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プロローグ
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『もしもし? これ、繋がっていますか?』
始まりは、そんな電話だった。
『もしもし? あれ、応答なしですか。あーあーあー。もしもーし? 変ですね、電話は繋がっているみたいですけど……?』
受話器の向こうでは、怪訝と、少しばかりの苛立ちを含んだ女の子の声が聞こえていた。
『すみませんが、あなたは誰ですか?』
通話画面に表示されたのは名前ではなく数字の羅列であって、それはこの声の主を僕のスマホが記憶してないことの証しだった。
不意の着信であったために、とっさに出てしまったが、ふむ、どうしようか。毛布の中からもぞもぞと這いずり出ると、あぐらをかいて、通話中と書かれたスマホ画面を見つめた。
途端に、開け放たれた窓から流れ込む肌寒い風に、思わず身震いした。
電話越しに聞こえてきた声音から判断するに、声の主は若い女の子だ。落ち着き払った、知的な声だった。
しかし、僕は彼女を知らない。
そして何故だか彼女もまた僕のことを知らない口ぶりであった。
間違い電話か?
なんとも不可思議な電話が掛かってきたものだな。
少々戸惑いながらも、「ここは何か話すべきだな」などと、既に通話中の電話に向かって一呼吸をおいた。そして、
「もしもし?」
成熟した大人を演じようとしたが、声が少しうわずった。
いや、ウソだ。本当は、かなりうわずってしまった。
最近、声を出してないせいだろうか?
久しぶりに聞いた自分の声は、野太い癖にか弱く、頼りなく響いた。
胸の奥底からフツフツと羞恥心が込み上げてくる。
僕は練習しなければ「もしもし」も普通に言うことができないのだろうか。ああ、恥ずかしい。
『ああ、やっと出てくれましたか。勘弁してくださいよ。通話料金は私持ちなんですからね』
うわずった僕の声なんて露ほども気にしていない口調で、彼女は返事を寄越した。置いてきぼりにされた僕の気持ちはどこへ?
『そんなの自分で処理して下さい』
「へ?」
『はい?』
なんだか、心を見透かされたような……。
『それで、あなたは誰なんですか?』
……。
そっちから電話をしておいて、相手を質すとはいったい何事だろうか? 相手も分からずに電話をかけることなどあるものか? 新手の電話詐欺ということも注意しながら僕は口を開いた。
「えっと、どちら様でしょうか?」
『それは私が聞いています』
「……」
スパスパと切れる果物ナイフのような返答に僕は狼狽した。
これほどまでに鋭いナイフと対峙していたらきっと、会話が終わる頃には僕の心はズタズタに引き裂かれているに違いない。
僕が彼女の名前を尋ねるのは正しいはずだし、間違っていないと思うのだが、自分の心が壊されないうちに、ここは自分の方から名乗っておこうと思った。
「秋月……弥生ですけど……」
躊躇いがちにそう告げると、暫しの沈黙が訪れた。
受話器の向こうからは、彼女の微かな吐息と、何か雑誌をめくるような音だけが聞こえていた。
『ああ、やっぱり。私は間違っていませんでしたね』
沈黙に耐えられずに、僕が口を開きかけたその時、ひどく嬉しそうな彼女の声が聞こえてきた。
間違っていた?
あ、いや、間違っていなかったのか。しかし、何がだ?
『いやだな、先輩。あなたの電話番号に決まってるじゃないですか』
僕の無言を察してか、彼女は嬉しそうに喋り始めた。なんだか、嫌な予感がするな……。やけに汗ばんだ手の平を布団にこすりつけながら、僕は彼女の次の言葉を待った。
『単刀直入に言います。私を【天文同好会】に入れて下さい。部長さん』
……嫌な予感というものは、大抵当たるものである。
『もしもし? これ、繋がっていますか?』
始まりは、そんな電話だった。
『もしもし? あれ、応答なしですか。あーあーあー。もしもーし? 変ですね、電話は繋がっているみたいですけど……?』
受話器の向こうでは、怪訝と、少しばかりの苛立ちを含んだ女の子の声が聞こえていた。
『すみませんが、あなたは誰ですか?』
通話画面に表示されたのは名前ではなく数字の羅列であって、それはこの声の主を僕のスマホが記憶してないことの証しだった。
不意の着信であったために、とっさに出てしまったが、ふむ、どうしようか。毛布の中からもぞもぞと這いずり出ると、あぐらをかいて、通話中と書かれたスマホ画面を見つめた。
途端に、開け放たれた窓から流れ込む肌寒い風に、思わず身震いした。
電話越しに聞こえてきた声音から判断するに、声の主は若い女の子だ。落ち着き払った、知的な声だった。
しかし、僕は彼女を知らない。
そして何故だか彼女もまた僕のことを知らない口ぶりであった。
間違い電話か?
なんとも不可思議な電話が掛かってきたものだな。
少々戸惑いながらも、「ここは何か話すべきだな」などと、既に通話中の電話に向かって一呼吸をおいた。そして、
「もしもし?」
成熟した大人を演じようとしたが、声が少しうわずった。
いや、ウソだ。本当は、かなりうわずってしまった。
最近、声を出してないせいだろうか?
久しぶりに聞いた自分の声は、野太い癖にか弱く、頼りなく響いた。
胸の奥底からフツフツと羞恥心が込み上げてくる。
僕は練習しなければ「もしもし」も普通に言うことができないのだろうか。ああ、恥ずかしい。
『ああ、やっと出てくれましたか。勘弁してくださいよ。通話料金は私持ちなんですからね』
うわずった僕の声なんて露ほども気にしていない口調で、彼女は返事を寄越した。置いてきぼりにされた僕の気持ちはどこへ?
『そんなの自分で処理して下さい』
「へ?」
『はい?』
なんだか、心を見透かされたような……。
『それで、あなたは誰なんですか?』
……。
そっちから電話をしておいて、相手を質すとはいったい何事だろうか? 相手も分からずに電話をかけることなどあるものか? 新手の電話詐欺ということも注意しながら僕は口を開いた。
「えっと、どちら様でしょうか?」
『それは私が聞いています』
「……」
スパスパと切れる果物ナイフのような返答に僕は狼狽した。
これほどまでに鋭いナイフと対峙していたらきっと、会話が終わる頃には僕の心はズタズタに引き裂かれているに違いない。
僕が彼女の名前を尋ねるのは正しいはずだし、間違っていないと思うのだが、自分の心が壊されないうちに、ここは自分の方から名乗っておこうと思った。
「秋月……弥生ですけど……」
躊躇いがちにそう告げると、暫しの沈黙が訪れた。
受話器の向こうからは、彼女の微かな吐息と、何か雑誌をめくるような音だけが聞こえていた。
『ああ、やっぱり。私は間違っていませんでしたね』
沈黙に耐えられずに、僕が口を開きかけたその時、ひどく嬉しそうな彼女の声が聞こえてきた。
間違っていた?
あ、いや、間違っていなかったのか。しかし、何がだ?
『いやだな、先輩。あなたの電話番号に決まってるじゃないですか』
僕の無言を察してか、彼女は嬉しそうに喋り始めた。なんだか、嫌な予感がするな……。やけに汗ばんだ手の平を布団にこすりつけながら、僕は彼女の次の言葉を待った。
『単刀直入に言います。私を【天文同好会】に入れて下さい。部長さん』
……嫌な予感というものは、大抵当たるものである。
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