15 / 51
孤児院【後編】
しおりを挟む「あら? あの子は?」
「あ!」
そうしてアズサと呼ばれたシスターが、リズを見つけるとようやく思い出してくれたのか「管理人さん!」と手招きしてくれた。
それに従って庭に入ると、シスターを紹介してくれる。
名前はアズサ。
マルレーネと同じ時期に孤児院へ預けられた少女。
いわゆる幼馴染というやつらしい。
「こんな小さな子が学生寮の管理人? ……あなたのところ、本当に大丈夫なの?」
「え、うん、まあ、割となんとかなってるよ。ワタシより、ここはどうなの? 院長先生がクビにされたって聞いてたけど」
「ああ、それね。うん、なんにも問題ないよ。むしろユスト侯爵様には……感謝しかないの」
「え?」
アズサがマルレーネに語って聞かせた内容は、リズが聞いていたものより、遥かにひどい話だった。
院長は金がないことをすべてユスト侯爵のせいだと子どもたちに言い聞かせ、だましていたらしい。
もらっていた寄付金を九割も懐に入れておきながら。
マルレーネがいた頃は、あまりにも寄付金が少なくて皆が飢えてしまうため、近くの森に行って木の実を採ったり罠で小動物を捕らえて捌いたり、隣の畑を拡げたりして食い繋いでいた。
まさしく自給自足。
それ自体は子どもながらに楽しんでいたらしいが、勉強ができないため町の買い物で買い叩かれたりふっかけられたりはしょっちゅう。
しかも、計算ができないのでそれが間違っているともわからない。
院長はそれを尻目に、隣の町で豪遊して暮らしていた。
しかも、別邸まで建て、不動産の仕事をしていると隣町の人たちに偽りを告げ妻や子どもまで作って。
もはや完全な詐欺師だ。
「そ、そんな……」
それを聞いてマルレーネは身を震わせていた。
ぽろりと落ちたのは悔し涙だろうか。
歯を食いしばって「冬に、死んだ子だっていたのに」と零す。
「うん……それで、マルレーネが【勇者候補】になったあとはユスト侯爵様が頻繁に直接来られるようになったの。そうしたら瞬く間だったわ。院長が裏でそんな生活をしているとわかったし、引き取られていったと思っていた子どもが院長の持っていた二つ目の別邸の地下で拷問されて、死んでいたのも見つかったの。十人以上の、白骨死体が……あったそうよ」
「なっ……なっ……!」
「ユスト侯爵様が院長の悪事を全部暴いて、罰してくださった。あんな男、死んで当然だったのよ……! 私たちはずっと騙されていた! あんな男と同じ空間にいたなんて、今でも信じられない!」
叫ぶアズサの姿に、子どもたちが俯いてしまう。
それに気づいて、彼らを抱き締めるアズサ。
マルレーネの顔色は悪い。
想像しただけで気分が悪いというのに、マルレーネはまさしくその男……院長を知っている。
まだ信じられない、という感じなのだろう。
「今は私がここを任されているわ。お金の計算の仕方も教えてくださるし、時々クォーツ様が様子を見にきてくださるのよ」
「クォーツ……お義兄様、が……」
「ええ。いつも『なにか困っていることはないか』って聞いてくれるの。院長が捕まった直後は特に気にかけて……すごくお世話になったわ。孤児院の建て直しも提案してくれたんだけど、マルレーネが育った場所が跡形もなく変わるのはなんだか嫌だったから、修繕だけにしてもらったの」
クォーツ・ユスト……ユスト侯爵家の長男だ。
ユスト侯爵夫人が「息子たちが義妹ができるとはしゃいでいた」と言っていた。
マルレーネの義兄たちは義妹と仲良くなりたいのだろう。
だから義妹の好感度を上げるために、孤児院を頻繁に支援しようと足を運んでいる。
なんともいじらしい。
そして……。
(マルレーネはモテるなぁ。その義兄たちがヘルベルトのことを知ったらどうなるんだろう? まあ、ヘルベルトも四大侯爵家のツィーエ家の令息だから、二人がつき合う分には反対されないのかな)
これが大変呑気な考えだということは、のちに発覚するとして。
「……ありがとう、アズサ……」
「少しは元気出た? でも、帰ってくるなら連絡くらいくれたら良かった……あ、そうか、できないんだっけ」
「あ、ううん。管理人さんが変わってからは、もう検閲とかもされないの。えっと、検閲も廃止された、んですよね?」
「めんどいからな」
これまでは管理人となった者と担当教師が出入りする者と手紙、荷物を検閲していたらしい。
しかしリズはその規則を廃止した。
単純に面倒くさいというのと、以前言った通り家族が会うのや手紙のやりとりで近況を報告するのを覗き見る必要はないだろう。
そう言い切ればマルレーネには涙を浮かべて微笑まれる。
(おお、なるほどこれはドキッとするな! 女のボクでもドキってするから男は堪らないのか! アイツだったら一撃で沈んでそうだなぁ)
と、思い出すのは前世の勇者の姿。
あの男は勇者でありながら色を好む男だった。
美人でグラマラスな女性や、前世の姉のような清楚美人を見ると鼻の下をでろでろんに伸ばしてゲヘゲヘ笑って。
思い出すだけで腹と青筋が立ってくる。
なので一旦、前世の勇者のことは忘れる!
