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しおりを挟むSubというものを手探りで装ううちに五年が過ぎた。
待ちに待った二十歳の誕生日を、柚木はホテルの高層階のスイートルームで迎えた。
まだ大学生の柚木とは違い、三隅はすでに副社長という地位を得ていた。
二十九歳という若さで仕事をバリバリとこなす王子様に、柚木はますます憧れてしまう。
三隅自身は、副社長就任時も、
「知り合いの会社に呼ばれただけだから、すごくもなんともないんだよ」
と謙遜していたが、三隅の実力を認めたからこその抜擢だろうと柚木は思っている。
因みにその知り合いというのが、昔図書館で三隅と並んで噂されていた『八代先輩』であることを教えてもらい、柚木は驚いた。
来年には就職活動をしなければならない柚木へと、三隅が、
「柚はうちにおいで」
そう誘ってくれているが、それは社交辞令だとわかっていた。
なんでもパーフェクトにこなす王子様と違い、柚木は平々凡々でむしろ平凡以下の不器用で、柚木など雇っても戦力にならないと知っているからだ。
でも、社交辞令でもなんでも、これからも三隅が柚木を傍に居させてくれようとしていることがわかり、誘ってもらえて嬉しかった。
三隅は八代の会社へと入社してから実家を出てひとり暮らしを始めている。
柚木が成人するまでは分別のある付き合いを、と三隅の両親から言われていることもあって居場所は離れ離れになってしまったけれど、週末には三隅の家にお泊りをしていたし、その度に甘いだけのプレイもしてもらっていた。
三隅は家族にも自分のダイナミクスを伝えていないようで、それに倣って柚木も自身のそれも誰にも言わなかった。
だから柚木がUsualだと知っているのは、いまのところ柚木だけということになる。
いつまで隠しておけるだろう。
その不安は絶えず柚木の中にあったが、年を重ねるごとにどんどんと膨らんでゆくばかりだ。
それでもなんとか、二十歳の誕生日までこぎつけることができた。
まだばれていない。
今日も上手くSubとして振る舞うことができれば、キス以上の行為をしてもらうことができるだろう。
「柚」
蕩けるような声音で名を呼ばれ、柚木は緊張を押し隠して窓の夜景から視線を引きはがした。
三隅が両手を広げてこちらを見ている。
吸い寄せられるように柚木は彼の腕の中へと飛び込んだ。
抱きしめられて、三隅の香りを鼻腔いっぱいに吸い込む。
「柚、誕生日おめでとう」
「ありがとう、おーちゃん」
お礼を言った唇に、三隅のキスが落ちてくる。
ちゅ、ちゅ、と啄まれ、たまらなくなって口を開いた。
熱い舌が差し込まれた。口腔を這い回る感触に腰が震える。
「んうっ、んっ、んんっ」
息をするたびに甘えるような声が漏れる。
頭がぼうっとして、三隅が好きだということしか考えられなくなった。
唾液の糸を引いて、唇が離れた。
もっとキスをしてほしくてそれを追いかけようとした柚木を、三隅が眼差しだけで縫い留める。
「Stay」
言われた言葉が一瞬わからなかった。
Stay。そうだ、Commandだ。
そう理解して柚木は気をつけの姿勢になった。
本物のSubならばもっと、脊髄反射的にCommandに反応する。
キスに溺れてCommandを聞き逃す真似など絶対にしない。
自分の鈍い反応を三隅が怪しんでいるのではないかと、柚木は怖々と表情を伺ったが、彼は特に疑う素振りも見せずに、高級感のある包装紙でラッピングされた正方形の箱をカバンから取り出していた。
「誕生日プレゼントだよ」
微笑ととも箱が柚木へと差し出される。
それに手を伸ばそうとして、『Stay』のCommandを思い出した。
危ない。よし、と言われるまでは動いてはいけないのだ。気を抜いてはダメだ。
箱から三隅の顔へと視線を動かすと、彼がにこりと破顔する。
器用な指がするすると動いて、柚木の目の前で包装紙を解いてゆく。
中には貴金属でも収められているような、ベロア素材の濃紺色の箱があった。しかし、指輪やネックレスのものとは大きさが違う。三隅の手よりもなお大きな箱のふたを、三隅がゆっくりと開いた。
そこに入っていたのは、深い赤色の首輪だった。幅は細めで、フロント部分にはダイヤだろうか、光を弾く宝石がペンダントトップのように垂れ下がっている。
留め具は真後ろに来る形となるので、自分では付け外しのしにくい仕様となっていた。
つまり、誰かの手で嵌めてもらうための首輪で。
その誰かとは三隅以外に有り得ないのだ。
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