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初恋の人が自罰的だったので溺愛することにした
告白(1)
しおりを挟む異世界『エーデルラーム』。
召喚魔法が支配しており、八つの異世界――【機雷国シドレス】、【神林国ハルフレム】、【鬼仙国シルクアース】、【神鉱国ミスリル】、【神霊国ミスティオード】、【獣人国パルテ】、【竜公国ドラゴニクセル】、【戦界イグディア】から契約魔石を用いて召喚魔を召喚して魔獣から町を守ったり生活を整えたりする世界。
二十年前、王侯貴族の横暴に反旗を翻した『聖者の粛清』により、無契約の召喚魔が大量に流入。
世界を大混乱に陥れたその事件は、のちに『消失戦争』と呼ばれる。
首謀者ハロルド・エルセイドは異界から事故で現れた三鶴城朱鳥により倒され、『聖者の粛清』の野望は潰えた。
その後世界は自由騎士団という新たな組織を立ち上げ、王侯貴族の監視を行うことにした。
『聖者の粛清』の誕生理由が、平民の召喚魔法師を貴族の召喚魔法師が虐げ続けたせいだったからである。
同じ過ちを繰り返さないために、世界は反省したのだ。
――反省したはずだった。
『消失戦争』から二十年。
エーデルラームにある三つの大国の一つ『ウォレスティー王国』の王都を、復活したハロルド・エルセイド率いる『聖者の粛清』が襲った。
ほぼ壊滅状態の王都から逃れた一部の王侯貴族は心を入れ替えることをウォレスティー王国の守護竜、エンシェントウォレスティードラゴンに誓い、【竜公国ドラゴニクセル】の適性のある王子を次期国王とすることを約束。
そして、『聖者の粛清』――ハロルド・エルセイドが己の復活のために二十年前より仕込んでいた“切り札”の一枚、[異界の愛し子]リグ・エルセイドは自由騎士団に保護……身を寄せることを選択した――。
ウォレスティー王国王都壊滅から一年。
元ウォレスティー王国召喚警騎士団第七部隊の部隊長だった召喚警騎士、フィリックス・ジードは騎士団を脱退して自由騎士団に入団した。
平民出身の召喚警騎士は、貴族の召喚警騎士により虐げられる。
フィリックスも例に漏れず、仕事は丸投げ、手柄の横取りは日常茶飯事。
過酷と言っても差し支えない日々を送っていた。
それでも召喚警騎士を続けていられたのは充足感と、両親を流入召喚魔に殺されて間もない頃に出会った一人の少年の言葉があったからこそ。
黒髪紫眼の美しい少年は、流入召喚魔への憎しみに駆られていたフィリックスへ「彼らも家族からいきなり引き離されてエーデルラームに連れてこられて、混乱している」と諭された。
その日、フィリックスの考え方は大きく変わり、目標ができた。
流入召喚魔たちもまた被害者。
彼らと話をすれば、やはり故郷に帰れない悲しみと、誰にぶつけていいのかわからない怒りで混乱していたのだ。
それを知って、流入召喚魔たちもまた“自分と同じ”なのだと理解した。
彼らの力になりたい。
そう思うようになり、努力して努力して召喚警騎士になった。
キィルーというイエローパッフルキキー種の相棒も得たし、配属されたユオグレイブの町では多くの人と召喚魔に認められ、頼られてきたと自負している。
だからこそフィリックスが「召喚警騎士を辞めて自由騎士団の騎士になる」と言った時、両手を上げて応援されたのだと思う。
だが、自由騎士団になる、と決めたのは志など関係なく――私情だ。
「あ、フィリックスさん、おかえりなさい」
「フィリックス……おかえり」
「……っ、た……ただいま……!」
本部の玄関ホールは開放的になっており、屋根のある本ホール以外の場所は庭になっている。
階段を上り切り、その本ホールに入ると円形の煉瓦でできたベンチとそれに囲まれた樹木の側で黒髪の男女がフィリックスにそう言って迎え入れてくれた。
黒髪の娘はリョウ・カガミ。
一年前の『聖者の粛清』が企てたテロ行為のために召喚された、破格の魔力量を保有できる器――[聖杯]。
普通の人間の魔力量を40とするのならば、彼女の保有魔力は30000を超える。
彼女のほんの一滴の血液、もしくは唾液で、世界を滅ぼすことが可能になるほどの魔力量。
なぜならば、魔力は体液に宿る。
血流で体を巡り、新たな召喚魔との契約には魔力の他にコストとして血を捧げることもあるほど。
そして、その隣にいるのがその[聖杯]と契約している召喚魔法師、リグ・エルセイド。
件のハロルド・エルセイドの実子であり、[異界の愛し子]というハロルドの切り札の一つ。
