上 下
90 / 127
狼と名もなき墓標

23

しおりを挟む
 いまから約二年前に起こった、王太子暗殺未遂事件。その首謀者であるドナースマルクは、王太子マリウスを廃した後クラウスを王座に据え、サーリーク王国を、武力によって他国を制圧していたかつての強国の姿に戻そうと謀略を巡らせていた。

 彼は自身の大望を実現させるため、同志を着実に増やし、革命派と呼ばれる勢力を作り上げた。
 ドナースマルク自身はあまり表に出ずに、裏から革命派の動きを操り、同時にオシュトローク帝国をもおのれの手駒のひとつとした。元ヴローム村で行われていたオメガ売買はまだ記憶に新しい。

「皆も知っての通り、ドナースマルクは私の就任式で捕縛された」

 あの場でドナースマルクがマリウスの暗殺を企てていたことを告発したのは、マリウス本人であった。
 追い詰められたドナースマルクは、王太子妃アマーリエ及びその息子エドゥルフに短剣を向け、それが決め手となって投獄された。

 ドナースマルクが拘留されたのは、北の塔の地下牢だった。彼はそこで暗殺未遂にまつわる諸々の聴取を受けることとなる。

「ドナースマルクの尋問に当たったのは、議会の代表である議長、革命派で使われていた暗号や密書などをつまびらかにするため尚書長官、他にも外交長官や刑部長官など、でした」

 強き大国よ再び。それを旗幟スローガンに革命派をまとめ上げたドナースマルク。その足跡そくせきは大きかった。オシュトローク帝国をも巻き込み、王家の人間をも利用しようとした男である。単なる犯罪者とはわけが違う。
 そのため取り調べには然るべき地位の者が充てられ、情報を余すことなく聴取するため、議長らはドナースマルクと接触し、尋問を重ねた。

「ところで、ドナースマルクはいかにして議会内で革命派を興し、いかにしてオシュトローク帝国を動かしたのか」

 クラウスは鋭い眼差しで議長らを射た。

「彼の最も強力な武器となったのは、『言葉』である」

 クラウスのセリフを受け、マリウスが唸った。
 そうだ。この場の全員が知っていた。ドナースマルクは、と。

 議長が頭を抱えて項垂れた。他の貴族らも同じく打ちひしがれたようにうつむいていた。クラウスは彼らへ向けて、冷えた声を放った。

「貴公らは聴取の際に。そのときにあの男によって、毒を植え付けられたのだ。貴公らも気づかぬうちに」

 クラウスの告発を、議長たちは沈黙することで肯定した。

「此度の一連の騒動は、ドナースマルクの亡霊による、王家及び我が国サーリークへの復讐だ」  

 クラウスの重い述懐が、部屋にしんと落ちた。


 就任式にて捕縛され牢に繋がれたドナースマルクは、いつ芽吹くともわからない、芽吹くかどうかすらわからない毒の種を、おのれの聴取に当たった者たちに植え付けていったのだ。

 ドナースマルクは言葉巧みにそれを行った。しかし誰にも気づかれなかった。それは当然である。ドナースマルクはただ、穏健派からの尋問に答えただけなのだから。

 議長らは彼の計画の内容を詳しく調べ上げていた。誰とどのように接触し、どんな会話を交わしたのか。王太子の暗殺はどのように行われようとしていたのか。
 ドナースマルクは始めは黙秘を貫いていたが、もはやなにを言ってもおのれの罪状からは逃れらないと悟り、投獄後三月みつきもすると徐々に計画の全容を語り始めた。

 彼は果たされなかった王太子暗殺について、これがもしも現実のものとなっていたならば、近い将来クラウスが王冠を戴き、騎士団の地位も格段に上がっていただろうと無念を滲ませた。
 そしてこうもささやいた。

 口惜しく思っているのは私だけではないだろう、と。
 

 ドナースマルクは自白に紛れて、そんな憶測を聞かせた。
 議長らは最初、彼の世迷言にまったく取り合わなかった。
 しかし。相手の懐に言葉の棘を埋め込むことなど、彼にとっては児戯に等しかった。

