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女神の愛したうさぎ

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 ユリウスは男の黒い頭を見ながら、そういえばヤンスも黒目黒髪だったなと思い出していた。
 デァモントの民は、これがスタンダードなのかもしれない。とすれば銀糸の髪と金の瞳のリヒトは、さぞ神秘的に映るだろう。

「死ななければならない。それはなぜだ」

 切りつける鋭さで問いを放ちつつ、ユリウスはひとつの可能性に行きあたった。
 脳裏に、ヤンスの言葉が響いている。

(ハーゼ様は幾度でもよみがえるのです)

 ハーゼが死ぬと、新たなハーゼが生まれると語っていたヤンス。
 およそ二年以内に、月の色の瞳と星の色の髪を持つ子どもが生まれる、と。
 それがハーゼの生まれ変わりである、と。

 荒唐無稽だ、とユリウスはその話を聞いたときそう感じたものだが、デァモントでそれが信じられているならば、この男がリヒトの死を願う理由でもっとも可能性が高いものはひとつだ。

「あの子が死ななければ、次のハーゼが生まれないからか」

 平坦に押し殺した声で、ユリウスは尋ねた。
 ゲルトが顔を上げ、見開いた目でユリウスを凝視した。

「あなたはどこまでご存知なのだ!」

 唸るように男が叫んだ。

 どこまでもなにも、詳細を知りたいのはユリウスの方だ。

 ユリウスは部屋の隅に置かれていた数牧の反物へ視線を流した。あれがこの男が持ち込んだという商品か。
 なるほど、エミールの眼鏡に適っただけはある。一目見ただけで質が良いことがわかった。

「取引をするか」

 ユリウスはゲルトへ向けてそう言った。
 問いかけではない。決定事項として告げる。

「私があれをすべて買い取ってやろう。貴様のいのちもたすけてやる。その代わり貴様は、知っていることをすべて話せ。いいな?」
「…………」

 ゲルトが唇を引き結び、沈黙した。

「ゲルト。私は交渉しているのではない。命令してるんだ。話せ。さもなければ死ね」

 ユリウスの言葉に反応して、ロンバードが男の首筋に当てていたナイフに力を込めた。
 刃の先が首に食い込んだ。皮膚が浅く切れて、血が流れる。

「どうする」

 決断を迫ると、ゲルトが必死の形相で目を剥いた。

「私は死を恐れてなどいないっ。死は救いだ。デァモントの神の御許みもとに魂は導かれ、」
「さて、貴様の魂にその価値があるかな」

 くすり、とユリウスは笑いを漏らした。
 ゲルトが息を飲んだ。そこに迷いが見てとれた。

「死んでみるか? 神の御許へ導かれるかどうか、試してみるか?」

 薄笑いを浮かべながら畳み掛けると、男が悔しげに唇を噛んだ。

 煩悶に眉間を寄せて、ゲルトはしばらく葛藤を見せた。
 ユリウスは黙ってその様子を見下ろしていた。ナイフを構えたロンバードの手も、その力を強めも緩めもせずにそのままであった。

 ゲルトの首から垂れた血が、黒衣の襟元に吸い込まれてゆく。
 
「……殿下。私が殿下のお知りになりたいことを話せば、私の要望を聞き届けていただけますか」

 この状況でしたたかにも交換条件を出してきた男の胆力に、ユリウスは俄かに興味を引かれた。
 ゲルトはなにを背負い、なにを望むのか。

「面白い」

 ユリウスは呟き、男の強い視線を真正面から受け止めた。

「僕がおまえの要望を聞くかどうかは、おまえがこれから僕になにを差し出せるかで決まる。僕にすべてを話すな?」

 ゲルトへと顔を近づけ、ユリウスは囁くように問いかけた。
 ゲルトの顎が、上下に小さく動く。

 ユリウスはロンバードへ目配せし、ゲルトを拘束している縄を解かせた。

「よろしい。ゲルト、きみをいまだけは客人として扱おう。ただし、話の内容次第ではきみは死刑だ。僕のオメガに手をかけたんだからね」

 口調をくだけたものに変えて、ユリウスは部屋の隅から椅子を引っ張って来た。

「殿下、俺が」

 ナイフで縄を切っていたロンバードが焦ったように声を上げたが、それを無視しておのれの座る椅子をゲルトの前に置く。ついでにロンバードの分も置いてやると、巨躯の男は恐縮したように肩を丸めた。
 
 ユリウスは椅子へ腰かけ、足を組むと、
「さて、改めて聞こう。ゲルト、ハーゼとはなんだ」
 率直な言葉で問いかけた。

 ゲルトはいつかのヤンスのように逡巡も顕わに視線を漂わせたが、やがて覚悟を決めて話し始めた。

「ハーゼ様は、月神デァモントに愛されしうさぎの名です。それは神話に由来します」
「女神のためにいのちを落したうさぎの神話なら、すでに知っている。ハーゼが生まれ変わるというのは本当なのか」
「はい。事実です」

 ゲルトはためらいもなく断言した。

「ハーゼ様は月神デァモントが我らに下賜された、女神の分身ともいうべき存在。そのいのちは常に巡ります。ハーゼ様がお隠れになれば次のハーゼ様が現れる。それはこれまでの歴史が証明しています」
「金の瞳、銀の髪を持って生まれるのか」
「左様です」
「これまでの全員がそうだったと?」
「はい」

 淡々と、ゲルトが首肯した。
 ユリウスはそこに人為的な操作があったのではないかと疑ったが、それは一旦脇へ置き、ゲルトへと尋ねた。

「きみはなぜ、ハーゼのいのちを奪おうとする」

 ユリウスの問いに、ゲルトの頬がひくりと動いた。

「……同胞を、救うためです」

 低い返答が、男の唇から漏れる。

「詳しく話してくれ」

 ユリウスが促すと、ゲルトが頷き、デァモントの内情について重い声で語った。
     




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