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(番外編)こびとの靴

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 サーリーク王国王弟、ユリウス・ドリッテ・ミュラーが正式につがい関係を結んだ、と王城より国民へ向けての正式な通達があったのは、つい先月のことである。

 王室の慶事に民たちは大いに沸いた。
 見目麗しく、物語の王子様のモデルとしてもたびたび登場するユリウス殿下の、さてつがい様はどんな御方なのだ、という話題も行き交った。

 どこそこの王女様を娶ったのでは、いやいや兄のクラウス殿下と同じく市井のオメガを見初めたらしい、オメガではなくベータと婚姻されたという噂もあるぞ。

 様々な説が取り沙汰されたが、そのうちに噂は実しやかにある一説へと収束していった。

 曰く、ユリウス殿下のつがい様は絶世の美女で、お体があまり頑健であらせられないため民へのお披露目はなく、殿下はそのつがい様を溺愛されているのだ、と。


 その、市井の民たちにとっては謎のヴェールをかぶった、深窓のつがい様は、いま、テオバルドの目の前で地面にしゃがみ込み、熱心に草を掻き分けていた。

「リヒト様、帽子を」

 つばの広い白い帽子を銀髪の頭に載せると、リヒトがこちらを振り返り、
「ありがとうございます」
 とお礼を言う。
 季節は新緑の頃で、殊更に日差しが強いというわけではなかったが、色素の薄いリヒトは日光に弱いため、前もってのケアは欠かせなかった。

 太陽からおのれの主人をまもった、というささやかな達成感を覚えながらテオバルドが顔を上げると、そこにどこからともなく氷の眼差しが突き刺さってくる。
 ひぇっ、と小さな悲鳴を上げてテオバルドが恐々そちらを見ると、今日もキラキラしい美貌のユリウスが、東屋ガゼボのベンチから冷ややかにテオバルドを睨んでいた。

「な、なんでそんな怖い顔で俺を⁉」

 まったく身に覚えがなくて思わずそう問いかけると、ユリウスは長いまつげを動かして、ますます冷たい目つきになった。

「なぜ僕のオメガに、僕のゆるしもなくおまえが触れるんだ」

 触れる? と首を傾げかけたテオバルドは、つい先般自分がリヒトに帽子をかぶせたことを思い出す。
 リヒトに触れたのは帽子であって、断じてテオバルドの手ではない。テオバルドはほんのわずかもリヒトに触ってはいないでないか!

「いやいやいやいや」

 ぶんぶんと勢いよく首を振り、ついでに両手も忙しなく動かしたテオバルドは身の潔白を訴えた。

「俺は触ってませんよ! 帽子をかぶせただけですから!」
「なぜ僕の仕事をおまえが盗るのかと聞いている」
「いやいやいや、どう考えても俺の仕事でしょ」

 リヒトの世話はリヒト付きのテオバルドの仕事だ。他ならぬユリウスが任命したのだから。

「テオ、諦めろ。殿下はリヒト様のうなじを噛んでから、以前にも増して狭量になってんだ」

 ロンバードが横から口を挟んでくる。それをうるさげに一瞥して、ユリウスはゆっくり立ち上がると、テオバルドの方へ近づいてくる。

 優雅な仕草で伸びてきた、爪の先までうつくしいユリウスの手が、テオバルドの胸倉を掴んだ。

 この王弟殿下は見目こそ麗しく、荒事とは無縁そうな印象であったが、若い頃は騎士団に所属し、外交長官のポストについて以降も剣技を磨いていたので、たおやかに見えるだけで腕力は相当なものがある。
 そのユリウスに手加減なしでぐいとシャツを引かれて、テオバルドはぐぇっとうめき声をあげた。

 ユリウスの顔がテオバルドへと寄せられた。

「おまえがリヒトの世話をしていいのは、僕が傍に居られないときだけだ」

 甘い声が、低く囁いた。
 絶句したテオバルドへと、
「テオ、復唱」
 ユリウスが短く促してくる。

「……私がリヒト様の世話をするのは、殿下が居ないときだけです」
「よし」

 ユリウスが素っ気ない仕草でひとつ頷き、胸倉の手を離した。
 と思ったら顔つきをがらりと変えて、蜂蜜をまぶしたような笑みを浮かべ、リヒトの方へと歩み寄っていく。

「リヒト、どう? 見つかった?」

 ユリウスに問いかけられたリヒトが、片手で帽子を押さえながら顔を上げ、
「いいえ」
 と答えてしょんぼりと肩を落とした。

「僕も一緒に探していい?」

 どこから出てるのだ、と思うほどにやさしい声でユリウスがそう言った。途端にリヒトが満月のような瞳を丸くして、パァっと顔を輝かせた。

「はい!」

 頷いたリヒトの白い帽子を、ユリウスが一度持ち上げて、あらわになった白いひたいに愛情たっぷりのキスを落とす。
 それから銀の髪をさらりと掻き分けてやり、帽子をかぶせ直した。

 そんなにか! とテオバルドは内心で突っ込む。
 そんなに俺が帽子をかぶせたのが気に入らなかったのか! わざわざやり直すほどに‼

 日頃からユリウスの溺愛を知るテオバルドだったが、しかし本当に父の言った通り、つがいになって以降のユリウスはすごい。
 これまでもすごかったが、なんというか、輪をかけてすごくなった気がする。

「アルファってやべぇな……」

 ガゼボのベンチに持ち込んだクッションを黙々と敷き詰めていたロンバードが、テオバルドの呟きを耳にして、喉奥で笑いを漏らした。

「この国は王様を始め、どのアルファも皆つがいに狂ってやがるからなぁ」

 言葉こそ不敬であったが、ロンバードが言うことは正しい、とテオバルドは思った。

 ユリウスはリヒトに狂っている。

 こびとを探したい、と言い出したつがいの願いを全面的に受け入れ、こんな場所にまでこびとを探しに来る程度には、しっかりと狂っている。





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