 ドナースマルクはさりげなく、折に触れてエミールの名を持ち出した。
 革命派がクラウスを玉座に押し上げようとしていたことは、エミールも既知のことだ。
 第二王子の伴侶は一度も想像しなかっただろうか。国の頂に立つクラウスの姿を。そしてその横に並ぶ自身の姿を。

 穏健派の面々はそれを笑い飛ばした。クラウスがいかにマリウスを尊敬しているか。それを彼らは良く知っていた。
 ドナースマルクはその答えを聞き、憂うような目をした。

 殿

 彼は独り言ちるように、そうつぶやいたという。

 尋問に当たっていた議長たちは顔を見合わせた。
 エミールに子が生まれたなら、どうなるか。
 我が子をより上の地位につけたい。親ならばそう思ってもおかしくない。
 なぜなら、エミールは見ているからだ。もう一歩で玉座に就くことができた、伴侶の姿を。

 ドナースマルクの仮定の話は、議長たちの胸に疑心暗鬼の種を撒いた。
 そう。この時点ではエミールはまだ懐妊していなかった。これらはすべてドナースマルクが勝手に話した仮定の話だった。

 その後もドナースマルクは度々この話題を持ち出した。、後々の火種になる存在は看過しません。そんなことも口にした。
 ではドナースマルクが穏健派に属していたならば、どのように対処するというのか。それもまた、ドナースマルク自身の口で語られた。

 騎士団の指揮系統を国王に譲ったクラウスの忠誠は、もはや疑いようがない。争いの火種となるのは飽くまで伴侶であるエミール、そしてその胎の中の子だ。

 身籠った子がもしも男児であったなら、マリウスは再びそのいのちを狙われるに違いない。ドナースマルクが暗殺を企てたように。クラウスの子どもを王にしようとする新たな革命派も出てくるかもしれない。

 、まずはクラウスとエミールを引き離し、エミールの身柄を押さえる。
 その後は胎の子を処分する。

 王家の中で余計な争いは起こさせない。国の平和をまもるには、まず、王家が一枚岩でなければならない。
 、後世でどのようなそしりを受けようとも、平和のためにそうするだろう。

 彼の弁舌は確実に穏健派の中枢に根を張った。
 誰もが互いに言葉にしては意見を交わさなかった。ドナースマルクの与太話など信じていない。そんな態度を貫いていた。しかし、知らぬうちに飲まされていた毒が消え去ることはなかった。

 やがてドナースマルクの処刑が決まった。
 実に二年の幽閉生活の後、ドナースマルクは断首刑となった。

 首を切られる前に彼はひと声叫んだ。

「同胞よ忘れるな! 諸君らの平穏とは風の前の灯に等しいものであるということを!」

 すこしの風が吹けばすぐに脆く消えてしまう。そんな危うさの上に成り立っているのがいまのサーリーク王国である、と。

 ドナースマルクの最期の言葉を耳にした穏健派の胸中では、彼の巻いた毒がじわりと漏れた。
 しかしその毒は放っておけば消えたものなのかもしれない。
 
 
 第二王子のつがいの懐妊が正式に公表されたのは、ドナースマルクの処刑後わずか二週間後のことであった。

 
 
 
 


 
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

婚約者に会いに行ったらば

龍の御寮さん
BL
王都で暮らす婚約者レオンのもとへと会いに行ったミシェル。 そこで見たのは、レオンをお父さんと呼ぶ子供と仲良さそうに並ぶ女性の姿。 ショックでその場を逃げ出したミシェルは―― 何とか弁解しようするレオンとなぜか記憶を失ったミシェル。 そこには何やら事件も絡んできて? 傷つけられたミシェルが幸せになるまでのお話です。

隣人、イケメン俳優につき

タタミ
BL
イラストレーターの清永一太はある日、隣部屋の怒鳴り合いに気付く。清永が隣部屋を訪ねると、そこでは人気俳優の杉崎久遠が男に暴行されていて──?

