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サーリーク王国のアルファたる者

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 信じられない。
 マジで最悪だ。
 我が兄ながらあれはない。

 ユリウスは憤りも顕わに足音荒く廊下を猛進した。
 その後ろからついてくるのは次兄のクラウスだ。
 因みにユリウスが腹を立てている兄というのはクラウスではなく、長兄のマリウスのことだ。

「まぁそう怒るな」

 クラウスがおっとりとした声を聞かせた。
 ユリウスは眉を吊り上げ、カツッと靴音を鳴らして足を止めた。
 くるりと次兄を振り向いたその新緑色の目は、完全に据わっている。

「怒ってません。腹を立てているだけです」
「それを怒ってると、ふつうは言うと思うが」

 冷静な突っ込みに、ユリウスの眉がつり上がる。

「というか僕はクラウス兄上がそうも平然とされている理由がわかりませんね! 国王陛下のせいで! 僕の貴重な時間が割かれたというのに!」

 ユリウスは髪をぐしゃぐしゃに掻き回し、地団駄を踏んだ。
 自分のことを先日、クラウスのつがいのエミールは、子どものようだと言っていたが、本当の子どもは長兄のマリウスである。

 まさか国王陛下という立場の兄が、
「おまえたちだけでそんな楽しいことをするのは許せんな。俺も行こう」
 と駄々をこねるとは思わなかった。
 しかもユリウスの報告のどこをどう聞けば『楽しいことをする』になるのだろうか。
 ユリウスは、おのれのオメガの奪われた五感を取り戻すために、異国の怪しげな宗教団体に乗り込もうとしているのに。
 それを『楽しいこと』とはなにごとだ!

「落ち着きなさい、ユーリ」

 騎士団長クラウスが、ユリウスの乱れた髪を整えてやりながら、苦笑を零した。

「兄上は昔からなんにでも首を突っ込みたがる性格なんだよ。ほら、母上がよく言ってただろう。トラブルあるところにマリウスあり、と」

 マリウスは幼少期から活発でやんちゃで、大変に好奇心旺盛な性格だったと、ユリウスも聞き及んでいる。
 年が十七歳も離れているので、ユリウスが物心つくころにはマリウスもだいぶ落ち着いていたようだが、昔は手がつけられなかったと母がしみじみ語っていたのを覚えている。
 しかしそんな少年時代の悪癖を、四十六歳にもなった国王陛下が、末弟に対して披露しなくてもいいではないか、とユリウスは思った。
 

 リヒトがデァモントからの亡命者に襲われて倒れたあの事件から、すでに四日が経過している。

 捕縛したゲルトは城内の居住塔の一室に幽閉という形をとり、クラウスら騎士団が身柄を管理していた。もちろん、デァモントに関する情報の聴取も行った。
 聞き取った内容は報告書という形で、ユリウスやマリウスにも共有されていた。

 騎士団が動いている間、ユリウスがなにをしていたかというと、リヒトとひたすらにイチャついていた。

 この三日は至福だった、とユリウスは甘い時間を噛み締める。

 お寝坊さんなユリウスのオメガは、気絶したあともこんこんと眠り続けていた。
 その寝顔があまりに可愛くて可愛くて、その甘くやわらかなオメガの匂いにたまらなくなったユリウスは、体に溜まった熱を発散すべく夜中にこっそり自室を抜け出していたのだが、室内で物音がしたとロンバードから報告を受けて慌てて駆け戻ってみたら、ベッドの下にリヒトが落ちていて驚いた。

