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長兄マリウスとの談話
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「失礼します」
挨拶とともに一礼をしたユリウスが、長兄の私室に足を踏み入れるなり、
「いらっしゃ~い」
と華やかに高い声と嫋やかな腕に包まれた。
その直後に、
「よく来た」
と張りのある低音が響き、がっしりとした腕がユリウスをぎゅっと抱きしめてきた。
「うわっ、い、痛いっ、兄上、あ、兄上、アマル殿がつぶれてしまいますよっ」
「あら、ユーリと一緒につぶれるなら本望だわ」
「妬けることを言うな。よし、ならこうしてやろう」
「きゃあ!」
兄が抱擁の力をぎゅっと強め、歓声を上げた妻の頬に口づけをし、ついでとばかりにユリウスにもチュッとキスをしてきた。
「あら堂々した浮気だこと」
兄嫁のアマーリエが笑いながら、今度は兄の唇にキスをする。
なぜかユリウスを抱きしめたままラブシーンを繰り広げだした二人へ、これだからここに来るのは嫌なんだよ、とユリウスは胸の中で呟きつつも、大人しくされるがままになっていた。
下手に逃れようとすると余計に構われることは、十九年の人生で学んでいる。
しばらくさせたいようにさせていると、兄と兄嫁はようやく抱擁をほどいて、椅子をすすめてくれた。
長兄とユリウスは年が十七歳離れている。だから兄弟というよりは、兄にとってはもはや息子のような存在なのだろう。とにかくスキンシップが激しい。
おまけにサーリーク王国のアルファらしく、オメガの妻を溺愛している。
兄嫁アマーリエは女性オメガで、ユリウスが生まれたときにはすでにマリウスと婚約していたため、彼女にとってもユリウスは我が子も同然の扱いだった。
この王太子夫妻には実子が四人居たが、甥っ子姪っ子もユリウスによく懐いている。
いまは全員学舎へ行っている時間のため、室内はいつもよりはしずかであった。
「同じ王城内で暮らしているというのに、おまえときたらなかなか寄り付かないもんなぁ、ユーリ」
「そうよ。いつでも遊びに来てと言ってるのに。まさか私たちのことが嫌いなんじゃないでしょうね」
「そんなわけないでしょう。兄上のこともアマル殿のことも大好きですよ」
ユリユスがニッコリと微笑むと、両手を組み合わせたアマーリエがうっとりと目を細めた。
「ああ今日も素敵ね、ユーリ。王子様みたい」
「みたい、じゃなくて本物の王子様だぞ。因みに俺もな」
ははっ、と豪快に長兄が笑った。
「あなたは王子様というよりは、海賊のようだわ。ほら、イルゼの読んでる絵本に出てくる……」
イルゼ、というのは今年から学舎に通い始めた王太子夫妻の末の娘の名だ。
最近流行りだという海賊と妖精の登場する絵本について話をするマリウスたちを眺めながら、そうか、絵本というのもいいな、とユリウスは思った。
絵本をあの子にあげたら、文字はわからなくても……ああいけない、目が見えにくいのだった。でもまったく見えないわけじゃないから、大まかな絵は把握できるのかもしれない。それとも疲れてしまうかな。
どうしたらいいだろう、と考えこんでいるといつの間にか傍らのテーブルに紅茶が用意されていた。
アマーリエが手ずから淹れてくれたそれに、礼を言ってから口をつける。
「ああステキ……王子様が私の淹れた紅茶を飲んでる!」
うっとりとした兄嫁の呟きをスルーして、ユリウスは改まってマリウスへ尋ねた。
「それで兄上、話というのは」
「口実だ口実。拾った子どもの世話ばかりしてまったく寄り付かない弟を呼び出すための口実だ」
「……」
半眼になって兄を睨むと、マリウスはカラリと笑って、
「というのは冗談だ」
と前言撤回する。
「あら、半分は口実でしょう? ユーリが来ないユーリが来ないって毎日嘆いていたじゃない」
面白がった兄嫁が少女のようにうふふと揶揄するが、ユリウスに言わせれば王族の公的行事やなにやらで、兄とは二日に一度は必ず顔を合わせている。いったいどこに寂しがる要素があるのか謎だ。
