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2章 王族騎士、子育てお手伝い

リンファドール家にお泊り(1)

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 ヤバい、ヤバい、ヤバい。
 心臓がバクバクする――!

「お邪魔します」
「いら、いらっしゃい!」
「いらっしゃいませ、フェリツェ様。こちらへどうぞ。……エリウス様、少し落ち着いて」
「わ、わかっています」

 小声で父の男性妻、マロネスさんから注意をされてしまう。
 このお屋敷は俺に与えられたものだが、妖精竜が一晩泊まる、ということで魔術研究者でもあるマロネスさんが飛びついてきた。
 執事のリーセンディールがアウモに釘づけで鼻息が荒くなったマロネスさんの首根っこを掴み、素早くフェリツェの荷物を持ち上げ「エリウス様、二階のお部屋にご案内しては?」と促してくれたので思わずコクコク頷く。
 アウモは訓練所で走り回り、棒拾いをして遊んだから疲れてうとうとしている。
 大人しくフェリツェに抱かれているところは羨ましいような、寝ていれば可愛いのに、と思ってしまうような。
 暴れている時は本当に怪獣だから……。

「はぁ……はぁ……! これが妖精竜……! ね、眠るのですね……!」
「そ、そうですね」
「マ、マロネスさん! えーと、フェリツェ、この人は父の男性妻のマロネスさん! 魔術研究者! 妖精竜の話をしたら、アウモについて興味があるからと本家からわざわざ来てくださったんだ。専門家ではないけれど、妖精竜について調べてきてくれたって」
「え! そうなんですか!? アウモ……妖精竜についてわかることがあれば教えてください!」
「もちろん!」

 アウモはわからないことが多いから、マロネスさんがなにか――アウモの食べるものや、排泄された魔結晶についてや、人間と生活していて大丈夫なのか……など。
 また、屋敷にアウモとフェリツェを泊めたいと相談したらそのまま父に話がいってしまい、リーセンディールから言付けで「魔術研究所の方から、こちらで育てる、という話が出ている」と聞かされた。
 おそらくマロネスさんはその先兵のようなもの。
 人が育てるべきなのか、それとも研究者たちに囲まれながら、観察されながら育つのを待つか。
 父上には「本当に、本物の妖精竜というのなら他国も黙ってはいないだろう」と案じていたから、魔術研究所の方が安全なのでは……と少し思った。
 フェリツェの身に危険が及ぶかもしれない、と。
 父上も同じ意見なのか、とリーセンディールに聞いたが「さあ?」としか言われなくてモヤモヤしてしまう。
 これは直接話せ、という意味だ。

「はあ……エリウスって……本当に……貴族になったんだなぁ」
「え……あ、ああ……うん……」

 階段を上るフェリツェが、零すように呟く。
 ゲストルームは急いで家具、調度品を撤去して、ベッドとテーブルと椅子があるくらい。
 まあ、そのベッドとテーブルと椅子も貴族のものなので、孤児院出身のフェリツェが値段を聞いたら出ていきそうだから……言わない。
 なんだかフェリツェの口から俺が「貴族になった」と言われると――なんともいえない複雑な気持ちになる。
 それが原因で、嫌われてしまうことは、ないと思うけれど。

「こちらが本日過ごしていただくお部屋となります。お部屋の中はお子様がぶつかったりしないよう家具や調度品を取り除いておりますので、必要なものがございましたらなんなりとお申しつけくださいませ。お夕飯は夕七の刻となりますので、お手数ですが食堂まで下りてきていただくかお部屋で済ますかをお選びください」
「え、あ、は、はい!」
「お夕飯ののち、そちらの浴室の方にお湯をご用意しておきますのでご利用ください。必要でしたらお手伝いもご用意しますので、どうぞお気軽にお申しつけください。使用人の呼び出しは、扉の前にベルを置いておきますのでそれを鳴らしてくださいませ」
「あ、ありがとうございます」

 リーセンディールにぺこぺことお辞儀をするフェリツェの、なんと謙虚なことか。
 ちなみに俺の部屋は廊下を挟んだ向かいの部屋。
 なので、ベルが鳴れば俺も即駆けつけるつもりだ。
 なんなら俺の方が先に駆けつけてなんとかしよう。

「お召し物もこちらでご用意したものをお使いくださいませ。今着ておられるものは、洗濯して明日の朝にお持ちします」
「ええ……!? い、いえ、そこまでしていただくわけには……!」
「とんでもございません。そのくらいさせていただけませんと、リンファドーレ公爵家はお客様に汚れたお召し物を着せていると思われてしまいます」
「うっ……」
「どうぞ、こちらのお召し物をお使いくださいませ」

 非常に丁寧に言っているが、有無を言わせぬ圧。
 心優しいフェリツェはそんな言われ方をしたらベッドにうたた寝し始めていたアウモを寝かせ、用意されていた服を持ち上げて「わ、わかりました」とぎこちない笑顔を向ける。
 わかる。リーセンディールはこういうところが強いよね。

「では……」
「ま、待って、リーセンディール! 着替えは自分でさせてあげて!」
「はい?」
「へ、平民は誰かに着替えさせてもらうって、自立できていない情けのない人間と思われるんだ。そこは貴族と価値観が違うというか……!」
「え!? いや! 自分で! 自分で着ます! 自分でやらせてくださいお願いします!」

 リーセンディールがフェリツェの服を脱がそうとしたのを見て、ハッとしてしまう。
 そうだ、貴族というのは着替えも使用人にやらせるのが常識!
 俺も引き取られてすぐ、使用人に着替えを任せなければいけないのは恥辱で慣れるまで時間がかかった。
 貴族は着替えも使用人にさせることで、使用人の“仕事”を増やす。
 使用人は高貴な相手の服に触れることで物の価値を学んだり、仕事が増えたことによる手当て……ボーナスを得られる。
 また、貴族は着替えも自分でしなくてもよい、奉仕を受けて当然の存在として慣れることで高貴な矜持を養う。
 ……まあ、俺としてはこの思想、必要ないと思うけれど。

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