上 下
2 / 127
1・ヴローム村

しおりを挟む
 エミールの故郷はサーリーク王国の西の端、隣国オシュトロークとの国境に位置する、ヴロームという小さな田舎の村だった。

 親は居ない。生まれてすぐに林道に捨てられていたと聞いている。

 捨てたのは恐らくオシュトロークの人間だ。林道に沿って築かれた国防壁の向こう側から、赤子の入った籠をこちら側へと落とされる。ヴロームの住人にとってそれはことさら珍しいことでもなかった。

 オシュトロークは国政が荒れ、地方へ行けば行くほど貧しくなると聞く。対して、石壁一枚を隔てた先のサーリーク王国は『豊穣の国』として有名だ。
 オシュトロークの住民たちは、おのれらが口減らしのために捨てた赤子を、サーリーク王国ならば保護してくれるだろうと考えたのだろうか。
 いつしかヴローム村の林道には、ゴミのように捨てられる赤子の姿が見られるようになっていた。

 国防壁は大人の背丈よりも高い。いくら籠に緩衝用の布を敷き詰めたとしても、その高さから落とされては赤子のいのちの保証はなかった。
 しかしオシュトロークに残ればどの道死ぬしかないいのちだ。
 自分の手で殺したくはないという親心なのか、それとも遺体の埋葬が面倒なだけなのか、はたまたサーリークならば我が子を保護してくれるだろうという一縷の望みに懸けているのか……赤子の籠は向こう側から度々落とされ続けた。

 エミールはその中のひとりだ。
 ちょうど、林道に落ち葉が積もる時期だった。枯れ葉がクッションとなり、奇跡的に怪我ひとつ負うことなく籠の中で泣き声をあげていたところを、国防壁を巡回していたヴローム村の自警団に保護された。
 そのまま孤児院に預けられたエミールは、今年で十五の歳を迎える。

 孤児院にはいま、二十三名が暮らしている。
 下は一歳、上は十八歳。院で保護を受けることができるのは成人(サーリーク王国ではそれを十七歳と定めている)とみなされた翌年の、十八歳まで。それまでに仕事を見つけて出ていかなければならないという決まりだ。

 ヴローム村はのどかな農村で、国内や他国で商売になるような名産品などは特段なかったが、しかし貧しくもなかった。村の住民たちは皆温厚でやさしく、エミールの暮らす孤児院も、村民の寄付と、院を出てひとり立ちをしていった『卒院生』たちの寄付で賄われている。

 十八で孤児院から巣立った者たちは、村に残る者も居れば、王都に出て仕事に就く者も居る。
 王都での仕事の斡旋は、主にアダムという男が担っていた。

 アダムに連れられて辻馬車に乗り込んでゆく卒院生たちの背中は、どれも王都への夢と希望に溢れていた。エミールはそれをすこしのさびしさとともに見送った。

 王都へと旅立った後、半月ほどで村に戻ってきたアダムは、卒院生たちからだと言って孤児院に金銭と食料を寄付してくれるのだった。

「王都は働き口がたくさんあるんだよ。国王がこの国を良く治めてくれているからね。治安もいいし雇用主も皆気前が良く気風もいい。きみも十八になったら連れて行ってあげようね」

 アダムは笑いながらそう言って、エミールの頭を撫でた。

 十八まで、あと三年。
 エミールは昼食の鍋をかきまぜながら、憂鬱な溜め息を漏らした。背中では最年少のミアがすやすやと眠っている。

「なんだその顔は」

 不意に声が掛かって、エミールは鍋からハッと顔を上げた。
 流しの向こうの換気窓から、日に焼けた青年がこちらを覗いていた。

「ルー」

 エミールが幼いころからの呼び名を口にすると、ファルケンが軽く眉を寄せた。

しおりを挟む
感想 155

あなたにおすすめの小説

BL団地妻-恥じらい新妻、絶頂淫具の罠-

おととななな
BL
タイトル通りです。 楽しんでいただけたら幸いです。

いっぱい命じて〜無自覚SubはヤンキーDomに甘えたい〜

きよひ
BL
無愛想な高一Domヤンキー×Subの自覚がない高三サッカー部員 Normalの諏訪大輝は近頃、謎の体調不良に悩まされていた。 そんな折に出会った金髪の一年生、甘井呂翔。 初めて会った瞬間から甘井呂に惹かれるものがあった諏訪は、Domである彼がPlayする様子を覗き見てしまう。 甘井呂に優しく支配されるSubに自分を重ねて胸を熱くしたことに戸惑う諏訪だが……。 第二性に振り回されながらも、互いだけを求め合うようになる青春の物語。 ※現代ベースのDom/Subユニバースの世界観(独自解釈・オリジナル要素あり) ※不良の喧嘩描写、イジメ描写有り 初日は5話更新、翌日からは2話ずつ更新の予定です。

