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しおりを挟む柚木は息を飲んだ。
「柚っ!」
悲鳴のような三隅の声が聞こえた。
と思ったら、誰かが覆いかぶさってきて、柚木は体重を受け止めきれずに絨毯敷きの床へとくずおれた。
鼻先に、大好きな三隅の香り。
三隅に抱きしめられているのだと気づいて、反射的にその背を抱き返した。
「柚っ、柚っ、ダメだ、やめてくれ、Commandなんて聞かないでくれっ」
苦しいほどの力で、三隅の腕が巻き付いている。耳に届く声は、濡れて掠れていた。
泣いているのだ。
柚木は驚いて、それでも息苦しいほどの抱擁が嬉しくて、同じだけの力で三隅へとしがみついた。
バシっと音がして三隅の頭が揺れた。
ハッと顔を上げると、八代が平手で三隅を叩いたようで、呆れた表情で男がひらひらと手を振っていた。
「とんだ茶番だな。雪、もういいぞ」
八代の言いつけをまもって耳を塞いでいた澤良木が、手を下げて八代の傍へと近寄ってくる。その澤良木の腰を抱き寄せて、八代が皮肉げに唇を曲げた。
「これでわかっただろう、三隅」
「……え?」
「なんども言わせるな。俺のCommandに反応しないSubは居ない。柚木を見てみろ」
三隅の腕がほどけ、二人の間の距離が少しだけ開いた。
三隅がまじまじと柚木を見つめてくる。
Present、と言われたにも関わらず、シャツ一枚脱いでいない柚木を。
ああ、と柚木は観念して目を閉じた。
「俺が、邪魔をしたから途中で」
「違う。おまえの制止ごときでCommandは途切れない。おい、柚木。Present」
淡々とした声で八代が再度Commandを口にした。
三隅が焦ったように柚木は見たが、柚木はもう、Subを装うこともできずにただ打ちひしがれてうつむいていた。
ほらな、と八代が言う。
「柚木はSubじゃない。Usualだ」
確信的に、男がそう口にした。
三隅が呆然とする気配がして、柚木はますます深くうつむいた。
バレた。
バレてしまった。こんな形で。
他に本物のSubが居る、こんな場所で。
柚木が偽物だと、バレてしまった。
涙が滲んで、硬くつぶったはずの瞼の隙間から、ぼろりと零れた。
「柚……柚、え? どういうこと? おまえがSubじゃないって」
混乱した口調で三隅が問いかけてくる。
柚木は顔向けができずに消え入りそうな声で謝った。
「ご、ごめんなさい……ぼく、うそ、ついてて……本当は、Subじゃないのに、おーちゃんの、そばにいたくて……」
「え……?」
「ぼく、Usualなの。ずっと、うそ、ついてて……」
「柚……そんな、まさか……」
これで、三隅は離れていくだろう。
そう思い覚悟を決めた柚木だったが、柚木の予想とは逆に抱きしめる腕に再び力が込められた。
驚いて濡れた目を開くが、三隅の胸元が映るだけで顔が見えない。
「おまえたちはずっと、同じ勘違いをしてたってことだな」
軽い笑いを含んだ声が、上から降ってくる。
同じ勘違いってなんのことだろう、と意味がわからずに、柚木はなんとか顔を捩って八代を見上げた。
八代は片手で澤良木を抱き寄せたまま、もう片方の手で扉を開けようとしていた。
「この部屋はこのまま貸しておいてやる。おまえたちは互いの誤解を解いておけ。俺はもう行くぞ。俺のSubが限界だからな」
俺のSub、と八代に言われた澤良木は、目元を薄赤く染めて八代の腕の中で切なげに震えていた。
そういえば先ほど澤良木は、柚木に対して発された八代のCommandを聞いている。
滴るような色香で吐息する澤良木を抱えて、八代は部屋を出て行った。
後には柚木と三隅だけが残されて……。
柚木は三隅の腕に改めてきつくきつく抱きしめられた。
そして、衝撃の告白を耳にする。
「柚。俺は、Usualなんだ」
王子様がそう言って、ほろ苦い泣き笑いの顔になった。
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