侯爵令息セドリックの憂鬱な日

めちゅう
BL
 第二王子の婚約者候補侯爵令息セドリック・グランツはある日王子の婚約者が決定した事を聞いてしまう。しかし先に王子からお呼びがかかったのはもう一人の候補だった。候補落ちを確信し泣き腫らした次の日は憂鬱な気分で幕を開ける——— ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー 初投稿で拙い文章ですが楽しんでいただけますと幸いです。

貧乏大学生がエリート商社マンに叶わぬ恋をしていたら、玉砕どころか溺愛された話

タタミ
BL
貧乏苦学生の巡は、同じシェアハウスに住むエリート商社マンの千明に片想いをしている。 叶わぬ恋だと思っていたが、千明にデートに誘われたことで、関係性が一変して……? エリート商社マンに溺愛される初心な大学生の物語。

この愛のすべて

高嗣水清太
BL
 「妊娠しています」  そう言われた瞬間、冗談だろう?と思った。  俺はどこからどう見ても男だ。そりゃ恋人も男で、俺が受け身で、ヤることやってたけど。いきなり両性具有でした、なんて言われても困る。どうすればいいんだ――。 ※この話は2014年にpixivで連載、2015年に再録発行した二次小説をオリジナルとして少し改稿してリメイクしたものになります。  両性具有や生理、妊娠、中絶等、描写はないもののそういった表現がある地雷が多い話になってます。少し生々しいと感じるかもしれません。加えて私は医学を学んだわけではありませんので、独学で調べはしましたが、両性具有者についての正しい知識は無いに等しいと思います。完全フィクションと捉えて下さいますよう、お願いします。

公爵家の五男坊はあきらめない

三矢由巳
BL
ローテンエルデ王国のレームブルック公爵の妾腹の五男グスタフは公爵領で領民と交流し、気ままに日々を過ごしていた。 生母と生き別れ、父に放任されて育った彼は誰にも期待なんかしない、将来のことはあきらめていると乳兄弟のエルンストに語っていた。 冬至の祭の夜に暴漢に襲われ二人の運命は急変する。 負傷し意識のないエルンストの枕元でグスタフは叫ぶ。 「俺はおまえなしでは生きていけないんだ」 都では次の王位をめぐる政争が繰り広げられていた。 知らぬ間に巻き込まれていたことを知るグスタフ。 生き延びるため、グスタフはエルンストとともに都へ向かう。 あきらめたら待つのは死のみ。

俺の婚約者は、頭の中がお花畑

ぽんちゃん
BL
 完璧を目指すエレンには、のほほんとした子犬のような婚約者のオリバーがいた。十三年間オリバーの尻拭いをしてきたエレンだったが、オリバーは平民の子に恋をする。婚約破棄をして欲しいとお願いされて、快諾したエレンだったが……  「頼む、一緒に父上を説得してくれないか?」    頭の中がお花畑の婚約者と、浮気相手である平民の少年との結婚を認めてもらう為に、なぜかエレンがオリバーの父親を説得することになる。  

【続篇完結】第四皇子のつがい婚―年下皇子は白百合の香に惑う―

熾月あおい
BL
嶌国の第四皇子・朱燎琉(α)は、貴族の令嬢との婚約を前に、とんでもない事故を起こしてしまう。発情して我を失くし、国府に勤める官吏・郭瓔偲(Ω)を無理矢理つがいにしてしまったのだ。 その後、Ωの地位向上政策を掲げる父皇帝から命じられたのは、郭瓔偲との婚姻だった。 納得いかないながらも瓔偲に会いに行った燎琉は、そこで、凛とした空気を纏う、うつくしい官吏に引き合わされる。漂うのは、甘く高貴な白百合の香り――……それが燎琉のつがい、瓔偲だった。 戸惑いながらも瓔偲を殿舎に迎えた燎琉だったが、瓔偲の口から思ってもみなかったことを聞かされることになる。 「私たちがつがってしまったのは、もしかすると、皇太子位に絡んだ陰謀かもしれない。誰かの陰謀だとわかれば、婚約解消を皇帝に願い出ることもできるのではないか」 ふたりは調査を開始するが、ともに過ごすうちに燎琉は次第に瓔偲に惹かれていって――……? ※「*」のついた話はR指定です、ご注意ください。 ※第11回BL小説大賞エントリー中。応援いただけると嬉しいです!

処理中です...