「……これからはたくさん手紙を書くわ。ワタシにできることはないかもしれないけど、なにか困ったことがあったら必ず相談してね」
「マルレーネ……。うん、もちろんだわ。それに、いつでも帰ってきていいんだからね」
「アズサ……っ」
「ではしばらくマルレーネを預けておいていいかな。ボクは冒険者ギルドの依頼を終わらせてくる。積もる話もあるだろうから、ゆっくりしておくといい。でも夕方には帰るからね」
「あ、は、はい」
微笑み返す。
ただ、マルレーネのような可憐な笑みをリズは浮かべられない。
こればかりは性分というやつだ。
リズが浮かべたのは自信を表す不敵な微笑み。
(さぁ、お仕事お仕事)
0
お気に入りに追加
150
あなたにおすすめの小説
30代社畜の私が1ヶ月後に異世界転生するらしい。
ひさまま
ファンタジー
前世で搾取されまくりだった私。
魂の休養のため、地球に転生したが、地球でも今世も搾取されまくりのため魂の消滅の危機らしい。
とある理由から元の世界に戻るように言われ、マジックバックを自称神様から頂いたよ。
これで地球で買ったものを持ち込めるとのこと。やっぱり夢ではないらしい。
取り敢えず、明日は退職届けを出そう。
目指せ、快適異世界生活。
ぽちぽち更新します。
作者、うっかりなのでこれも買わないと!というのがあれば教えて下さい。
脳内の空想を、つらつら書いているのでお目汚しな際はごめんなさい。
間違い召喚! 追い出されたけど上位互換スキルでらくらく生活
カムイイムカ(神威異夢華)
ファンタジー
僕は20歳独身、名は小日向 連(こひなた れん)うだつの上がらないダメ男だ
ひょんなことから異世界に召喚されてしまいました。
間違いで召喚された為にステータスは最初見えない状態だったけどネットのネタバレ防止のように背景をぼかせば見えるようになりました。
多分不具合だとおもう。
召喚した女と王様っぽいのは何も持っていないと言って僕をポイ捨て、なんて世界だ。それも元の世界には戻せないらしい、というか戻さないみたいだ。
そんな僕はこの世界で苦労すると思ったら大間違い、王シリーズのスキルでウハウハ、製作で人助け生活していきます
◇
四巻が販売されました!
今日から四巻の範囲がレンタルとなります
書籍化に伴い一部ウェブ版と違う箇所がございます
追加場面もあります
よろしくお願いします!
一応191話で終わりとなります
最後まで見ていただきありがとうございました
コミカライズもスタートしています
毎月最初の金曜日に更新です
お楽しみください!
勇者パーティーにダンジョンで生贄にされました。これで上位神から押し付けられた、勇者の育成支援から解放される。
克全
ファンタジー
エドゥアルには大嫌いな役目、神与スキル『勇者の育成者』があった。力だけあって知能が低い下級神が、勇者にふさわしくない者に『勇者』スキルを与えてしまったせいで、上級神から与えられてしまったのだ。前世の知識と、それを利用して鍛えた絶大な魔力のあるエドゥアルだったが、神与スキル『勇者の育成者』には逆らえず、嫌々勇者を教育していた。だが、勇者ガブリエルは上級神の想像を絶する愚者だった。事もあろうに、エドゥアルを含む300人もの人間を生贄にして、ダンジョンの階層主を斃そうとした。流石にこのような下劣な行いをしては『勇者』スキルは消滅してしまう。対象となった勇者がいなくなれば『勇者の育成者』スキルも消滅する。自由を手に入れたエドゥアルは好き勝手に生きることにしたのだった。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/fantasy.png?id=6ceb1e9b892a4a252212)
異世界転生ファミリー
くろねこ教授
ファンタジー
辺境のとある家族。その一家には秘密があった?!