「可愛い弟がどこの馬の骨とも知れない子どもに盗られてしまったのだ。嘆きたくもなるだろう」
「兄上。馬の骨じゃありません。僕のオメガです」
「うむ。オメガは馬の骨じゃない。国の至宝だ」
うんうんと幾度も頷きながら、マリウスは傍らの妻の肩を抱き寄せた。
「薬師から、おまえの拾った子どもは鑑別の結果、確かにオメガであったと報告を受けている。ならば王国はこれを保護する義務がある。存分に世話をするといい」
サーリーク王国では、遥か昔よりオメガとは尊ぶべきものだという、国民共通の認識がある。
それは王国を開いた祖が、たったひとりのオメガを伴侶としたアルファだったからであろう。
サーリーク王国に限らず、大陸全土の比率を見ても、ベータが最も多く、アルファは少ない。そのアルファよりもオメガは稀少だ。
だからサーリーク王国では、オメガが現れるたびにこれを手厚く保護した。
異国ではオメガを奴隷のように扱い、劣悪な環境を強いることもあると聞くが、ユリウスたちサーリーク王国のアルファたちからしてみれば考えらぬことだった。
「僕が僕のオメガの世話をするのは当然です。なので、早く戻りたいのですが」
「ははっ。おまえもアルファらしくなったな。どれ、俺もおまえのオメガを拝みに」
「ダメです。減ります。つがいになるまでは他のアルファには会わせないと決めてますから」
ユリウスがピシャリと兄を拒絶すると、マリウスとアマーリエが顔を見合わせ、二人そろってぐふふとおかしな笑みを浮かべた。
「いいわ~。可愛いわ~。ユーリが独占欲を見せるの、尊いわ~」
「まさかおまえに威嚇されるときがくるとは! 感動だな!」
頬を寄せ合って仲良く囁き合う王太子夫妻に、ユリウスはげんなりと吐息する。
「兄上、それで話は」
「おお、そうだったそうだった。おまえが子どもを拾ったときの様子を、もう一度詳しく教えてくれ」
マリウスがようやく表情を引き締め、貫禄のある王太子として口を開いた。
ようやくの本題にユリウスも真顔になり、二年前の騎士団の任務を思い出しながら、当時のことを話し始めた。
挨拶とともに一礼をしたユリウスが、長兄の私室に足を踏み入れるなり、
「いらっしゃ~い」
と華やかに高い声と嫋やかな腕に包まれた。
その直後に、
「よく来た」
と張りのある低音が響き、がっしりとした腕がユリウスをぎゅっと抱きしめてきた。
「うわっ、い、痛いっ、兄上、あ、兄上、アマル殿がつぶれてしまいますよっ」
「あら、ユーリと一緒につぶれるなら本望だわ」
「妬けることを言うな。よし、ならこうしてやろう」
「きゃあ!」
兄が抱擁の力をぎゅっと強め、歓声を上げた妻の頬に口づけをし、ついでとばかりにユリウスにもチュッとキスをしてきた。
「あら堂々した浮気だこと」
兄嫁のアマーリエが笑いながら、今度は兄の唇にキスをする。
なぜかユリウスを抱きしめたままラブシーンを繰り広げだした二人へ、これだからここに来るのは嫌なんだよ、とユリウスは胸の中で呟きつつも、大人しくされるがままになっていた。
下手に逃れようとすると余計に構われることは、十九年の人生で学んでいる。
しばらくさせたいようにさせていると、兄と兄嫁はようやく抱擁をほどいて、椅子をすすめてくれた。
長兄とユリウスは年が十七歳離れている。だから兄弟というよりは、兄にとってはもはや息子のような存在なのだろう。とにかくスキンシップが激しい。
おまけにサーリーク王国のアルファらしく、オメガの妻を溺愛している。
兄嫁アマーリエは女性オメガで、ユリウスが生まれたときにはすでにマリウスと婚約していたため、彼女にとってもユリウスは我が子も同然の扱いだった。
この王太子夫妻には実子が四人居たが、甥っ子姪っ子もユリウスによく懐いている。
いまは全員学舎へ行っている時間のため、室内はいつもよりはしずかであった。
「同じ王城内で暮らしているというのに、おまえときたらなかなか寄り付かないもんなぁ、ユーリ」
「そうよ。いつでも遊びに来てと言ってるのに。まさか私たちのことが嫌いなんじゃないでしょうね」