 怪我をしていないか確認しながら小柄な体を膝の上に抱き上げる。
 リヒトは少しぼんやりとした様子だった。まだ眠たいのだろうか。
 それとも……。

 倒れる前のことを覚えているか、と尋ねたらリヒトは、
「いいえ」
 と首を横に振った。
 けれど彼からはふわりと、かなしみの匂いがする。

 リヒトは嘘をついている。

 本当はなにが起こったかを覚えていて……もしかしたら記憶も戻っているかもしれない。

 ハーゼのときの記憶が。
 信者のために五感を奪われ、食事も与えられず、ひたすらに犠牲を強いられていたときの、記憶が。

 そんなもの、ぜんぶ捨ててしまえばいいのに。

 ユリウスは腕にすっぽりと収まってしまう華奢なオメガを抱きしめて、僕がリヒトのかなしみを消してあげられればいいのにと奥歯をきつく噛んだ。

 リヒトに水分を摂らせてから、ひとつの寝台で並んで横になる。
 両腕でリヒトを囲ったら、リヒトが鼻先をユリウスの胸元に埋めて、すり、と頬ずりをひとつした。

 可愛い。可愛すぎてどうしようもない。
 ユリウスがしずかに悶えているうちに、リヒトはまたウトウトとし始めた。
 けれど彼が完全に眠るまで、かなしみの匂いは消えなかった。


 翌日からユリウスはひたすらにリヒトを甘やかした。いつもベタベタに甘やかしているけれど、それに輪をかけて甘やかした。移動のときはどこに行くにも抱っこをしていたので、この三日、リヒトは自分の足で一歩も歩いていなかったかもしれない。それぐらいひたすらに、ユリウスは世話を焼きまくった。

 グレタが見ていたなら絶対に、百パーセントの確率で「過保護はいけませんよ」と叱られただろう。
 元乳母の彼女には王城からこの別宮に移って以降、侍女たちの教育係を任せていたので、グレタはそちらに手を取られてユリウスに小言を言う暇がない。

 しかし代わりに思わぬ伏兵がいた。
 次兄のつがいの、エミールだ。

 ユリウスはエミールと約束した通り、リヒトが目を覚ましたことを翌日にきちんと報告した。

 エミールは、自分が旅商を招くことを提案したためにリヒトを危険に晒してしまったと、かなり気に病んでいた。だから彼はユリウスの屋敷を訪れるなり、リヒトに向かって謝罪した。
 リヒトはなぜ謝られたのかまったくわかっていないようで、不思議そうにまばたきをしていた。その仕草がまた可愛い。この子はなんでこんなに可愛いんだろうとユリウスは本気で思案した。

 リヒトがエミールに貰った花束を大事そうに両手で受け取る様子を見つめていたら、その隙にエミールが、
「リヒト。一緒に作りましょうと約束したことを覚えていますか?」
 と、ユリウスにはなんのことかわからないことを言い出した。

 リヒトがこくこくと頷いて、なんだか目をキラキラさせている。なんだ。なにごとだ。

「約束ってなんのこと? リヒト?」

 ユリウスはリヒトに問いかけたのに、それを邪魔するようにエミールが、
「ユーリ様には秘密です」
 などと口走った。

 はぁ? なんで兄上のオメガが僕のオメガと秘密の約束なんてしてるわけ? 僕をそっちのけで? なんで二人で分かり合っちゃってるわけ?

 悶々とした気分を我慢しきれずにユリウスは、リヒトにガバっと抱きついてエミールの目からおのれのオメガを隠した。
 そうしたらエミールが。
「殿下、子どものような真似はおよしなさい」
 なんて、グレタみたいなことを言ったのだ。

 いつの間にグレタが増殖したんだろう!

 そのことを嘆きながら力一杯(といっても可愛いリヒトがつぶれてしまわないようにもちろん加減して)リヒトを抱きしめながらエミールと口論をしていたら、それが面白かったのだろうか、リヒトがものすごく可愛い笑い声をあげた。
 見れば口元をゆるめて、天使のような笑みを浮かべている。

 ヤバい。可愛すぎる。

 ユリウスがチラとエミールの方を窺うと、エミールもリヒトの可愛さにノックアウトされたようにリヒトに見惚れていた。
 ユリウスはまたリヒトを両腕に閉じ込めて、エミールからおのれのオメガを隠したのだった。
 
 
 
 
  
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