辺境の村に住む何の変哲もないマーティン一家。
アリス・マーティンは美人で料理が旨い主婦。
アーサーは元腕利きの冒険者、村の自警団のリーダー格で頼れる男。
長男のナイトはクールで賢い美少年。
ソフィアは産まれて一年の赤ん坊。
何の不思議もない家族と思われたが……
彼等には実は他人に知られる訳にはいかない秘密があったのだ。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/fantasy.png?id=6ceb1e9b892a4a252212)
職業賢者、魔法はまだない ~サバイバルから始まる異世界生活~
渡琉兎
ファンタジー
日本の高校に通っていた天川賢斗(あまかわけんと)は、突如振り出した豪雨にさらされると落雷を浴びてしまい即死してしまう。
意識だけの存在になった賢斗に女神と名乗るアステアから異世界転生をさせる代わりに、世界を救ってほしいとお願いされる。
ゲーム大好き人間だった賢斗は即答で了承すると、転生時の職業を【賢者】にしてくれると約束してくれた。
──だが、その約束は大きな間違いを伴っていた。
確かに職業は【賢者】だった。きっともの凄い魔法が使えるのだろう。だけど、だけどさあ…………レベル1だから超強い魔法が魔力不足で使えないんですけど!?
魔法欄には現代魔法の最高峰やら、忘れ去られたであろう古代魔法やらがずらりと並んでいるのだが、レベル1で魔力5しかない賢斗には全く、何も使えなかった!
これは、レベル1の最弱賢者がレベリングに躍起になる、そんなお話。
……あれ、世界を救うとかなんとかって、どうなった?
※カクヨム、小説家になろうにも掲載しています。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/fantasy.png?id=6ceb1e9b892a4a252212)
S級冒険者の子どもが進む道
干支猫
ファンタジー
【12/26完結】
とある小さな村、元冒険者の両親の下に生まれた子、ヨハン。
父親譲りの剣の才能に母親譲りの魔法の才能は両親の想定の遥か上をいく。
そうして王都の冒険者学校に入学を決め、出会った仲間と様々な学生生活を送っていった。
その中で魔族の存在にエルフの歴史を知る。そして魔王の復活を聞いた。
魔王とはいったい?
※感想に盛大なネタバレがあるので閲覧の際はご注意ください。
神による異世界転生〜転生した私の異世界ライフ〜
シュガーコクーン
ファンタジー
女神のうっかりで死んでしまったOLが一人。そのOLは、女神によって幼女に戻って異世界転生させてもらうことに。
その幼女の新たな名前はリティア。リティアの繰り広げる異世界ファンタジーが今始まる!
「こんな話をいれて欲しい!」そんな要望も是非下さい!出来る限り書きたいと思います。
素人のつたない作品ですが、よければリティアの異世界ライフをお楽しみ下さい╰(*´︶`*)╯
旧題「神による異世界転生〜転生幼女の異世界ライフ〜」
現在、小説家になろうでこの作品のリメイクを連載しています!そちらも是非覗いてみてください。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/fantasy.png?id=6ceb1e9b892a4a252212)
未知なる世界で新たな冒険(スローライフ)を始めませんか?
そらまめ
ファンタジー
中年男の真田蓮司と自称一万年に一人の美少女スーパーアイドル、リィーナはVRMMORPGで遊んでいると突然のブラックアウトに見舞われる。
蓮司の視界が戻り薄暗い闇の中で自分の体が水面に浮いているような状況。水面から天に向かい真っ直ぐに登る無数の光球の輝きに目を奪われ、また、揺籠に揺られているような心地良さを感じていると目の前に選択肢が現れる。
[未知なる世界で新たな冒険(スローライフ)を始めませんか? ちなみに今なら豪華特典プレゼント!]
と、文字が並び、下にはYES/NOの選択肢があった。
ゲームの新しいイベントと思い迷わずYESを選択した蓮司。
ちよっとお人好しの中年男とウザかわいい少女が織りなす異世界スローライフ?が今、幕を上げる‼︎
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる