験を突破できないと聞いてるんだ」
「ああ、ファプティスは未熟者の思想はすぐに見破ってしまうからな」
自由騎士団の入団試験は、世界一難しいと言われている。
各国の貴族に対して特攻権限を持っている自由騎士団への入団希望者は、年間十万人を超えるという。
しかし、現在自由騎士団に所属するのは七千五百人程度。
筆記と実技の他に、賢者ファプティス・クーラーンガルでの面談がある。
この面談で八割が落ちるという。
フィリックスはまったく難しいとは感じなかったのだが、リョウの恋人であるジンは「二回落ちました……」と項垂れていた。
二回落とされたが、三回目に話してみるとなにがダメだったのかをきちんと理解したジンが反省していると認められ入団を許されたのだ。
つまり、ちゃんと話し合い、理解すれば入団は本当に困難なわけではない。
しかし、それほど真摯に賢者と話し合う者は少ないのだそうだ。
一度落ちて、諦めてしまうものが半数。
なお、フィリックスとシド、ノインは一発合格したレアケースだと総帥でノインの師匠、レイオン・クロッスに半分呆れられた。
なぜ呆れられたのかはわからない。
そしてそれを話すと先輩騎士たちにもドン引きされる。
なぜそんなに顔を引き攣られるのかもわからない。
純粋な――生まれながらの騎士の思想というのを持ち合わせる人間というのは一般的に異常者なのだとまで言われた。
賢者ファプティスもそんなようなことを言っていたほど、最初から騎士としての思想を持ち合わせている者はおかしいらしい。
「ファプティスも僕とシドは特におかしいと言っていたな」
「ああ……まあ、仕方ないよ……育ちが特殊だし」
「そうだろうけれど」
シドは騎士というより“王”に近い。
リグも騎士ではなく“神器”であると評された。
シドはともかくリグへの評価はそれでいいのだろうか。
「だからしばらくはこれから自由騎士団に組み込まれる、自由騎士団召喚魔法師部隊に関する体制作り……だなあ。新しい部署だから、どんな形で運用されるのかよりよい形の模索。いくつかパターンを考えつつ、人が増えないことには実働も難しいから、おれ自身は騎士としての昇級を目指すつもりなんだけど……」
「騎士としての昇級?」
「自由騎士団の召喚魔法師は今後『自由召喚騎士』の名称で呼ばれるようになるんだが、自由騎士としての、剣士としてのおれの階級は七等級程度なんだ。六等級の昇級試験を受けさせてもらいたい、ってレイオンさんに相談しているんだ。剣士としてももっと腕を磨かないとなって」
剣士としてならジンと変わらない階級程度の実力。
召喚魔法師だからと三等級の階級を与えられているけれど、剣の腕はその程度なのだ。
だから、剣の腕も磨きたい。
身体強化魔法を使えば、もう少し上の階級を目指せると思うのだ。
そう言うとリグが目を細める。
剣も魔法も極めたいと願うフィリックスの姿は、兄に通じるものがある、とでも思ったのだろうか。
「ええと――だから、昼間はきみにも体制の相談とかもしたい」
「ああ」
「夕方以降、もし、君が嫌でなければ……少しずつ触れる練習というか……ふ、触れ合いなどをしてもいいだろうか」
遠回りしながらも、最初の話――性行為にかかわる相談に戻る。
キィルーの呆れた顔を見なかったことにして、リグを窺うように見ると、目を丸くしていた。
「僕は構わない。僕も“普通”はよくわからないから」
「あ、ああ、多分普通に考えると、付き合い始めてすぐに触れ合い、なんて早すぎると思うんだけれど」
「そうなのか」
「ああ、せめて一週間くらい、だと思う、多分。でもおれも初心者だから、ゆっくり仲を深めたいんだ」
「はあ……」
きょとん、としている。
この歳になって童貞丸出しで申し訳がないが、初恋の人で憧れの人なのだから仕方ない。
大事にしたいのだ。
世界で一番、大事な人なのだから。
「わかった。では、部屋で待っていればいいのだろうか?」
「いや、夕飯も一緒に食べよう。それで、そのまま部屋に来てもいいかな」
「わかった」
では、と約束を交わして食器を片付けるのを手伝い、部屋からでる。
出てすぐにしゃがんで、ガッツポーズした。
応援ありがとうございます!
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