隠れSubは大好きなDomに跪きたい

みー
BL
⚠️Dom/Subユニバース 一部オリジナル表現があります。 ハイランクDom×ハイランクSub

もう人気者とは付き合っていられません

花果唯
BL
僕の恋人は頭も良くて、顔も良くておまけに優しい。 モテるのは当然だ。でも――。 『たまには二人だけで過ごしたい』 そう願うのは、贅沢なのだろうか。 いや、そんな人を好きになった僕の方が間違っていたのだ。 「好きなのは君だ」なんて言葉に縋って耐えてきたけど、それが間違いだったってことに、ようやく気がついた。さようなら。 ちょうど生徒会の補佐をしないかと誘われたし、そっちの方に専念します。 生徒会長が格好いいから見ていて癒やされるし、一石二鳥です。 ※ライトBL学園モノ ※2024再公開・改稿中

夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました

氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。 ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。 小説家になろう様にも掲載中です

平凡なSubの俺はスパダリDomに愛されて幸せです

おもち
BL
スパダリDom(いつもの)× 平凡Sub(いつもの) BDSM要素はほぼ無し。 甘やかすのが好きなDomが好きなので、安定にイチャイチャ溺愛しています。 順次スケベパートも追加していきます

初心者オメガは執着アルファの腕のなか

深嶋
BL
自分がベータであることを信じて疑わずに生きてきた圭人は、見知らぬアルファに声をかけられたことがきっかけとなり、二次性の再検査をすることに。その結果、自身が本当はオメガであったと知り、愕然とする。 オメガだと判明したことで否応なく変化していく日常に圭人は戸惑い、悩み、葛藤する日々。そんな圭人の前に、「運命の番」を自称するアルファの男が再び現れて……。 オメガとして未成熟な大学生の圭人と、圭人を番にしたい社会人アルファの男が、ゆっくりと愛を深めていきます。 穏やかさに滲む執着愛。望まぬ幸運に恵まれた主人公が、悩みながらも運命の出会いに向き合っていくお話です。本編、攻め編ともに完結済。

主人公のライバルポジにいるようなので、主人公のカッコ可愛さを特等席で愛でたいと思います。

小鷹けい
BL
以前、なろうサイトさまに途中まであげて、結局書きかけのまま放置していたものになります(アカウントごと削除済み)タイトルさえもうろ覚え。 そのうち続きを書くぞ、の意気込みついでに数話分投稿させていただきます。 先輩×後輩 攻略キャラ×当て馬キャラ 総受けではありません。 嫌われ→からの溺愛。こちらも面倒くさい拗らせ攻めです。 ある日、目が覚めたら大好きだったBLゲームの当て馬キャラになっていた。死んだ覚えはないが、そのキャラクターとして生きてきた期間の記憶もある。 だけど、ここでひとつ問題が……。『おれ』の推し、『僕』が今まで嫌がらせし続けてきた、このゲームの主人公キャラなんだよね……。 え、イジめなきゃダメなの??死ぬほど嫌なんだけど。絶対嫌でしょ……。 でも、主人公が攻略キャラとBLしてるところはなんとしても見たい!!ひっそりと。なんなら近くで見たい!! ……って、なったライバルポジとして生きることになった『おれ(僕)』が、主人公と仲良くしつつ、攻略キャラを巻き込んでひっそり推し活する……みたいな話です。 本来なら当て馬キャラとして冷たくあしらわれ、手酷くフラれるはずの『ハルカ先輩』から、バグなのかなんなのか徐々に距離を詰めてこられて戸惑いまくる当て馬の話。 こちらは、ゆるゆる不定期更新になります。

処理中です...