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プロローグ

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「結婚してくれ」

 蒼い瞳がひたとエミールを映し、低くなめらかな声がそう言った。
 エミールよりも五歳年上ということだから、若干二十歳か。それなのにすでに貫禄の備わった容貌は男らしく整っており、うっかり見惚れそうになる。
 しかしエミールはまばたきのついでに半眼となり、飽き飽きとした溜め息を漏らした。

「お断りします」

 もう幾度目になるのか数えるのも面倒くさい求婚を、冷たい声でにべもなく撥ねつける。
 握られた両手も邪険に振り払った。途端に男がかなしげに眉を曇らせた。

 こういうわかりやすいアプローチは、貴族の娘にすればいいのに。
 ここにはこの男の無骨な口説き文句を喜ぶ女が、山ほど居ることだろう。

 エミールにすげなく振られた男が、行き場をなくした手を無意味に開閉しながら、
「なぜだ」
 と問いかけてきた。
 この問答も何回目だ、と二度目の溜め息がこぼれる。

「あのですね、ご自分の身分を考えてから物を言ってください」

 エミールの返事に男の鼻筋に軽いしわが寄った。

「身分? 私の身分ではきみの結婚相手に相応しくないということか」

 至極真面目な顔でそう言った男の肩を、エミールは反射的に、思い切り突き飛ばしていた。

「逆だろっ! このクソ王子っ!」

 ついうっかり素の言葉遣いが出てしまう。
 エミールはハッとして口を押さえ、それからニッコリと微笑んで頭を下げた。

「あなたの身分と釣り合っていないのは野蛮な田舎育ちのこのオレの方です。庶民のオレが一国の王子と結婚など、誰がゆるすでしょう。というわけでお断りさせていただきます。それでは御機嫌よう」

 一礼を終え、踵を返すと追ってきた手に肘を掴まれる。それを叩き落して、エミールは部屋を出た。

 背後でドアが閉まる直前、
「また断られた……」
 という呟きが聞こえてきて、思わず笑いそうになる。
 それをこらえながらエミールは、絨毯の敷き詰められた長い廊下を歩いた。

 いったいなぜこんなことになったのか……。

 歩きながらエミールは、ここ……サーリーク王国の中枢も中枢、王国のシンボルともいえる王城へ来る羽目になった経緯を思い出していた。
 
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