しかし、ハロルドがアスカに倒されたことでその役目を果たすことなく自由の身になった。
フィリックスという召喚魔への憎しみに駆られた少年を、フィリックス・ジードという召喚魔法師に育ててくれた恩人と言ってもいい。
あの時出会っていなければ、フィリックスはずっと召喚魔を憎み続けていたと思う。
――実をいえば、九つの時に出会った頃、リグは五歳ととても幼く少女のように可憐だった。
だから、フィリックスの“初恋”は彼だ。
今はもうすっかりどこからどう見ても美しい青年。
「どうかしたのか?」
「任務でどこか怪我をしたんですか!?」
「ウキィ! ウキキ、ウキキィ」
「そうなのか」
「怪我じゃないならよかったです。フィリックスさんが落ち着くまで待ってますね」
「くっ」
顔を覆ってしまう。
なぜなら初恋の人と、その相棒であり聖杯である異世界から来てすっかり大人の女性に成長した彼女の二人は並ぶととても美しく愛おしい。
英雄と同じ黒髪は、今や世界的にも人気の髪色でフィリックスも幼少期の初恋を拗らせ“好みの髪色”となっている。
だからだろう、帰郷している自由騎士のほとんどは玄関ホールにいる黒髪の二人を見ると「聖女だ」「可憐だな」「やっぱり可愛いよな」と口々にリョウを褒めていく。
自由騎士団の聖女。
そして、世界に流入してきた召喚魔を送還できる聖人。
そんな呼ばれ方をしている二人は、いつも注目の的である。
それでなくともフィリックスはこの二人に弱い。
初恋の人と、初恋の人の相棒。
リョウの恋人のジン曰く、「それは推しを愛でる感情ですね」とのことなので、この感情は「推し尊い」という感情らしい。
その悶絶感情による胸の痛みに沈みそうになると、フィリックスの相棒のキィルーがリグとリョウに「なんの心配もない」と言う。
確かに、なんの心配もないけれども。
「帰っていたのか」
「「シド」」
後ろから聞こえてきた声に、リョウとリグの声がワントーン上がる。
立ち上がって振り返ると、白いマントと白い軽装騎士の装いの金髪碧眼が歩み寄ってきた。
その後ろから、青いマントの白い軽装騎士装いの銀髪青眼の少年も駆け寄ってくる。
シド・エルセイドと、ノイン・キルト。
自由騎士団最高権威であり、最強の『剣聖』だ。
そしてシド・エルセイドはリグの双子の兄。
ハロルド・エルセイドの“切り札”の一枚だった。
結局ハロルドは二人を使う前に敗北し、復活後も逆に二人によって否定されたけれど。
ノイン・キルトは現総帥レイオン・クロッスの直弟子。
生まれながらの剣の天才で、十四歳という最年少で剣聖となった。
現在十五歳。
手足も背も伸びて、また腕に磨きがかかっている。
それでも元賞金首のシドには同等の剣の腕を持つノインしか、監視につけない。
もちろん本気でシドが逃げればノインでもどうすることもできないだろう。
それでもシドが逃げないのは、自由騎士団に溺愛している弟、リグがいるからだ。
そして、フィリックスがまず――越えるべき壁と言える。
「小僧は?」
「刃くんは麓のアボル村付近に出た超大型ボア討伐に出かけてるんです。昇級試験もかかってるので、私たちは手をかしちゃダメで……」
「ふーん。まあ、エルがいるし大丈夫なんじゃねぇの」
「いや、それが騎士としての剣技、強さを見るらしく召喚魔法は使用禁止らしい」
「え? あーーーー。……そういえばそんなルールあったなぁ」
基本的にシドは自分よりも圧倒的に弱い相手に剣を使わない。
拳で殴るだけで倒せてしまうからだ。
そんなシドが自分の相棒召喚魔を憑依させて戦うことは、よほどの相手だろう。
見習いからスタートして半月で一等級になり、一年の監視を経て剣聖の称号を与えられたシドにとって召喚魔法で戦うことはあまり選択肢にない。
昇級試験もあっさりクリアしていって、他の自由騎士がざわざわしていたのにも興味がなかったためこの反応である。
「ジンくんも七等級昇級試験受けられるようになったんだねぇ」
「うん」
「あ――リョウちゃんとリグは食事に行ってきたらどうだ? おれ、ちょっとシドに話したいことがあるんだ」
「「「「?」」」」
首を傾げられるが、フィリックスがあまりにも真面目な表情をしていたからなのかリョウとリグは食堂に向かう。
ノインも行っていいぞ、と言ったがシドの監視役なので立ち会うとのことだ。
仕方ない。
中庭の人気のないところへ移動して、「で? 話って?」と腕を組むシドに向き直る。
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