「そんなわけないでしょう。兄上のこともアマル殿のことも大好きですよ」
ユリユスがニッコリと微笑むと、両手を組み合わせたアマーリエがうっとりと目を細めた。
「ああ今日も素敵ね、ユーリ。王子様みたい」
「みたい、じゃなくて本物の王子様だぞ。因みに俺もな」
ははっ、と豪快に長兄が笑った。
「あなたは王子様というよりは、海賊のようだわ。ほら、イルゼの読んでる絵本に出てくる……」
イルゼ、というのは今年から学舎に通い始めた王太子夫妻の末の娘の名だ。
最近流行りだという海賊と妖精の登場する絵本について話をするマリウスたちを眺めながら、そうか、絵本というのもいいな、とユリウスは思った。
絵本をあの子にあげたら、文字はわからなくても……ああいけない、目が見えにくいのだった。でもまったく見えないわけじゃないから、大まかな絵は把握できるのかもしれない。それとも疲れてしまうかな。
どうしたらいいだろう、と考えこんでいるといつの間にか傍らのテーブルに紅茶が用意されていた。
アマーリエが手ずから淹れてくれたそれに、礼を言ってから口をつける。
「ああステキ……王子様が私の淹れた紅茶を飲んでる!」
うっとりとした兄嫁の呟きをスルーして、ユリウスは改まってマリウスへ尋ねた。
「それで兄上、話というのは」
「口実だ口実。拾った子どもの世話ばかりしてまったく寄り付かない弟を呼び出すための口実だ」
「……」
半眼になって兄を睨むと、マリウスはカラリと笑って、
「というのは冗談だ」
と前言撤回する。
「あら、半分は口実でしょう? ユーリが来ないユーリが来ないって毎日嘆いていたじゃない」
面白がった兄嫁が少女のようにうふふと揶揄するが、ユリウスに言わせれば王族の公的行事やなにやらで、兄とは二日に一度は必ず顔を合わせている。いったいどこに寂しがる要素があるのか謎だ。
「可愛い弟がどこの馬の骨とも知れない子どもに盗られてしまったのだ。嘆きたくもなるだろう」
「兄上。馬の骨じゃありません。僕のオメガです」
「うむ。オメガは馬の骨じゃない。国の至宝だ」
うんうんと幾度も頷きながら、マリウスは傍らの妻の肩を抱き寄せた。
「薬師から、おまえの拾った子どもは鑑別の結果、確かにオメガであったと報告を受けている。ならば王国はこれを保護する義務がある。存分に世話をするといい」
サーリーク王国では、遥か昔よりオメガとは尊ぶべきものだという、国民共通の認識がある。
それは王国を開いた祖が、たったひとりのオメガを伴侶としたアルファだったからであろう。
サーリーク王国に限らず、大陸全土の比率を見ても、ベータが最も多く、アルファは少ない。そのアルファよりもオメガは稀少だ。
だからサーリーク王国では、オメガが現れるたびにこれを手厚く保護した。
異国ではオメガを奴隷のように扱い、劣悪な環境を強いることもあると聞くが、ユリウスたちサーリーク王国のアルファたちからしてみれば考えらぬことだった。
「僕が僕のオメガの世話をするのは当然です。なので、早く戻りたいのですが」
「ははっ。おまえもアルファらしくなったな。どれ、俺もおまえのオメガを拝みに」
「ダメです。減ります。つがいになるまでは他のアルファには会わせないと決めてますから」
ユリウスがピシャリと兄を拒絶すると、マリウスとアマーリエが顔を見合わせ、二人そろってぐふふとおかしな笑みを浮かべた。
「いいわ~。可愛いわ~。ユーリが独占欲を見せるの、尊いわ~」
「まさかおまえに威嚇されるときがくるとは! 感動だな!」
頬を寄せ合って仲良く囁き合う王太子夫妻に、ユリウスはげんなりと吐息する。
「兄上、それで話は」
「おお、そうだったそうだった。おまえが子どもを拾ったときの様子を、もう一度詳しく教えてくれ」
マリウスがようやく表情を引き締め、貫禄のある王太子として口を開いた。
ようやくの本題にユリウスも真顔になり、二年前の騎士団の任務を思い出しながら、当時のことを話し始めた。
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