転生した幼女賢者は勇者特科寮管理人になりまして

古森きり

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孤児院【後編】

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「あら? あの子は?」
「あ!」

 そうしてアズサと呼ばれたシスターが、リズを見つけるとようやく思い出してくれたのか「管理人さん!」と手招きしてくれた。
 それに従って庭に入ると、シスターを紹介してくれる。
 名前はアズサ。
 マルレーネと同じ時期に孤児院へ預けられた少女。
 いわゆる幼馴染というやつらしい。

「こんな小さな子が学生寮の管理人? ……あなたのところ、本当に大丈夫なの?」
「え、うん、まあ、割となんとかなってるよ。ワタシより、ここはどうなの? 院長先生がクビにされたって聞いてたけど」
「ああ、それね。うん、なんにも問題ないよ。むしろユスト侯爵様には……感謝しかないの」
「え?」

 アズサがマルレーネに語って聞かせた内容は、リズが聞いていたものより、遥かにひどい話だった。
 院長は金がないことをすべてユスト侯爵のせいだと子どもたちに言い聞かせ、だましていたらしい。
 もらっていた寄付金を九割も懐に入れておきながら。
 マルレーネがいた頃は、あまりにも寄付金が少なくて皆が飢えてしまうため、近くの森に行って木の実を採ったり罠で小動物を捕らえて捌いたり、隣の畑を拡げたりして食い繋いでいた。
 まさしく自給自足。
 それ自体は子どもながらに楽しんでいたらしいが、勉強ができないため町の買い物で買い叩かれたりふっかけられたりはしょっちゅう。
 しかも、計算ができないのでそれが間違っているともわからない。
 院長はそれを尻目に、隣の町で豪遊して暮らしていた。
 しかも、別邸まで建て、不動産の仕事をしていると隣町の人たちに偽りを告げ妻や子どもまで作って。
 もはや完全な詐欺師だ。

「そ、そんな……」

 それを聞いてマルレーネは身を震わせていた。
 ぽろりと落ちたのは悔し涙だろうか。
 歯を食いしばって「冬に、死んだ子だっていたのに」と零す。

「うん……それで、マルレーネが【勇者候補】になったあとはユスト侯爵様が頻繁に直接来られるようになったの。そうしたら瞬く間だったわ。院長が裏でそんな生活をしているとわかったし、引き取られていったと思っていた子どもが院長の持っていた二つ目の別邸の地下で拷問されて、死んでいたのも見つかったの。十人以上の、白骨死体が……あったそうよ」
「なっ……なっ……!」
「ユスト侯爵様が院長の悪事を全部暴いて、罰してくださった。あんな男、死んで当然だったのよ……! 私たちはずっと騙されていた! あんな男と同じ空間にいたなんて、今でも信じられない!」

 叫ぶアズサの姿に、子どもたちが俯いてしまう。
 それに気づいて、彼らを抱き締めるアズサ。
 マルレーネの顔色は悪い。
 想像しただけで気分が悪いというのに、マルレーネはまさしくその男……院長を知っている。
 まだ信じられない、という感じなのだろう。

「今は私がここを任されているわ。お金の計算の仕方も教えてくださるし、時々クォーツ様が様子を見にきてくださるのよ」
「クォーツ……お義兄様、が……」
「ええ。いつも『なにか困っていることはないか』って聞いてくれるの。院長が捕まった直後は特に気にかけて……すごくお世話になったわ。孤児院の建て直しも提案してくれたんだけど、マルレーネが育った場所が跡形もなく変わるのはなんだか嫌だったから、修繕だけにしてもらったの」

 クォーツ・ユスト……ユスト侯爵家の長男だ。
 ユスト侯爵夫人が「息子たちが義妹ができるとはしゃいでいた」と言っていた。
 マルレーネの義兄たちは義妹と仲良くなりたいのだろう。
 だから義妹の好感度を上げるために、孤児院を頻繁に支援しようと足を運んでいる。
 なんともいじらしい。
 そして……。

(マルレーネはモテるなぁ。その義兄たちがヘルベルトのことを知ったらどうなるんだろう? まあ、ヘルベルトも四大侯爵家のツィーエ家の令息だから、二人がつき合う分には反対されないのかな)

 これが大変呑気な考えだということは、のちに発覚するとして。

「……ありがとう、アズサ……」
「少しは元気出た? でも、帰ってくるなら連絡くらいくれたら良かった……あ、そうか、できないんだっけ」
「あ、ううん。管理人さんが変わってからは、もう検閲とかもされないの。えっと、検閲も廃止された、んですよね?」
「めんどいからな」

 これまでは管理人となった者と担当教師が出入りする者と手紙、荷物を検閲していたらしい。
 しかしリズはその規則を廃止した。
 単純に面倒くさいというのと、以前言った通り家族が会うのや手紙のやりとりで近況を報告するのを覗き見る必要はないだろう。
 そう言い切ればマルレーネには涙を浮かべて微笑まれる。

(おお、なるほどこれはドキッとするな! 女のボクでもドキってするから男は堪らないのか! だったら一撃で沈んでそうだなぁ)

 と、思い出すのは前世の勇者の姿。
 あの男は勇者でありながら色を好む男だった。
 美人でグラマラスな女性や、前世の姉のような清楚美人を見ると鼻の下をでろでろんに伸ばしてゲヘゲヘ笑って。
 思い出すだけで腹と青筋が立ってくる。
 なので一旦、前世の勇者のことは忘れる!

「……これからはたくさん手紙を書くわ。ワタシにできることはないかもしれないけど、なにか困ったことがあったら必ず相談してね」
「マルレーネ……。うん、もちろんだわ。それに、いつでも帰ってきていいんだからね」
「アズサ……っ」
「ではしばらくマルレーネを預けておいていいかな。ボクは冒険者ギルドの依頼を終わらせてくる。積もる話もあるだろうから、ゆっくりしておくといい。でも夕方には帰るからね」
「あ、は、はい」

 微笑み返す。
 ただ、マルレーネのような可憐な笑みをリズは浮かべられない。
 こればかりは性分というやつだ。
 リズが浮かべたのは自信を表す不敵な微笑み。

(さぁ、お仕事お仕事)
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