転生した幼女賢者は勇者特科寮管理人になりまして

古森きり

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真白のホーホゥ【前編】

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 それから一ヶ月——。

「……空に穴?」
「そうだ。月と太陽の間に、黒点が出ている。空に黒点だ。伝承に照らし合わせれば、数百年前に勇者たちが魔王を封じ込めた空間の入り口……とも考えられる」
「ふぅん」

 当時の資料は学園の図書館にも王立図書館にも、表向きのものしかなかった。
 おそらく王立図書館の禁書庫には、より詳しいものがあるだろう。
 この国になくとも、他の国などに。
 だがそれを調べ直す時間がない。
 他の国の勇者候補の様子も気になるところだが、ここ一ヶ月間で毎日顔を合わせる自国の勇者候補たちも気がかりだ。
 自分たちの知らないところで世界の命運が動き始めている。
 ストルスとの報告会を終えて冒険者ギルドを出ると、太陽が眩しくて思わず目の上に手を添えた。
 世界は今日も、こんなにも穏やかだというのに。

(足音が聞こえる。破滅の足音。不幸の足音。あいつらは足取りばかり軽くて誰のところにでも、気軽に向かう。ボクは魔王を見たことがないけれど、魔王が世界を侵攻するやり方は知っている)

 この世界で封じられた魔王と、リズの前世の世界の魔王は別物だろう。
 だがしかし、同じ『魔王』という括りである以上碌なものではないはずだ。
 魔王にあっちよりマシとか、あるとは思えない。

(勇者……勇者が必要だ。なぜボクにはその資質がないのだろう。誰にでも当たり前にあるはずの資質なのに)

 考えても仕方ない。
 一歩、ギルドから歩み出した途端に頭にポトリとなにかが落ちてきて、リズは足を止めた。
 恐る恐る頭の上から持ち上げてみてみると、毒を食らった白いホーホゥ。
 ホーホゥとは、魔物の一種。
 夜行性の猛禽類で、ネズミなどを食す。
 使い魔として人気であり、魔法を嗜む者は夜の森に狩りに行くことも多い。

「お前、怪我もしてるね」
「ホ、ホゥー……ホゥー……」

 背中にかなり大きめの傷。
 しかも、手当てもされていない。
 毒矢を受けたものと思われるが、毒は痺れ薬と体力を少しずつ削るものの類。
 こんなものを合わせて使ったら死んでしまう。
 眉を寄せて手のひらをかざした時、周囲がざわめき始める。

「どこだ! どこへ逃げた! まだ見つからないのか、私のホーホゥは!」
「はっ! ただいま全力で探しております!」
「純白のホーホゥは珍しいんだろう!? まさに王族の私に相応しいではないか。早く探し出せ! ……む?」
「…………」

 思わずものすごく嫌な顔を向けてしまった。
 城方面から歩いてきた金髪碧眼の男……ああ、間違いようもない。
 ゼジル・シーディンヴェール——この国の第三王子である。
 超優秀なリズを目の敵にして、嫉妬で嫌がらせをしてくるとても残念な第三王子だ。
 そして、そいつと目があってしまった。
 護衛を連れているとはいえ、なんで第三王子が徒歩で街を歩いているんだ。
 しかも今の話、聞きたくなかった。

「あーーーっ! 私のホーホゥ! 貴様アーファリーズ・エーヴェルイン! また貴様かーーー!」

 ほーら、始まった。
 と、リズはホーホゥの怪我を治す。
 痺れ毒も浄化して、抱き直してやるとすうすうと寝息が聞こえてくる。
 毒というのはとても体力を削り取ってしまう。
 まして、こんなに小さな体の生き物にあんな大きな怪我を負わすような毒矢を射るとはやりすぎだ。
 よく死ななかったものだと思う。
 それでもどうにかして城から逃げてきたのだろう、このホーホゥは。
 ズカズカと大股で歩いてきたゼジルは、リズを睨みつけながら目の前までくると指を差し向ける。

「それは私のホーホゥだぞ! 返せ!」
「鳥の飼い方も知らないくせに、なに言ってるの」

 ムッとしてしまったので仕方ない。
 いつもの調子で言い返すと、ゼジルは胸を張って「ハッ! 私には鳥の世話をする部下がいるからなんの問題もない!」とリズを嘲笑する。
 それが逆に滑稽すぎることに、この男は気づいていない。
 呆れて深々溜息を吐くと、それに気分を悪くしたゼジルが「早く返せ!」とホーホゥを指差す。

「まだ契約を交わしていないなら、この子は野生だ。森に返すに決まってるだろう。猛禽類の魔物は森の生態系維持のために使い魔契約のための狩りには許可が必要だし、猛禽類の魔物の方から使い魔を希望しない場合は契約の成立そのものが……」
「っ、ごちゃごちゃうるさい! 私は王族だ! そんな許可など、必要ない!」
「ほんっと馬鹿だね。王族だからこそ模範として規則を守るべきっていつも言ってるじゃん。キミのお兄さんやご両親は、どうしてキミを放置するんだろう? さすがに罪だよ」
「だっ、黙れ黙れ黙れぇ! 生意気ばかり言いおって……私はこの国の王子だぞ! 貴様のような田舎の貧乏貴族が、馴れ馴れしく口を利いてよい相手ではないのだ!」

 黙っていれば見目はいいのに、性格と頭が本当に残念な男である。
 ふう、とまた溜息が出た。

「だとしてもこの子は渡せない。身分差があるからこそ、この子を許可も持たないキミに手渡ししたら同罪になってしまう。森に返すまで体力を回復させなければならないから、しばらく勇者特科の学生寮でお世話する。ちゃんと許可を取ってからなら、キミに渡すよ。とりあえず三日ほどで回復するだろうから——」

 その間に許可を取ってこい。
 そこまで言う前に、左手が振りかざされた。
 リズからホーホゥを奪おうとしたのか、リズを殴ろうとしたのかはわからないが……。

「痛っっっ!」

 拳を振り下ろしたゼジルは、硬いなにかに阻まれた。
 ごくごく普通の多重結界だ。

「……許可を取っておいでよ。そうしたら渡す」
「ぐっ……お、覚えていろ!」
「…………小物の捨て台詞を王子が言うなよ……」

 腕をさすりながら去っていく。
 あれ、この国の第三王子である。
 考えただけで頭痛がしてきた。

 
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